20 チート能力無双を目指して
SF世界に転生したが身体がなかった。はずだったが、今の俺の身体は宇宙戦艦だ。
敵性の戦艦であり無力化と撃沈の対象であるのが実に惜しい。戦艦を動かすなんて男のロマン、SF好きの夢なのだが。
俺の身体の中で地味顔艦長たちが騒ぎ始めた。
「なぜ止まった?」
「分かりません。いきなりコントロールを受け付けなくなりました」
「故障か? こんな時に」
「いいえ、情報汚染発生中。メモリーの使用率が跳ね上がっています」
「アルシエか。どこまで邪魔をすれば気が済むのだ?」
歯噛みして口惜しがっているが、それは濡れ衣だ。
このままじっとしているだけでもトキザネたちがこの艦を撃沈してくれるかも知れないが、少しは手助けしてやろう。
各パーツの固定が解除された俺の身体は簡単なケーブルのみで接続されている。それなりの強度はあるケーブルだが、本来の用途は情報や電力のやり取りであり宇宙戦艦全体を引っ張るような事態は想定されていない。
体の末端にある推進器を作動、本体の方では逆噴射。
ブチブチブチ、っと振動が伝わってくる。あの感触だとケーブルより先に接続部が抜けたな。俺の身体の一部ではなくなったそのパーツは宇宙の彼方へ飛んでいく。
戦闘指揮所での騒ぎが大きくなる。
いっその事、あそこの空気を止めて一気に勝負を決めてしまおうかと思ったが、生命維持のための機構はスタンドアローンのサブシステムが用意されているようだ。そちらも止めるのは俺にとっても簡単ではない。
地道に解体していこう。
この身体の中央にスリットが入っていて飛行甲板のように使われていたことを思い出す。
適当なバーニアを作動させ艦体に無理な回転を引き起こす。回転速度は決して速くない。修羅機体たちは余裕で逃げ出す。だが、重量が重量なのでその運動エネルギーは凄まじい。ケーブル類がブチブチと引きちぎれる。ドレッド級の大きさがこれだけで半分になった。
「畜生、どこから侵入しているんだ? 反応が良すぎる。情報の汚染源は宇宙の彼方じゃない。すぐ近くにいるぞ」
「ロボどものどれかではないのか? やはりオオミカミか?」
「完全手動で撃てる武器はすべて撃たせろ。ハッキングしている敵を倒せばまだ勝機はある」
右往左往している雑魚どもがまるでゴミのようだ。
魔王らしく高笑いしたい。
艦の外を探している限り、俺は絶対に見つけられないぞ。
「待ちたまえ、艦長」
「司令、よろしいのですか?」
「幸か不幸か、D3の体積が減ったことで余裕が出来た。それよりだ、アレを処分したまえ」
「アレとは?」
変態ゴブリンは宝珠に対して両手をかざし視線を固定したまま口だけを動かしていた。
「宝珠が言っている。自分の敵がすぐ近くにいると。恐ろしい敵が自分のすぐそばにいると。私はそれをこの戦闘指揮所の中と受け取った」
「つまり……」
「わが愛しの君よ、本艦に多大な損害を与えているのはあなたではないのかね?」
まずい。
背筋がぞくっとした、のは横に置くとする。が、意識をドレッド級の方に振り向けすぎていたため、とっさにはセクサロイドの口から返答することが出来なかった。間が空いたのはせいぜい1秒か2秒。だが、会話の流れの中で不審に思われるには十分な間だった。
「だんまりかね? 返答がないのは肯定と受け取らせてもらうよ」
「答えるだけ無駄だろう。この流れの中で俺を壊さなかったら、あんたを無能と断定するところだ」
「私は無能ではないよ」
オペレーターの一人が、どこからか手斧を取り出している。独身男性ご用達のボディぐらいあの武器でも壊せるだろう。
どうしよう?
ドレッド級を肉体としてあちらに乗り移ろうかと思ったが、ハードの性能が低すぎる。記憶容量的にも俺を収納するのは不可能だ。
詰んだな。
俺は何の抵抗もできないまま機械の頭蓋をかち割られ、ボーナスステージでの生を終わらせられるんだ。
俺が一人だけだったら、な。
誰も気づいていないが、先ほどから空調ダクトの向こうからカタカタと音がしている。俺にも情報の流れが見えない所を見ると、無線を封鎖して入り込んできたようだ。
侵入口は先ほどトキザネが穴をあけたハッチだろうか? さすがに彼女でも邪神の祭壇が作り出した無敵フィールド(仮)は破れまい。
非常時の障害物破壊用と思われる斧を手にしたオペレーターの目は血走っていた。
「お前が、お前が犯人だったのか……」
「目的のためならば非武装の民間人であっても巻き込んで犠牲にする。それが俺が見てきたリュンガルドの軍人だ。自分の方が負けそうになたからといってそんなに平常心を乱されても困る」
「貴様ぁぁっっ!」
お、「混乱」とか「激昂」とかステータス異常が入ったな。
この男、煽り耐性が無さすぎだろう。
手斧が大きく振りかぶられる。同時にバシッと音がして通気口の蓋が弾けとんだ。
振りかぶられ過ぎた手斧はすぐには振り下ろす事が出来ない。ここには重力が無いからなおさらだ。
通気口から飛び出してきたのは金属製の黒い大蛇だった。もちろん、汎用関節ユニットの集合体。黒い大蛇は太い胴をのたくらせてオペレーターの男を弾き飛ばした。
そのまま俺を拘束している網を切り裂いてくれる。
「コタロー」
「いいタイミングだ、アリスさん」
よし、合体だ。
テーマ曲と謎空間出現のバンクシーンが……。あるわけ無いだろう。
外された手足はとりあえず収納しておく。簡単に外せた以上、取り付けもポリキャップなみだと思うが試行錯誤している暇はない。
汎用関節ユニットの群体が背中から俺に覆い被さる。今回の形状は外骨格にはならない。俺の本体から直接に黒い男性的なマッシブな手足が突き出ている形になる。いや、男性的な機械の身体から女性の上半身がフィギュアヘッドの様に突き出ている、と言ったほうが的確だろうか?
つい今し方まで、俺はこの部屋の中で一番無力な存在だった。
今はここに居る中で一番の大きさとパワーを誇る。
「形勢逆転だな。というかチェックメイトだ」
俺は手首に仕込んだニードルガンの銃口を変態ゲイリーに向けた。
ヤツは邪神の祭壇の前から動けないから、避けられる心配はない。
「降伏を宣言しろ。俺はトキザネとは違って心優しい。命だけは保証するぞ」
「撃ちたまえ」
「?」
「愛しい人に殺されるのならば悔いはない」
怖気が走った、のは横に置く。
人殺しが初めてでないと言っても、無抵抗の人間を撃ち殺すのはいくら俺でもKAKUGOがいる。ためらいを見せずにいるのは俺には無理だった。
反省しよう。これが人殺しのプロである軍人とアマチュアでしかない俺の差だ。
地味顔艦長が隣に目くばせするのを俺は止められなかった。
地味顔の部下が赤いボタンを押し込んだ。
初めて聞いた俺でも警報だとはっきり理解できる音が鳴り響く。
緑色の巨漢が三人、戦闘指揮所の中に飛び込んでくる。
「うおぉぉぉっっ!」
三人の状況判断に遅滞はなかった。
上官に武器を向けられているというのに、そんな事にはまったく頓着せずに突進してきた。
巨漢三人がかりのタックル。
彼らの一人一人よりは汎用関節ユニットと合体した俺の方が重い。だが、無重力のここでは体重に大きな意味はなかった。踏ん張るためには足の裏の吸着機構を強化する必要がある、などという事に気付くよりも早く俺は彼らともつれ合うように吹っ飛ばされた。
壁際まで飛ばされる。
地味顔たちが何か複雑な操作をしているのが見えた。
まさか、と思った。
生身の人間たちにとっては自爆も同然の行動。真空にさらされたら全身の血が沸騰して死ぬとかカマイタチで切り刻まれるとか言われるのは迷信だが、それでも真空への曝露は決して健康にいいものではない。
俺の目の前の壁が、いきなり開いた。
外は宇宙空間。
空気と一緒に吸い出される。
地味顔が変態に組み付いて宇宙へ投げ出されるのを防止しているのが見えた。
アリスさんの大蛇に弾き飛ばされたオペレーターは身体を保持するのに失敗、俺たちと一緒に「外」へ出てきた。彼を待つものは死だ。
緑色をした三人の巨漢、宙間歩兵たちは真空などものともせずにその太い手足を俺に絡み付けてくる。
そちらに気を取られている間に俺たちを排出した壁は元通りに閉じてしまう。敵司令部制圧による戦闘勝利という最良のシナリオへの道が一緒に閉ざされた。
お前ら程度の相手なんか、している暇は無いんだよ!
いや、たった今、暇が出来た所かもしれないが。
歩兵たちは二人が俺を拘束しようとし、残りの一人が大ぶりのナイフを構えていた。ナイフといっても持ち主の大きさからそう見えるだけで、実際には軍刀に近いサイズだ。あれなら俺の首ぐらい簡単に落とせそうだ。
俺は関節を極めにくる腕を力まかせに強引に振りほどいた。いくら大柄と言っても生身の肉体が出せるパワーなど汎用関節ユニットからすれば何ほどでもない。
俺は二人の頭を逆に掴んだ。ヘルメットごしではあるが、問題ない。
こいつらは俺を殺そうと攻撃を仕掛けて来ている敵だ。その上、甲殻を着込んだ様な外見は変態ゴブリンよりも生身の人間に見えない。
こいつらを殺す事への心理的抵抗は大きくない。
俺はヘルメットごと彼らの頭を握りつぶした。
血が噴き出した。想像以上にグロかった。
最後の一人は戦意喪失しなかった。ナイフを構えて俺の生身に見える部分、胸の間を狙ってくる。
だが問題ない。
関節ユニットのAIにアシストしてもらって、その刀身を掴んで止める。手首を返して相手の身体をひねる。
体重はこちらが上。という事はひねりで発生する回転速度はあちらの方が速い。その上、俺の三半規管は失調を起こさない特別製だ。
無防備な姿をさらした敵をビームサーベルで両断する。
勝った。
ついでに宙間歩兵たちへの貸しも取り立て終了した。
だが俺は千載一遇のチャンスを逃してしまった。チート能力を使って無双するというのも、なかなか難しいものだ。
ドレッド級の複数の砲塔が俺に狙いを定めていた。俺を追い出した後、早くもコントロールを取り戻したようだ。
戦艦の攻略戦は終わらない。




