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SF世界に転生したと思ったら身体がなかった  作者: 井上欣久
第2部

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19 これぞ、俺のチート能力(今度は長持ちしろ)

 核の直撃にさえ耐える宇宙戦艦、そんな物はこの世界の技術水準からはあり得無い。トキザネたちの反応からもそれは見てとれる。

 ならばこれはチート。

 かつて俺が使ったアカシックゲート、事象改変の一種だろう。

 現実の物体に『破壊不能』とかのレッテルを貼り付ける。それだけで破壊不能オブジェクトの出来上がりだまるでゲームの世界の背景のようにこの世界の武器では手出し出来なくなる。

 こんな物に勝てる訳がない。


 俺は今度こそ必死でトキザネに言葉を届ける方法を探した。太陽王のシステムに潜り込み、その機能の一部を乗っ取る。


「トキザネ、聞こえるか?」

「その声はサガラか? 今、どこにいる?」

「敵艦の戦闘指揮所の中だ。こちらの状況は先ほどの通信の時から動いていない」


 網に包まれて荷物扱いで固定されている程度だ。


「問題はそっちだ。今すぐ逃げろ。こいつには勝てない」

「何があった? ドレッド級の異常はお前がやっているのか?」

「俺じゃない。リュンガルドは俺なんかより遥かにヤバイ物を既に回収していたんだ。俺が死者の国から呼び戻されてこんな所を迷っている原因になった物体だ。ブラックホールを撃ち込まれて完全消滅したと思ったが、まだ残っていやがった」


 トキザネの表情筋がピクリと動いた。心当たりがあるのか「あれか」と小さく呟く。


「これから何が起こるかわからない。すぐに逃げろ。あんな物が出てきたらお前たちに出来ることはもう無い」

「サガラ、あなたはどうする?」

「今の俺に何が出来るかわからないが、あの邪神の祭壇を始末する方法を探してみる。何、失敗しても俺が死者の国に帰るだけの事だ」


 いま思ったが、俺が死ねばあの赤黒い宝珠の事を冥府の神に報告できるかも知れない。

 積極的に試したい方法ではないが。


「ここで引くことはできない」

「おい!」

「ひとつ、いや、ふたつ教えておく。まず、修羅は生命を惜しまぬ。敵を殺し尽くす覚悟とともに自分が死ぬ覚悟も固めている」

「無駄死になるぞ」

「それがふたつ目だ。私たちはあなたが思っているより強い」

「……まったく、俺の周りには馬鹿しか居ないのか?」


 遥かな過去に別れた黒い顔を思い出す。


「類は友を呼ぶ、それだけの事ではないか?」

「かもな」


 トキザネはコンソールをパチパチと操作した。


「出撃した修羅、全機体に作戦を通達。これまでの情報から、敵ドレッド級の外部からの破壊は困難であると判断する。である以上、我々の本来の戦い方に移行する。敵艦内部に入り込んでの白兵戦、行くぞ!」


 愚連隊流の統一されない返答が帰ってくる。だが、意味はひとつだ。


 満足そうなトキザネが何かを言いかけた時だった。





 俺の意識はまったく唐突に赤黒い光に満たされた戦闘指揮所に引き戻された。


 いったい何がおきた?

 アルシエ・ネットとの接続が解除されている?


 俺はもう一度接続し直そうとあたりの情報の流れを探った。


 無い。

 ドレッド級の中のアルシエ系の電子機器がすべて電源が落とされている。

 アルシエのサポートなど不要と断じた以上、それらの機器は敵性と判断されたのだろう。

 俺の現状を見ると決して間違ってはいない。


 とは言え、戦闘指揮所の中も決して楽勝ムードではなかった。


 リュンガルド共和国が誇る変態、ゲイリー少将は宝珠に向かって脂汗を流している。

 あれはもともと死者の魂を弄ぶ道具。操作するのも魂でやるのかも知れない。


 少将に代わって指揮を執っているのは帽子をかぶった地味な顔の男だ。

 そういえば変態は「司令」と呼ばれていたから、こちらの地味顏が本来の艦長なのだろう。

 地味顏艦長は、アズクモの全力攻撃を跳ね返した直後だというのに、とてもカリカリしていた。


「スケイルたちの状況は変わらんか?」

「はい。核攻撃で生じたEMPパルスにより、全体の67%が行動不能に陥っています。このうち何パーセントが回復可能であるのか、現状では不明です」

「所詮は急造兵器。熟成が足りておらん。こちらの指示が届かなくても独自判断で行動出来んのか?」

「培養兵たちの判断力は極めて限定されたものでして」

「教育がなっておらん!」

「培養兵はその目的上、躊躇なく自爆を実行できる程度の判断力しか持たせられません」


 地味顔は変態ほど有能ではないようだ。

 こちらの状況をトキザネたちに教えてやりたいが、連絡は途絶している。


 心細い。

 胸の中が空洞になったような気がしないでもなかった。


 どうせ一度は死んだ身だ。これ以上わるくなんてなりようが無いのだが、今の俺は孤立無縁。手足すら外され身体的な自由度はほぼゼロ。至近距離には変態と邪神の祭壇のタッグチームと来た。

 これでチート能力まで封じられたとあっては、絶望の二文字が脳裏をよぎる。


 今は何も出来なくともチャンスを待つんだ。

 俺が自分に言い聞かせている間にも、戦況は推移してゆく。


 スケイルたちが混乱している間にアズクモの修羅たちはドレッド級にとりつく事に成功した。至近距離からの一方的な砲撃に落とされた機体もあるようだが、ほとんどの機体は戦艦の壁面に吸着、得意のローラーダッシュで走り出した。

 戦いは宇宙戦から戦艦内部での白兵戦に移る。

 飛行甲板的な部位はあっさりと占拠したアズクモ側だが、ドレッド級の本体が破壊不能なのは変わらない。装甲ハッチの内側にある与圧区画へは侵入できず、にらみ合いになる。


 持久戦になると有利なのはどちらだろう?


 大きさから考えてアズクモの修羅機体の居住性はさほど高くない。単座であることも合わせて長時間の戦闘には向かないはずだ。出撃から5、6時間持てば御の字。2日も3日も戦い続けられたら超人的な体力と精神力の持ち主と言えるだろう。

 アレ? あの連中ならやりそう?


 対して、リュンガルド側は居住性の面では圧倒的に優勢。ウィークポイントは邪神の祭壇に向き合っている変態の精神力だ。変態ゴブリンはすでに脂汗を流すだけでなく荒い息をついている。こちらも長時間は持たないのは確実だ。

 彼が限界に達したら、何が起こるのだろう?

 ドレッド級の破壊不能オブジェクト化が解除されるだけならばよい。だが、俺は憶えている。ゴル宇宙基地の作業アームが自らを抉ってあの宝珠を取り出し、ブラックホールキャノンを撃ち込んだ姿を。そして、まるで未知の病原体にするように俺に関わったすべてを消去しようとした事を。

 たぶん、過去に俺の知らない何かがあったのだろう。

 貴重な資料であったはずの宝珠を破壊する事を決心する様な何か、その何かは『神』と名乗る超知性体までも動かした。

 どう考えても楽観できない。


 なんとかしなければ、とは思うが、今の俺にできる事が何も考えつかない。


 艦の構造体を伝わってガリガリと破壊音が響いた。


「何事だ?」

「3番ハッチ損傷。貫通されています」

「ゲイリー閣下がもう限界なのか?」

「いいえ、無効化フィールド維持されています。敵はオオミカミです! やつのグレイブがフィールドを貫いています!」

「馬鹿な」


 さすがデュレリウムの大薙刀。

 アイツ本当に俺が思っているより強かった。


「このままでは、本艦は一方的に破壊されます。艦長、最後の手段を許可していただきたい」

「策があるのかね」

「はい。ご存知の通り本艦の構造はブロック化されており、各部で分離合体が容易です。各パーツを切り離し、移動させることで敵機を押しつぶす事が可能です。また、砲塔部分を動かして現在攻撃が届かない箇所に砲撃を加える事もできます」

「分離はともかく、合体は容易とは言えぬ。ここにドックは無いのだ」

「確かに後始末はたいへんですが、流すものは汗ですみます。このままでは、血を最後の一滴まで失う事になります。艦長、ご決断を」

「……再結合の時にはたっぷりと働いてもらうぞ。寝る暇があると思うな」

「了解」


 戦況がまたゆり戻る。


 各所で爆発ボルトが作動。ロックが解除され、スクラスターが唸りを上げる。

 外壁に取り付いていた機体はともかく、内部に侵入していた修羅機体にとっては長さ100メートルの釣り天井がいきなり落ちてきた様なものだ。ひとたまりもなく押し潰される機体が続出し、戦闘指揮所の中が歓声に包まれる。


「今のを避けたのか? オオミカミ健在です。他にも複数の反応が。……潰れたやつの方が少ない?」

「化け物め。もうこうなったらどんどん行け。各ブロックのすべてのロックを解除、本艦を腕に見立てて殴り倒すつもりで戦え」

「全ロック解除します」


 戦闘は続く。

 この戦艦も人型宇宙機も貴重な設備であり人員だろうに。戦争とは大いなる浪費であるとはよく言ったものだ。


 ただ見ているだけで何も出来ない不快感。

 不満が溜まる。

 イライラが募る。

 俺にできる事は何か無いのか?


 アルシエ発の情報の流れが無いか目を凝らす。

 何も見えない。アルシエ発の情報はここには無い。


 諦めるな。

 俺は神に選ばれた勇者、あるいは人間に天罰を下すために遣わされた魔王だろう。その上、その神が定めた死の運命さえ乗り越えてここに居る。

 コロニー国家の宇宙戦艦だろうが邪神だろうが戦えない相手じゃない。


 俺のチート能力は本当に消えたのか?

 モイネ殿の話によればまだ残っているはず。アルシエとのアクセスなどと言うしょぼいものでは無く、チートの名にふさわしい能力がどこかにあるはずだ。


 何かが見えた。

 アルシエとのアクセスの更に先にある物だ。


 情報が見えた。

 アルシエ・ネットのそれと比較すれば遥かに少なく粗雑なデータ。だがそれは俺の周囲すべてに広がっている。


 それを手繰り寄せると、俺は宇宙空間にいた。

 ズングリムックリな身体を震わせてたかってくる羽虫を押しつぶそうとしている。簡単に潰せそうなのに羽虫はチョコマカと動きまわって逃げ延びる。


 羽虫って、それは人型宇宙機じゃないか!

 俺は慌てて身体の動きを止めた。


 状況を整理しよう。

 今、俺が自分の身体として認識している物はリュンガルド共和国のドレッド級三番艦で間違いない。

 とすると、俺が手繰り寄せた物はドレッド級のメインコンピューターかそのアクセス権限?

 俺のチート能力の正体はアルシエとのアクセスなどでは無かったというオチか。

 アルシエ・ネットとの接続など、俺の能力のほんの一部でしかない。周囲にあるどんな機械にもアクセスし、それを支配出来る能力。それが俺のチートだ。


 俺は戦艦の通信機を動かして宇宙に笑い声を発信した。


 変態ゴブリンが邪神の祭壇がこの艦を無敵モードにしているといっても、それは外からの破壊に対応しているだけ。内側からの攻撃に対しては無力だ。それは先ほど爆発ボルトが異常なく作動したことからも明らかだ。


 ようやく回ってきたぞ。

 ここから先は俺のターンだ。

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