18 チートってのは不正行為の事なんだぜ
「敵部隊が第2平面隊と接触します」
「また無視して通過するだろうな。あの様子だと2、3機削れれば良い方だろう。その後は本艦にとりつく」
「スケイルたちの個体戦力があそこまで低いとは思いませんでした」
ゲイリー少将とその部下たちは話しながら赤黒く不吉に輝く水晶を眺めている。
俺も不自由な体勢から必死で首を巡らせてそれを見た。
多分、ひきつった顔をしていると思う。俺を死後の世界から呼び戻す原因となった物体を前にしては平静でいられない。
「艦内放送の準備をしろ」
「完了しております」
「ご苦労」
変態ゴブリン少将はマイクを受け取った。
「こちら、ゲイリー・ゲイム少将だ。総員、戦闘配置のまま聞いてくれ。アズクモのポンチ絵ども、人型宇宙機の戦力は我々の予想よりはるかに上であった。それは素直に認めねばなるまい。スケイルたちによる数的優位は役に立たず、本艦は追いつめられつつある」
的確な論評だ。
「現状を打破するためにはドレッド級3番艦たる本艦のすべての能力を投入する必要がある。これより、本艦はアルシエのサポートより離脱する。総員、人類本位戦闘態勢をとれ。高慢なAIによる庇護など人間には必要ない。帰りの航宙が可能かどうか心配する者もいるだろうが、宇宙を旅するのにアルシエのサポートなどまったく必要ないと私は断言する。太古の昔、人類がはじめて月へと旅した時、使っていた技術は今の我々よりはるかに劣る物であった。アルシエの庇護など本当は人類には必要ない物なのだ」
ま、アポロ宇宙船を月まで送った電子計算機はファミコンに劣る性能だったらしいからな。
アルシエ・ネットから手を切るメリットは「遠慮なく戦争ができる」って事か。対人砲撃、戦略爆撃し放題。
「諸君らだけに負担を押し付けるつもりは無い。私もこれから最強の遺失技術品「赤き神宝珠」の制御に入る。我らに勝利を、リュンガルドに栄光を!」
有能な変態が欠けた水晶玉に近づいていく。
「おい、やめろ。ゲイリー少将、それが何だか知りもしない癖に手を出すな」
「ほう、さすが同じ魍魎期の遺産。これが何か知っているようだね」
変態は振りかえり、俺の頭に優しく手を置いた。
思いっきりぶん殴られた方がまだマシな気持ちの悪さがある。
「何が人類本位戦闘態勢だ。そいつはそもそも人類起源の製造物ですらない。それは宇宙の彼方で見つけた地球外生物の遺産。真の意味でのオーパーツだ」
「続けたまえ」
「お前たちの言う魍魎期の人類だってそれの取り扱いには細心の注意を払っていた。少しでも変事があればブラックホールを撃ち込んで始末するぐらいにな」
その少しの変事を早めに引き起こす為に俺が送り込まれたようだが、その辺は割愛する。
あの赤黒く輝く宝珠に生と死の境を曖昧にする以外にどんな能力があるか俺は知らない。大きく破損しているらしい今の状態でその機能が発揮されるかどうかもわからない。
だが、破損した原子炉を間近で全力運転しようとしてたら、普通は止めるよな。
「君の言葉が偽りであるとは思わない。だがそれを聞いて、これは今この場で使用しなければならないと確信したよ。今ここでなら、これが暴走したとしても死ぬのは我々だけで済む。本国に被害はない。後は精々アズクモが滅びるぐらいか」
「十分にヒドイと思うが?」
「だが、我々は既に降伏は認めないという意味の宣告を受けとっている。我々には勝つか死ぬかの二択しかないのだ」
イカン、納得してしまった。
トキザネのヤツめ、包囲は一を欠く。敵を完全に包囲するとかえって危険であるという軍事上の常識を知らんのか。
「大丈夫だ。私はこれを制御してみせる」
変態は俺の頭をもう一度撫でると、赤黒い宝珠に向き合った。
気持ちが悪い。
無いはずのはらわたがキリキリと痛む。
これから何が起こる?
俺は半ば逃げるようにアルシエ・ネットの中に意識を飛ばした。
俺の意識は中断セーブした場所に戻っていた。
つまりトキザネの乗機、太陽王オオミカミの所だ。
リュンガルド側の第2平面隊と接触、戦闘中だ。
前回の戦いより彼我の相対速度はやや小さい。その分、スケイルたちの自爆して破片を撒き散らす戦術は効果が減っている。かわりに戦闘時間はやや長く、簡単にあしらって飛び過ぎるのは難しくなっている。
太陽王はトキザネの裂帛の気合いと共に斬艦刀っぽい武器を振るっていた。
いったいどんな素材でできているのか?
トキザネの振るった業物は敵の装甲にいかなる抵抗も許さず、一刀両断にしていた。
【遺失技術品デュレリウム】
太陽王オオミカミの持つ大薙刀の刀身を構成する素材。
結晶構造が多次元空間にまで拡大しているのではないかと噂される、非常に重く途轍もなく頑丈な物資である。
新たに生産するのは現在の技術力では不可能。加工も容易ではなく、大薙刀の刀身は年単位の時間をかけて削り出した逸品である。
斬艦刀ではなく薙刀だった。
切断する為の刃をもった長柄の武器、と規定するならどれでも同じだが。
トキザネはスケイルを続けて3機斬って捨てた。D3への道を斬り開いた。
そこへアケラギさんからの報告が入る。
「敵ドレッド級、動きます。アームドベース展開中」
「奴らも覚悟を決めたか。面白い、そのベースから潰すぞ」
ドレッド級はもうサイコロ戦艦とは呼べなくなっていた。
これまで内部に折りたたんでいた翼状の部分を上下左右に展開。翼の上には砲塔がずらりと並んでいた。
火力が増えるのは良いが、あれだと前方投影面積も増える。防御面で問題が出るのでは無いだろうか?
そこまで考えてから、俺は思い直す。
この世界では有人機に対しては格闘以外の攻撃が出来ない。それが可能なのはアルシエのサポート無しでも動けるドレッド級だけだ。この艦は反撃を受けない状態で一方的に砲撃を加えるのが本来の使用方なのだ。
ともあれ、ドレッド級の優位は崩れた。
アームドベースから砲撃が開始されるが、その弾道はロボたちのコクピットに表示される。回避は容易だ。
「敵の砲弾中にVT信管を確認。早期に爆破します」
電子戦も順調なようだ。
それにしてもVT信管とは、本当に20世紀レベルの技術で戦っているんだな。
「一番槍は僕がもらうよ」
無謀のレギンスの乗機、随伴機カラスが加速する。
ドレッド級の弾幕をかいくぐって接近、電磁加速ライフルの連射をアームドベースの付け根に叩きつける。
「よし、全弾命中」
レギンスは胸をはる。
だが、ドレッド級からの弾幕はまったく衰えを見せずに彼の機体を追い続ける。
「しくじっているじゃないか」
「そんなはず無いよ」
「どけ、次は俺たちが行く」
色違いのロボたちが飛び出していく。
赤、青、黄の3機。なんだか合体でもしそうな奴らだ。
【三連光輝 リプルガイア】
同一仕様の機体の3機チーム。
常にチームを組んで行動し、3対3の試合では抜群の勝率を誇る。
パイロットはマルガ3兄弟。
連携攻撃に優れた彼らが選択した武器は修羅機体の共通武器とでもいうべき、収束型のロケット噴射だった。
超高温、超高速のプラズマ噴流といえども、距離が離れるとどうしても拡散し威力が落ちる。その欠点を彼らは三機がかりで一点に集中させ続けることで克服した。
アームドベースの一本をプラズマが襲い続ける。
「どうだ、三つの力が一つになれば俺たちは無敵だ」
そういうセリフは合体してから言ってほしい。
などと言うツッコミは必要なかった。
「敵アームドベース、健在です」
「磁場でもはっているのか?」
「観測できません」
「そんな馬鹿な」
レギンスの攻撃に続いて三連星のそれも効果なし。
常識外の、既知の科学技術の外にある現象が起こり始めていた。
「みんな、センサーの感度を下げて。冥府の神の力、見せてあげる」
次に名乗りを上げたのは女性パイロットの機体だった。
冥府の神ってアイツか? と一瞬思ったが、その機体の胸に輝く放射線マークを見て事情を察する。
あの金属の半減期は24000年ほどだったはず。20世紀につくられた物でも余裕で使用可能だ。
【冥府神 プルート】
切り札としてプルトニウム弾頭弾を装備する機体。使用しているプルトニウムは地球の遺産としての発掘品である。
武器としても使える長く鋭い角がトレードマーク。発進時に邪魔だからはずせ、との声があるぐらいに長い。
パイロットは吸血のエレシア。
原爆だけかと思ったら地上最大のロボットでもあるようだ。
冥府の神の名を冠した機体がその名の由来を投射する。
本来なら原爆は地表から少し離れたところで爆発させ、熱線と発生する衝撃波で対象を破壊する武器だ。だが、ここは真空なので衝撃波は発生しない。
冥府神のパイロットは熱線を最大活用するため、原爆をなるべく近づけてから爆発させたようだった。
これまでおこった爆発の中で最大の光が発生する。
あれをまともにくらったら、人間なんて影になる、か。
昔読んだヒロシマの逸話を思い出す。
爆心地近くにいた人がそのまま蒸発。後に残ったのは焼き付けられた影だけだったという……
それほどの光、それほどの破壊が発生したが。
報告するアケラギさんの声は悲鳴に近かった。
「敵、健在。いかなる損傷も認められません!」
そんなことはあり得ない、傍観している俺も含め、その場の人間の心は一つだった。
そんな思いが隙を生んだ。
「リプル2被弾。大破、いえ、爆散しました」
アズクモの修羅たちの中で最初の戦死者だった。




