11 桃のプリンセス
最近は残業続き。加えてイロイロ心労あり。
というか、今行っている現場は墜落災害を出したのに、なんで普通に作業しているんだ?
監督所、仕事しろ!
トキザネの日本刀が一閃し、荒れた路面に鮮血の赤い花が咲いた。
緑の甲殻を生やした巨人でも血は赤いのだとはじめて知った。
当然の事ながら、現実の肉体はポリゴンやドットのかけらになって消えたりはしない。爆発して跡形も無くなったりもしない。
ちょっとヤバイな。
俺も人を殺した事はあるわけだが、だからと言ってグロ耐性がつく訳ではない。
胃の辺りがムカムカしてきそうだ。
今の俺に胃があればの話だが
鮮血の花から目をそらすと、鬼の姉御の方も戦闘を開始していた。
こちらはオープンフィンガー・グローブをはめただけのほぼ素手だ。
低い姿勢からのタックルで接近。
相手もこの近距離でロケット砲は不利と悟ったのか、同じく素手で応戦。差し手争いになる。
いかに姉御が大柄だと言っても相手は2メートルをはるかに超える巨体だ。パワーの差は歴然、のはずなのだが実際には互角以上に渡りあっている。
普通に考えればあり得ない状況だ。
【剛腕のアケラギ】
筋力に特化した強化人間オグレ族の出身。その筋肉の鎧は小口径の銃弾程度は跳ね返し、倍以上の巨体の相手も組み伏せる。真空中行動特化型との対戦ではやや有利と思われる。
ネットワークに対して軽度のアクセス権限あり。周辺の公共システムを操作しての搦め手の戦闘も可能。将来的には多脳者への成長が期待される。
あの肉体派の姉御がタコ型火星人みたいな形態になるのを期待されているのか? そんな可哀想な事を言うなよ。
検索機能が働いている間にアケラギさんは敵のバックにまわって足をとった。
そのままテイクダウンさせる。
自分の土俵で戦っているかぎり、彼女に負けは無さそうだ。
宙間歩兵の一人目を降したトキザネが余勢をかって敵のリーダー格に斬りかかる。
一閃目が弾切れしたロケット砲を切断。
追撃を敵はトンファー状の武器を取り出して受け止める。
小人のレギンスは俺のガードに残っている。
敵の残りは二人。それぞれを鬼と侍が抑えているので彼の出番はなさそうだが。
【雷光のレギンス(自称)】
対G仕様の強化人間ピグニー族の出身。旧アフリカ大陸のピグニー族とは名称と身長以外、特に関係はない。同一サイズの一般人よりは強靭だが、その体格から格闘戦は不得手。
名前のレギンスは古代言語の下履とは無関係。どちらかと言うと指輪を持った小人たちの家名が起源では無いかという考察の方が真実に近い。
トキザネのアシスタントとしてチームに参加しているが、現在のところ見習いか仮採用状態。人型宇宙機の操縦は平均水準を上回っている。
レギンス君のことはとりあえず横に置いておこう。この解説を誰が書いているのか知りたい所ではあるが。
その時だった。
非常警報。
先ほど宙間歩兵たちに対して出た警報は「警戒警報」程度の物だった。
俺の方から探しに行って、ようやく感じ取れた程度の物だった。
今度の警報は違った。
ネットワークに繋がっているかぎり逃れることが出来ない緊急の叫び。今すぐにも起こる出来事に対して備えを強制する命令。
何が起こる?
例によって動画が流れてくるが、俺にはそれを見ている暇はなかった。
もう一つの非常事態。
後方から轟音が近づいて来る。そして爆発音が続く。
どちらもつい先刻まで響いていたものと全く同じ音。
振り返ると新たに二人の宙間歩兵が空に浮いていた。
彼らはどこから来た?
多分、先にひっくり返したあの車に乗っていたのだろう。
彼らも完全にノーダメージではあるまい。打撲や骨折ぐらいはしていてもおかしく無い。1分や2分は気絶していたかもしれないし、ひょっとしたら二人しかいないのも一人行動不能になったからかも知れない。
だが、彼らは強靭だった。
鍛え上げたのかそういう風に改造されたのか知らないが、自動車事故程度の衝撃では追跡を諦めないほどに強かった。
悪い事は続く。
近づいてきた轟音は宙間歩兵たちのブースターの噴射音。では、爆発音は?
爆発に追い立てられ、オープンタイプのファミリーカーがこちらへ走って来る。
たまたま付近を走っていた民間人らしい。ハンドルを握っている女性の顔がひきつっている。後部座席には子供の姿も見える。
こちらを撹乱する、ただそれだけの為に非戦闘員を巻き込もうというのか?
ナンタラ共和国、こいつら嫌いだ。
共和国では無く悪の帝国か魔王軍とでも名乗っておけ。
突っ込んで来る車を避けて移動。女性たちを助けてやりたいが、今の俺ではどうする事も出来ない。
「や、やめろ!」
オープンカーに直接ロケット弾が撃ち込まれる。
俺は思わず目をそむけた。
爆発がおこる。
トキザネ、アケラギ両名も格闘戦を中断して仕切り直しせざるを得ない。
爆発の中からボロ雑巾のような何かが飛び出して来る。
力のないソレに小さな手足を認めた瞬間、俺は飛び出していた。
5、6歳ぐらいの幼児。今でも生きているかどうか怪しいが、あのまま舗装道路に叩きつけられたら確実に死ぬ。
「あ、僕から離れないで」
俺をガードしているレギンス君が制止するが、俺は構わなかった。
走りよって小さな人影を空中でキャッチする。
子供を助けてピンチに陥るなら、俺はそれを後悔しない。
「やば……」
1秒後、激しく後悔した。
小さな人型はケタケタ笑いながら俺にしがみついて来た。身体から電流か何かを流して俺を拘束しようとする。
明らかにそいつは人間ではなかった。
俺のような馬鹿者を引っ掛ける為に作られた機械人形。落ち着いて見れば人間と見間違える事などあり得ない粗雑な造りの人形だ。
ちょっとした既視感。
生前、ギャグ系のラノベでこういう攻撃を読んだ記憶がある。「弾を目標に誘導するのでは無く、目標を弾に誘導する画期的な発明品」だったかな? 確か捨てネコミサイルとか……
アレを読んだ時はそんな攻撃に引っかかる馬鹿などいる訳ないだろうと思ったものだが、どうやら俺の知能はギャグ系ラノベの登場人物のそれを下回っていたらしい。
などと走馬燈をしている場合ではない。
人形の影響で俺の上半身は動かない。
俺は膝から下だけを使って人形を振り回し、路面に叩きつけた。
閃光と轟音。
人形は爆発した。
爆発力そのものは大した事はない。これはスタングレネードだ。
なるほどね。
標的が俺ほどの馬鹿で無くとも、人型をした何かが飛んでくれば目が吸い寄せられる。これは二段構えの攻撃だ。
たいへん良く出来ている。たいへん良く出来た悪辣さだ。
幸い今の俺は人間の生理に囚われない。
閃光に目がやられる事もなければ、マヒ状態に陥る事もなかった。
遅滞なく一回転して起き上がる。
敵はたたみかけて来た。
立ちあがった目の前に緑の巨人が着陸する。
知ってはいたが、デカイ。
強化外骨格を装着した時の俺よりも更に一回り大きい。
恥の上塗りは続く。
この時まで俺は自分が少しは戦えるものだと思い込んでいた。外骨格装備が無くともそこそこの戦力はあると。
だが、思い出してみるとこの身体を得てから戦った相手は変態と触手男。どちらも戦いの専門家ではない。最大の敵と言えるのはゴル宇宙基地だろうが、これも基本は研究所であって軍事要塞ではなかった。
つまり正規の軍人との戦闘はこれが初めてだ。
ちょっと考えてみれば分かる。
普通の女の子ぐらいの身体能力でアメリカ海兵隊の隊員とケンカが出来るかどうか。
勝てるわけがない。
このダッチワイフボディどころか、そこそこ鍛えていた生前の俺の肉体があっても勝算はない。
宙間歩兵が踏みこんでくる。
俺の肉体も反応速度は悪くない。相手の攻撃をかいくぐろうとする。
しかし、相手はパンチやキックの有効打を与える必要すらない。俺ごときを捕えるには小指一本引っかければ十分なのだ。避けるには攻撃の有効範囲が広すぎた。
俺は簡単に掴みあげられてしまった。
手足をばたつかせても、緑の巨体はこゆるぎもしない。
殴っても蹴っても甲殻に阻まれて何のダメージも与えられない。
「サガラ!」
レギンス君が俺に駆け寄ろうとする。
もう一人の宙間歩兵が着陸してそれを牽制する。
トキザネもアケラギさんも同じだ。それぞれの相手から離れることが出来ない。
「貴様ら、サガラから手を離せ。たとえこの場で優位に立ったとしても、コロニーからの脱出を許すほど我々は甘くないぞ」
「お前たちは既に甘いのでアル。ドレッド級戦闘艦にはお前たちには想像もつかない様な戦術があるのでアル」
その言葉に続いておこったのは正に驚天動地の出来事だった。
まずは天が驚いた。
コロニー中央の人工太陽が光を失った。
完全に真っ暗になったのは一瞬だけだ。非常電源に切り替わりでもしたのかコロニー内はすぐに明るさを取り戻す。だが、その一瞬だけでもコロニーに何か非常事態がおきた事を知るには十分だった。
そして、地が揺れ動く。
スペースコロニーの中で地震?
そのあり得ない事がおき、100メートルほど離れた所の地面が陥没した。
「コロニーの外壁が破られた⁉︎ どうやって⁉︎」
「アルシエなどに尻尾を振るお前たちにはできぬ事でアル」
「資源を浪費し、未来を食いつぶす奴らが何をぬかすか!」
俺をとらえた宙間歩兵がブースターを起動する。
「サガラ!」
トキザネが行く手を阻む歩兵を一刀で斬り捨てるが、その時には俺をとらえた敵の両足は地面から離れている。
さすがの変幻のトキザネも空は飛べないようだ。
俺は暴れた。
だが、体格の差は絶望的だ。抱き寄せられてしまうと、手足をばたつかせても飛行姿勢を乱す事もできない。イロイロ蹴り上げてみたが、男の急所も何かでしっかりガードされていた。
短い空の旅。
陥没した地面から、土砂が外へ向かって落ちていく。空気の流出も始まっている。
生き残った三人の宙間歩兵は俺を抱えたまま外へ出る。
これで暗黒の宇宙空間に逆戻りだ。
強化外骨格が無いので観測機器が使えない。しかし、本体の視覚だけでも分かる事はある。
さっきの非常警報はこれが原因か。
まるで魔法陣のように整然と並べられ回転していた太陽電池パネル、その配置が乱れ拡散を始めていた。
俺一人を誘拐するのにここまでやるのかよ。
これではもはや戦争だ。
俺は奥歯をギリリと噛みしめた。
奥歯に過負荷の警告がでた。




