表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SF世界に転生したと思ったら身体がなかった  作者: 井上欣久
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/36

7 俺、大地に立つ

 アズクモ・コロニー、それは人類が増えすぎた人口を……


 では無くて、

 アズクモ・コロニーは地球崩壊後に造られた資源採掘用可動式スペース・コロニーである。

 破壊された地球の欠片があるところへ移動して、その場で水や空気、金属資源などを採集する事を主な産業にしている。多数保有する人型宇宙機も本来の用途は作業用、侵入者と格闘戦をやるのは「できなくもない」という程度らしい。戦闘が専門のモビルアーマーっぽい機体はまた別に存在する。


 そうそう、人型宇宙機は通常、単に「ロボ」と呼ばれている。

 漢字文化が残っているだけにカタカナ・ネームも単純でありがたい。あんまり凝った名前だとBな所にヴァニシングされちゃいそうだし。





 俺がトキザネたちに回収されてから2日ほど経った。


 俺って今、スペース・コロニーの上に居るんだよな。

 SFにあまり詳しくない人には誤解される事があるようだが、スペース・コロニーが発生させている人工重力はコロニーの回転によって生まれる単なる遠心力だ。よって俺が立っている場所はコロニーの外壁の内側であり、足の下が外壁でありその先は宇宙。頭の上がコロニーの中心軸であり人工太陽という事になる。


 あれから2日目の早朝、俺は無接点の充電装置を付けてもらったベッドの上でゴロゴロしていた。

 ここがコロニー上だと思うと「まだよく動けんようです」とガサゴソし、おもむろにグウィィィーーーンと擬音を付けて立ち上がりたくなる。

 どうせ監視はされているだろうから、実行はしないけど。


 この身体だと寝起きが悪いなんて事はあり得ないので、ごく普通に起き上がる。


 色々と違和感のある自分の下着姿を見下ろしてため息をつく。

 忘れる事のない記憶装置の助けを借りて言葉の学習中だが、尋ねてみたところ今の時代の技術力ではこの身体ほど人間そっくりなボディは作れないそうだ。

 つまり俺には選択肢が二つある。

 男らしくもメカメカしいボディを用意してもらってそちらへ乗り移るか、人間そっくりの美少女アンドロイドのままでいるか?

 俺というソフトかハードの移植が可能であるか否かという実行上問題もあるが、それを棚上げにしてもこれは考え物だ。

 今のボディを手に入れた直後であれば考えるまでもなく男性型メカボディを選択しただろうが。

 いや、これは俺が女の身体に馴染んだとかじゃ無くて……


 特に変わった所のない造り付けのクローゼットを開いて今日の着るものを適当に選ぶ。

 あの鬼の姉御が選んできた服だが、すべて見事なまでにヒダヒダでヒラヒラだ。どれを選んでも色と柄以外おおきな違いはない。黒と白のいわゆるゴスロリ衣装まであるのはどうかと思う。

 早く買い物の仕方を覚えて、せめてパンツルックを用意する。それが今の俺の野望だ。


 必要性は特にないが、習慣で顔を洗う。

 乱れた髪にざっと櫛を通す。

 本物の女性ならドレッサーに向かって延々と時間をかけるところだが、俺はざっと手を入れるだけで済ませた。男だった頃は手櫛で終わりだったぐらいだ。

 髪が長すぎるから手入れに時間がかかるんだ。ベリーショートの髪型にしようかと思案する。

 一度切ったらもう戻せないことを考えると、ちょっともったいない。

 この髪がまた伸びたら?

 それはホラーだ。


 俺が生身なら、この後に朝食の準備が必要だろう。

 だが、機械の身体の充電は終わっているし、脳みそすらない俺にはブドウ糖の補給も必要ない。


「さすがに、口が寂しいな」


 口に出して言ってみて、ちょっとめげる。

 考えてみて、液体は飲めることと味や香りは楽しめることを思い出す。


 お茶を入れてみた。

 本来の俺はコーヒー党だが、今飲むものが今日の俺の体臭になるような気がして紅茶系の茶葉を選択する。後でべとつくのが嫌なので砂糖は入れずストレートのままゆっくりと飲む。


 悪くない。


 栄養補給にはならない気分だけの行為だが、俺を文字通り「人心地をつかせてくれる」。


 男性型でもメカっぽいボディへの換装はやっぱり無しだな。

 この身体以上に繊細な味覚センサー付の機体なら考えるが。





 紅茶の最後の一口を飲み乾したとき、ドアのチャイムが鳴った。


「サガラ、来たよ」


 俺が反応する暇もなく扉が開く。

 鬼の姉御だ。

 こちらの言葉はまだ完全にはわからない。だから、彼女が実際には「おはようございます、サガラ。ご機嫌いかが」と言っている可能性も(微粒子レベルで)存在する。だが、口調・行動からは「来たよ」ぐらいの翻訳が適切では無いかと思う。


「おはよう、アケラギさん」


 ティーカップを手に持っている時に無作法な乱入をされると、馬鹿丁寧な対応をしたくなるものだ。

 俺だと馬鹿丁寧でもこの程度だが。


 俺に与えられたこの部屋は何かの独身寮の一室らしい。もちろん女子棟。

 セキュリティは万全、住人にもアケラギさん他ガタイのよい女性が何人もいて、不審者が入り込める可能性はほぼ無い。

 反面、住人は皆無防備で、目のやり場に困る格好でうろついていることも多い。「俺」という不審者への対策が必要だ。

 ま、今の俺にナニができるものでもないが。


「ご飯、ご飯。あ、ダメだぞサガラ。また朝食をぬいて。そんな事では大きくなれないぞ」


 このボディは成人の一歩手前ぐらいの大きさはあるし、どんなに食べても成長出来ません。

 などというツッコミは入れるだけ無駄のようだ。


 姉御は持って来た食材を冷蔵庫に放り込み、そのまま台所に立った。

 慣れた手つきで料理を始める。


「俺の分はいらないぞ。固形物は食べられない」


 このセリフ、俺は一人称代名詞を「俺」にしているつもりだが、言葉を教えているのは姉御たちだからな。

 俺にとっては「俺」でも実際には「私」あるいは「わたくし」である可能性はゼロでない。


「まったく、サガラはもー」


 ため息を吐かれてしまった。

 というか、なんで俺が責められているんだ?


 アケラギの姉御は勝手につくった朝食を勝手に食べはじめた。

 俺と同じテーブルにつかれてしまった以上、一人で席を立つのも無作法か。

 俺が食事をとれないなんて当たり前なんだから、朝食なんて先にとって来いと思う。

 それにしても美味しそうに食う。

 こういうのも、飯テロっていうのかね?


 ため息を吐きたくなるのはこっちの方だ。





「ねぇ、サガラ。今日はいったい何をしたい?」


 アケラギさんの質問に俺は考え込んでしまった。

 当座の行動としては情報集めでいいと思う。

 ここがどんな社会なのか、どんな技術レベルがあるのか、彼らに対して俺が何をできるのか、それを知らなければどんな決断も出来ない。

 だが、それよりもう一段深い所で考えておかなければならない事がある。


 俺がこれからどう生きるか。


 相楽虎太郎という人間が死んだあと、俺はボーナスステージの様な生を得た。

 最初のボーナスステージはそう長く続きそうでは無かったし、立場の変転が多すぎてその場の状況に対応していくだけで精一杯だった。

 だが、今回は違う。

 俺はこの未来世界ではっきりと「生きて」いかなければならない様だ。


 相楽虎太郎は死者だ。

 生物学的に死に、21世紀での社会的立場としても死に、この未来世界での社会的立場では存在を確認する事もできない完全な死人だ。

 だから今の俺は相楽虎太郎ではない。

 人間としての肉体も持たず、かつての社会とも人脈とも完全に切り離された俺を相楽虎太郎であると保証する物は何ひとつ無い。


 今の俺の肉体は女性型アンドロイドの物だ。

 今の俺の社会的立場は宇宙空間を漂流していた正体不明物体、サガラ・コタローと名乗る何か、だ。


 それを踏まえて考えると、実に不本意な事ではあるが俺が社会的に女性扱いされることは許容せざるを得ない。

 俺自身の性的嗜好はともかくとして、だ。


 そして、性別の問題より重要なのは俺がこれから先も人間扱いされるかどうか、だ。


 俺の肉体には人間らしい要素は外見以外何ひとつない。細胞の一個すらないのだ。

 魂などというあやふやな物の存在は証明できないし、そう考えると今俺が人間らしく扱われている事が奇跡のようにも感じる。


 俺が人間であると証明し続ける方法、そんな物があるのだろうか?


 無いとは言わない。


 方法のひとつは人付き合いをよくすること。

 可能な限り高い地位の人間と仲良くなって、その誰かに俺の人間性を保証してもらう方法だ。

 だが、このやり方は最終的に肉体関係を要求されそうで抵抗がある。成人男性と仲良くなったら、まず九割がたそういう話になるだろう。このボディはそのぐらいには見た目が良い。

 また、女性が相手でも短期間ならともかく、相手の容色の衰えが見えてくるぐらいの時間がたったら関係がこじれてきそうな気がする。

 食事もとれないアルコールも影響しないこの身体で人付き合いをどうやるか、っていう問題もある。


 俺が人間である、という大前提を取っ払って考えた方がいいかもしれない。


 俺が人間であるかどうか、そんなことを判断するのは俺じゃない。周りの人間だ。

 ピノキオ・コンプレックスなんて持ってやるものか。

「早く人間になりたい」

 なんて言うのは俺のキャラじゃないだろう。


 仕事を探してみよう。

 できればこの機械の身体を生かした、普通の人間にはできない仕事が良い。

 社会にとって有用な一員になれれば、そう簡単に排除はされないだろう。





「サガラ、サガラったらどうしたの?」


 ちょっと長く考え込みすぎたようだ。


「今日の予定だったっけ? とりあえず、ここの社会について情報収集したい」

「どうするの?」

「情報端末のある場所に案内してほしい」


 困ったことに、この部屋にはネットにつながる端末がないのだ。ここは公務員の宿舎のようだからそんな物かもしれないが、不便極まりない。

 ところがアケラギの姉御の返答は無情だった。本人に情がないかどうかはともかく、答えそれ自体は完全に無情だった。


「何それ?」


 俺は「情報」を意味する言葉と「制御装置」を意味する言葉をつなげて言ったのだが、それでは通じなかったようだ。


「パソコン、タブレット、インターネット……」


 21世紀の日本語で言っても通じるわけがない。

 どう表現すればよいのだろう?

 俺はこめかみをおさえた。





 不足している言葉を尽くした説明を延々と続けた。

 アケラギさんも理解しようと精一杯頑張った。





 小一時間ぐらいかけただろうか?

 俺はようやく理解した。


 この世界には少なくとも一般人が使えるようなインターネットは普及していない。

 高度な情報通信はアルシエ様が独占しているらしい。





 俺は大声で叫びたい!


 いまどきネットも無いなんて、それはどういう未来世界だ‼

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ