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SF世界に転生したと思ったら身体がなかった  作者: 井上欣久
第2部

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6 SFは年表だ。覚える気ないけど

 ファンタジーは地図だ、という言葉がある。

 架空の世界を構築するならば、主人公の出発地点がどのような土地であるかを決めなければならない。そこから移動した先には何があるかを知ることがファンタジー小説を読む者の楽しみとなる。多くのファンタジー作品が旅を題材にするのは、そのあたりに理由があるのだろう。


 対して、SFは年表だ。

 現実世界との接点がほとんどないようなファンタジーよりの世界観ならともかく、未来を描くならいつどのような革新的な技術が発明されたか、どのような歴史的事件があったのかを描写することは避けられない。


 そういう知識はあったんだが、まさか自分が未来世界へきてそれを実感するとは思わなかった。


「地球の遺産、ってどういう意味だ?」


 俺はこれまで飄々とした受け答えを心がけてきた。

 それはすでに一度死んでいるという気楽さから来るものでもあるし、心に余裕を持って動きたいという事でもある。

 だが、俺にも故郷を思う気持ちという物は残っていたらしい。

 俺は今、真剣だった。


「遺産は遺産じゃ。ほかにどのような呼び名がある? まぁ、そこらに浮いている岩塊も広い意味では遺産じゃが、普通は文明の痕跡が残っている物のみを特別に『地球の遺産』と呼ぶのう」

「では、地球はもう無いのか?」

「そうか、地球が失われたのは魍魎期の終わりの出来事じゃからのう。そなたはその頃、機能停止中であったか」


 俺は天を仰いだ。

 天といっても、そこに見えたのは床とも天井ともつかない宇宙船の壁面だけだったが。


 俺が寝こけている間に、まさかそんな事になっているとは。

 俺って寝坊助さんだ。俺の名誉のためにはブラックホールのシュバルツルスト半径に捕えられていたとか、ワームホールで直接未来に送られたとかだと主張したいところだが、そんな記憶はないな。


「地球が失われるなんて、いったい何があったんです?」

「巨竜、と呼ばれる宇宙生物の襲来じゃよ。こいつらは亜光速で宇宙を飛び回る超生物で、魍魎どもと仲が悪かったらしい。同時多発で一斉に攻撃を仕掛けてきた標的の一つが地球じゃった」

「長命者たちは超光速での移動が可能だったはずだが、亜光速に負けたのか?」

「同時多発と言うたじゃろう。太陽系だけでなくあちこちの星系に同時攻撃じゃ。移動能力の差など関係無かろう」

「その竜たちは長命者を主に狙っていた?」

「時が経ちすぎておる。確かな事はもはや解らぬよ。その事件を契機に我らの先祖が魍魎どもに戦いを挑み人類を解放した、確かな事はそれだけじゃ」


 それでは本当に地球はもうないのか。

 漠然と『地球』と表現してしまうと範囲が広すぎるが、あの山も海も空すらも見ることができないとは。


「国破れて山河在り。時を超えてきた俺には空すらも無し、か」


 これはもう泣いてもいいかも知れない。

 俺は軽く目を閉じてうつむいた。


 失われたであろう多くの人命、まだ生きていたかも知れない野生の動物たち。地球上に生きていたはずのすべての命に黙祷をささげる。





 間を置いて、俺は少し湿った瞳をモイネ殿に向けた。


「で、さっき言っていたアルシエ様とはその宇宙生物の関係者なのか?」

「いいや、違うね。アルシエ様のお生まれは魍魎期の半ば頃、その萌芽となる物は地球期の終わり頃に出現したと聞いておる。巨竜たちとは時期が合わぬ」

「地球期の終わり頃、とは20世紀の後半から21世紀にかけてと考えてよいのかな?」

「妾も歴史は専門でないが、大体そのぐらいかのう」


 読めた、な。

 アルシエ様とは九割がたネットワーク上に生まれた超知性体だろう。

 次点で単一ハードの巨大コンピューター。大穴でハードへの依存すらなくなった純粋情報生命体とか。

 最後のやつだったら、そいつを神の一柱と認めるのにやぶさかでないな。

 なんにせよ、相手が人工知能関係からの進化体なら接触したアリスさんがおかしくなったのも納得がいく。10000年以上進歩した知性体からすればアリスさんの相手なんて赤子の手をひねるようなものだろう。

 それは、俺相手でも同じかもしれないが。





 話している間に、例の立方体型戦艦に動きがあった。

 アズクモ・コロニー側が迎撃態勢を整えたことを察したのだろうか、ド級戦艦は再び軌道を変える。

 太陽電池群に突っ込むコースから、少し離れたところを通過するコースへ。

 人型宇宙機たちはまだ油断はしていないようだが。


「どうやら、外のほうはひとまず落ち着いたようだねぇ」

「そのようだな。領空すれすれに接近して敵対者の対応能力を探る。はるか昔からよくある話だ」

「どちらかというと、今回はこちらに圧力をかける砲艦外交の方だけどねぇ」

「他人ごとに余計なお世話だとは思うが、対応がちょっと弱腰すぎないか? 他国の戦闘艦にあそこまで接近されたのなら、いっそ撃破してしまってもよいと思うが」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 どういう意味だ?


「あの戦闘艦はそなたにとっても他人事では無いのだよ。あれが要求しているのはそなたの引き渡し。それも、そなたの詳細を知らぬままルーチンワークでやっている要求じゃ」

「それが何か?」

「何も知らぬままですらあの始末じゃ。もし、そなたの情報の一部なりとも洩れたらどうなるかのう? 魍魎期に作られた美少女アンドロイドの完動品じゃぞ。いったいどれだけの価値があるか、全く想像もつかぬ」


 ええっと、ミロのビーナスの両腕付の品が発掘されたぐらい?

 制作された時代からの時間経過でいえばラスコー洞窟の壁画の方が近い?


 確かに、俺にも想像できない。


「それだけでは無いぞえ。そなたに対してはアルシエ様がいち早く対応なされ、この翻訳ソフトを授けてくださった。これはそなたが全太陽系レベルの重要人物であることを意味している」

「アルシエ様ってのも余計なマネを」

「加えて妾はそなたに尋常でない『力』が宿っていることを感知している。並の多脳者はおろか、妾と比べてさえ大きく上回りかねない『力』じゃ。すべてを加味すると、いやこのうち一つだけでも、そなたの奪い合いで戦争が起こりかねない」


 冗談だろう、と言いたいところだが本気のようだな。

 チートな能力なんて何も持っていません、このまま市井に紛れてチラチラしながら生きていってはだめですか?

 それは無理だろうと俺も思う。チラチラ系主人公は早い段階で破たんするものだ。


「で、俺に何をやらせたいんだ? それとも、もう一回宇宙に捨てるか?」

「アルシエ様に目をかけられているそなたを捨てるなんてとんでもない。やるとしたら幽閉じゃ。外部と連絡がつかない所に閉じ込めて保管する」

「それは宇宙へ投棄よりひどい」

「妾もそれをするのは忍びない。だから、この場で宣言してほしいのじゃ。自分がアズクモ・コロニー所属であると」

「そんな事で効果があるのか?」

「目を見張るほどの効果は、無いじゃろうな。共和国に対する直接の影響はほぼ無い。周辺諸国に対するけん制効果だけじゃが、何もせぬよりは良い、という所じゃ」


 俺は考え込んだ。

 立方体型宇宙戦艦と人型機動兵器、どちらを味方と感じるかという問いなら、たいていの日本人は同じ答えを出すだろうが……


「そうそう、リュンガルド共和国の現首相はなかなか見た目は良いが、好色漢との噂じゃ。そんな男がそなたを手に入れたらどうするかのう? そなたの女の部分、それはちゃんと機能するのであろう?」


 !

 俺がこの時どんな顔をしていたかは大体想像がつく。


「色をもって男をたぶらかしたいのであればあちらへ行くとよかろう。傾国の美女となってくれればこちらも助かる」

「俺が嫌がるのをわかっていて言っているだろう」

「それは、な。そなたの仕草、物言い、すべてが色を武器とする女のものではない。妾もかつては女であったからそれぐらいはわかる」


 俺が男だと解らないようではまだまだだな。


「条件がある。まず、このコロニーの俺に対する所有権は認めない」

「そなたを人であると認めるなら当然の話じゃのう」

「二つ目に……」


 何を要求しよう?

 人間が必要とするのは普通は衣食住。

 だが、俺の体は食事を必要としないし、住むところも宇宙空間ですら全くの平気。衣だけは少しは縁があるが、生前から着道楽するタイプではなかった。

 今の女の身体を着飾りたいともあまり思わない。

 と言うか、女性用のファッションの勉強なんて今から始めたいとは思わない。


「二つ目に行動の自由を。アズクモ・コロニー内の移動と言論の自由を要求する」

「一般市民と同レベルのものは保障しよう。特権階級化は認めない」

「暫定同意、だな。ここの言論の自由がどの程度のものか俺は知らないので判断がつかない。あとは、俺の装備だ」

「装備?」

「汎用関節ユニット利用の強化外骨格」

「悪いがあれの市街地への持ち込みは認められないよ。あれは第一級の武器になる。ロボの顔面をパンチ一発で凹ませるなんて、恐ろしいパワーさね」

「なら、外骨格の保管場所への出入り自由を」

「それは構わない。あと、必要になるのは住所だね。部屋を一つ用意させておこう。自由にできるお金も普通の初任給程度は支給する」

「感謝する」

「それから、案内役兼護衛としてそこの3人も付けておく」


 兼監視役だろう、とは思ったが口には出さないでおく。


「兼アズクモ・コロニー語の教師役も頼むよ」

「アルシエ様からいただいた翻訳ソフトを渡せるが?」

「遠慮しておこう。トロイの木馬かも知れない物をインストールするつもりは無い」

「わざわざ苦労して習得したいと言うならそれも良いじゃろう。商談はこれでまとまったかのう?」

「問題無さそうだな。宣言は今ここですれば良いのか?」

「記録はちゃんと取っておく」

「そうか」


 俺は居ずまいを正した。


「私、サガラ・コタローは宇宙を漂流中アズクモ・コタローに救助された事を鑑み、コロニー側が私の言論・移動の自由を保障するかぎり私がアズクモ・コロニーに所属する事を宣言する」


「うむ、十分じゃ」


 もう一回やれと言われたら怒るぞ。

 とりあえず、この場での用事はこれで終わり、かな?


「しばし待て。そなたの宿舎の手配など、いろいろと雑事が残っておる」

「では、その間に俺は早速権利を行使させてもらおう。外骨格はこちらへ置いておかねばならないのだろう? 保管場所の確認をしておきたい」

「ずいぶんと大事にしておるようじゃのう」


 モイネ殿の言葉に俺は微笑みを浮かべた。


「ああ。大事な、大切な相棒だ」

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