4 ご対面です
ツノを生やした女性は俺を格納庫(?)の隅に導いた。
そこにはちょっとした荷物が置かれていた。
満面の笑みとともに広げられたそれを見て、俺はたじろいだ。
今の俺にとても必要な物だとは理解出来るのだが、やっぱり心理的には抵抗がある。
女性用の衣類。
俺の男の沽券とともに問題だったのは、それを身につけるには強化外骨格を外さなければならない事だ。
ダッチワイフボディのパワーなど、成人男性のそれを下回る。というより、このボディの腕力は男の力の前に簡単に屈するために存在しているのだ。
外骨格を外すことは自分の身を守る手段を放棄することに等しい。
それでも俺は3秒ほど考えたのち、装備を外した。
外骨格から離れた状態で、それをリモートコントロールして見せる。
この状態でも俺に手を出したらただでは済まさないぞ、という示威行動。のはずだったが、鬼な女性はまったく気にせず俺を抱きすくめた。
野郎に手出しされるよりはずっとマシか。
この女性に百合な趣味があるなら一戦交えてみるのもいいが、こちらの「武器」が無い状態ではとって喰われて終わるかもしれない。
などと思ったが、俺に抱きついてきたのはここが無重力だから、だったらしい。
俺を固定しておいて女性が差し出してきたのは、まずパンツだった。
俺は一瞬かたまってしまった。
機械の身体の俺にパンツは本来必要ない。だが「はいてない」という状態には変態性が感じられる。
変態性と男のプライドを秤にかけて、俺はプライドを捨てた。捨てねばならなかった。
ホットパンツ、ニーソックスと渡され、俺の上半身はまだ裸だぞと「?」となったが、次に出てきたのが吸着ブーツで納得。重力のない所で服を着る以上、コイツを早めに履くのが正解だ。
その後はブラの着付けでプライドをもう一つ失くし、ミニのワンピースを頭から被せられる。ワンピースのスカート部分は重力が無くともめくり上がらない特別仕様だ。
どうせスカート下にはホットパンツがあるので、スカートはいわゆる絶対領域を作り出すための装飾用だ。
よっぽど可愛くできたのか、鬼の女性はキャーキャー言って喜んでいる。
一応礼を言おうとして、本体からでは声が出せないのを確認する。ダッチワイフボディの発声機能は口の中の水分がゼロだと動作しない。
俺は鬼の女性の手をとった。俺のそれよりひと回り大きな手のひらに横棒を一本ひく。
「?」
ツノを生やした頭が斜めになる。
俺は今度は横棒を上下に二本ひく。下の棒を上の物より長くひく。
「⁉︎」
俺が何かを伝えようとしている事はわかったみたいだ。
横棒を三本、真ん中を短く下を長く書く。
少しは理解してもらえただろうか?
止めとばかりにロの字の中にハを入れる。「四」だ。
ポンとたたきたがる手を引きとめて、俺はもう一つ字を書いた。「水」と。
コップを傾けるしぐさもして見せる。
鬼の女性は驚いたようだった。
本当にこれでいいのか? という顔でベルトから水筒らしい密閉容器を外して渡してくれた。
彼女が俺のことをどう解釈しているのかちょっと気になる。
ただの漂流物のロボット?
真空中でも生きられる特殊体質の人間?
容器に入っていた物はただの水ではなくスポーツドリンクのような物だった。
舌に化学物質を感知するセンサーが付いていることに気付いて、俺は呆れた。この身体は無駄に高性能だ。
ちなみに、口から飲んだものを吸収する能力はあるが、固形物はさすがに消化できない。下から排泄する機能もない。穴だけはあるが上とつながってはいない。よって、何か食べたらそのうちリバースしなければ胃の中で腐って悪臭をはなつ美少女が出来上がる事になる。
実践してみたいとは思わないな。
飲んだ水分が身体を潤していく。
「ア、イ、ウ、エ、オ。カ、キ、ク、ケ、コ」
発声機能が戻ってきた。
「助かった、ありがとう」
礼を言って容器をかえす。
日本語で喋ったが俺が何を言いたいかぐらいは解ったのだろう、女性も自分の言葉で何か答えた。
会話らしきものがようやく成立したわけだ。
俺の身支度が整ったことで、男たちにも声がかけられる。
ふり返った二人に眩しいものでも見るかのような目を向けられる。
敵意はない、と示すように両手を広げて微笑みながら近づいてくる。
勇気のある男たちだ、と俺は思う。
正体不明の宇宙漂流物など、問答無用で拘束してもおかしくない。ビーグル号とかノストロモ号とかエンタープライズとか、それで痛い目にあった宇宙船は数知れない。
全部、SF創作物の話だけどな。
サラリーマン侍が親指で自分を指差した。
「トキザネ」
彼の名前だろう。漢字に変換できそうだ。
ピグニーの若者が手を挙げる。
「レギンス」
ホビット一族のバキンス家と縁戚関係にある、という設定でもあるのだろうか? 足の指の間に毛が生えているかどうか、いつか確かめてみたい。
鬼の女性がニッと笑った。
「アケラギ」
アケラギ童子さんですね、わかります。
期待のこもった目で見つめられ、俺も自分を指差し。
「サガラ」
いつものセリフ「コタローと呼んでくれ」へ繋げようとして、俺はためらってしまった。ここが漢字文化圏なら「太郎」が長男を意味する事は見当がつくだろう。俺がTS転生状態だと知られる事は女性だと思われるより恥ずかしいだろうか?
はっきり決断できた訳ではなかったが、俺がためらっている間に俺の名前は「サガラ」で通ってしまったようだ。
今なら女湯入り放題、なんて事は一瞬しか考えてないぞ。
侍・トキザネが壁ぎわのインターホンでどこかと話している。
俺は10000年前の同じようなシーンを思い出した。
あの時、オットーは何もない空中に向かって会話していた。おそらく、宇宙基地内のどこであっても会話可能だったのだろう。
造り付けのインターホンを使って話している今は、明らかに技術が退歩している。
小型宇宙機の技術力は互角ぐらいに感じられたが、そのあたりはロストテクノロジーなのだろうと予想する。同じ物はもう造れないのか、まったく同じ物が自動生産されるのかどちらかだろう。
話しが終わって、トキザネは「付いて来い」と身振りでしめした。
この場を離れるなら、と俺は強化外骨格に目を向けるが、彼は七三分けの頭を横に振った。この先は武器の持ち込み不可らしい。
外骨格の遠隔操作がどの程度の距離まで可能か分からないのが痛い。パチンと指を鳴らしただけでやって来てくれるなら良いんだが……
隔壁に生身の人間が通れる程度の通用口が開く。
トキザネの後についてそこをくぐる。
隔壁のもともと同じ部屋、という予想は正しかったようだ。部屋そのものの構造はこちらとほとんど同じだった。
違いはそこに並んでいる機体にあった。
左右に3機づつ計6機、人型宇宙機が並んでいる。頭部以外はトキザネたちの機体と同型だ。コックピットのハッチは閉じていて、手には槍と斧を組み合わせたような長柄の得物ーーいわゆるハルバードを持っている。
他に銃器らしい物は携帯していない。
あのハルバードは儀礼用なのか、周りを壊さないために飛び道具の使用が制限されているのか、あるいは見かけでは分からない超性能を秘めているのか、3択問題だ。
どれもあり得るから困る。
そして、俺の真正面にもう1機いた。
一番の上座にいるから大型機かと言うとそうでも無い。むしろ小さい。
等身大から見ればはるか見上げなければならない大きさだが、他の人型宇宙機と比べたら大人と子供だ。
その理由は一目でわかる。
バーニアが無い。
宇宙空間に出ることを想定していない儀式用の機体なのだろう。全体に美しい装飾が施されている。
あれに乗っているのは将軍か、国王か、国家元首か?
大物であるのは間違いなさそうだ。
トキザネたちはハルバードをかざした機体の間で足を止める。
敬礼にあたる動作なのだろう。両腕を胸の前で平行にかざした。
俺?
俺はまだ何もしない。
まだ相手の顔も見ていないのに頭を下げる気にはなれない。
ただその場に立つ。
上座の機体のスピーカーから声がする。少し歳がいった女性の声、かな。
よくやったとか、任務ご苦労とか、その類いの言葉だろう。トキザネたちが受け答えする。
「さて、そなたの番だな、お客人。サガラと言ったか?」
驚愕。
生身の身体を持っていたら、心臓が口から飛び出るかと思った事だろう。
彼女の使った言葉は日本語だった。
「この身体も、遂におかしくなったらしい。再チェックさせてくれないか?」
「おや、故障かえ?」
「やばいな。完全に幻聴が聴こえる。漢字だけならまだしも、21世紀の日本語が10000年後まで残っているはずが無い」
儀礼用機体から笑い声が響いた。
「面白い娘だのう。心配する必要はないぞ、そなたの機能は正常だ。この言語はアルシエ様から賜った物。普段使いしている言葉では無いわ」
アルシエ、権力者らしいこの声より更に上の存在か。
黒幕っぽい名前が出てきたな。
「これが幻聴ではないと? で、そのアルシエ様とは何者ですか?」
「アルシエ様はアルシエ様じゃ。おかしな事を聞くのう? 他に何がある? この地球ベルト上にあまねく存在し、我らの生存を保証してくださるお方じゃ」
それは神なのか?
俺を転生させたあの存在を思い出す。
確かにアイツなら日本語での対話能力を与えるなど簡単だろう。だがアイツなら今さら俺に関わってくる理由が分からない。
「よく分からないが、そのアルシエ様って俺に何か用があるのか?」
「さて、な。アルシエ様の意などただの人間にどうして押し計れよう。アルシエ様が恵みをくださればありがたくいただく。その時差し出された以上の物は望まない。それがあるべき姿じゃよ」
「神に対するそのスタンスには完全に同意するよ」
自分の物ではないチート能力になんか頼る物じゃない。
「俺に故障が無いなら、あらためて始めよう。俺の名はサガラ。肩書きは特にない。宇宙を漂流中、助けてもらった事を感謝する」
「妾はこのアズクモ・コロニーの多脳者長、サユル・モイネじゃ。神託を受けし者、数多の軌道を開いた者、などと呼ばれておる」
「挨拶は結構だが、モイネ殿」
「なんじゃ」
「できれば顔ぐらい見せてくれるとありがたい。その人型ロボットの身体が本体だと言うなら謝罪するが」
「ほう。多脳者たる妾の姿を見たいとな」
モイネ殿のロボットは器用に身を乗り出して見せた。
この身体が本体で中の人などいない、と断言されたら信じるしかないような人間くさい仕草だった。
「多脳者というのがどんな者か、俺は知らない。非礼な要求だったか?」
「別に非礼という訳ではない。そんなことを求める者が滅多にいないだけでな」
「まさか、モイネ殿の本性を見た者は正気を保っていられないとか、そんな事を言い出す訳じゃあ……」
「酷い事を言うのう。せいぜい夜中にトイレに行けなくなる程度じゃ」
「なら問題無いな。この身体に排泄の必要はない」
「いいじゃろう。そこまで言うなら今の妾の姿、見せてしんぜよう」
ロボットの前面ハッチがゆっくりと開いていく。
横目で見るとトキザネたちはさりげなく目をそらしていた。
ハッチの内部は水槽になっていた。生命維持装置に繋がれた人体がそこに固定されている。
その人物、モイネ殿の手足は萎縮していた。あれではまともに機能しないだろう。それは内臓のほとんども同様だ。胴体も小さく薄かった。
逆に彼女の頭部は肥大していた。
頭蓋骨の縫合は剥がれて断片化し、巨大化した大脳皮質が皮膚のすぐ下にあるのが見てとれる。多脳者と言ったが、彼女の脳は通常の人間の5人分以上はありそうだ。
水槽の中に保護されているのも当然だ。地球の重力下では彼女が生存するのは困難だろう。
「どうかえ? 好奇心は満足したかえ?」
「あなたが俺には理解できない最新流行を追い求めているのは良くわかったよ」
「では、今度は妾の番じゃな。サガラというたな。尋常ならざるその力、そなたは一体何者じゃ?」
彼女の生身の目と上のロボットの目がシンクロして動く。俺をギロリと睨む。
我知らず、俺は一歩後退していた。
なんて迫力だ。
この女の相手をするには確かにSANチェックが必要だな。




