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SF世界に転生したと思ったら身体がなかった  作者: 井上欣久
第2部

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14/36

2 軌道を変更します

 やっちまったな。


 今回こそは穏便に、と思っていたのに力一杯殴ってしまった。


 冷静になってみると、この痴漢機は別に悪くない。

 今の俺の身体はどこか東の方の工業か幻影なエロゲメーカーが作ったような美少女だ。年齢設定も大抵の男のストライクゾーンの下限あたりに引っかかるだろう。

 そんな美少女の人形がすべて丸出しのまま落ちていたら、男なら微妙な所をつついてみるぐらいはするだろう。

 気持ちは俺もとってもよく解る。


『とりあえず、汎用関節ユニットの形態変更を提案します』

『アリスさんか。頼む。最低限、胸と腰だけでも隠してくれ』


 外骨格がワシャワシャと変形し、何もかも丸見え状態からビキニアーマーにまで改善される。

 全身を覆うマントにすることも可能だろうが、現状で動きにくくするのはデメリットが大きいと判断する。


『死んだふりを続ける意味はもう無い。アリスさん、アクティブ系センサーも全稼働。全天探査を』

『了解しました』


 神様チートを持っていた時のように自力で全ての情報を得られれば楽だが、もうそれは不可能だ。


 俺は痴漢機からの反撃を警戒。


 ?


 痴漢機は両の手のひらを顔の前で合わせていた。

 動作不良を起こしたのか、その頭部が前後に上下にカクカクと動く。

 2本の脚はキチンと揃えて折りたたまれていた。


 あの脚の形はSEIZA?


 その態勢のまま両手をバンザイさせ、今度は上体を折り曲げる。


 地面が無いので解りにくいが、ひょっとしてDOGEZAのつもりなのか?


 女性相手にやらかしてしまった男の行動としては正解かもしれない。

 俺も彼(?)に対して、ちょっとは申しわけなく感じている。


『コタロー。現在位置の特定、軌道要素の算出終了しました。時計機能の誤差も修正。観測可能なすべての天体は計算上あるべき位置に存在しています』

『ありがとう。でも、全天探査はそういう意味ではなかったんだが』

『付近の宇宙機についても報告。我々と運動量を一致させている機体は現在接触中の物を含めて3機存在。後方で待機していた同型と思われる機体が接近を始めました』

『あのコロニー型の宇宙船とは運動量が一致していない。つまり、たまたま軌道が交差しただけ?』

『はい。我々はゴル基地の爆発で黄道面から弾き出される形になったようです。通常の太陽系平面との交差は一年に2回だけ。我々が発見されるのがこれほど遅れたのはその為だと思われます』


 それほど少ないチャンスなら、是が非でもこのDOGEZA機に救助してもらわなければ。


 それにしても、DOGEZA機とか痴漢機とか、色々呼ぶのも面倒だな。


『現在接触中の機体は仮にガンもどきと命名する』

『了解です。ガンもどきからの電波発信、増大しています』

『通信か? 解読は出来ない、よな?』

『はい。相手の規格がまったく読めません。……いえ、これは……』


 アリスさんが言葉を濁したあと、雑音とともに男の声が聞こえてきた。

 聞いたことのない言葉だが、確かに人間の声だ。


『解読したのか、流石だ』

『解読と呼べるほどの事はしていません』

『しかし、ずいぶん音質が悪いな。まるでトランシーバーかアマチュア無線みたいな』

『その通りです』


 何だって?


『これは電波の波をそのまま音声に置き換えた物です。原始的な初期型の無線通信です』

『スペースコロニーを造って移動させるような奴らが、アマチュア無線(ハム)で会話しているのか?』


 そんな馬鹿な。

 人型宇宙機を運用するのだってそれなりの技術力が必要だろう。


 明らかな技術の断絶が存在する。その意味は?


 あまりゆっくり考えている暇はなかった。

 報告にあった残りの2機が近づいてくる。


 改めて見ると、同じ人型でも機動な戦士とはだいぶ構成が違う。

 メインの推進器が付いているのは背中ではなく左右の脇の下だ。もともとロケットの推進軸は機体の重心を通っていなければならないので、この配置には納得がいく。ただ、この配置のせいで推進器の使用中は両腕をまっすぐ前(この場合は頭の側)に伸ばす、どこかの光の巨人のような飛行姿勢をとらなければならないようだ。

 姿勢制御用のバーニアは特に見当たらない。

 かと言って、方向転換に手足を用いる所謂アンバック機動をしている様子もない。おそらく内部にジャイロでも仕込んであるのだろう。重心位置に置いた回転体の速度を変化させることで姿勢制御していると見た。


 傍受している無線電波に別の声が混ざってきた。

 今度の声は女性の物。最初の声を非難しているようだ。俺はガンもどきのパイロットにちょっと同情した。


 ちなみに、新しく来た2機はガンもどきではなかった。

 額のアンテナと思った物は各機体の識別用だったようだ。今度の2機はV字アンテナではなくそれぞれ日輪と三日月の紋を掲げていた。

 戦国武将の兜だと思えば別におかしなものではないと思うが、俺はあえてツッコミたい。


 あんた等、どこのスリーなスーパーロボットですか?





 女性の声が不穏な調子で叫ぶ。

 三日月の機体が至近距離で止まる。


 なんかヤバそう。


 俺はワイヤーをガンもどきにつないだまま距離をとった。


 それは見事な一撃だった。

 スナップの効いたビンタがただでさえ破損していたガンもどきの顔面をとらえた。

 中のパイロットにまでダメージが入ったかどうかは解らないが、見ているこちらの頬が痛くなるような一撃だった。あの機体に痛みをフィードバックするシステムがないことを祈っておいてやろう。


 これは痴漢行為の制裁はすんだという、いわば謝罪の意思表示とみていいのかな?


 日輪の機体が一礼して、こちらに手を差し伸べてきた。


 彼らに敵意がないのは解ったが、あのマニピュレーターにつかまれるのは遠慮したい。機体強度はそれほど高くないようだが、あちらの方が格段にデカい。パワーもそれなりだろう。

 俺はガンもどきに吸着させていたワイヤーを回収、日輪の機体に改めて接続した。

 こちらからあの機体につかまるなら、重心位置に近い方が迷惑にならないだろう。肩のあたりにでも立つか?


『コタロー、警告します。あまり相手のメインカメラに近い部分には立たないほうがよろしいかと。汎用関節ユニットはミニスカート状態にしかなっていません』

『真下から見られるわけにはいかないか』


 俺は軌道を変更、日輪機体の腕の中に納まった。

 女性型のボディは本当に面倒くさい。男性型なら作り物の生殖器を見られたところでそれほど気にしないで済むだろうに。





 3機の人型宇宙機は推進器を一斉に吹かせた。

 軌道要素をあの巨大コロニー宇宙船に合わせにかかる。

 高重力が俺の身体を圧迫する。相当に高性能なロケットエンジンを持っているようだ。


『これだけの技術力を持っているのに無線だけ20世紀級? なぜだ?』

『解りません。ですが、音声通信の陰にもう1系統回線があるのを確認しました。こちらはデジタル通信のようです』

『当然だな。そちらとの接続は可能?』

『やってみます。あら、これは……』

『どうした?』

『……』

『アリスさん?』


 返事はなかった。

 何度呼びかけてもアリスさんは応えない。

 彼女が存在する部分のハードは電力消費を続けている。10000年の時の流れに負けて壊れてしまったわけでは無い。

 なのに、呼びかけに応えてくれない。


 俺の人生はとうに終わっている。

 ボーナスステージを存在し続けているだけの俺に死への恐怖はない。

 だが、何がおきているか解らない状況は俺を不安にさせるのに十分だった。


 まさか、アリスさんが誰かにハッキングされた?

 その謎の存在はこの俺をハッキングすることも可能なのだろうか?


 単純に消滅するのではなく俺が別の存在に変質させられるかもしれない。

 その考えは俺に恐怖という物を思い出させた。


 恐怖は闘志に変える。

 俺は人型宇宙機の額の日輪を睨みつけた。

 パイロットたちは高重力に耐えているのだろう。音声通信は雑音しか伝えてこない。





 とにかく、今はあの巨大コロニー船に連れて行ってもらわなければならない。

 あそこへたどり着かなければ何も始まらない。


 10000年以上も寝てたんだから、休息はもう十分だろう。

 これから、忙しい時間が始まる。


 残業だらけの休日なしでも文句は言わないぜ。

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