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SF世界に転生したと思ったら身体がなかった  作者: 井上欣久
第2部

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13/36

1 再起動します

 宇宙の海は俺の物。


 いや、今の俺は宇宙空間を漂うしか出来ないってだけの事なんだが。


 俺の名前はサガラ・コタロー。

 れっきとした男性のはずだったが、何処かの神の悪戯で未来の世界の美少女型セクサロイドに転生させられてしまった。

 その後、神の陰謀による大騒ぎをやらかしたあげく、戦闘用外骨格に変形させた汎用関節ユニットをまとった姿で宇宙空間に投げ出されたのが現状だ。


 ちなみに、推進剤とかはまったく残っていない。

 自力での軌道変更は完全に不可能だ。

 おまけにやらかした騒ぎのおかげで救難信号を聞き入れてもらえるあてもほぼ無い。宇宙の孤児とは俺のことだ。


 宇宙の海は俺の物。


 俺は俺の持ち物の中を彷徨っているだけさ。


 次は歌でも唄うか?

 宇宙空間で歌うのは宇宙船、ていうのが本来の定番だが。

 いや、ロボットアニメなら歌姫が、というのもアリか? 俺の柄ではないが。


 外骨格の表面が太陽電池になっているので、エネルギーが尽きる事はない。

 自殺に使えそうな能力も特にない。

 よって、俺は未来永劫に宇宙を漂い続けなければならない訳だ。


 退屈で死ねるなら、まだ良かったかも知れないな。


 そんな事を考えていたのは最初のうちだけだった。

 人間というものは、単調な刺激しか与えられないと、覚醒状態を維持するのが難しくなる。

 幸いな事に、それは人間の心をエミュレートした人口知能である俺も同じだった。


 半ば以上意識の無い状態で、夢を見ながら永い永い時が流れた。





 俺の外骨格を形成している汎用関節ユニットが一部ほどけ、俺の頰をチョンとつつく。

 この動きを制御しているのはアリスさん。俺の外骨格に宿る武具精霊、では無くて俺の案内役をしていた女性型アンドロイドの知的機能を移植した物だ。

 ほどけたユニットが宇宙の一角を指差す。

 俺はそこで星が瞬いているのに気づいた。

 大気の無い宇宙空間でそれはあり得ない。


 少しだけ覚醒してきた意識の中で、俺は自分のタイムスケールがおかしくなっていた事に気がつく。

 あの星は瞬いているのではない。

 点滅しているのだ。


 星の光ではない、人工の明かり。

 宇宙船か何かの航行燈だろう。


 これから何が起こるだろう?

 近くに来た宇宙船は俺を見つけるだろうか?

 見つけたとして、ただのデブリとしてスルーするか?

 それとも、人間の屍体だと思って回収してくれるだろうか?


 いやいや、あれが人類の宇宙船だという保証はない。

 何処かの多脚多腕の教授のように、人類滅亡後に異星人に保護される展開もあり得る。

 もうこうなったら、何が起こっても俺は絶対に驚かないぞ。





 そう思っていた時が、私にもありました。





 その物体は時間をかけて近づいて来た。

 ここが映画館だったら「ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ」と、身体に感じるぐらいの重低音が響いていた事だろう。

 ここは真空だから何の音もしないが。


 その物体は葉巻型をしていた。

 大きさは直径6キロ、長さ30キロぐらいだろうか?


 ゴメンナサイ。

 いい加減な事を言いました。

 目測すらしていません。連邦を容易く殲滅出来るレーザー砲の大きさを言ってみただけです。


 ともかく、そいつはコロニーだった。

 大量の太陽電池パネルを従えた密閉型のスペースコロニー。

 こんな物が移動するとは思えないから、俺の方がこいつのいる宙域に紛れ込んだのだろうか?


 いや、そうとも言えない。

 そのコロニーもどきには推進器らしき物が見える。

 どちらがどちらに近づいたのかと言う議論は宇宙空間では本来不毛だが、この巨大物体には自力で軌道を変更する能力があるらしい。


 俺には存在しない能力だ。

 羨ましい。





 さて、これからどうしよう?


 救難信号を発信しようにも、相手の通信の規格が分からない。

 相手が人類起源である事を期待して、モールス信号でも送ってみるか?

 トントントン、ツーツーツー、トントントン。

 SOSの単純な合図が忘れさられる事は永遠にない、と思いたい。


 俺はもともと指名手配犯に近い立場だが、100年とか200年とか経っているだろう今なら流石に時効だろう。

 俺がどんな存在なのか忘れ去られているに違いない。


『正確には13291年です』

『アリスさん?』

『はい。おはようございます、コタロー』

『おはよう。でも、どうやって話しているんだ? 音声を介さない直接通話は出来ないと思っていたけれど?』

『そのはずでしたが、10000年の間に進化したようです』

『機械が進化って、そんな馬鹿な』

『肯定します。常識では考えられません。ですが、コタローが関わると常識というものは簡単に破壊されるようですから』


 過去の自分の所業を思えば否定は出来ない。

 ブラックホールと喧嘩なんて普通は無理だよな。

 だが、現実を改変するあのチートな能力は、チート能力の送り主である自称「神」自身の手によって封印されたはずだ。

 チート能力の残りカスがまだ残存していたという事か?

 ま、そんなのは今考える事では無いな。

 また今度、何もない宇宙を漂う事になったら、その時に考察すれば良い。


『10000年以上の未来って、それは確かかい?』

『はい。コタローには時計機能へのアクセスが出来ないのですか?』

『やってみよう』


 今の俺は機械であり、この美少女セクサロイドのボディと無骨な外骨格の全てが俺だ。

 そう認識を切り替えると、機械の機能の全てが俺の物となった。

 生殖器部分の機能まで俺だとはあんまり考えたくないのだが……

 時計機能に意識を向けると、そこには確かに5桁の数字があった。


 俺が生きていた21世紀から10000年前となると、日本は石器時代ぐらいだろうか? うろ覚えだが。

 地質学や天文学の尺度で考えるとそう長い時間では無いが、人類の歴史の尺度では10000年とは途轍もなく永い時間だ。

 それだけの時間があればこの広い宇宙で俺が他者と邂逅する事も不可能ではなかったと言う事か。





 などと話している間にアチラ側から動きがあった。

 一体の宇宙機が近づいて来るのを俺のセンサーが捉える。

 今使っているのはパッシブ系のセンサーのみ。省エネルギーモードなのでアクティブ系のセンサーは使用していない。


『こちらからは何もしないのですか?』

『にこやかに微笑みながら手でもふってみるか?』


 人間の形をした何かが真空の宇宙で?

 それはちょっとしたホラーだと思う。

 何もしなくても回収してくれるなら、相手の内部に入るまではこのままがいい。


 俺の前、可視光線センサーの範囲内にその宇宙機がやって来る。


 ‼︎


 俺は顔面への情報出力をカット。笑い出すのをこらえた。


 10000年前の世界、このダッチワイフボディを得た世界でも俺は単座の小型宇宙機を見た。

 その時に見た機体は戦闘能力がとっても低そうに感じられる球型の本体に二本の作業アームがついた物だったが、今俺の前にいる機体はある意味でもの凄く強そうだ。

 ズングリしたボディに二本の腕。「下側」には二つの脚がある。

 構造を見る限りその脚も前方にまわしてマニュピレーターとして使用する事が可能な様だが、とにかく今は「脚」としか呼べない位置に存在している。


 ま、そこまではまだいい。


 問題はこの機体には「頭部」と呼ぶべき部位があり、そこに二つの目とアンテナが設置されている事だ。


 マスコミさん、ここにあの「G」が居ますよ!


 某有名ロボットアニメのあの機体だ。

 第1話でいきなり宇宙に居るなら一つ目(モノアイ)の方にしろよと思いつつ、その「G」もどきの接近を見守る。


 流石に機動する戦士ほど大きくはない様だ。

 身長にして5、6メートル程度。どちらかと言うと最低野郎の方に近い。全体の印象もそちら寄りだ。

 宇宙機なのにボルト締めかリベット止めらしい部分があるのはファッションだよな?

 頻繁に開閉する必要があるのであえてローテクを使っている可能性もあるが。





「G」もどきが手を伸ばして俺の肩を掴みに来る。

 そこで俺は重大な問題に気が付いた。


 今の俺は本体と呼ぶべきセクサロイドボディと後から戦闘能力を補うために付け足した強化外骨格で構成されている。

 セクサロイド部分もパワーはともかく耐久力は高いので、外骨格は力と機動力を補うために使用した。

 つまり、外骨格は文字通り身体の外側にまとわりつく形で装着している。

 結果、美少女セクサロイドのボディは前からはほぼ丸見えだ。


 着ていた服は長期にわたる真空への曝露に耐えられず、ボロボロになって四散している。


 何からナニまで丸見えだ。


 いや、別にこれは俺の本来の肉体ってわけじゃないし、ただの漂流物をよそおうのならここで動くわけにはいかないけど……


「G」もどきが反対側の手を伸ばしてきた。

 人を模した手の人差し指で、俺の胸元をチョンチョンとつつく。

 それで揺れるほど立派な物は無いが……


 我慢だ。

 我慢。


「G」の指先が、もっと下の方に降りてきた。


『いい加減にしろ、痴漢野郎‼︎』


 相手に通じないのを忘れて、俺は叫んでいた。

「G」もどきの手を振り払い、ワイヤーガンを発射。痴漢宇宙機と俺を繋ぐ。


 ワイヤーを手繰り寄せつつ、拳を振り上げる。

 強化外骨格の拳を双眼のすぐ下あたりに叩きつけた。


 ベコリ。


 接触した部位を通じて結構いい音が響いてきた。

 Gの痴漢の顔面は非常識な強度を持つ特殊金属ではなかったようだ。そもそも装甲ですらないただの外装(ガワ)なのだろう。

 拳の形に見事にへこんでいた。


 ……。


 やっちまったな。


 穏便に接触するつもりだったのだけど。


 どうしよう?

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