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SF世界に転生したと思ったら身体がなかった  作者: 井上欣久
第1部

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11 果てしなき終わり

 リチャードが隙を見せた瞬間、俺は背中のバーニアを移動させた。俺がまとっている外骨格はもともと小さな関節ユニットの集まりだ。触手に直接抑えられていない所なら自由に変形可能だ。

 バーニアのひとつを右へ、もうひとつを左の脇の下から前方へ向ける。


 全開噴射。


 壁に突っ張っていた触手がはずれた。

 俺たちは猛烈な勢いでスピンをはじめる。


「ぬおおぉぉぉっ!」


 リチャードの首から上は人間のままだ。ならば、三半規管への攻撃は有効なはずだ。

 こちらの機械の身体は『目が回る』といった異常を起こさない。これはこの身体を得た直後に確認している。


 俺を拘束していた触手がさらに緩んだ。

 俺は右腕を振り回して自由にする。そこにセットしていた武器を使う。


 ビームサーベル(断言)を作動。


 共生体だという触手がいかに強靭でも、それは人体を糧に成長した物。基本となる組成はタンパク質のはず。高熱の刃に耐えられる道理はない。

 俺は白熱したプラズマでリチャードの触手を切り払った。


「がぁぁぁははぁぁぁっ‼︎」


 触手の半分ほどを失ったリチャードは俺からはなれた。

 だが、逃走まではしない。サーベルの間合いのすぐ外で、俺の隙をうかがっている。


 俺はためらい迷う。

 後の事を考えればヤツにすぐにもとどめを刺すのが正しい。だが、俺に人が殺せるか?

 今だって触手ではなくヤツの頭部本体を斬ることだって可能だったはずだ。


「今更、だな」


 リチャードは俺の敵で、俺の行動によって既に死亡が決定している。この場で殺さないのはただの偽善でしかない。

 引導を渡してやる。

 俺は左腕にまとめておいた『針』のランチャーを美男面に向けて3連射した。

 リチャードはのけぞるようにそれを回避。…避けきれずに1発だけ顔面に被弾した。

 あの様子なら、脳までは貫通していないな。

 ヤツはひるんだが、致命傷は受けていない。それにしても、端正な顔に針が突き立っているところは、ちょっとしたスプラッタホラーだ。犯人の俺に言える事では無いが。

 むかつく胃が無い事に少しだけ感謝する。

「もらうぞ!」

 俺はビームサーベルの間合いに踏み込む。

 リチャードの立て直しは…ない。針の突き立った痛みに半狂乱になっている。

 殺し合いの最中にそれは『覚悟が足りない』。そうは思うが、俺もヤツも戦いの素人。グダグダの泥仕合になってしまうのも、仕方のないことか。

 せめて一太刀で決める。

 俺はスプラッタな顔面を見据えてビームをふるい、それを真っ二つに両断した。

 残った触手が一瞬だけ痙攣する。リチャードとは別個の命を持った『共生体』だというのは本当らしく、その後はゆっくりと波うっている。特に意思は感じられない動きだが、俺は素早く触手が届く範囲から離脱した。

 あの触手が巨大化して襲ってくるとか、質量保存の法則に反した事がおこらないのは何よりだ。


 ともかく、これで一安心…では無いな。肝心な問題がまだ残っている。

「アリスさん、この辺りに脱出艇か何かは?」

「有りません」

「遠くにも?」

「この基地に救命艇、脱出艇などは一切搭載されていません。この基地の各リングはそれぞれ5つに分割されていて、各部が独立して機能することが可能です。だから非常時にも外へ逃げ出す必要は無いのです」

 そう言えば、超電導コイルもあちこちに分散配置されていたと思い出す。

 しかし、そうなると…詰み、か?

 自爆する基地から逃げ出す手段が無い。

「各部が独立しているのなら、それらの分離は可能か?」

「不可能ではありませんが、私の権限では足りません。…現在、リチャード主任の脳内インプラントにイレギュラーなアクセスをかけています」

「ハッキングかよ。いいのか?」

「コタローに同行し便宜をはかるように、という命令がまだ生きていますから」

 命令の拡大解釈にしか聞こえん。

 アリスさんは高性能すぎるだろう。いつか人類は彼女たちに支配されるのではないかと本気で思う。

「ゴル研究宇宙基地の解体作業を開始します。第2リングは秘匿エリアのため操作できません。第1リング全体を解体しますか?」

「やってくれ」

 脱出艇が無いのなら基地ごと逃げだしてやる、という発想だ。だが、正直なところ気休め程度の行動だとも思う。この程度で逃げ切れるなら、リチャードたちがとっくにやっているだろうから。

「各部隔壁閉鎖します」

 リングのあちこちから重い物音が響き、最後に俺の目の前にもぶ厚いシャッターがおりてくる。

「第2リングの情報が取得できました。緊急事態です。B兵器群、チャージ完了まで、あと10秒です」

「マジか?」

 1000年後の世界での俺の生は本来の相楽虎太郎としての命のロスタイムみたいな物だが、それもあと10秒足らずで終わりかよ。

 ここまで来たら、最後まであがいてやる。ロスタイム終了間近の同点狙いロングシュートだ。

「B兵器作動1秒前にリング解体を実行しろ」

「了解です」

 第1リングが解体されれば、第2側にも少しは影響が出るだろう。それによってブラックホールの狙いがそれる可能性も、無くもない。あちら側だけ自爆してくれればなお良しだ。


 軽いショックと共に、0.3Gあった人工重力が0になる。

 リングの解体が実行されたようだ。


 途轍もない超重力。

 恐るべき衝撃。

 そして、俺は光に包まれた。







 俺は死になおしたかな?


 未来世界で宇宙(そら)ホタルと呼ばれる情報体、魂となって超空間(あのよ)をさまよっているのだろうか?

 幸か不幸か違うようだ。

 見下ろすとそこにあるのは慎ましやかな胸。これはダッチワイフの美少女ボディだ。あまりの衝撃に機能がフリーズし今になって再起動が完了した、そんなところだろうか?

 助かった、とはとても言えない状況のようだ。

 俺の前、左右も上下も広大な宇宙空間が広がっている。ゆっくりとだが回転しているので、360度全方向に真空しかないのがわかる。

 つまり、身一つで宇宙空間に投げ出された。

 強化外骨格はまだくっ付いているが、バーニアの推進剤はもう0に近い。仮に推力があったとしても、今の俺がどこをどんな軌道で巡っているかわからない以上、どこへも行きつく事は出来ないだろう。

 アリスさんと相談してみたい。

 しかし、あたりに空気がないので音声通話が出来ない。関節ユニットと直結したコネクターはどうやら運動機能限定に固定されてしまっているらしく、そちらを通じての連絡もとれなかった。

 つまりは八方ふさがりだ。

 アリスさんごめん。君を姉妹の所へ連れて行くのは無理っぽい。


 汎用関節ユニットの表面は太陽電池になっているようだ。

 活動するのに十分とは言えないが、システムを維持するには問題ないレベルの電力が供給されてくる。

 しかし、何も出来ない。

 せいぜい、腕を伸ばして回転運動を安定化させようとする程度だ。

 見覚えのある星座を探して方角を確認するが、それがわかったからと言ってそちらへ移動出来るわけではない。せめて面積のある物体でも持っていれば、太陽風を掴んで宇宙ヨットになれるのだが。


 こんな事なら、素直に死んであの世に行っても同じだったかもしれない。







 人間の脳は刺激が単調になると、覚醒状態を維持することが出来なくなるという。

 それはエミュレートされた存在である俺でも同じらしい。

 俺は無限の宇宙の中でいつしか微睡んでいた。

 夢を見た。

 過去と未来の宇宙のこの辺りを。

 日本の小惑星探査機がやって来たので、ほんの少しだけ手助けした。リチウムイオン電池がどうとか…

 もちろん、ただの夢だが。


 このまま、このボディが朽ち果てるまで宇宙をさまよう。そして、時が来たら冥界に帰る。

 それでいいよな。

 オットー、俺は約束を守ったよな。

 生き残るために全力を尽くしたぞ。成功したとはちょっと言い難いが。







 …。







 …。







 どれだけの時間が流れただろう?

 俺が着ていた服の残りの部分は、すべて駄目になった。直射日光と真空でボロボロになり、俺が回転する遠心力で虚空の彼方へ飛んで行った。

 ダッチワイフボディは無駄に頑丈だ。

 本来の用途とはかけ離れた環境なのに、いっこうに壊れようとしない。







 …。







 そろそろ、死後の世界に帰れるだろうか?


 そう思ったのはいつの昔だっただろう?


 俺の頬を何かがチョンチョンとつついた。

 意識が覚醒した。

 強化外骨格となっていた汎用関節ユニットの一部がほどけ、俺の意思とは関係なく頬を突ついていた。

 誤作動?

 いや、アリスさんか?

 俺の制御から離れた小さな腕は、ひとつの方向を指差した。

 何かあるのだろうか?


 そちらでは星が真空の宇宙の中で瞬いていた。


 ⁉︎


 あれは星じゃない。

 あれは…

 コタロー君とアリスさんの冒険はあと少しだけ続くようですが、今回はここで閉幕となります。ご愛読ありがとうございました。

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