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SF世界に転生したと思ったら身体がなかった  作者: 井上欣久
第1部

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9 フルメタル・レディ

 オットーたちの乗った貨物船を見送りつつ、俺は次の行動を思案する。

「コタロー、これからどうするつもりですか?」

「あいつらさえ逃げ切れば、俺のほうはどうなっても別に問題はないんだが、約束してしまったからな…」

 正直、現状から生き残る方策を立てるのは、相当な無理ゲーだ。超兵器を2度も防がれて戸惑ったのか、今のところは攻撃が途絶えているが次の砲撃が来たら対処できる自信はない。

「俺の能力は今消えていくところだ。戦うなら短期決戦しかないが、火力が違いすぎる」

 事象改変で超電磁砲(レールガン)ぐらいなら作れるかもしれないが、その程度でブラックホールと撃ちあうのは無謀だろう。21世紀の主力戦車に黒色火薬を使った前装式の大砲で挑むようなものだ。

 何かないのか?

 光子魚雷でも、Q型螺旋砲でも、星の涙でもいい。

 映画、小説、漫画の各種SF兵器を思い浮かべるが、どれも実在するわけがない。いや、星の涙は無理でもその使い手の戦法なら、不可能ではない、か? どうせ失敗しても失うものは何もない。

「海賊戦法だ」

「はい?」

「大砲を持っている敵が相手なら、その懐に飛び込んで砲手を殴り倒す。アリスさん、一応聞くけど、このボディは真空に耐えられるよね」

「はい、多少は傷むかもしれませんが致命的な影響はないはずです」

「ならば必要なのは宇宙空間で行動できる装備だな。予備のタグボートとか残っていないかな?」

「それなら、ちょうど良い物が来たようです」

 貨物船が出港して行った場所から、異形の機械が侵入してくる。あちこち焦げたり溶けたりした機械の塊。そういえばこいつも残っていたと、俺は身構える。

「ベリアル!」

 もう少し弱そうな名前にしておけばよかったと思わないでもない。

「コタロー、あれは敵ではありません」

「え?」

 襲撃して来た殺人機械が敵でなくて何なのか? と思ったが、そのベリアルは宇宙港の中に入った途端、活動を停止した。

「あれは元々、ここへたどり着くまでしか指示を受けていません。必要になればここから先の行動は改めて送信されるはずでした」

「その指示はもう来ない。アレはあそこで停止して、俺たちといっしょに処分されるのを待つだけか。確かにちょうど良いかもしれないな」

 敵で無いなら事象改変が効くはず。アレは俺がもらう。

 ベリアルのいる辺りは真空だ。俺は警告表示を出してくるエアロックを、手動操作で強引に突破。停止した元殺人機械に近づく。


《アカシックゲート レベル2》


 ベリアルのプログラムを俺に従うように書き換える。《レベル2》はおそらくもう使えない。

 俺のダッチワイフボディには、後頭部にコネクターがあるようだ。俺は汎用関節ユニットをそこへ有線で接続する。コネクターはともかく、この身体にハードポイントは設けられていない。俺は関節ユニットに身体を直接掴ませ、外骨格のように装着した。

 その姿はM○少女か武装○姫か。

 イメージとしては、某悪魔型神姫が一番近いかもしれない。


 俺はフルアーマーコタロー(笑)の性能をチェックする。

 外骨格で補強された腕力はデッドチェーンされたダッチワイフボディの物とは比較にならない。宇宙空間を機動出来るバーニアといろいろ使えそうなワイヤー射出ユニットがある。武装としてはジュディを撃ったあの針とオットーの使ったビームサーベルっぽい物がある。

 ちなみに『針』は元々探査用で、針の内部にもギミックが仕込まれているようだ(攻撃転用不可)。ビームサーベルのほうも別に武器ではなく、用途としてはガスバーナーの後継らしい。殺傷力は十分あるから別に構わないが。


 いつの間にか近づいてきたアリスさんが俺の肩を叩いた。

 どうしたのかと尋ねようとして、声が出ない事に気づく。あたりまえだ。ここは真空だ。

 アリスさんは一方を指差す。

 そちらはただの壁だ。が、壁の向こうには分離した第1、第2リングがある。


《アカシックゲート レベル1》


『見る』と、第2リングが更に変形。これまで1本しか使っていなかった武装腕を計5本展開していた。

 飽和攻撃かよ。

 1発2発では防がれると見て、5発同時に撃ち込むつもりだ。今となっては1発だけでも手に余るというのに。

 さっさと逃げる。

 そう考えて、俺はためらった。アリスさんはどうする? ここに置いていったら、間違いなくスクラップにすらなれずに消滅する。だが、連れて行った場合、重量の増加は横に置くとしても、最悪敵になる危険すらある。

 俺が迷っていたのは1秒にも満たない時間だったと思う。

 が、アリスさんは俺の想いを読みとり、無重力だというのに優雅に一礼した。

 別れの挨拶。


 すまない。


 もう時間がなかった。

 俺は宇宙港の出口にワイヤーアンカーを打ち込み、一気に移動した。生身(?)の身体のまま、星の海へと躍り出る。

 バーニアユニットの推進剤は貴重品だ。周りに構造材がある間はワイヤーを使って加速を得る。リングの間をすり抜け、俺は敵に向かって飛んだ。


 そして、ブラックホールが発射される。

 まずは4発。狙いは中央の宇宙港ではない。それを取り巻くリングだ。超伝導コイルの暴走を警戒したのだろうか?

 時間差をつけて5発目も来る。これはもちろん、宇宙港直撃コース。


 大丈夫だ。俺を直接狙っている攻撃はない。


 脱出した貨物船の位置も調べる。

 あまり良くは無い。

 オットーたちは宇宙港をブラインドに使って移動しているようだ。つまり、第2リング・宇宙港・貨物船は一直線の位置関係にある。

 だが、まあ距離はかなり開いている。よっぽど運が悪くなければ流れ弾に当たったりはしない。そう信じよう。


 4つのブラックホールがリングの4カ所に一斉に着弾する。リングは一瞬で崩壊。


 まずい、かな?


 もともと宇宙空間で使用されるのが前提らしい汎用関節ユニットはともかく、ただのダッチワイフが大量のガンマ線に耐えられるかどうかは怪しい。俺は関節ユニットを後方に集めて盾にした。

 女の子の身体はその陰でなるべく小さくなってうずくまる。


 衝撃が来た。


 真空の宇宙では爆発の衝撃波は伝達しない。

 そのはずなのにガンマ線とプラズマ化した宇宙基地の原子だけで、俺の身体ははっきりそれと分かるほど加速した。


 最後のブラックホールが宇宙港ブロックに吸い込まれる。いや、吸い込んだ。


 アリスさん‼︎


 俺は叫びたかった。涙を流したかった。

 そのどちらも俺には許されていなかった。

 せめてこのぐらいは、と俺はそっと手を合わせる。

 メタルボディのアンドロイドに魂があるかどうか俺には分からない。だが、アリスさんに魂がなかったらその方が不自然だとは思う。


 おい、《神》よ。これはお前の担当だろう。アリスさんの事はしっかり天国に連れて行けよ。


 俺はすべての腕を展開したことでまるで甲殻類のように見える第2リングを睨みつけた。

 先に逃げていなかったら、オットーたちもあの爆発の中で消滅していただろう。どんな人間よりも人間らしかったアリスさんは、宇宙港にとどまったままその生を終えた。

 本部棟の長命者たちが俺の事を危険視するのは理解できる。現実を書き換えるなんてとんでもない能力の持ち主を見たら、俺だって近づかないだろう。

 だからその延長で俺が関わったすべてを消してしまえと考えるのも解らなくもないが…

 だったら、なぜ俺を彼らと接触させた?

 宇宙(そら)ホタルの採取計画の産物が危険かもしれないという事は、第2リングにブラックホールキャノン(仮称)を用意していた以上、認識できていたはずだ。

 奴らが短命者やアンドロイドの命など、どうでもいいと思っているのなら、その常識(げんそう)をこの俺がぶち壊す。

 俺だって元は平和ボケで名高い21世紀初頭の日本人だ。標準からは少しずれている自覚はあるが、それでも俺に人間が殺せるかどうかはわからない。しかし、顔面が変形するぐらいの事は覚悟してもらうぞ。


 俺は外骨格で強化した拳を固めた。


 リチャードたちは今なにをしている?

 俺は先刻の会議室らしい所に意識を飛ばした。

 第3、第4リングと宇宙港の破壊にようやく成功し、ホッとしたような弛緩した空気が流れているようだ。

 爆発の向こうを逃げていく貨物船はまだ探知されていない。

「終わったようですが、損害が大きすぎましたな。ゴル基地の半分を喪失とは…」

「仕方あるまい。遺失技術の研究に危険は付き物だよ。今回は人員の被害は出なかったのだ。それだけでも…」

 ピーーッと警報音。

「なんだね?」

「宇宙港ブロックがあった辺りから、こちらへ接近してくる物体があります。現在、慣性移動中」

「映像を出したまえ」

 俺が発見されたらしい。

 とはいえ、それが俺だと馬鹿正直に教えてやる必要も無い。

 俺は後方で盾にしていた関節ユニットを身体の前面に展開した。

「これはこちらから送った実験機か?」

「はい、そのように見えますが、あのような形態をとるプログラムは用意されていないはずです」

「以前使った時のものが残っていたのかも知れない。ま、どうでもいい事だ。せっかく生き残った機体だが、アレをここに来させる訳にはいかない。自爆コードを送りたまえ」

「了解しました」

 ちょっとヒヤリとしたが、元ベリアルのユニットたちには外部からの干渉を禁じるように事象改変している。

「自爆コード反応ありません」

「ガンマ線の影響で内部機構に異常をきたしているのでは無いでしょうか?」

「そうかもしれんな。迎撃を」

「了解。デブリ除去システム、作動します」

 隠れんぼはここまでだ。

 俺は関節ユニットを動かして、ゆっくりと美少女型の本体を晒した。

 思いっきり憎ったらしく首を掻き切る動作をする。続いて、親指を下に向ける。

 最後に中指を立ててやろうと思ったが、女の子の身体であることを思い出してこれは中止した。

「ヤツだ!」

「ヒッ!」

「あの爆発を生き延びたのか、化け物め!」

 俺をゾンビか何かのように言いやがって。

 自分でもアンデッドだと思っているが、他人に言われると腹が立つ。

「全力で迎え撃て」


《アカシックゲート レベル1》


 レベル1だっていつまで使えるか分からないが、ここは出し惜しみする所じゃない。

 検索対象を危険物と設定。飛来するデブリ破壊用砲弾をその未来位置も含めて認識する。

 今だけは俺もニュータイプだぜ。

 俺は小手調べのように単発で飛んできた砲弾を躱した。

 嵐のような弾幕をかいくぐった。

 ホーミングして来たミサイルは命中直前にワイヤーで繋いだ関節ユニットを射出、その反動で位置をずらしてやりすごした。


「なぜ当たらん!」

「サガラ・コタローの動きは物理限界を超えてはいません。ですが、反応が異常に速くて正確です。回避行動などとらないデブリを排除するための装備では追いつけません」

 リチャードたちは既に軽く泣きが入っているようだ。あのうろたえようを見ると、3分で全滅させられそうな気がする。

 俺にはニタリと笑みを浮かべる余裕さえあった。

「どんな手を使っても構わん。奴をここへ来させるな!」


 続く攻撃は第2リングのクローアームだった。その動きは巨大さからは想像もできないほど速い。しかし、直線スピードは速くとも小回りまでは効かなかったようだ。動きを読んだ俺は5本の腕の通せんぼをあっさりと避けて先に進んだ。

 アームとのすれ違いざまに、その基部にワイヤーを巻きつける。

 ワイヤーを使って制動をかけ、俺は第1リングの内側に着地した。


「来て、しまった、のか?」

「目標、第1リング外壁に接触しました。…非常用エアロックを発見したようです」

「終わりだ…」

 そこまで絶望しなくてもいいと思うが…

 物理法則すらゆがめる死者があらゆる妨害を押しのけて迫ってくるとか、確かにホラーだな。

 装甲少女よりホッケーマスクとチェーンソー装備のほうがふさわしいかも知れない。


 非常用エアロックとやらは手動操作で簡単に開いた。

 ここは研究施設であって軍事基地ではない。それが良く分かる無警戒ぶりだ。

 俺の周囲が再び大気で満たされてゆく。

 重力は0.3G。第3リングと変わらず。


 全く予想外に、聞きなれた声がした。


「侵入成功ですね、コタロー」


 今の声、なんだ?


 幽霊?

 執筆中のこの章のタイトルは「アーマードガール」だったのですが、投稿直前に変更しました。

 次回の投稿は1月19日予定。タイトル未定です。

 完結まであとわずか、頑張ります。

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