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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
後日談、天狗と触れ合った人達のはなし
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終話 天狗、商店街を歩く


 時間が経ち、陰陽師との一戦で負った傷も癒えたので、平太郎は外出の準備をはじめた。

 二本のラインの入った紺色のジャージに着替え、唐草模様のマントを羽織る。そして、玄関先に置いてある天狗面を被り、アパートの扉を開けた。


「平太郎、帰りに鮭を買ってきてちょうだい。

 商店街で安くなっているから」


「千里よ、この面を着けた時は天狗仮面と呼べとあれほど……」


「まだ家の中でしょう。いいから、買ってきてちょうだい」


「仕方のないヤツである。では次郎、行くのである」


「へい、兄貴」


 玄関先の傘立てからひょっこりと飛び出してくる赤い番傘。それをしっかりと握った彼は「うむ」と短く頷いてから古びた木造二階建てアパートを出た。

 住宅地を抜けるようにして商店街を目指す途中で、道路で遊んでいる子らに公園に行って遊ぶように促し、近隣の住民たちと他愛もない話をしたりした。


 一丁目にさしかかり、河本と表札のかかった家の前を通った。

 そこに寝ていた番犬はちらりと平太郎を見てから、ふいと再び昼寝の姿勢に戻る。


「あの犬っころ、兄貴に吠えなくなりやしたね」


「ようやっと私が不審者でないと認められたのだろう。

 長い道のりであった」


 商店街に入ると、天狗仮面の名を呼ぶ者がちらほらと現れる。

 彼はこのうろな町や商店街で、何くれと町の人間に世話を焼いて過ごしている。


 本来であれば、天狗面を被った人物が白昼堂々商店街を歩いていることなど稀有な光景である。所轄の警官が即座に飛んできて、尋問を行い、取り調べのために署に連行されるのがオチである。

 事実、噂をすれば制服に身を包んだ警官の登場である。しかし平太郎は堂々とその警官に話しかけた。


「立花殿。息災であるか」


「おう、天狗。

 お前、朝の稽古でしこたま投げ飛ばしやがって」


「隙がある立花殿が悪いのである。

 藤堂師範もそう言っていたであろう」


 立花は笑いながら平太郎の肩をばしばしと叩いた。


「次はぶん投げてやらあ」


「受けて立つのである」


 町のある道場に、平太郎は最近通い始めた。道場主である藤堂義則は町で繋がりを得た者の一人である。その道場に同じく通う立花慎二とも、最近は友好を深めている。妖力の無くなった身であれば、身体能力自体を引き上げる必要があると感じたからだ。

 商店街の小さな社の前のベンチに座り、少しばかり休息を取る。この商店街で騒ぎを起こしてしまったこともあったが、町の人々は変わらず彼を受け入れてくれていた。

 それが平太郎には何よりも嬉しかった。


 町で出会った人を数えていけばきりがない。

 人間にしろ、妖怪にしろ、彼はこの町で多くの者と出会い、多くの事を為してきた。それらは全て彼の財産であるといえる。


「やはり、悔いはない」


 妖力を失ったことを、彼は一片たりとも後悔していなかった。それよりも、自らの妖力が悪い影響を与えてしまうことを怖れた。

 力が無くとも、できることはある。一人で成し得ぬことならば助け合えばよい。それでもどうにもならぬ時の最後の手段として、彼は妖力を千里に預けた。しかし、それを彼自らが望んで使うことはないだろう。それほどまでに、彼の町に対する想いは大きい。


「さて、鮭を買って帰らねばな」


 魚屋で押し合いへし合いしながらもなんとか鮭の切り身を手に入れ、平太郎は帰路につく。その途中で、今年から中学生になった4人の子らとあった。

 彼が目にかけてあれこれ世話をしており、彼らの小学校の卒業の際には手持ちの天狗面をそれぞれに渡し町のために出来ることをしっかりとするのだと声をかけていた子らである。


 町を守り、町のために力を尽くすのが天狗仮面である。

 天狗仮面であるならば、町のために尽力するのは当然のことである。

 そして天狗の面をつければ誰しもが天狗仮面になれるのであり、それはつまり誰しもが町の為に何かを為せる存在になれる、ということだった。


 4人の子らは部活の休みの日には集まって河川敷のゴミ拾いなどに精を出していると言う。

 平太郎は満足そうに「その調子であるぞ」と子らを激励した。




   ○   ○   ○




 町を見回り、異常なしと自宅に戻ろうとすると中央公園の前で一人の少女を見かけた。判断するに4、5才くらいであろうと思われ、そして泣いていた。


「何事であるか!」


「ちょ、兄貴! できればもう少し優しく……」


 傘次郎が慌てて小声で囁くも時すでに遅し。急に大声で話しかけられた少女はやはり大泣きを始めた。夕刻の、それも町の公共の場の近くである。多くの人がその場を目撃し、その中の数人は「ああ、また天狗が世話を焼いているのか」と納得し、また別の数人は「まさか誘拐? いやでも天狗だから大丈夫か」と半ば不安に思いながらも問題はないとした。


 ああ、もう、言わんこっちゃねえ。幼子にいきなり上から話しかけるってのはいけねえってあれほどいつも言ってるってえのに――。内心、傘次郎は頭を抱えた。抱えるための手はないが、それでも頭を抱えたのである。

 そしてこういった場合は最もやっかいな方向にかならず話が転がるものだ。


「うちの子をどうするんですかッ!」


 ほら、やっぱり。

 少女はお気に入りの人形がどこかへいってしまって泣いていたのだが、親から見れば目の前の事実しか映らない。

 天狗の面をつけた変質者が、我が子を泣かせている。ただそれだけだ。ちなみに、少女の人形は後ほど公園内で発見される。


 通報から警官の到着、そしてパトカーへの押し込み方。すべてが流れるような作業だった。公園周りで一連の騒動を見ていた者たちは、「またか」と心の中で声を揃えるのだった。


 そしてうろな署で行われる事情聴取。もう何度目かになろうというこのやりとりは、ひそかに署内で恒例行事やら一種の様式美とさえ思われていた。


「はい、名前はー」


「池守殿! もうかれこれ二十はこのやりとりをしているのである。

 確かに私にも非はあったと認めるのであるがこれではあまりに……」


「いいから、ほれ。名前」


「天狗仮面である!」


「ん、本名じゃなし。偽証罪な。仕事は?」


「天狗仮面である!」


「無職……っと。

 天狗仮面って何?」


「困っている者に手を差し伸べる者。

 そして助けを行うのが天狗仮面である」


「結果、泣かせたけどなあ。

 はい次。その天狗のお面は何?」


「天狗仮面たるもの、天狗の面は必要不可欠である!

 ええい、次の質問も分かるので先に答えておくのである。

 このジャージは私の魂であるぞ!」


「相変わらず訳の分からん答えだなあ。

 んじゃ、身元引受の手続きしてくるから待ってろ」


「そこまで流れ作業ならば取り調べを割愛しても良いではないか!」


「警察のお仕事ってのはな、手順が大切なんだよ。

 ま、最近暇だったその暇つぶしってのもあるけどな」


「横暴である! 職権乱用である!」


「るせえ。公務妨害もつけてやろうか」


 これが、この町での彼の日常である。

 多くの人に認められている事は事実であるが、また不審に思われることも少なからずあるのである。彼が町の為に奔走してきた結果として、不審に思われる回数は減っているが、やはりどこまでいっても天狗面を着けた変な人という、あまりにも見た目通りの印象からは逃れられない。


 それでも彼、琴科平太郎は天狗の面を着け、二本線の入った紺色ジャージに身を包み、唐草模様のマントを風になびかせるのである。




   ○   ○   ○




 ようやく家に帰りついた平太郎は面を外し、リビングで足を投げ出すように座った。


「やはり妖力のない身は疲れるのである」


「あら、いつでも返すわよ。

 平太郎さえ望めば」


 千里が鮭の切り身を焼きながら意地悪そうに口の端を上げる。


「それはあくまでも最後の手段である。

 私は天狗仮面だ。町の平和を守る者だ。

 その私が町に仇為すなど、笑い(ぐさ)にもならぬ」


「あら、そう。

 おねーさんは平太郎が楽しませてくれれば、それでいいわ」


「うむ、そうであろうな。

 では、しかと見ているがいい。

 私はいつでも隣に在ろう」


 そう返答した後、平太郎は千里に背を向けるようにテレビに向き直り、いそいそとニュース番組を見始めた。照れ隠しのようなその仕草を見て、千里は満足そうに頷く。


 天狗、琴科平太郎。

 彼は力を失った天狗である。


 天狗風一つ吹かせることが出来ず、空も跳べない。


 それでも、町を守ることを誇りとする。


 彼が天狗仮面であるというただ一点を以て。


 決して失せも褪せもしない矜持を抱え、これからも彼は日々を積み重ねていくのである。





四年に渡る連載って書くとすごいと思えますが、さぼってた期間もあるから実質一年だったり。

それでも、最後まで完結させることができて一安心です。


読んでいただいた方。感想をいただいた方。様々な方に感謝の気持ちが溢れます。溢れ出んばかりです。いや、溢れ出てます。

様々な作品で天狗仮面を使っていただいて、キャラクターとしての厚みが出たと言ってもいいかもしれません。企画の恩恵を十二分に受け取って、三衣の糧とさせていただきます。


"うろな町" という一つのユーザー企画、とっても楽しかったです。

わたくし、発案者であるシュウさんやディライトさんに足を向けて寝られません。

その他、全国津々浦々の企画参加者の方々にも足を向けて寝られません。これはもう、立って寝るしか……いや、逆立ちでもいけるな。


ともあれ、企画でご一緒した方も、この作品を読んでいただいた方も、きっと何かの御縁。

今後とも、体の弱い三衣と、文士休業中の千月をどうぞよろしくお願いいたします。

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