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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
後日談、天狗と触れ合った人達のはなし
75/77

4月10日 天狗、灼ける

 陰陽師の言葉が冷たく放たれた。

 彼女は、はっきりと言っったのだ。平太郎を滅すると。それは彼女が平太郎の正体に気づいた事に他ならない。


「な、何かの勘違いではあるまいか」


「そうだったらどれほど良かったか。

 兄さん、お願い」


「本当にやるのか、梨桜」


「うん、決めたから」


 彼女の後方に、兄であるもう一人の陰陽師、芦屋伊織。念を押しながらも、彼は手際よく周囲に結界を張り巡らせた。知覚を遮る認識障害の結界。兄、伊織の得意とする結界術だった。


 結界の完成を待って、梨桜は再び口を開いた。


「私、見てた。

 あなたは、今日清水先生の赤ちゃんに会った。違う?」


「うむ、祝いを述べたのである」


「そして、目を覚ました赤ん坊に泣かれた」


「それは、私がこのような風体をしているからである。

 私は町のために日夜尽力する天狗仮面である」


 梨桜が棍を地面に叩きつけて叫ぶ。


「じゃあ、どうして!

 どうして妖気が漏れたの!?」


 手に持ったヒトガタを三枚、宙に浮かべる。


「赤ん坊は、無垢な存在。ただ在るだけで陰なる妖怪を遠ざける。

 あなたは赤ん坊を見て一瞬固まった。そして泣かれた時に動揺した。

 その時に仮面の隙間から、妖気が漏れた! あなたは妖怪なの!」


 ぎり、と歯を喰いしばり、吐き捨てるように彼女は叫んだ。


三灰閃呪さんかいせんじゅッ!」


 浮かぶヒトガタが炎を纏い、平太郎を撃ち抜かんと迫りくる。二つを躱したが、一つはマントを掠めてそれを焦がした。


六爆穿呪ろくばくせんじゅ!」


 六枚のヒトガタが上空から降り落ち、平太郎にぶつかる寸前で続けざまに爆ぜた。とっさに身を守るも、爆風からは逃れられず六連の衝撃はすべて平太郎を撃った。

 大きくよろめき、倒れる寸前の所でなんとか踏みとどまる。マントはぼろぼろに焼け焦げ、ジャージも同様だった。


「これで滅する! 一迅旋呪いちじんせんじゅッ!」


 悲痛ともとれるような梨桜の叫びと共に、煌々と輝く一枚のヒトガタが飛び、一直線に天狗面の額を撃った。平太郎の体が宙空を飛び、重たい音を立てて地面へ落ちる。

 ちりちりと炎が平太郎を焦がしていた。


 梨桜が大きく肩で息をしていた。手持ちの十枚のヒトガタを全て使って一気に攻め立てたのだ。力の消費も、その反動もかなりのものだった。そうまでしてでも、彼女は一刻も早く終わらせたかったのだ。


「――どうして?」


 動かぬ平太郎を見据えながら、梨桜が言葉を漏らす。


「どうして、この人が妖怪だったの?

 そんな人じゃなかった。いつも町の人と一緒にいた。

 変な格好だったけど、悪い人じゃなかった」


 力なく、棍を降ろす。


「でも、ヒトじゃなかった。

 じゃあ、仕方ない……んだよね。

 妖怪は……滅さないと」


 兄、伊織が妹の肩にそっと手を置き、妹もまたそこに自らの手を重ねた。


「気は済んだか」


「……うん、兄さん」


「よし、なら第2ラウンドだ」


「えっ?」


 ゆらり、自らが撃ち抜いたはずの妖怪が立ち上がってくる。そんな。まさか。

 立ちあがった平太郎は傷だらけであり、天狗の面も一部が欠け落ちている。


「我が名は天狗仮面。

 町に仇為す不届き者を成敗するものである」


 ひゅう、と掠れたように息を吸い込み、平太郎は腕を組んで見せた。


「しかしながら梨桜殿は悪人などではない。

 ならば、私からは一向に手出しせぬのである!」


「なんなの――、なんなのよ!」


 手持ちのヒトガタはもう無い。震える手を無理やり握って、棍に気を集中させた。

 さっきの連続攻撃で滅することが出来ないなんて、ただの妖怪ではない。でも、昼に仮面から漏れた妖気は全然大したことなかったのに。

 今は割れた仮面の隙間からも妖気なんて感じないのに。


「芦屋流陰陽術、灰燼狼(かいじんろう)!」


 棍の先から練り上げられた炎が、狼の形をとって平太郎に迫る。身動き一つせず、まともにそれを受けた平太郎の体はしかし、先ほどの攻撃ほど傷つかなかった。


「そんなものであるか」


「ひっ……」


「私が倒れぬのは、倒れる訳にいかぬからである」


 いったい何が起こっているの。目の前の妖怪は確かに妖怪で、それなのに私の術が効かなくて……。こんなこと、ありえない。ありえないのに。


「一体、何者なの」


「人であって、人ではなく。天狗であって天狗でなし。

 何度でも言おう。我が名は天狗仮面。

 町の平和を守る者である。ゆえに倒れ伏す訳にはいかんのだ!」


 がくりと梨桜が膝をつく。

 その時、妹の名を呼ぶ伊織の声が鋭く飛んだ。その声に弾かれるように顔を上げると、どこからか黒い鬼が一匹、どろりと闇の中から姿を現した。

 手持ちのヒトガタは無い。ならば術で滅さねばと棍を握る梨桜を庇うかのように平太郎は彼女を手で制し、ぼろぼろになったジャージの上着をちぎる様に脱ぎ捨てた。


「ここは任せて――」


 拳をきつく握りしめると、そこからは確かに妖気が立ち上った。


「もらうのであるッ!」


 すぐさま平太郎は走り出し、右の拳で黒鬼を殴り抜いた。断末魔の叫びと共に四散する黒鬼を見て、梨桜の混乱はさらに増すばかりだ。呆然とする妹を見ながら、兄は渋面を作りながらもそれを妹に見せずにいた。




   ○   ○   ○




「それじゃあ、天狗さんは妖怪じゃないの?」


「いや、そういう訳でもないのである」


「じゃあ妖怪?」


「それもまた真実ではない。

 私はただ、天狗仮面なのである」


「ダメだ……全然分からない」


 しばらく時間を置き、多少は気持ちが落ち着いてきたのだろう。芦屋梨桜はいつものような振る舞いを見せていた。そして平太郎からまったく妖気が感じられない事に気づき、妖怪ではないものに術を放ってしまったと青ざめた。

 しかし平太郎は呵々と笑い、よくある事だと一蹴してみせたのだ。そして何者なのかと梨桜から詰め寄られているのである。傍から見れば上半身を露わにした天狗面の変態だが、見ようによってはいつも通りだと言えるかもしれない。


「人間にも様々な者がいる。

 現に、術者と一括りに言っても様々である。

 陰陽師をはじめ、梨桜殿は多くの術者を見たであろう」


「――うん、それはその通り」


 陰陽師を始め、呪術師や闇人、精霊憑きなど力の種別は様々であることを梨桜は町での経験から知っていた。


「ならば、妖力を纏って闘うものもいて当然であろう」


「……そこがよく分かんないんだけどなあ。

 でも、天狗さんから妖力は感じないし。

 ねえ、お兄ちゃん」


 兄、芦屋伊織は相変わらず苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「ああ、確かに、そこの半天狗からは妖力の欠片も感じないな」


「私が使う得物は、番傘である。

 いつも持っているであろう」


「え、それならあれが妖怪なの?」


「否である。あれもまた、力を蓄えただけの、ただの傘である」


 梨桜は依然納得がいかないようで、さらに平太郎に質問を投げる。


「それじゃあ、その天狗のお面は?

 なんでそんなもの付けてるの?」


「これは玉鋼(たまはがね)で拵えた特注の物でな。

 妖力を纏って闘うとはいえど、やはり身近に妖力を置くのは危険である。

 玉鋼には邪を打ち払う効果があるのは知っていよう」


「そっか。妖力に取り込まれないようにしてるのね。

 でも、どうしてそんな危ない事を……」


 平太郎は梨桜の頭にぽん、と手を置いて言った。


「大人の事情、というヤツである。

 いずれ梨桜殿にも話すことになろう」


「おい、その手をどけろ半天狗。

 梨桜、帰るぞ。もういいだろう」


 兄が妹の手を引き、その場を去ろうとする。梨桜は思いついたように平太郎を振り返り、兄に引きずられながら叫んだ。


「天狗さんは慣れてるかもだけど、他の人たちは妖気にあてられたら危ないから!

 あんまり町の中で力を使っちゃダメだよー!」


「あいわかった。肝に銘じておこう」


 二人が去っていくのを見届けた後、平太郎はぽつりと呟いた。


「……しっかりと銘じておくのである」


 春の夜風はまだ冷たく、妖力の全くない己の身を寒々しく打つのだった。平太郎は己の拳の中で砕け散った妖玉の破片を一目見てから、どこか寂しそうにそれを捨て置くのだった。



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