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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
後日談、天狗と触れ合った人達のはなし
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2月3日 仙狸、豆をまく

2月3日 朝


 千里が朝食を食べながら言った。


「今日もいい天気ねえ。そうだわ、平太郎。豆まきしましょう」


 にこやかに放たれた一言に、平太郎がぴくりと反応する。


「確かに今日は節分であるが……千里が撒くのであるか?」


「ええ、そうよ。今日の天気は晴れところにより豆。

 おもしろいでしょう?豆もここに、ほら」


 そういってひらりと手を翻し、一合枡に入った豆の山を千里は出して見せる。


「時刻は正午から。晩御飯の準備もあるから、夕刻までは遊べるかしら。

 場所は西の山にしましょう」


 そうか、自分が撒かれる側か。

 そう、平太郎は理解した。そして昔を思い出した。ありったけ妖力の込められた豆をこれでもかとぶつけてきたかつての豆まきの事を。


 朝食を食べ終えて千里の淹れた緑茶を飲みながら、平太郎は決心した。「仲間(いけにえ)を増やすのである。私一人では身がもたぬ」と。




   ○   ○   ○




 天狗としての心は痛んだが、それ以上に一人で千里の豆を受けきることへの恐怖が上回った。結果として平太郎は西の山の長老がいる広場に数人を呼び出すことに成功したのだった。


 栃の木と桜の木にそれぞれ声をかけて、呼び出しに応じてくれた人物を待つ。


「アニキ、よかったんですかい?

 きっとみんな怒りやすぜ?」


「分かっている。しかしながら、千里の豆は痛いのだ。

 次郎もよく知っているであろう」


「へい、身に染みて。

 仕方ねえ。後で誠心誠意あやまることにいたしやしょう」


 そう、後ろめたさを抱えながら話していると呼び出したうちの一人がやってきた。肩に酒樽を抱え、のしのしと歩いてくる大男の姿がそこにはあった。


「来たぞ!天狗よ!昼間から酒の誘いとは有難い!

 まだまだ持ってきておるでな!足りんかったら言え!」


「権蔵殿。来てくれて嬉しい限りである」


「なんじゃ、いつもの覇気がないのう。

 まだ年の瀬のケンカを引きずっておるのか?

 元気を出せ元気を!」


 平太郎の背中をバシバシと叩く権蔵の快活さとは裏腹に、やはり申し訳ない気持ちが先に立つ平太郎だった。それ故に、平太郎は天狗の面が土に埋まるほどの勢いでしゃがみ込み、


「すまぬ!権蔵殿!酒盛りの前に一つ大きな山があるのである!」


 と土下座をした。そのただならぬ様子に権蔵は真剣な面持ちになり、そして話を聞いたのち真剣な表情のままでごくりと一つ、唾を呑んだ。


「その、なんじゃ。千里の豆はそんなに痛いのか?」


「妖気なしに受ければ、腕の一本や二本は飛ぶのである」


「妖気を込めても骨が折れるレベルじゃのう」


「あっしなんぞ、一発でチリでさあ」


 重い雰囲気が漂う中、次なる犠牲者(なかま)が広場に現れた。


「あ、おったおった!おーい!」


 爛漫に手を振る伏見葵と、その横でどこかしら気が進まないといった雰囲気の伏見弥彦である。平太郎はすかさず二人の元へと走り寄り、先ほど同様の土下座を披露した。

 事情を説明するにつれ、ふたりの鬼兄妹の顔から血の気が引いていくのを、鬼瓦権蔵はまるでつい先ほどの自分を見ているようだと感じた。


「悪い予感はしていた」


「あかん!ウチ帰りたいんやけど!」


 走り去ろうとする葵を、平太郎が縋りつくように腕をつかんで止める。


「葵殿!私に一人で死ねと言うのであるか!

 困った時はお互いさまではないか!」


「ドあほ!相手が悪すぎや!

 勝ちの目なんぞ欠片もあらへんやないか!」


 喧々諤々の議論の末、なんとか死なずに乗り切り、生還できた暁には天狗のおごりで美味いものをたらふく食おう、という話になった。

 一人では受けきれずとも、四人で受ければ豆の量は半分からさらにまた半分である。これならば、なんとかなる。平太郎は安堵した。


「話し合いは、終わったかしら?」


 桜の木の枝の上に、いつの間にか千里が佇んでいる。


「い、いつの間に!?」


「皆の者!気を抜くでないぞ!」


 緊迫した雰囲気が漂う中、千里はくつくつと笑って言った。


「いやねえ。ただ豆まきをして遊ぶだけじゃない」


 手を翻して数珠を取り出し、二言三言唱える。数珠はぱちんと弾け、千里の手からおびただしい量の数珠が出て蛇のように広場を這い、さらに縦横無尽に伸びてゆく。

 時には自分目がけて襲ってくるそれを弾き、いなしながら四人は態勢を整えた。瞬く間に広場の中には数珠で造られた結界が出来上がった。その広さは広場をすっぽりと覆うほどでドーム状に結界は形作られていた。


「なっ!?千里はん、これは!?」


「結界」


「そないなもん、見たら分かるっちゅうねん!

 なんでウチらが閉じ込められるんや!」


「だって、こうしないと逃げるでしょう?」


 くすくすと笑いながら千里が豆の入った一合枡を取り出す。


「ふふ、鬼は外」


「……むしろ外に出してくれ」


 弥彦の懇願を華麗に無視して豆を一粒をつまみ、人差し指で弾くようにして飛ばして見せた。

 ごう、という風を切る音と共に権蔵が持ってきた酒樽に二つ、豆の大きさほどの穴が空く。酒樽を貫通した豆は、そのまま地面に埋まっている。


「儂の酒がああぁ!」


「酒どころやあらへんわ!洒落にならんて!」


「葵殿!次の弾が来る!気を抜くのではない!」


「お前ほんま後で覚えとけよ天狗こらぁ!」


 次々と放たれる豆弾を避けて、避けて、ひたすら避けて。時に傘次郎の傘に穴が開き、時に権蔵の頬を豆弾が掠め血が滲んだ。叫びながら避けていた面々はいつしか無言になり、避ける作業に全神経を集中していく。

 そしてついに、千里の手にある豆はついに底をついた。


「やった!避け切ったで!」


「千里の姐御がこの程度で終わるとは思えませんぜ」


「なんやの、傘次郎。せやかて、もう空っぽやんか」


 千里が口の端をすうっと持ち上げる。ゆっくりと手を返すと、先ほどよりも大きい枡に山盛りの豆が入っていた。


「まだあるとは聞いておらんぞ!

 儂はもう年なんじゃから勘弁してくれ!」


 肩で息をする権蔵の懇願むなしく、千里は続ける。


「まだまだ大丈夫でしょう?

 一粒ずつ飛ばすのもつまらないから、まとめて投げようかしら」


 結界の中に絶望の空気が流れる。ただでさえ酒入りの樽を易々と貫くような豆である。もはや豆とは呼べぬ代物である上に、それが散弾銃のように降ってくるとなれば、生還の可能性はほぼないに等しい。


「アニキ、こりゃあいよいよやべえんじゃありやせんかい?」


「兄貴!……は筋力しか頼りにならんか……」


「お前……。だが、事実だ」


「儂も術の類は苦手じゃ!

 天狗!何とかせんか!」


「案ずるな、皆の者。

 豆を多く持てば、その分妖力はばらける。

 妖気を込める時間が少ない分、威力は落ちるのである。

 当たっても、(あざ)がせいぜいであるぞ!」


「こら天狗。

 乙女の柔肌をなんやと思っとるんやほんま」


 作戦会議と呼べるほどのものでもない言葉の応酬をしていると、千里の楽しそうな笑い声とともに豆の雨が降りつけた。

 とても全てを躱すなどできるはずもなく、めいめい走り回って少しでも被弾を減らすことに努めていた。


「いたたたた!ちょ、痛いんやけど!」


「あぁ、楽しい。

 それ、鬼は外っ」


「せやから頼まれんでも外に出たいっちゅうねん!」


 体を青アザだらけにしながらも、ようやく千里の豆を受けきった四人と一本は結界の中央で満身創痍の状態で立っていた。

 平太郎が言う。


「千里よ、これで気が済んだであろう。

 今年の豆まきはこの辺りにしておくのはどうだ」


 それに対して、千里は人差し指を顎にあて、少し考えた素振りを見せながら「そうねえ」と呟いた。


「いい加減投げるのも疲れてきたし、そろそろお開きかしらね。

 ところで平太郎?おねーさんが投げた豆はいったいどこへいったのかしら」


 避けることに必死だったためか、投げられたあとの豆のことなど気にもしていなかったが、言われてみれば確かに広場には一粒たりとも豆は落ちていない。

 どうしたことかと辺りを見回せど、周囲には自分たちを閉じ込めている数珠の結界しか見当たらなかった。


「なあ、結界がちょい縮んどるような気がするんやけど……

 兄貴、どう思う?」


「……それだけでは、ない」


 広場をすっぽりと覆っていたはずの結界はその広さを半分ほどまでに縮め、いつの間にか栃の木や桜の木は結界の外へ出ていた。千里も数珠の間をするりと抜け、結界の外から不敵に笑う。


「まさか……ッ」


 よくよく見れば、数珠だと思っていたものは先ほどまで自分たちが必死に避けていた豆弾であり、それらは四人の周りを這いずるように蠢いてさえいた。

 全方位を、豆弾に囲まれている。

 その事実に気付いた時、咄嗟に平太郎は天狗の面を取り、そして叫んでいた。


「皆の者!私の周りへ!

 次郎!アレをやるのである!」


「へ、へいっ!合点でさあ!」


 平太郎は妖気を解放し、傘次郎と共にその身を変じた。

 羽を広げ、大天狗の姿になった平太郎と、妖気を纏い朱塗りの木刀へと姿を変えた傘次郎。

 千里はそれを待っていたかのように結界内の四人を指さして言った。


「時間はたっぷりあったから、一つ一つがとっても痛いわよ。

 受けきれるかしら。楽しみだわ」


 千里がすっと指を降ろすと、それが合図であったかのように結界を作り上げていた豆弾が一つ、また一つと次々に中央にいる四人めがけて打ち出された。


「吹き荒れよ!天狗烈風!」


 四人を中心にして、風の渦が巻き起こる。強く熱を帯びたそれは放たれた豆を巻き上げ、いとも容易く豆の嵐から全員を守ってみせた。

 そして風が止み、辺りを覆っていた結界は全て消え去っていた。


「お主、力が戻っておったのか!」


「そないなこと出来るんやったら最初っからやらんかい!」


 驚きの声を上げる面々を前に、平太郎はがくりと崩れる。弥彦がそれを支えた。


「加減がいまだ難しい。反動も大きいのである」


「……無茶を、するな」


 礼を言って平太郎は姿勢を正し、千里へと向き直った。


「受けきったのである!もはや一粒の豆もあるまい!」


「ふふ、そうね。もう手持ちはないわ。

 とっても楽しかったわよ」


 ばさりと羽を広げて、平太郎は一つ、高笑いをした。


「我が名は天狗仮面!面があろうとなかろうと、

 守る者あればいつでも私は現れるのである!」


「勝ち名乗りをあげるには、少し早いんじゃないかしら?」


 見得を切った平太郎に対して、千里は静かに空を指さして言った。平太郎の後ろにいた葵が上を見上げ、短く声をあげる。

 次の瞬間、平太郎の頭部に、こぶし大ほどの豆が直撃した。


「がッ!?」


 短く呻き声をあげてその場にどさりと倒れる平太郎を尻目に、千里は続けた。


「上に舞い上げたのは失策だったわねえ。

 言ったでしょう?今日は豆が降るって」


 豆粒ほどの大きさのものから、スイカほどの大きさのものまで。大小さまざまな大きさの豆が、広場に降りつけた。

 逃げ惑う鬼たちが阿鼻叫喚の地獄絵図を描く中、千里の高笑いが広場にはこだましていた。




   ○   ○   ○




 後日、清志の店で平太郎はきっちりと酒、食べ物その他含めて贅を凝らした食事を鬼の面々に振る舞うこととなった。


「清志はん!フカヒレ追加!」


「儂は酒をもらおうかの!

 樽で持ってくるのじゃ!」


「……肉」


「み、皆の者……

 そろそろ腹も膨れてきたのではあるまいか?」


「快気祝いや阿呆天狗!

 うちの心と体に深い傷残しよってからにホンマ!」


 怒涛の勢いで飲み食いする面々。

 自分が撒いた種である手前、快気祝いの使い方が違うと声を大にして言うこともできず、平太郎はただ耐えるように料理が運ばれてくるのを見ている事しかできなかったという。



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