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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
後日談、天狗と触れ合った人達のはなし
72/77

1月1日 天狗、初詣に行く

1月1日 朝



 元旦。一年の計はここにあると人は言う。妖怪である平太郎もまたそれに倣い、今年一年の抱負をしっかりと胸に抱いた。木造二階建てアパートの一室で朝日を全身に浴びながら彼は言った。


「我が名は天狗仮面である。

 その一点に、何ら変わりはない。

 昨年も、今年もである」


「決意は分かりやしたが、その格好は一体どういうことですかい」


 傘次郎が呆れたように言う。平太郎のいで立ちは、いつもの天狗面こそつけてはいるもののジャージは上下ともに着ておらず、肌着はおろか靴下までも着用していなかった。

 彼の身を物理的に守るものは玉鋼でできた特別製の天狗面、そして彼の燃える心意気を表したかのような真紅の褌ただ一枚。

 彼の身を社会的に守るものは一切存在しなかった。


 彼がこうなってしまった経緯を話せば長くなるが、端的にいってしまえば身ぐるみ剥がされたからだ、という事になる。

 そして、彼を身ぐるみ剥いだ相手はリビングで朝っぱらからビールを傾けている。


「それで、まだ負けを認めないつもりかしら、平太郎」


 くすくすと妖しい笑みをこぼしながら愉快そうに目の前のテーブルに目をやる千里。そこには麻雀の用具一式があり、千里の目の前の箱にはこれでもかと言わんばかりに点棒の山が築かれていた。


「負けを認めぬ限り、負けではないのだ!

 私は一切合切負けてはおらぬ!」


「もう何も賭けるものが残っていないじゃないの」


「何を言うか千里よ!

 私にはまだこの真紅の褌が……」


「アニキ!もうやめてくだせえ!

 これ以上は見るに忍びねえ!ってか見るに堪えねえ!」


 傘次郎のたっての懇願により、天狗仮面が全てをむしり取られることはなかった。

 さて、年の瀬の晦日に彼らがどうして麻雀に興じていたかと言えば、千里が(まじな)いのために平太郎を引き込んだからである。

 麻雀といえば、中国発祥の遊戯でありその歴史は長いかのように錯覚されがちであるが、牌を用いた今の形になったのはおよそ150年ほど前のことである。千里からしてみれば、ちょっとした流行りのゲーム、といった感覚だろう。

 そもそも、麻雀に用いる牌は古来は占いに用いられた道具であるとの説もある。


「これだけ遊べば充分かしら。

 さ、平太郎。服を着てちょうだい」


「千里が脱がせたのであろう!

 (まじな)いのためとはいえ、衣服を脱ぐ必要はあったのであるか?」


「ないわよ、そんなもの」


 分かっていた。分かっていたことである。戯れに脱衣麻雀を仕掛けてきたことなど、明白であった。

 それでも、平太郎は仮面の奥でひっそりと落涙した。




   ○   ○   ○




 平太郎はいつものジャージ姿、千里は藤色の着物に着替えてから初詣にとうろな町西部、山のふもとにある澄玉神社へと赴いた。

 元日ということもあり、大混雑、とまではいかないもののそれなりの人数が境内にいた。


 数年前までは考えられないことだったが、境内にいるもの皆、平太郎を見ても不審人物を見るような冷たい目線を浴びせてくることはなかった。

 これも、日々の精進の賜物であると平太郎は非常に満足気であった。


「うむ。新年のこの雰囲気は良い。

 胸がすく思いである」


 ゆっくりと境内を歩き、本殿へと向かう。

 その道中で平太郎は見知った顔とばったりと出くわした。

 その二人組は町役場で日々あくせくと働く若者であり、幾度か平太郎自身も天狗仮面として依頼を出したこともあった。

 また、彼らから個人的な頼みごとをされたこともあり、それなりに親しい間柄であった。


「おお、天狗はん。明けましておめでとさんです」


「うむ。今年も宜しくお願いするのである」


 黒髪に黒縁眼鏡の真面目そうな男は佐々木と言い、黙っている分にはまだマシなのだが、一皮剥いてしまえばかなりの確率で警察にご厄介になる人物である。類が友を呼んだ結果として、うろな中学教師の清水や残念イケメンのうろな町ラジオパーソナリティである澤宮など交友は幅広い。

 当然のことながら、平太郎もまたそのグループに所属していることは言うまでもない。

 そのグループを総称して『変態』と人は言う。


「巫女姿の神楽子、巫女姿の神楽子、巫女姿の神楽子……」


 佐々木の横で目を血走らせながら何事かをぶつぶつ呟いている茶髪の男、彼は佐々木の同僚で香我見という人物である。普段であれば、静かに相方の佐々木にツッコミを入れる役回りだが、どうやらいつもと様子が違っていた。


「香我見殿!大丈夫であるか!?」


「あー、香我見クンの事なら気にせんとって。

 ほれ、あそこにおる子。神楽子ちゃん言うんやけどな。

 あの子が絡むと香我見クンはネジが飛ぶんや」


 香我見の従妹にあたるのが彼女、霞橋神楽子であり、彼女はうろな高校に通うれっきとした学生である。巫女姿で社務所にいるのは、彼女の実家がここ、澄玉神社であるからだった。

 他にも数人の巫女姿の者がそこでおみくじを売ったり、縁起物を売ったりしている。


「そう。ネジが飛ぶのねぇ。

 それはとっても面白いわ」


 千里が何かを思いついたようにぽん、と手を打つ。


「平太郎、あそこで買ってきてほしいものがあるのだけれど」


「嫌な予感しかしないのである。

 面白おかしく周りを混乱させるだけならお断りであるぞ」


「いやねえ。必要だからお願いするだけよ」


 そういって香我見に聞こえないように千里は平太郎へのおつかい品を言づけた。怪訝な顔をする平太郎に対し「みんなに配るの」と何食わぬ顔でひらひらと手を振って彼を追い出すように社務所へ向かわせた。


「ああ、神楽子……お兄ちゃん、邪魔はせんからな!

 頑張っとる神楽子をここでしっかり見届けたる!」


 未だ暴走を続ける香我見の眼にはもはや神楽子しか映ってはいなかった。しかし、それを遮るかのように彼女との間に唐草模様のマントが割って入った。それが、懸命に売り子をする神楽子に声をかけた天狗仮面だと気づくまでに、ある程度の時間を要した。


「おおう?天狗はんか。まあ、天狗はんやったら悪いようには……」


 しかし、困り顔になった神楽子を見てすかさず香我見は駆けだそうとした。何人たりとも、神楽子に害を加える輩は許せない。憤怒の表情に危機を覚えたのか、佐々木が思わず腕をつかむ。


「離せ佐々木君、ちょっとあの天狗の鼻へし折ってくるわ」


「物騒やな香我見クン!どないしたんや!天狗はんが悪い事するはずあらへんて!」


「神楽子の口が"困りました"て動いたんや!

 間違いあるかい!」


「キミ、いつから読唇術使えるようになったん!?

 流石に引くんやけど……」


 佐々木が怯んだ一瞬の隙をついて、香我見は腕を振りほどいて走って行ってしまった。


「あーあ、知らんでえ。ボク」


「ふふ、どうなるかしらねえ」


 困り顔の佐々木とは対照的に、嬉々とした表情を浮かべる千里だった。




   ○   ○   ○




 香我見は走った。最愛の従妹を悪漢から守るために。境内を横切るように走り、参拝客にぶつかりながら、彼は社務所へとたどり着いた。

 天狗仮面と霞橋神楽子の会話の一部が聴こえてくる。


「そこをなんとか、ならんものだろうか」


「ううん、嬉しいんですけれど……

 急にはちょっと」


 嬉しい、と言っただろうか。自分の最愛の従妹はこんなお面をつけた変態に言い寄られて満更でもないというのか。いいや、それだけは許しておけぬ。


「大丈夫か神楽子ッ!」


「あ、ハルお兄ちゃん。

 あけましておめでとうございます」


「おう、あけましておめでとさん。

 ってそうやなくて!」


 香我見がビシィッと天狗仮面を指さす。


「こいつになんか変な事されとらんか!?」


「香我見殿!誤解である!

 私はただ、熊手が欲しいだけであるのだ!」


 場に沈黙が流れる。訝しむ香我見の視線に、神楽子があわあわと手を振って話し出す。


「大丈夫だってば!本当だよ!でも……」


「でもなんや!?この変態仮面が生理的に受け付けんか!?

 大丈夫や!兄ちゃんが退治したるからな!」


「違うの!違うんだってば!」


「用意できないそうなのである」


「いやいや熊手なんぞいっぱいあるやないか」


「800本、いるんだって」


「はぁ?」


 呆れてようやく大人しくなった香我見に平太郎は事情を説明した。知り合いに配るため、大量に熊手が欲しいと伝えたものの、社務所に在庫がなく、どうしたものかとなっていた所だったらしい。


「なんや、そんなことかいな。

 勘違いしたお詫びや。なんとかしたる」


 頼もしい雰囲気で胸を張る香我見。企画課に不可能はないとばかりに、相方である佐々木を振り返ると、千里の隣で三角座りで泣いていた。

 平太郎と佐々木の二人が何事かと慌てて戻ると、


「ちゃうねん、あれは仮面越しやからセーフやねん……」


 と、クリスマス前にその身に降り注いだ不幸を嘆いていた。天狗仮面と仮面越しにとはいえ唇を重ねた記憶が佐々木の脳裏に蘇る。


「千里よ。いったいこれはどうしたことであるか」


「あら、おねーさんはどうもしないわよ。

 クリスマスはお楽しみだったわねって言っただけ」


「ああ、コンパの王様ゲームん時か。

 佐々木君メンタル弱いなー」


「慰めとかないの!?

 みんなしてボクを辱めるやなんて……」


「気に病むものではないぞ佐々木殿!

 仮面越しであれば接吻のうちには入らぬ!」


「……ほんまに?」


「ま、絵面はおもろかったけどな。

 キスとしてはノーカンやろ」


「そ、そうやんな!

 うん!大丈夫!ボクの純潔は未だ無事やな!」


「あら、秋くらいに高校で男の子としたじゃない。

 おねーさん、お見通しよ?」


「……あ」


 人差し指を口元に当て、千里は意地悪くそう言い放った。

 ゆっくり立ち上がりかけた佐々木が今度は膝から崩れ落ちる。


「ボクは、ボクは……変態やったんか!」


「え、今更気づいたん?」


「ヒドイ!香我見クンそれはひどいわ!

 くそう!ボクの赤い糸はどこに繋がっとるんや!」


 流れ落ちる涙を拭おうともせず、佐々木は走りだそうとする。今度は、香我見がそれを止めた。


「何やの。キミの赤い糸はモニターの前でぷっつり切れとるよ。

 せっかくの正月なんやからお参りして縁結びでも頼もうや。な?」


「どうせ神様かてボクの願いはそっぽ向いて放り出すに決まっとる!

 どうせボクなんかぁぁぁ!」


 今度は佐々木が走り去ってしまったので、仕方なく香我見はそれを追うことにした。


「なんや、めんどくさいなあ。

 ほな、あのアホ追いかけるからこの辺で」


「うむ。今年もよろしくである」


 そういって去っていったうろな町企画課の二人を見送り、千里は言った。


「ああ、おもしろかった。

 ほんとう、ばかばっかりねえ」


「なんであるか?それは」


「町長さんの秘書の子がよく言ってたのよ。

 おもしろいでしょう」


「姐御が引っ掻き回しただけでしょうに……」


 平太郎の手に握られていた傘次郎は、ぽつりと呟いた。そして、どうやら今年も変わることなく姐御は姐御であるらしいや、とため息をもらすのだった。





   ○   ○   ○




 余談であるが、800本の熊手は平太郎が自作で作ることとなった。雑貨屋で買ってきた熊手に延々と縁起物を取り付けていく作業は殊の外こたえたと言う。


おお、年が越せました!

なんだかんだで2014年を終わらせた三衣です。


今回は弥塚さんの企画課組をお借りいたしました。


佐々木君の受難は、弥塚さんの作品「ばかばっかり!」で堪能できますよ!


10/22『環境管理課庶務報告書』

http://book1.adouzi.eu.org/n1801br/23/


12/20 『非公式企画 第一回うろな町合同コンパ』

http://book1.adouzi.eu.org/n1801br/25/



年末年始はイベントが多くて楽しいですね!

次は節分の予定ですー。

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