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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
後日談、天狗と触れ合った人達のはなし
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12月24日 天狗、聖夜を駆ける

12月24日  夜



 平太郎はいつものジャージに唐草模様のマントではなく、サンタ風の赤い衣装を身にまとっていた。今日はこのままうろな町の夜の警備に出るという。


「アニキ。本当にその格好でいくんですかい?」


「当然である。今宵は12月24日。次郎も何の日か知っているであろう」


「クリスマスでやんしょ?いいですかい、アニキ。クリスマスってなあですね……」


「いや、いいのだ。みなまで言うな。苦離済(くりすます)、良い日ではないか。

 このような古風な日を少しくらい私も楽しんだとて、ばちは当たるまい」


「姐御、またアニキで遊んだでしょう」


 非難の声をあげる傘次郎に、千里はくすくす笑いながらビールを傾けている。傘次郎自身にも、金銀の煌びやかなモールが巻かれ、傘のてっぺんには星のモニュメントがつけられていた。


「何を言うのかしら。おねーさんは本当のことしか言わないわよ?」


「ったく、何をわざとらしく……」


 これ以上訴えても無駄だと言わんばかりに、傘次郎は大きくため息をついた。そして意気揚々と玄関先で天狗の面をつけている平太郎を見て、ことさら大きくため息をつくのだった。




   ○   ○   ○




 キリスト生誕を祝う日として浸透しているクリスマス。そしてその前夜であるクリスマスイブであるが、平太郎の知るそれはもはや原型をとどめておらず、出鱈目出まかせに千里の口からついて出た説明をそっくりそのまま受け入れてしまっていた。

 千里も、よもや信じるとは思っていなかった。


 そのクリスマスの内容は以下の通りである。


 ―――苦離済(くりすます)

 親しい者との愛別離苦を悼み、故人を偲ぶ仏教由来の行事。また、故人の魂が現世に戻る日だという説もある。

 明治時代初期には、それらを題材にした大衆文学である「シュ=ワキマセリ」が人気を博した。この物語の主人公である三太は、物語冒頭で死亡し、常世から現世へと霊の状態で戻ってくる。想い人に最期の別れを告げるため奔走する彼の姿は幅広い層からの支持を得たという。

 物語は全4部で構成されており、特に読者に人気が高かった最終章「三太、苦労す」の終盤。彼が生前の想い人の枕元にひっそりと贈り物を置いて去る、という展開が社会現象をも引き起こした。

 その時の三太の服装が赤い服に赤い帽子であった為、苦離済には三太の服を着て町に出るものも多く見られたと当時の資料は語っているという。





   ○   ○   ○




 そのような出鱈目な知識を携えた平太郎が取った行動はただ一つであった。


「おいこらアホ天狗!いったい何だよ!こんな夜中に!」


 同じうろな町に住む妖怪の中でも、自らの弟とも言える存在。妖怪としての種族は違えど、その身を案じる気持ちに変わりはないとばかりに、強引に彼をうろな町の夜空へ連れ出したのだ。天狗としての妖力を取り戻した今となっては、その天狗的力で自在に空を駆けまわることができる。


「急に来て一緒に来いだの、サンタがどうだの……

 訳が分かんねえ。はあ、不幸だ……」


 彼の名は稲荷山考人。うろな町に住む妖狐であり、天狗仮面、平太郎の弟弟子でもある。


「大体なんだよ、その服。ジャージはお前の魂じゃなかったのかよ」


「うむ。苦離済といえば三太の服だと聞いたのでな。

 それに、考人にはぴったりの日だと思ったのだ」


 そう言いながら、うろな町の夜空を高く高く上昇してゆく。町の灯が眼下に小さく小さく見えようかという辺りで、平太郎はようやく止まった。

 平太郎は風を渦のように起こして考人を持ち上げるように包む。そうしてから手を放し、二人で宙に浮く形をとった。


「おお、こりゃ面白いな。クッションみたいだ」


「あまりはしゃぐのではないぞ。

 風の外に出れば真っ逆さまであるからな」


「マジかよ」


 平太郎は腕を組み、仁王立ちの姿勢をとって考人を見降ろした。赤いサンタ帽が風にはたはたと揺れる。天狗の面に、サンタの衣装。赤鼻のトナカイならぬ赤鼻のサンタがそこにはいた。

 平太郎は言う。


「よいか考人。私は三太ではない」


「当たり前だろ。ってか、いつの間に妖力が戻ったんだよ」


「しかしながらっ!」


「聞けよ」


「大切なものを失った気持ちは多少なりとも分かるつもりである。

 私も、父上を亡くした時には無力感に苛まれたものだ」


 遥か天空の先を見つめ、平太郎は語り始める。無理やり夜空へ連行された上に、何やら湿っぽい、よく分からない話をされはじめた考人は今まで以上に本格的に天狗がおかしくなったと半ば戦慄した。


「考人ぼっちゃん、実はですねえ……」


 きらきらと飾られた傘次郎がやれやれといったように事の顛末をかいつまんで考人に伝え、それを聞いた考人は呆れたように兄弟子であるその天狗を見上げた。非常に平太郎らしい、はた迷惑な行動だと思わず笑った。


「相変わらずアホか」


「うむ。天狗たるもの、時には阿呆にならねばいかんのだ」


「なんだそりゃ、訳が分かんねえ」


 そうそう単純に、大切なものを亡くした悲しみが消えることはない。自分がそうだった。まして、自分たちは妖怪である。人と違い、長きに渡り現世に身を留めるのである。

 時間が解決するとはいっても、それに要する時間は人のそれよりも遥かに永いのだ。


 時には、道化を演じて気を紛らわせる夜があっても良い。


 そんな想いで、天狗仮面、琴科平太郎は考人を夜の空へと連れ出したのだった。


「え、アニキ、嘘だと気づいてたんですかい?」


「流石に気づくのである。私もそれなりに人の世で生きているのであるから」


「なら最初から素直にそう言えよな」


 考人が自らの身を妖怪のそれへと変じる。五本の尾を持った、妖狐の姿。


「ま、今日みたいな日は町の不幸もてんでありゃしねえ。

 憂さ晴らしにはちょうどいいかもな」


「千里は嬉々として夜の町に消えていったのである」


「そりゃそうだろうな。千里さんは不幸食わねえもん」


 あえて二人とも、最近この世を去った共通の故人のことを口には出さず、うろな町の夜空でしばらく雑談を楽しんだ。ふと、思い出したように平太郎が懐からあるものを取り出した。


「食うか、考人よ」


 それは、彼女が好んで口にしていたビーフジャーキーだった。彼女に最後に会った時も、平太郎はこうしてビーフジャーキーを差し出した。


「ああ、サンキュ。

 猫缶だったら食わなかったけどな」


 そう言って考人はかすかに笑った。妖怪ではない町の人間たちは、こうやって話にのぼっている人物のことを覚えていない。しかしそれでも自分たちはしっかりと覚えているのだ。

 思い出が消えることは決してない。


 今日ばかりは、自分も目の前の天狗のように阿呆になってもいいかも知れない。ふと、考人はそんな気分になった。目の前の天狗にそう思わされたのか、はたまた星を取り付けた傘次郎を見てそう思ったのか、それとも遥か天空に舞い上がったことで少しだけ'彼女'に近づいた気になったのか。

 詳しい理由など本人にも分からなかった。


 ただ、静かに静かに愉快な気分が考人を突き動かした。


 その妖狐の姿をゆらりと傾けたかと思うと、考人は風によって支えられている部分からまるで何でもないようなことのように空へと躍り出た。


「考人坊ちゃん!?」


「考人ッ!?」


 平太郎が風で拾い上げるよりも早く、考人は夜空を落ちていく。




   ○   ○   ○




 風の音が他の音を全て遮る。雲を突き抜け、夜空を滑るように考人は落ちていった。

 体を落ちるがままに委ね、呟く。


「こりゃ、案外気持ちいいな」


 ぐんぐんと町の灯りが近くなる。不安も心配も、欠片ほども湧いてこなかった。何も心配しなくとも、大丈夫に決まっているのだから。

 最期の雲を突き抜け、町が目前に迫ったあたりで彼の体はぐんと向きを変え、そのまま西の山へと運ばれていった。




   ○   ○   ○




 どさり、と転がるように考人が西の山の長老広場に投げ出される


「いてて。もっと丁寧に降ろせないのかよ」


「危ないではないか考人よ!」


「なんだよ、たまにはアホになれっていったの、お前だろ」


「まったく、肝が冷えやしたぜ、坊ちゃん」


 軽く平太郎から拳骨をくらい、考人は「悪い悪い」と言った。


「でも、助けに来てくれるって分かってたからな」


「当然である。私は天狗仮面であるのだから」


 全速力で夜空を滑空し、寸前のところで天狗風を届かせることができた。愉快そうに笑う考人を見て、平太郎もまた、たまにはこんな日があってもよいと笑うのだった。


 しかし後日、うろな町の一部で『白いトナカイと赤鼻のサンタが町に向かって滑空していた』との都市伝説が生まれることなど、愉快に笑う二人と一本には知る由もなかった。



寺町さんのところの稲荷山君、お借りしました!


お世話になった人が多すぎて次はどうしようか迷ってしまいます。

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