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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
後日談、天狗と触れ合った人達のはなし
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12月16日 天狗、ニワトリと走る

12月16日 昼



 平太郎は商店街の小さな社を後にして、商店街の人々と挨拶を交わしながらこのまま町の見回りに行こうと決めた。それぞれの店では相変わらず天狗仮面を面白おかしく野次るような声が聞こえてくる。それらに律儀に返事をしながら、天狗仮面はある種の開き直りの境地に達していた。

 オクダ屋の店主と、古書店「夢幻」の店主だけはにこやかに微笑んでいた。


「ふむ。やはり皇殿は得体が知れぬ。

 オクダ屋の店主も、いつまでも息災でいてほしいものである」


「コケッ!」


 いつの間にか、天狗仮面の足元には一羽のニワトリ。何かを伝えるようにジャージの裾をつついている。


「おお!オバハン殿ではないか!久しく姿を見ていなかった故、

 鍋にでもされてしまったのかと思っていたのである!」


「コケッコ、ココ……」


「あいわかった。深くは聞くまい。

 では、久しぶりに河原でも走ろうではないか!」


「コケッコー!」


 端から聞いていれば完全に天狗仮面の独り言に聞こえるであろうこのやりとりであるが、天狗である平太郎には彼女の言っていることは充分に理解できていた。



   ○   ○   ○




 河原で高笑いと共に走り回っていると、平日の日中であるにも関わらず向こうに人がいるのが見えた。どこか暗い顔をしたその男に、天狗仮面は見覚えがあった。


「あれは……」


 ほんの数日前に会った記憶が蘇る。院部殿と共に歩いていた男性ではないか。確か、井筆菜、と言ったか。

 ニワトリのオバハンと共に、すれ違い様に声をかける。


「コケーッ」


「井筆菜殿!」


 その声に、ようやく天狗仮面の存在に気が付いたとでも言わんばかりにハッとした彼は天狗面とニワトリの不思議なコンビネーションに目を白黒させた。


「驚かせたようで失礼!

 いやに暗い顔をしているが、どうしたのであるか。

 私でよければ話を聞くのである!」


「あ、いや、模試の結果が……」


 話し始めようとする井筆菜青年に、オバハンが強襲をかけた。けたたましく青年のあちらこちらを突っつき、彼は再び慌てふためいた。天狗仮面も同様に、である。


「ど、どうなされたのだオバハン殿!」


「ココココッ!コケッ!!

 コーッコココ。コケーッ!」


「何だ何だ、痛い痛い!え、何ですか一体!?」


 両手でニワトリを掴み、なお襲い掛からんとする彼女を宥めながら、天狗仮面は「ふむぅ」と一人戸苦心する。


「たびたび驚かせて申し訳ないのである。

 しかし、貴殿の悩みはおおかた理解したのである!」


「え、ニワトリが突っついただけでしょうが」


 こほん、と咳払いをして天狗仮面は仮面越しに井筆菜青年をじっと見つめる。その手にはぱたぱたと羽根を動かすニワトリの姿。


「気休めにしかならぬであろうが、貴殿に一つ伝えたいのである」


「は、はあ。別に構いやしませんが」


 天狗仮面は「うむ」と一つ頷いてから言った。


 ―――世の中には、二種類の悩みがある。ひとつはどうでも良いことであり、もう一つはどうにもならぬことである。そして両者は悩むだけ無駄、という点で共通である。

 どうでも良いことならば捨て置けば良いし、どうにもならぬことは天命を待つより他にない。己が出来ることがあるのであれば、悩むより前に行動を起こすが賢明である、と。


「その理論だと、悩みという概念が消えてしまうのですが……」


「悩みが消えるのは大いに結構ではないか」


「いやしかしですね。もうこれ以上どうにもならんのですよ。

 覚えた傍から語句が抜けていく。詰め込めど詰め込めど、

 僕の脳とやらは底抜けバケツのように知識をすっぽり捨てやがる」


 やさぐれたように、井筆菜青年が地面の石ころを見て、うなだれたままそれを蹴飛ばした。


「わかっちゃいるんです。周りのせいだのなんだの言って、結局は自分が悪いのだと。

 しかしながらですよ、どうやら僕はもういよいよ駄目らしい。全てを賭けてもどうやら

 大学には届かんようです。とはいえ、浪人生活を重ねる覚悟もない」


「ふむ。井筆菜殿。失礼仕る」


 そう言うと、天狗仮面は持っていたニワトリを地面に置き井筆菜青年の肩を力いっぱい掴んだ。


「い、いてて」


「井筆菜殿。全てを賭けても届かぬかどうかは、未だ見ぬ未来の貴殿が決めることである。

 今、ここにいる貴殿にできることは、後の自分に胸を張ることであるのだぞ」


「そ、そんなに御立派な身分でもないのですがね……いてて」


「全てを賭し、胸を張る。それが人の常道である。

 そこに貴も賎もないのだ。さあ!胸を張るのである!」


 背中をばしりと叩き、強制的に井筆菜青年の背筋を伸ばす。


「ふはは!余計なお世話大いに結構!

 我が名は天狗仮面!この町を守る天狗である!

 精進するのだ青年よ!では、さらばである!」


 ばさりと唐草模様のマントを翻し、天狗仮面は走り去った。ニワトリも「コココッ!」と後ろを着いて走り去った。


 ただ残された浪人受験生、井筆菜伸太郎は「噂に違わん変人じゃあないか」とぽつりと呟いた。



   ○   ○   ○



「コケッ?」


「む?いかがなされた、オバハン殿」


 うろな町を流れる川の上流近くで、ニワトリが天狗に質問を投げかける。


「コココ。コケー」


「む、オバハン殿の耳にも届いていたか。恥ずかしい限りである。

 確かにここ数日、私は悩みに悩みぬいた」


「コッコココ」


「良いのだ、前途ある青年に悩みは似合わぬものである。

 私は妖怪であるが故に悩んでもよいのだ!」


 そういって、やれやれといったように首を振るニワトリの横で彼は高らかに笑った。

 屁理屈もまた、理屈のうちである。このとうてい理不尽な思考もまた、天狗仮面が天狗仮面である所以なのである。



裏山おもてさんから、お久しぶりのニワトリ、オバハンを。


出汁殻ニボシさんの悩める浪人生、井筆菜伸太郎をお借りしました!



受験生、頑張れ。

成績で伸び悩む前に一問でも多く問題を解くのです。


天狗仮面の言った悩み云々のくだりは、三衣が愛してやまない作家、森見登美彦氏の文の一部です。自身にも、キャラにも影響を受けまくる男・三衣でございます。

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