12月16日 天狗、さつま揚げを食べる
後日談。
とはいえ、いつもと何も変わりのない天狗の日常でございます。
12月16日 朝
平太郎は商店街を歩いていた。先々の店で「何があったのか」だの、「千里ちゃんを怒らせたらダメだろうがよ」などという叱咤の声が聞こえ、いつも通りの天狗面の下で彼はどうにも焦りの色を隠すことができなかった。
いやに情報が早い。騒動のあった日からまだ数日と経っていないはずだ。にも関わらず、どうにも千里の都合の良いような解釈が町に広がっている気がしてならない。
「う、うむ。今後は誠意気をつけるのである」
今日は中華飯店クトゥルフでさつま揚げを食べるつもりで出てきたのだが商店街の好奇の目に少々辟易としている平太郎だった。
○ ○ ○
店主であるキョンシー、清志の作った極上のさつま揚げを前にして、平太郎は商店街での町の人たちの対応を不思議に思うとこぼしていた。そこへ従業員である狐坂奏が焼酎を運んできて言った。
「わしらも詳しくはわからんのじゃ。
昨日か一昨日か、日が昇ればみな知っていて当然といった雰囲気じゃった。
夢喰いのヤツの仕業かと思うたが、内容が内容じゃからのう」
「十中八九、千里さんの仕業アルよ。
手出し、口出し無用とあれば何にも言えないアル」
「やはり、そうか……
いや、そうであろうとは思っていたのだ。
むしろ、それ以外にないであろうとも」
千里はいつの間にか町の人たちをも味方につけているようだった。これは今後下手なことでもしようものならば町内会の方々をも敵に回す事になりかねない。
「ぞっとしない話である。
これはあれか。不幸だ、というヤツであるな」
「タカトが聞いたら俺の台詞を取るなと言いそうじゃのう」
「あやつは今時分学校であろう。
幅広く世を見つめる眼を養ってもらいたいものだ」
少し前のこと。平太郎は、傷つき道を見失いそうになっていた考人を救うことができなかった。救ったのは、彼の通う中学の教師の言葉である。考人は未だ妖怪としては幼い。それ故にどこか人間味のある雰囲気だ。願わくば、その心持ちを忘れずにいてほしいと平太郎は思っていた。
極上のさつま揚げをたいらげて、平太郎は店をあとにする。
商店街にある小さな社の前のベンチに腰掛け、そこに祀られている妖怪に一つ礼をした。
「おとろし殿。結局私はどちらの味方なのだろうなあ」
志し半ばで散っていった、人狼の少女のことを思い出す。最後にあった時に彼女が言っていた言葉と共に。
相容れぬものだと分かってはいても、やはり夢を見てしまうものである。垣根を越え、何の隔たりもなく触れ合える日は来るのだろうか。それをいくら望んだとて、今の平太郎にできるのは目の前の町の人々をしっかりと見守ることくらいだと、充分彼自身も理解しているつもりだった。
社の妖怪は答えない。間もなく昼になろうかという時間であるので、寝ているのだろう。代わりに、不意に横に座る人影が現れた。鼠顔をした、ひょろりとした男だった。
「辛気臭え面してんじゃねえか、天狗仮面。
ほら、食いなよ。いつもん所のコロッケだ。
最近、すっかりはまっちまってなあ」
「おお、松殿」
平太郎にコロッケの包み紙を渡すが早いか、彼は自分の包みを開けてさっそくぱくついている。
「ところでよ、天狗仮面。
ここ数日、千里のねーさんの機嫌が馬鹿にいいんだが、
何か知らねえかい?」
「はて、言われてみれば昨日も晩飯のおかずが豪勢だった。
相済まぬが、これといった理由は思い浮かばぬのである」
平太郎は嘘をついた。天狗としての妖力が戻ったことは伏せておくことにしたのである。それは、千里や傘次郎と共に相談して決めたことであり、何事かの争いに下手に町を巻き込まぬためでもあった。
天狗としての妖力が戻ったとなれば、町の妖怪の勢力図も変わる。特に千里の手駒とも取られかねない平太郎が力を誇示することは、あまり好ましくないと判断したのだった。
「そうか……
お前さんなら何か知ってるかと思ったが、まあいいや。
ま、そんな暗い顔するもんじゃねえよ。
世間は寒いし、暗い話題も多いがよ。笑っていこうや」
「世の日陰者たる妖怪の台詞とも思えぬのである」
「はっは、違いねえや!」
からからと2人は笑った。
―――うむ。考えてみても詮無きこと。私は、私の決めた道を往くまでである。残された者は、ただ日々を全うするしかないのだから。
「激励、いたみいる。
私はこれからも変わることなく天狗仮面である」
「おう、そうであることを祈ってるぜ」
軽く挨拶を交わして、天狗仮面・琴科平太郎は再び歩き出した。
寺町組をたくさんお借りしました!
こんな感じで、お世話になったところ含め、いきたいところに行って、色んな話をしてエピローグとさせていただきたいと思います。




