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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを守る天狗のはなし
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12月13日 天狗、陰陽師と相対する

12月13日 昼



 平太郎は古書店「夢幻」で手に入れた術書を持って、いつかゴミ拾いをしに来た河原にいた。手に入れたその本を処分するためである。


 町には過ぎたる力。古の術など、この町には似つかわしくない。

 しかし、術書の処分は考えていたよりもずっと難しいものだった。平太郎が手に入れたその書自身にも術者、役小角の術がかけられており、風で引き裂くことも、火で燃やしてしまうこともかなわなかった。

 触れているだけで禍々しいその書の中身には、取り込まれてしまうような雰囲気があった。


「こりゃあ、参りやしたねえ、兄貴」


「うむ。燃えるゴミの日に出す訳にはいかぬようだ」


「姉御に渡しちまいやすかい?

 こういった術書関連は姉御の方が詳しいでしょう」


 そう言う傘次郎に対して、平太郎はふるふると首を横に振り、そして術書の一部を開いてみせた。そこには、数珠に妖力を流して結界を作る術が記されていた。


「以前に清水殿の修業を行った際に、この術を千里は使っていたのである。

 そして、覚えたばかりだとも言っていたであろう」


「へい、確かに」


 つまり、千里は一度この書を見ているのだ。それも、小角が町に攻めてきたこの夏以降に。そして書にある術を覚え、これを手放したということだろうと平太郎は推論を述べた。

 

 そうでなくとも、自分は天狗仮面であり続けることを決断したのだ。天狗の妖力をあきらめると言うことは、妖怪という存在からは限りなく離れると言うことに他ならない。

 つまるところ、千里からも限りなく離れる可能性がある、という事だ。平太郎の懸念は、そこだった。千里と交わした『約束』を破ればどうなってしまうのか、と平太郎は頭を垂れた。


 300年前に千里と交わした約束。供にあろうと交わした約束を反故にしたことになるのではないか。

 自分に怒りの矛先が向き、消滅させられてしまうかも知れない。しかし、平太郎にとって問題はそこではなく、その後の千里がどうなるのか全く分からないという点が最も恐ろしかった。


「町を捨てることなど出来はせぬ。

 しかし、千里を悲しませることもしたくないのである」


「兄貴。あっしに告白されても困りますぜ。

 面と向かってそう伝えりゃあいいじゃねえですか」


 平太郎が参ったというように頭を掻いた。どうにもそう言った事柄を面と向かって言うには気恥ずかしいと思っているようである。


「う、うむ。至極もっともである。

 しかしなかなかどうして怖ろしい。

 手土産に酒でも買っていけば、

 多少は千里の態度も柔らかくなるやも知れぬな」


 術書を片手に、平太郎は河原を後にした。

 術書は、安全な処分法が分かるまで保留にしておけば良い。千里の目のつかぬ所に保管できれば尚良しであるな。とそう考えて。




   ○   ○   ○   




 町に戻り、平太郎は一軒の酒屋を訪ねる。

 普段であれば酒の調達は妖怪仲間である鬼ヶ島に頼んで用立てるのだが、千里がそこにいる以上、目の前で酒を頼む訳にもいかない。

 それ故、町の酒屋を利用することにしたのだった。


 店の名は『うろな酒店』と言い、比較的若い女店主が切り盛りしている酒屋であった。

 少し前に今の女店主に代替わりし、居候を抱えているらしい、と平太郎は風の噂で聞き及んでいた。


 店に入ると、平太郎の視界に店主と思しき女性が入った。

 たまにクトゥルフで一人呑んでいる女性ではないか。清志殿や奏殿に再三言われようとも、毎回つぶれるまで呑む事をやめない剛の者。いやはや、妙な縁もあるものだ。とカウンターに近づく。

 店主である吉祥寺ユリも、天狗に気づき、少し驚いた顔をした。


「天狗じゃないの。いらっしゃい」


素面(しらふ)の貴殿を見るのは初めてであるな」


 などと互いに挨拶を交わした。


 瞬間、奥から放たれる敵意を持った視線。

 あまりに強すぎる視線の主を平太郎が仮面越しに見やれば、そこにはスラリとした容姿の男性の姿があった。艶のある黒髪に、触れれば切れそうなほどの鋭い眼光。


「表に出ろ、天狗仮面」


 短く鋭い声でその青年は言った。


「ちょ、ちょっと伊織君!この人は怪しいけど人畜無害よ!?」


 店主であるユリがそう声をかけるが、伊織と呼ばれた青年からのプレッシャーが緩むことはない。

 彼の名は芦屋伊織。妖怪を滅する事を生業とした、れっきとした陰陽師である。

 妹にあたる芦屋梨桜もまたうろな町で妖怪、主に妖狐を滅せんと日々町を巡っている。


「私はただ酒を買いにきただけなのである。

 貴殿の事は聞き及んでいるが、私に害意は・・・・・・」


「黙って出ろ。気配も読めないのか」


 言い放たれたその言葉に平太郎は辺りの気配を伺い、ハッとしたように何かに気づき、神妙に頷いた。


「あんたが空気読みなさい!伊織君!確かにちょっと、姿は変態だけど……

 中身はいい人だし、何より今はお客様でしょうが!」


「いや、構わぬのである。確かにここを離れた方が良さそうである」


 混乱するユリを置いて隣の駐車場に出た平太郎と伊織。店を出る際にも店主であるユリは「ケンカとかダメだからね!分かってる!?伊織君!」と叫んでいたが、当の本人も平太郎も何もそれに返すことはなかった。


「その本、どこで手に入れた」


 出るなり、変わらずの冷たい声がかけられる。どうやら、持っている術書の事を言っているらしいと平太郎は気づき、懐からそれを取り出した。


「とある筋から手に入れたのである。

 このような物騒な物、この町に相応しくなかろう」


 処分しようとしていた事を素直に告げ、「おお」と声を上げる。


「この書の管理、そちらに任せても構わぬだろうか」


 この発言に驚いたのは伊織である。

 相手は妖怪。それを滅する立場にある自分に向かって、力を渡すような真似は信じがたい。一体コイツは何を考えているのだろうか。


「それをこちらに渡してどうするつもりだ。

 代わりに町での一切を見逃せとでも言うつもりか」


 伊織の声に鋭さが増す。

 平太郎は手の平をすっと向けて首を横に振った。


「そのような条件を出すつもりは一切ないのである。

 確かに、ここの所は町の皆は貴殿等に敏感になっているが……」


 平太郎はもちろん、目の前の陰陽師が大切な仲間を手にかけた事を知っている。痛ましく思うものではあるが、復讐の刃を向けたとて事態が解決する訳でも無い。

 それを重々承知した上で言葉を続けた。


「私は、ただ町を守りたいだけなのである。

 貴殿は私達の正体を知っても尚、混乱を避ける為に

 実害のない者には手を掛けないであろう」


 そこまで言うと、うろな酒店の二階、住居部分となっている部屋に視線をやった。

 先ほど感じた、人間と、陰陽師と、よく知った妖狐の気配。もっとも、自らの弟弟子に当たるその妖狐はその妖力を巧く隠していたが。


「何かの集まりのようであるな。

 無用の争いを避ける為に、私を外へと連れ出したのであろう。

 私に妖力が無いと言えど、術書から漏れる妖気は隠しようがない」


「分かったならさっさと立ち去れ」ふん、と鼻を鳴らして伊織が手を払う。


「では、私はここで待つので、酒を所望するのである。

 代金はこの書で如何であろう」


「……媚びを売るような真似をしても、

 俺たちがやることは変わらんぞ」


 訝しげに言う伊織に平太郎は仮面の下で不敵に笑いながら術書を投げ渡した。


「なに、一向に構わんのである。

 どちらかの生き方に合わせれば、必ずどこかで歪みが生まれる。

 悲しいが、やはり私たちは全てを共有することはできぬ」


 しかし、と平太郎は続けた。


「分かち合える部分も必ず存在するのである。

 例えば、妹に再び辛い思いをさせたくないという兄心、等であるな。

 私も、考人が苦しむ様は見たくないのでよく分かるのである。

 互いに、互いの出来る精一杯を往けばよかろう」


 伊織の顔が一瞬だけ驚きを示したがすぐに冷ややかな眼差しにもどり、「過ぎた代金だ。酒の見立ては勝手にするぞ」と言い放って酒店に戻っていった。




   ○   ○   ○




 店に戻るなり「ねえ、大丈夫?騒ぎとか起こしてない?」と掛けられる声を後目に、伊織は陳列されている酒の中から大吟醸を一本手に取った。


「伊織君!?それはうちにある中でも一番……」


「代金は受け取っている。問題があるか」


 店主の声を遮り、すぐさまそれを持って二階へ上がる。


 そこにはうろな中学剣道部に所属する三人が集まっているはずだ。

 居住用に割り当てられた部屋の一室、店主の弟である吉祥寺勇吾の部屋に揃っていた面々は、突然の芦屋兄の襲来にひどく驚いた。


「げ」「お兄ちゃん!?」「伊織さん、何か用か?」


 三者三様の返事を返す彼らの一人、自らの妹に向かって伊織は言った。


「梨桜。この酒に退魔の術を込めろ」


 兄である伊織は守りの術を得意とし、妹の梨桜は攻撃の術を得意とする。

 こういった術ならば、梨桜の方が向いていると判断したのだ。


「お、お兄ちゃん?それって何かの儀式用?

 いいけど、どれくらい込めればいいの?」


 伊織が僅かに口の端を引き上げて言った。


「ありったけ、だ。

 とても酒一本では足りん代を寄越した奴がいてな。

 心ばかりのサービスだ。俺なりの、だがな」


「そういう事なら任せて!

 憑き物一匹寄りつかせないから!」


 たっぷりと退魔の加護を施した大吟醸を持って階段を降りる伊織の背中を見ながら、来客の一人である稲荷山考人は呟いた。


「さっき、阿呆天狗の気配がしたような……

 気のせい、だよな?」




   ○   ○   ○




 贈答用の風呂敷に包まれた酒を受け取った時、平太郎は眉をぴくりと動かしたが、天狗の面に阻まれてそれが伊織に見えることは無かった。


「どこで手に入れたかはともかく、あれは貴重な物だ。

 ただの酒一本と交換、という訳にもいかん。

 代わりと言っては何だが、“出来る精一杯”とやらをさせてもらったぞ」


「……面白い。お主、なかなかに喰えぬ奴であるな。

 うちの千里が好んでちょっかいをかけそうである」


「妖力もない半天狗に褒められて嬉しいものか。

 仙狸?ああ、町での危険度が最大級に認定されている妖怪か。

 面倒事を持ち込んで来るな。目的は果たしただろう。さっさと去れ」


「ふはは、よかろう。妹が無為な殺戮を行うところなど、

“お兄ちゃん”は見たくなかろうて」


 瞬間、倍ほどに膨れ上がったプレッシャーを物ともせず、平太郎は呵々と笑ってその場を去った。

「兄貴、あそこまで煽らなくてもよかったんじゃありやせんかい?

 相手は陰陽師。何をしでかすか分かったもんじゃねえ」


「心配無用である。このような白昼、堂々と仕掛ける訳にも行くまい。

 特に、妹の前ではな。あれにも、あれなりに悩む所があるようである」


「それを分かってて煽るってぇのも底意地が悪ぃ。

 兄貴、最近どうも姉御に似てきたんじゃねぇですかい?」


「そうかも知れぬ。しかし、悪い気はしないのである」


「いやあ、気にした方がいいとあっしは思いやすがねぇ」




   ○   ○   ○




 商店街で、平太郎は前日の騒動を詫びて回った。しかし、一番謝罪をしなければならないと思っていた狐面の少女だけは見つけることが出来なかった。


「あの少女にこそ詫びねばならんのだが……

 見つけたら、誠心誠意で以て最大級の謝罪を……」


「いやあ、そうまでしちゃあ逆にまた怖がらせちまうんじゃありやせんかい?

 何事もほどほどになさるのが一番ですぜ。兄貴」


 どこまでも物事を暑苦しく考える平太郎と、それを冷静に止める傘次郎。

 ここ最近、町で平太郎が天狗仮面としてうまくやっていけるようになったのは、傘次郎の功績に因るところが大きいことは間違いない。


 しかし、いくら傘次郎といえど、己の冷静さの限界を越える相手には対処の仕様がない。

 今まさに、その相手が商店街の向こうから歩いてくるのを、傘次郎は見た。見てしまった。


 くたくたによれたパーカーに、そこから覗く病的なまでに白い肌。傍らに何か切羽詰まった感じの人物を一人と、少女を一人連れてはいたが、その姿はまさしく傘次郎が最も会いたくないと思っている者に相違なかった。

 向こうの方もこちらに気が付いたようで、平太郎の天狗面姿を見るなり彼の双眸はくわあッと不気味なまでに見開かれた。


「やいやいやい!これに見えるは天狗仮面ではあるまいか!

 ここで会ったがお久しぶり!よもや吾輩のことを忘れたとは言わせはしませんぞ!」


「おお、団蔵殿ではないか!」


 平太郎が気さくに答えるが、傘次郎は「誰がてめえみてえなのを忘れることができるってんでい」と心の中で悪態をついた。つかつかと歩み寄ってくる彼、院部団蔵の後ろからはパーカーのフードを引っ掴んでそれを止めようとしている男、井筆菜伸太郎と、慌てて院部の前に出てその進軍をとめようとする少女、鸚屋千草の姿もあった。


 しかしそれでもひょろひょろとした憤怒に彩られた院部の進軍は止まることなく、商店街の一角で天狗仮面、琴科平太郎と自称宇宙人、院部団蔵は相対した。


 そして、院部から一方的にではあるが二人の決戦の火ぶたが切って落とされたのである。





寺町さんの

『銘酒の秘訣―うろな酒店の昼下がり』と『人間どもに不幸を!』より、吉祥寺姉弟、芦屋兄妹、稲荷山君をお借りしました!


http://book1.adouzi.eu.org/n9788bu/




出汁殻さんの

『不法滞在宇宙人』より、院部君、井筆菜君、鸚屋さんをお借りしました。


http://book1.adouzi.eu.org/n5309bs/

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