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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを守る天狗のはなし
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12月13日 天狗、決断する

12月13日 朝



 平太郎は冷たい部屋で目を覚ました。

 昨晩はうろな署の留置場に泊まり、自らの軽率な振る舞いを反省していたのだ。向こうの方から誰かが歩いてくる足音が聞こえる。足音は一つ。今日は自分しかここにいなかったので、おそらくは自分に何か話がある職員だろうと平太郎は考えていた。


 しかしながら、と平太郎は考える。

 現在、自分の住処である木造2階建てのアパートには誰も居ない。同居人である千里は3日の猶予とやらを勝手に押し付けてふらりと出ていってしまった。

 すると、誰が身元引受人になるのだろうか。よもやこれは誰も迎えに来れずに出られなくなるのではなかろうか。いかん、つい先の事を考えずに行動してしまった。今、ここに向かってきている足音の主に、なんとか事情をうまい具合に説明せねばなるまい。


 平太郎があれこれと思索しているうちに、足音の主は格子を開けて「おい」と声をかけた。


「おお、池守いけがみ殿ではないか」


 彼の名は池守瞬也(しゅんや)。ここ、うろな署の刑事課に所属する刑事であり、平太郎が町に来て初めて署の世話になった時からの付き合いである。

 捕まる回数を重ねるごとに、なんとか害がないということを理解してもらえたのだ。


「天狗が来てるって聞いたからな。

 聞いたぞ。やらかしたんだって?」


 平太郎はうなだれ、申し訳なさそうにした。


「うむ。どうやら私は焦っていたらしい。しかし、

 一晩しっかりと頭を冷やしたのである」


「そいつは何よりだ。ところで、お前の家にかけても誰も出ない。

 確か同居人がいなかったか?」


「千里のことであるな。千里は家出したのである」


「なんだ、痴話喧嘩か?そりゃお前が悪いな」


「待つのである!何故即座に私に非があることになるのであろう!」


「いや、定職にも就かない変態を誰が擁護するんだ」


 勢い込んで立ち上がりかけて抗議の姿勢を見せたものの、平太郎は池守の言い分に何も返せず中腰の姿勢から再び床に胡坐をかいた。

 こほん、と小さく咳払いをして「して、私はどうすればよいのであろう?」と池守に問いかけた。


 池守は少し考えたように天狗仮面を見つめ「ま、いいだろ。俺が引受人でも」と言った。そして天狗仮面に向かって手のひらを突き出し、「ただし、何があったか言ってみろよ。立花さんも心配してた」と言った。


 交通課の池守に、刑事課の立花。課は違えど合同捜査や合同演習で顔を合わせる二人はそれなりに親しい間柄だった。


 平太郎は小さく頷き、池守の言葉に了承を示した。


「なに、さほど複雑な話でもないのである。

 “仕事と私、どちらをとるのか”と問われただけである」


「馬鹿言え。無職だろ、お前」


 池守が指でつん、と天狗の面を突いた。


「何を言う!私はうろなの平和を守る天狗仮面である!

 町の平和を守ることが使命であり、誇りであるのだ」


「金になってないからな、お前の使命とやらは……。

 それを仕事とは言わん。で、何て答えたんだ?」


 平太郎はふるふると首を横に振った。


「私は……答えられなんだ。

 その時より3日後、つまり明日に私は千里に対して

 私の答えを示さねばならんのだ。しかし……」


「まだ迷ってるってことか。しかしなあ天狗よ。

 どうにもそんなに深刻に考えるような事案に思えないんだが。

 お前が真人間になって働けばそれで解決じゃないか?

 愛想尽かされるよりよっぽどいいだろう」


 平太郎は唸った。天狗の力を諦め、町で生きていくならばそれでも良い。特に、人間社会というものの中では労働による報酬を得るのが常道であり、それを守らぬならば枠組みから逸脱してしまうこともままある。天狗仮面は、人間社会において限りなくその社会の枠組みから逸脱するかどうかの瀬戸際にいる存在だった。


「確かに、いつもスーパーや商店街では奥方達に心配をされる。

 しかし違うのだ池守殿。人は皆、信念や糧を支えに生きている。

 私が天狗の面を外し、一介の人物に埋もれてしまったならば、

 信念を失くした私は、それはもう私ではないのだ」


「頑固なヤツだな。ま、話は分かった。

 どう考えても事件性はないし、こっちとしても不介入だな」


 そう言って場を去ろうとする池守を平太郎が呼び止め、一つ質問を投げかける。


「池守殿。私は皆に……町に必要とされているのであろうか?」


「さあな。ただ……」


 組んでいた腕を解き、歩き出しながら彼は言った。


「いなくなれば余計な書類仕事は少なくなるな。

 それはそれでさみしい気もする。とは言っておく」


 池守と共に留置場を後にして、別室で預けておいた番傘を受け取った平太郎は寒さの突き刺さる町へと自らの答えを探すために出るのだった。




   ○   ○   ○




 あてもなく歩いていた平太郎は、商店街の人に騒ぎを起こしたことを詫びねばならぬと思い立ち、商店街を目指した。そしてその外れ、ある店の前で不意に声をかけられた。


「天狗さん、少しよろしいですか?」


 声を掛けてきたのは、夏の終わりごろからこの町にやってきて古書店を営む初老の男、皇悠夜(すめらぎ ゆうや)だった。天狗仮面とは町に彼がやってきたときに言葉を交わして以来、挨拶をする仲であった。


「寄っていきませんか。ちょうど今日はバイトの方もおらず、

 話し相手が欲しいと思っていたところなのです。

 昨日は随分と騒がしい様子でしたが、如何なさいましたか?」


「この天狗仮面、一生の恥なのである。

 町の皆に迷惑をかけてしまったのだ……」平太郎が首を垂れる。


「失敗など、誰にでもあるではありませんか。

 大切なのはその後の行動でしょう」


 柔和な皇の言葉に、平太郎は深く頷いた。古書店に入り、レジの近くに置かれた椅子に座って二人は他愛のない話をした。

 自分が気落ちしていることを察して声を掛けてくれているのだろうと平太郎は一人納得し、皇の好意に甘えることにした。

 

 聞くところに依れば、この店は道楽でやっているような店らしい。しかし小さな佇まいではあるが、町の間では「探していたものが見つかる本屋」と噂されている。

 茶請けにと出された饅頭に平太郎が手をつけようとすると皇は「ああ、すみません。少々お待ちを」と言って奥へと入っていった。


 饅頭を持ったまま、平太郎は不思議そうな顔をする。皇がいなくなったことで唐傘化けの傘次郎が小声で平太郎に話しかけた。


「兄貴、兄貴。いいんですかい?のんびりしてて。

 もう昼前ですぜ?」


「うむ。つい話し込んでしまった。皇殿は不思議な御仁であるな」


「決して危なっかしいって感じの人じゃあねえんですがねえ」


 そう話す二人の元に、皇が手にいくつかの饅頭を持って戻ってきた。慌てて黙り込んだ傘次郎だったが、皇は饅頭の一つを次郎の近くに置き、「あなたの分を忘れていましたね、失礼失礼」と笑った。


 これに驚いたのは平太郎である。確かに不思議な人物ではあったが、いったい何者なのかと天狗面の中で目を丸くした。


「私はこの町ではただの古本屋ですよ。年を重ねて少しばかり知識が増えただけの、ね」


「……あいわかった。我が相棒への気遣い、いたみいるのである」


 そう言うと、次郎を手放し座ったままの姿勢で頭を下げた。相手が名乗ろうとしていない以上、むやみに立ち入ったりするものではない。人外同士の暗黙の了解、というようなものである。

 そして、自分たちが相手のことを見抜けなかったということは、相手は妖怪にしろ何者であるにしろ、自分たちよりも格上の存在である。

 次郎はひゅるりと空中で身をひるがえし、唐傘化けの姿となった。


「お初にお目にかかりやす。

 あっしは唐傘化けの傘次郎。兄貴の元で日々……」


 そこまで言うと、傘次郎ははっとして後ろを振り返った。正確には、後ろの棚にある一冊の本に注意を向けたのだ。

 妖怪姿になって初めて気づくほどの微かな妖気。唐傘姿のままでは感じ取ることのできなかったであろうそれを、次郎は一冊の本から感じ取っていた。妖力の大半を失い、かつ天狗の面で妖気を遮断されている平太郎には感じることのできないものである。


「どうしたのだ、次郎よ」


「いかがされましたか?傘次郎さん」皇は変わらず笑みを湛えている。


 棚の前まで行き、軽く風を起こして棚からその本を抜き取る。表紙にはなにも書かれておらず、いやに古めかしい装丁のそれは背表紙を黒紐で綴じてあった。

 微かに残る、感じたことのある妖気。


「兄貴ッ!」傘次郎が本を平太郎に渡す。


「どうしたのだ、次郎よ。あまり大きな声を出すものでは……」


 そこまで言って、平太郎もピクリと眉を寄せた。

 傘次郎が取ってきた本の表紙には何も書かれていなかったが、手に取ったそれから感じられたのは夏に感じたあの邪悪な妖気を僅かにではあるが纏っていた。


 役小角(えんの おつの)。夏に大軍を率いてうろな町に攻め入ってきた、半神半妖の存在である。町に住む能力者達が力を合わせてこれを撃退したと聞いていたが、感じるこの気配は微力ながら確かに彼のものであった。

 恐る恐る本を開くと、そこには様々な術の形式や記録が記されていた。


「皇殿。これを一体どこで……」


「さて、どこでしたか。しかし、私の店にある、ということは

 古書として誰かの手に渡るべき品だということでしょう」


 本から視線を上げ、平太郎は皇を見た。変わらず、柔和な顔を崩していない。


「皇殿。この本を私が譲り受けたいのだがよろしいだろうか。

 相応の対価は支払うのである」


 平太郎は、夏にこの町で起こったことを皇に話した。

 皇は既にその事件を他から聞いて知ってはいたが、口を挟まずに最後まで聞いた。


 すべてを聞き終わった後、平太郎に向かって、皇が問いかけた。


「力を欲するのですか?その本には、様々な術が記されています。

 それこそ、天狗の妖力などなくとも世の理を曲げてしまうほどの」


皇の声が幾分か鋭くなった気がした。

しかし、平太郎はゆっくりと首を横に振り「必要無いのである」と言った。

これは言わば小角の遺した負の遺産。自らが処分せねばならぬとの気持ちがあったのだ。


 もちろん、これを用いれば、天狗としての妖力が無かろうとも力を得る事は可能だろう。

 その可能性に至る前に、町を守るという選択が自然と平太郎の脳裏に浮かんでいた。



「私は、やはり天狗仮面である。

なぜならば、天狗仮面である故に、だ。

しからば、町に仇なすやも知れぬ禍の種を

放っておく事など、できるはずがない」


 やはり、平太郎は天狗仮面であることを捨て去ることはできなかった。

 

 町での絆。様々な人の想い。今までに町で出会ってきたそれぞれのものが平太郎の頭を駆けた。


 それと同時に、ここ300年の千里と共に過ごしてきた時間もまた駆け巡る。

 平太郎は目を閉じ、静かに一つ息を吐いた。


「……分かりました。

 その書物は差し上げます。お代は結構。

 これも何かの縁というものでしょう」


 皇の言葉に、平太郎は静かに礼を述べ、本を受け取った。

 大切そうにそれを抱えて傘次郎共々、古書店を後にした。



   ○   ○   ○




 天狗と唐傘化けが去った後、皇はレジ横に置いてある電話を取り、笑みを湛えたまま謝罪の為にと電話を掛けた。

 電話の相手は猫塚千里。今しがた天狗に渡した本を取り寄せるように指示した人物である。

 千里はしばらく経ってから電話に出た。


「どうしたのかしら?皇さん。

 おねーさん、お昼御飯を作るので忙しいのだけれど。

 厳蔵さん、なかなか味にうるさいのよ」


「それは邪魔をしたようで申し訳ありません。

 申し訳無いついでになのですが、先日お願いされた本、

 天狗さんに渡してしまいました」


 電話口で、千里がくすくす笑うのが分かった。


「手出し、口出し無用と言っておいたはずなのだけれど。

 一体どういうことなのかしら?」


「ええ。天狗さんには何も言っていませんとも。

 唐傘君に少し助力はしましたけれど」


 皇もゆるやかに、ふふふと笑う。

 千里が楽しそうに口を開いた。


「アナタも屁理屈を言うようになったのねえ。

 なんだか悔しいから、厳蔵さんに八つ当たりでもしようかしら」


「それが宜しいでしょう。

 しかし、これも予想していたのではありませんか?」


「さあ、どうかしら」


 クスクスと笑いながらそれだけ言うと、千里は通話を終了させた。


 皇は物言わぬ受話器をことりと置き、「相変わらずのお人だ」と呟いた。

 さてさて、あの天狗さんはどうやって自らの意思を伝えるのでしょうねえ。なにしろ、相手が悪い。半端な返答では、私たちにまでとばっちりが来てしまうかも知れませんね。そうならぬように、せめて祈っておきましょうか。


 一人静かに、皇は古書に囲まれながら古書店『夢幻』に佇むのだった。



稲葉さんの

『冬過ぎて、春来るらし』

http://book1.adouzi.eu.org/n7507bq/

より池守刑事を


蓮城さんの

『悠久の欠片』

http://book1.adouzi.eu.org/n0784by/

より、皇さんを。


それぞれ天狗のお悩み相談役にお借りしました。

不都合などありましたらお知らせ下さいませ。


次回は町長に会いに行きますよー!


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