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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを守る天狗のはなし
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12月12日 天狗、揺れる

12月12日 朝



 早朝、天狗仮面は椅子に腰かけたまま「むう」と一つ呟いた。

 冬の陽がようやく昇り、しんと冷たかった木造二階建てアパートの一室をゆるやかに暖めだす。


「次郎よ。現状を整理するのである」


 天狗仮面、琴科平太郎は昔を思い出しながら一晩中座っていた。

 かつて千里が山に現れたこと、彼女の一族がすでに絶えていることを知り、自分が何ができるかと考えていたこと。彼女の酒を無断で飲み、瀕死の状態まで追い詰められたこと。自らが供にあろうと手を差し伸べたこと。


「ひとつ、アニキの持っている天狗面をつけている時にゃ、妖力は回復しねえ。

 ひとつ、天狗の妖力の源は『傲慢』『慢心』そして『自尊心』……。

 つまり、アニキが天狗として元の状態に戻るには……」


 そこまで言って、傘次郎は言い淀んだ。平太郎は一つ頷き、そのあとを続ける。


「私が町の皆を見下し、偉ぶれば良いと言うことであるな。

 しかしながら……」


「アニキにそんな事が出来るもんですかい」


 天狗仮面として町で過ごしてきた平太郎を、傘次郎は一番近くで見てきたのだ。町を見捨てるようなそ事を平太郎が出来る訳がない。

 幾分か憤慨した傘次郎の声に、平太郎は穏やかに頷いた。


「その通りである。私はこの町を守りたいのだ。

 しかし、やはり一点だけ腑に落ちぬ所がある」


 腕を組み、天井を見上げる平太郎。疑問に思っていたのは、なぜ一度だけ妖力を自力で取り戻すことが出来たのか、という点だった。

 夏の前、うろな町民の交流を深めんと平太郎はケイドロ大会を企画し、その後、わずかにではあるが妖力を取り戻したのだ。

 

「それも千里の策のうちなのかどうかは分からぬが、

 そこが何かしらの突破口になりそうである。

 今日はそれを調べに行くとしよう」


「合点でさあ」


 


   ○   ○   ○




 ジャージにマントをなびかせて、天狗面をつけて町へと出た平太郎と傘次郎。しかし、妖怪仲間達は相変わらず固く口を閉ざしていた。


「皆、よほど千里が怖ろしいと見える」


 思うように成果が上がらず少しばかり疲れを覚えた平太郎は、商店街の中華料理屋『クトゥルフ』で休息をとることにした。

 目的はさつま揚げを食べることである。中華料理屋でさつま揚げ、というのも妙な話かもしれないが、『クトゥルフ』においてのみ、それはありふれたものになる。頼めば基本的に何でも出てくる妙な料理屋。それがその店の売りであった。


「あいやー、天狗仮面。何度来ても助言は出来ないアルよ。

 と、言うかそもそも何も知らないアル」


「うむ。私はただ、さつま揚げを食しに来ただけである。

 いつものように美味いさつま揚げを頼む」


「あいやー……それが……」店長であるキョンシーの清志は口を濁した。


 代わりに、従業員としてこの店で働いている妖狐、狐坂奏(きつねざか かなで)が口を挟む。

 聞けば、材料が無いという。


「おぬし、千里と喧嘩でもしたのか?

 あやつが軒並み買い占めていきおったわ」


「むう……今回はずいぶんと徹底しているではないか……

 鋭気を養いたかったのだが……」


 平太郎はおおまかな事情を二人に話して、自分の置かれている状況と疑問を口にした。もちろん、回答が得られないであろうことは分かっていたが、それでも誰かに話してしまいたかったのだ。


 天狗の妖力をとり町を捨てるか、天狗の妖力を捨てて町をとるか。


 清志と奏は何も言わなかった。

 いや、千里の触れにより何も言えなかったのだろう。気休めの言葉をかけるくらいしか、彼らにはできなかったのだ。


「平太郎。解決したらとびきりのさつま揚げをごちそうするアルよ」


「うむ。かたじけない。では、私は探索に戻るとしよう。

 ゆくぞ、次郎」


「合点でさ」


 立ち上がり、マントを揺らして店を出た平太郎に対して、清志は心配そうにその背中を見つめていた。





   ○   ○   ○





 夕暮れ。商店街を歩き、おとろしのいる小さな社の前のベンチに座る。一向に手がかりは掴めない。

 

「やはり分からぬ。なぜあの時は一時的に妖力を得られたのだ」


「何か足りていないんでやすかねえ」


 足りないもの。いったい何が足りていないというのだろうか。町のために尽くす覚悟だろうか。そんなものはとうに出来ている。前町長に自分を受け入れてもらった時から、平太郎は町のためにということを第一に動いてきたはずだった。


 焦燥と不安。

 手のうちようがない現状に押しつぶされていく。


 彼の心は次第に暗い感情で埋められ、鬱々としたものになっていった。定められた期限のうちに、自らが納得し、胸を張れる答えを見つけなければいけないというのに。

 彼は大きく首を振った。


 こんなことではいけない。弱気になるなど、私らしくないではないか。

 悩んだ時こそ、初心に還らなければならぬ。


「私は天狗仮面である。

 天狗仮面たるもの、町の平和を守らねばならぬ。

 そうとも、弱気になどなってはいかんのだ」


 半ば、無理やり自分を鼓舞するかのように、天狗仮面はベンチから立ち上がった。

 

 勢いよく立ち上がった彼の目の前を一人の人物が横切って行く。ちらりとこちらを見たその人物は、ぎょっとしたように一瞬身を引いたが、天狗仮面もまた、その人物に対して不審な人物だと評価を下した。

 

「狐の……面?」


 天狗仮面の前で固まっているその人物は、狐の面で顔を隠しており、雰囲気で驚いていることは分かるものの、表情などは一切読み取ることが出来なかった。


 ―――街では見ない顔であるな。

 天狗仮面がそう評する。面を被っていたとて、雰囲気や振る舞いなどで大雑把なことは分かる。目の前の人物は、うろな町の住人ではない。


 目の前の人物はどこか決まりが悪いように視線をちらちらと逸らしたりしていた。仮面越しにでも、そういったことは分かるものである。

 天狗仮面の中の不審感が徐々に増していく。


「―――この町の住人ではないようであるな。

 驚かせているようであいすまぬ」


 「え……っと……」


 いやにゆっくりとしたしゃべり方で、目の前の人物が話しだす。

 この人物の名は江ノ島樹(えのしま たつき)と言い、間もなくこのうろな町に越してくる予定の人物だった。現時点ではたしかにうろな町の住人ではない。街の様子を見にふらりとうろな町を訪れていたのだ。

 この人物が面をつけているのはその自身の性格に由来してのことであり、人との関り合いを避けるために面をつけているのだが、そこまでは天狗仮面にも分からなかった。

 

 それ故の不幸、事故のようなものであるが、江ノ島は天狗仮面と遭遇してしまった。

 目の前にいるのは、ジャージ姿に天狗の面をつけ、時代遅れの赤い番傘を持った不審人物である。関わりあいにならないのが最善の策だと分かっていても、唐突に遭遇した非日常の光景に思わず足が止まってしまったのは完全に失策であった。


 いつもの天狗仮面であれば、泰然とした態度で相手に話しかけたことだろう。

 しかし、今の天狗仮面にその余裕はなく、焦りからその判断力は低下し、ただ町のために目の前の不審な人物を排さなければならぬという間違った感情にその身を支配されていた。


 江ノ島がどうやってこの場から離れようかと考えている間、天狗仮面はといえばさらに不審感を募らせていく。

 おろおろとしたこの人物は、なにかしらよからぬ考えがあってこの場にいるのではないか。面をつけているのも、正体が露見するのを避けるためではないだろうか。

 もしそうだとすれば、この天狗仮面、町の禍は払わねばならぬ。


「―――私の名は天狗仮面。

 うろなの町を守る、天狗である。

 貴殿が町に仇なす者であるならば……」


 その台詞が終わる前に、江ノ島は走りだした。

 無理もない。よく見知らぬ町で出会った変な人物が、自らのことを天狗だと言い、しかも威圧的に声をかけてきたのだから。

 三十六計逃げるに如かず。江ノ島は考える。アレは関わっちゃいけない何かだ。多分、おそらく、きっと。


「むう、逃げるとは後ろ暗い事がある証拠である!

 待たぬか!町のため、この天狗仮面が成敗してくれる!」


 完全に我を失い、早とちりをした天狗仮面が走りだした江ノ島を追う。商店街を走る狐面と天狗面。

 商店街の出口に差し掛かろうとする辺りで、一気に間合いを詰め天狗仮面が飛び跳ねた。走る江ノ島の前にすたりと着地し、手に持つ番傘をびしりと向ける。


 天狗仮面の気迫にあてられ、江ノ島の足が恐怖で竦む。じりじりと天狗仮面が間合いを詰める。いったい何が起きているのか理解が追いつかず、声も出ない。


 その時、江ノ島の背後から鋭い声が飛んだ。


「何やってんだ!お前!」


 走ってきたその声の主である男は天狗仮面と江ノ島の間に割って入り、江ノ島を庇うように天狗仮面と対峙する。男の名は立花慎司。うろな署に務める刑事課の刑事である。


「立花殿!その者は不審な……」「傘を降ろせ」


 つかつかと天狗仮面に歩み寄り、立花が胸ぐらを掴む。


「もっかい言うぞ。何やってんだお前。

 目ん玉開いて良く見やがれ」


 そこで、初めて天狗仮面は追いかけていた人物が震えていることを理解した。後ろ暗いことがあって逃げたのではない。恐怖をおぼえて場を去ろうとしたのだと、その時ようやく理解した。

 

「どっからどう見ても、不審者はお前の方だろうが。

 なんかいつもと違うぞ、天狗仮面」


 絶句し、傘を落とす天狗仮面。

 絞り出したように「す、すまぬ、私は……」と江ノ島に向かって手を伸ばすが、びくりと後ずさる江ノ島。


「悪いね、君。俺はうろな署刑事課の立花。

 こいつは連れて行くから安心してよ」


 にこやかに立花はそう言って、天狗仮面の肩をぱしりと叩いた。




   ○   ○   ○




「ほんと、どうしたんだよお前」


 たまたま町の見回りに出ていたと言う立花は、うろな署まで天狗仮面を連行した後取り調べを行った。流石に、商店街で大勢の人が見ていたこともあり、その場での注意に留めることは難しかったのだ。


「流石に今回のはマズイぞ。

 何があったか知らねえけどよ」


 天狗仮面は項垂れ、自らの失態を深く反省していた。


「私は……何という事をしてしまったのであろうか。

 何も知らぬ少女を怖がらせてしまうなど、天狗の片隅にも置けぬ」


「なんか力になれるなら言えよ」


「かたじけない……。しかし立花殿は秋ごろに生まれたご子息がおられるであろう。

 私の事よりも家族のことを……」


 天狗仮面が言い終わるよりも前に、立花は軽く拳を握り天狗の面をごつりと打った。


「立花……殿?」


 天狗面の額に当てられた拳がぐりぐりと押し付けられる。


「お前にはさんざん苦労をかけられたもんだ。

 河原に不審者がいるって通報にかけつけてみればお前。

 酔っぱらいが喧嘩してるって通報に行けばお前。

 最初は真剣に恨んだね」


「あいすまぬ」


「でもまあ、ナリは妙だけどやってる事はゴミ拾いや喧嘩の仲裁。

 このおかしな面さえなけりゃ何にもお咎めはないってのによ」


「しかしこれは……」


「私の魂だ。って言うんだろ?腐るほど聞いたっての。

 あれだけ何回も聞いたんだ。嫌でも覚える」


 そこまで言うと、立花は天狗の面から拳を離した。


「もちろん、家族は大事だけどよ。

 町を守るのが俺のお仕事なの。お前もそうだろ?」


 天狗仮面は頷けなかった。いつもであれば力強く首を縦に振っていたことだろう。しかし、今の天狗仮面には、悩みを抱えた今の彼にはそれは即断できない問いかけだった。

 そんな天狗仮面を見て、立花は一つ息を吐いた。


 天狗仮面が立花を見上げる。


「立花殿。今日はこちらに泊めてもらえぬだろうか。

 どうやら私は少し頭を冷やす必要があるようである」


「おー。悪いことしたんだから、反省しなきゃな。

 留置場は空いてるから遠慮無く泊まっていけよ。

 場所は……分かるか」


「うむ。手慣れたものである。

 かたじけない。立花殿」


 天狗仮面は立ち上がり、颯爽と署内の奥へと歩き出した。




   ○   ○   ○




 身一つで冷たい床に胡座をかき、格子の中で天狗仮面はぽつりとつぶやく。


「久しいものであるな。当初はよくここに入れられたものである」


 天狗仮面が町に下りた頃は、行く先で通報され、パトカーに押し込まれ、そしてこの部屋へと入れられたものだった。もちろん、平太郎は抵抗しなかった。それが功を奏したのか、いつからか注意だけに留まるようになり、通報で駆けつけた時にも、和やかな雰囲気で連行するようになった。

 流石に通報者である市民の手前、連れて行かずに放置ということはしなかったが、穏やかに連れ去られる天狗を見て、変質者ではあるが悪人ではないのかも知れないと町民達も次第に柔らかな態度になっていった。


 かつて、この留置場に入る度に平太郎は落胆していた。

 なぜ、分かってくれぬのか。私は人助けをしているというのに。なぜ、助けている私がこのような目に合わねばならぬのか、と。


 今は違う。

 様々な者が天狗仮面を町の住人として理解してくれている。先ほどの立花との会話でもそれを感じる事ができ、平太郎はそれがとても嬉しかった。


 傘次郎は預かり荷として置いてあるので、今この場所には平太郎だけしかいない。


「答えは未だ出ぬ……」


 千里との約束の期限まで、あと2日。窓のない冷たい部屋で、平太郎はゆっくりと目を閉じる。


 ―――いっそのこと、妖力など戻らずとも良いのではないだろうか。ただただ、天狗仮面として町で生きていくことが正しい選択なのではないだろうか。

 

 そう心が傾く平太郎の心の中で、この町で散った人狼の娘の言葉が不意に浮かぶ。


『天狗仮面はどっちの味方なんだにゃ?あっしら妖怪か……

 それともあっしの父ちゃんや母ちゃんを殺した人間か』


 それをゆっくりと飲込み、平太郎は自身が妖怪であることを今一度認識した。例え、町に暖かく迎え入れられていても、自分は妖怪なのである。

 そう簡単に妖怪としての自分を捨てることはできない。


「すまない、サツキ殿。私には……分からぬ。分からぬのだ……」


 平太郎は、未だ妖怪と人間の狭間で揺れていた。



綺羅ケンイチさんの「うろなの雪の里」より、

立花慎司をお借りしました!

立花さん超イイ人。夏祭りのあたりのお話で第三子が8ヶ月くらいとのお話がありましたので、この頃には生まれているだろうと描写させていただきました。


パッセロさんの「曖昧MEなうろな町生活」より

江ノ島樹をお借りしました!

怖がらせてすみません。一連の騒動が終われば全力で謝りにうかがいますのでどうかお許しをば。



次回予告!


思い悩む平太郎は一冊の本を見つける。

それはあるまじないについて書かれたものであった。


助言を得て西の山へと向かう平太郎。

そこで彼はついに自分の答えを導き出す。


「天狗、決断する」


乞うご期待!



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