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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを守る天狗のはなし
59/77

12月9日 天狗、惑う

新章開始です。

当初から予定していた話としてはこれが最終章ですね。


お付き合いくだされば幸いです。

 紺色の二本線ジャージに袖を通し、唐草模様のマントを羽織る。

 寒さも深くなってきたこの時期にその格好は寒いのではないかと思うが、彼、琴科平太郎はそんなことはお構い無しだと言わんばかりに玄関先で天狗面を付けて町へと繰り出す。

 手には赤い番傘を持ち、町で不届き者を見つければ喝を入れ、困っているものがいれば手を差し伸べる。それが、彼、天狗仮面である。


「兄貴、今日は大根が安いようですぜ」手にした赤い番傘、唐傘化けの傘次郎がそう言う。


「うむ。千里の買い物メモにも入っている。

 今日は風呂吹き大根であろうな」


 商店街で食材の買出しをしながら、平太郎は冬の支度を始め出した町を歩く。




   ○   ○   ○




 買い物袋をぶら下げて商店街を出ようとする所で、平太郎は見知った顔と出くわした。


「おお、松殿ではないか!」


「おう、天狗仮面。ちょいと時間いいかい?」


 鼠顔の男、名を松というその男は旧鼠(きゅうそ)という妖怪である。最近はうろな町の妖怪達をまとめる立場についた千里の目付け役としてあちこち連れまわされており、心労のためか少しやせているように見えた。


 松と共に商店街にある小さな社の前にあるベンチに座った。平太郎の手には同じく商店街で買ったコロッケが3つある。1つを社に供え「おとろし殿、しばし場所をお借りする」と小声で社の主である妖怪に声をかけた。


「お前さん、千里ねえさんが何企んでるか知らねえかい?」


「企む…であるか?」


 平太郎が残ったコロッケの一つを松に渡しながら返答する。松はそれを受け取って「ありがとよ」と言った。


 渡されたそれを食べ、自動販売機で買った茶をぐいと飲んで、周りに目を配ってからやや小声で松は話を始めた。ここの所、千里は様々な者の所へ訪れていると言う。

 鬼ヶ島をはじめとした妖怪の元へ赴き、何事か話し込んでいるのだそうだ。もちろん、内容は教えてもらってはいない。

 他にも、よく分からない所へもあちこち連れまわされていると言って、大きく溜息をついた。ある時は行くところがあると言いながら延々と二人で山を歩き、またある時は出かけると言っておきながら茶屋で延々と書を読んでいただけだったと言う。


「こないだなんかも、夏にできたばっかりの古本屋に行って、

 何やら静かに二言三言交わして終わりときた。どうにも分からねえ」


 そうやって、お付きの松で遊ぶ傍ら、千里はかつての顔見知り―――町の裏側にいる“人間ではない”有力者達を訪ね歩いていた。彼らは決して表舞台に出ることはない存在である。

 千里が彼らに伝えたのは、「手出し無用」とのことだった。多くの者にとってそれが何を意味するのかは分かっていなかったが、何についてかと聞かれたところで彼女は「心当たりが無いのならば結構よ」とくすくす笑って返すだけだった。

 

 平太郎は天狗の面を少しずらしてコロッケをかじりながら言った。


「何を企んでいるかなど、私には検討もつかない。

 千里はよく嘘を吐くのである」


「知ってらぁな、そんくらい」


「しかし、交わした約束は必ず守る。

 先手を打って“約束する”と言わせれば良い」


「素直に言ってくれるか?」


「……半々であるな。

 気が乗らなければ嫌といわれてそれまでである」


「だよなあ……」


 松は、町に住む他の妖怪達から任を受け、千里の監視めいた事を行っている。自らが楽しめれば良いという彼女の姿勢に不信感を持つものがいるのは想像に難くない。平太郎は一つ頷き、肩を落とす松を慰めた。


「あまりに目に余るようならば言ってくれ。

 なんとかしてみるのである」


「ま、お前さんの言うコトなら多少は聞くかもな。

 しかしほとほと天狗っぽくねえヤツだなお前さんはよ」


「そうであるか?私は私である。

 困っている者に手を差し伸べる。

 ただそれだけの天狗仮面である」


 松は笑って立ち上がった。


「はっは、やっぱ変なヤロウだな。まあいいや。

 ちったあ気が楽になったぜ、ありがとよ、天狗仮面」


 からからと笑いながら、松はその場を去って行った。


「ふむ。一つ、千里に釘をさしておかねばならぬかも知れぬな」

「あっしらに変なとばっちりが来るのはゴメンですぜ、兄貴」


 傍らに置いた傘次郎が、小さくそう呟いた。




   ○   ○   ○




 夕食の大根と鶏肉の旨煮を食べながら平太郎は千里に松と会ったことを話した。


「へえ、苦労してるのねえ。松も」


「なぜそう他人事のようなのだ。あまり遊ぶものではないぞ」


「ふふ、気をつけるわね。ところで、今日のご飯は好みじゃなかったかしら?」


 あまり箸が進んでいなかった平太郎に千里がそう言い、平太郎は正直に違うメニューを想像していた事を告げた。


「もちろん、不味い訳ではない。今日も感謝するのである」


「じゃあ明日は作ってあげるわ。風呂吹き大根」


「それは重畳。いやに優しいではないか」


「あら、ご不満?」


「いや、皆目そのような感情はない」


「本当に、天狗らしくないわねえ」そう言って千里はころころと笑った。


 そういえば、夕方にも松に同じような事を言われたと平太郎は考えた。天狗らしいとは如何なる事なのだろう。父からも「天狗らしく生きよ」と言われ、平太郎はそれを愚直に守ってきたつもりである。

 しかし、そう胸に抱いて行動すればするほど、周りの妖怪仲間からは天狗らしからぬ行動だと言われている。自分は、何か間違っているのだろうか。いや、間違ってなどいないはずである。自らの道を自らの意思で往くのが天狗であろうと平太郎は思っている。

 

 ―――しかし、この胸に残るわだかまりは何であろうか。何かが噛み合わぬ。




   ○   ○   ○



 

 夕食を済ませ、その日も平太郎は夜のうろな町を見回りに出る。先月には北の森で不思議な輩と交戦し、何の縁か賀川という男性と戦線を共にした。

 天狗仮面として町に仇為す輩は許しておけぬ。その心に偽りはない。守る心、それこそが平太郎が常に抱き、遵守している感情だった。


 今日も駅前でたむろしていた若者達を正座させて説教をし、町の治安に貢献したと自負する。


「またお前かよ……」


「何で俺たちがいる時ばっかりくるんだよ!」


「いいじゃん、もう帰ろうぜ……」


「るせえ!コースケは黙ってろよ!」


「喝!揃って黙るのである!」


「うひぃ!」




 仁王立ちした天狗仮面に一喝され、彼らはすごすごと去って行った。

 「まったく、懲りぬ奴らである」去って言った若者達を見ながら呟いた平太郎の脳裏に、ふとある考えがよぎった。




   ○   ○   ○





 うろな町にある総合病院の屋上、平太郎のお気に入りのこの場所で、彼は思索に耽る。先ほど頭に浮かんだ考えを整理すべくここに来たのである。




 ―――町のために尽力し、仇為す輩を決して許してはおかぬ。それが天狗仮面である。私は、その名に恥じぬ働きが出来ているだろうか。

 いや、考えても詮無きことである。それを決めるのはこの地に住む人々に他ならぬ。


 しかし、天狗仮面としては確かに正しい行動であるが、私、琴科平太郎としては……一介の天狗としてはどうなのであろうか。

 種としての天狗への尊厳を回復させる事と、私個人の妖力の回復にはもしや関連性がないのではなかろうか。


 信仰が力になることはおそらく事実であろう。しかしそれは、天狗全体の種の存在にかかわるものであり、私個人の存続、妖力の維持とは別の問題なのではないか。

 



 疑惑の念に駆られた平太郎は、傘次郎に一つ質問を投げかけた。


「次郎よ。妖怪とは、感情を糧にして生きる者。そうであったな」


「……急にどうなさったんで?確かにその通りでさあ。

 あっしらみたいな物の怪であっても、兄貴のような種族のある妖怪であっても、

 そいつは通じておりやす」


「そして種族ある妖怪ならば、力の源となる感情は自ずと定まる」


「へい。下級のあっしらはいざ知らず、鬼やら妖狐やら天狗やらにゃあ、

 妖気の相性なんてぇのもあるくらいですから」


 じっとどこかを見つめ、平太郎は言葉を続けた。


「……天狗の妖力、その源となる感情は何であろう?」


「それは……」傘次郎は言葉に詰まる。


 人々の感謝、尊敬、傘次郎はそう答えようとしたが、これまでそういった感情で平太郎の妖力が回復していないのは明らかだ。天狗の面が外からの妖気を遮断すると言えど、仮面をつけず戦った夏の大戦の折にも、羽扇からの妖力以外は一切享受出来ていない。

 そして仮面をつけていたにも関わらず、ケイドロ大会の際には僅かに妖力を得られたのだ。どうにも辻褄が合わない。

 自らの妖力の源が分からぬというのもおかしな話ではあるが、平太郎は父を亡くすまで人里離れた山中で暮らしており、そんな事を考える必要がなかったのだ。そしてその後は千里によって感謝と尊敬が力の源だと聞かされてきた。

 天狗への信仰だの、妖怪としての天狗の由来であるだの、今にして思えば出鱈目だったのだろう。すっかりそれを信じてきた平太郎は、今になってようやく、それがどうやら違うらしいと言う事に思い至った。

 

「ふむ、千里に確かめる必要があるな……」


 傘次郎を握りなおし、平太郎はそう呟いた。仮面の奥の顔はどこか楽しそうな気配を感じさせる。


「そ、そんな事をして大丈夫ですかい?兄貴」


「……分からぬ。仮面の仕掛けはこの疑惑を抱かせるための小道具であろう。

 千里の企みがここまで読めぬのも珍しい。町で面倒な役を引き受けたのもそのためか」


 そう言って平太郎は仮面の奥で不敵に笑った。傘次郎は困惑するが、遥か昔より、千里はそうやって平太郎で遊びながら過ごしてきたのだ。その度に、平太郎は彼女の妖怪としての在り方、彼女自身としての在り方を垣間見ている。

 

 今回の一件も、千里が自分が楽しむためにと仕組んだことなのだろう。さすがに現状で全てが明らかになった訳ではないが、少なくとも妖力を取り戻すにあたり、千里の企みを明らかにする必要がある事だけは理解できた。


「ずいぶんと手強い相手であるな。さて、どう出たものか……」


「兄貴、何だか楽しそうに見えやすね」


「何、こうした遊びも久方振りであるからな。

 よもや私がこのような状態にある時に仕掛けてくるとは思わなんだ。

 いや、こういう時だからこそかも知れぬな」


 相手は、長年連れ立ってきた千里である。初めて会った数百年前からのあれこれを思い出しながら、平太郎は相手にとって不足なしと意気を高めた。千里の企みを上回ったところで妖力が戻る保証はないが、おそらくこれが妖力を取り戻すための大きな転機になるであろう予感がしていた。

 僅かに残された天狗としての神通力がそう思わせたのかも知れない。


「次郎、これまで通り、私に力を貸してくれ」


「愚問ですぜ兄貴。あっしが付従うのは兄貴だけでさあ」


 平太郎は決意を胸に大きく一つ頷いた。

 琴科平太郎は、力を失った天狗であり、また、町を愛する天狗仮面である。2つの顔を持っていると言っても良い。

 しかし、病院の屋上で巨大な相手に対して不敵に笑っていたのは、間違いなく天狗としての彼であった。


 

日付が飛んだのは、その間にあるうろな町でのイベントに差支えがないようにです。


基本的には平太郎と千里のひっそりとした対決ですので、特にウチのキャラの出張に影響はありません。

商店街のコロッケ、平太郎と松の二人でもぐもぐと食べさせていただきました!

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