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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなで仲間を探す天狗のはなし
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10月30日 天狗、振り返る

キラキラを探して〜うろな町散歩〜より、名前は出ていませんが

カルサムじぃと隼のサムニドと遭遇させていただきました。

夜の空には何が飛んでいるか分からないものです。

 琴科平太郎は天狗である。その神通力は風を自在に操り、十里の先を見渡す。天空を自在に飛行するその姿はまさに威風堂々といったものである。

 しかし、それらの力はある時を境に平太郎から失われて久しい。天狗の力を失った平太郎は住処であった山を降り、街で暮らしている。

 

 何故か。自身の天狗的能力を取り戻すためである。

 妖怪の力、妖力の源は『感情』である。喜怒哀楽その他諸々、想いを力に変え人知れず暮らしているのが彼ら妖怪なのだ。その感情を得んが為、人に仇為す妖怪ももちろん存在する。そうでない者もいる。妖怪と一口に言っても、千差万別なのだ。


 平太郎は、顔なじみの妖怪であるヤマネコの妖怪、仙狸(せんり)の猫塚千里から妖力を取り戻す方法を聞いた。

 

―――人間から、天狗への感謝と尊敬の念を集めること。


 

 これはつまり、信仰を集めるということである。はるか昔、天狗は山の神とされ人々の信仰の対象であった。そしてまた畏れの対象でもあったのだ。

 その信仰の形を取り戻せばよいのだと、千里は言った。それ故に平太郎は天狗の面を被り、己の正体を明かさずに町で人助けをするのである。




   ○   ○   ○




 今日も平太郎は町を見回り、1丁目の河本家の番犬に例によって吠えられたが概ね異常はなかった。

 裏路地に入り、建物の影になっている部分で傘を一振りする。「次郎、頼むのである」「合点承知でさぁ」

 彼が普段持ち歩いている赤い番傘・唐傘化けの傘次郎は平太郎の相棒である。傘次郎もまた妖力を失っていた『物の怪』であったが、僅かばかり取り戻した妖力を平太郎が傘次郎に与え、彼は天狗的力の片鱗を持った唐傘化けへと成ったのである。

 それ故、傘次郎を振るう時のみ、平太郎はその天狗的力の一部を行使することが出来る。彼は天狗風を纏い、うろなの夜空へと舞い上がった。唐草模様のマントがばさりと揺れる。


「……む?」


 どこか、普段と違う気配がする。静かな力の気配である。


 意識を向けると、それはうろなの東方、砂浜の方から感じられた。以前のように町をおびやかす存在ではないかと警戒し、そちらへと飛んだ。

 平太郎がそこで目にしたのは一羽の隼だった。浜辺の上空を大きく旋回しながら飛んでおり、その背には誰かが乗っている。見たところ、隼の背に乗った小柄な人物は和姿をしており、手には得物を抱えてもいる。身の丈程もあろうかという長物の刀である。

 風速を上げ、隼と並び飛ぶようにしながら、平太郎は背の人物に声をかけた。一分の隙も無い武人の気配を身に纏っている。


「もし、そこの御仁」


「……何用か」


 静かに胡坐をかいていた人物が得物を握り締める。それを見て、平太郎は弁解した。


「あいすまぬ。敵意はないのだ。私の名は天狗仮面。

 このうろなの町を守る天狗である。貴君は何者か」


 その問いに関して、隼の背に乗った人物は姿勢を崩すことなく、ただ一言呟いた。


「……朕は守人(もりびと)である」


 その一言で充分であった。平太郎は相手の言葉に込められた強い意志を見抜き、町に害をなす類のものではないと判断した。


「詳しい事情はわからぬが、どうやら邪魔をしたようであるな。

 気を悪くしないでいただきたいのである。私に何か出来ることはあるだろうか」


「……問題ない」


 相も変わらず微動だにせずに器用に胡坐を掻いて座っている人物はそういってのけた。平太郎は一つ頷き「そうであるか」と言った。


「貴君も人ではないようであるので、深くは聞くまい。

 しかし、町を守るに私の力が必要ならば遠慮なく力を貸そう」


 微動だにしなかったその人物が、少しだけ頷いたように見えた。

 平太郎は天狗風の力を緩め、隼と、それに乗る人物との距離を空けた。


 人にそれぞれ事情があるように、人外同士にもまたそれぞれの事情がある。人間同士のそれと違うのは、深く立ち入る訳にはいかぬ部分があるという点である。それを互いに理解しているが故に、互いの素性を詮索するようなことも無かった。


 飛び去った隼を見つめながら、平太郎は傘次郎と会話をする。


「色んな者がおりやすねえ」


「当然である。何に出会ったとて不思議はない。

 しかし、悪い性質のものではなかったのである」


「身なりの割に、随分と熟練した雰囲気がしやしたねえ」


「うむ。今宵、この界隈は彼らの領域であるようだ。

 邪魔立てせぬように去るとしよう」


 唐草模様のマントを翻し、平太郎は元来た方角へと引き返すのだった。



   ○   ○   ○




 うろな町の病院の屋上に平太郎は降り立った。彼はこの場所が好きである。西の山の栃の木の広場から町を眺めるのも良いが、ここから見る町の夜景はより身近に見えるので町にいることを認められているような気になるのである。


 平太郎はうろな町で様々な者に出会ってきた。


 人間、妖怪、動物その他、本当に様々なものにである。


「色々なことがあったものだ」「どうしやした?兄貴」


 天狗の仮面の奥で目を閉じ、今までに会ってきたそれぞれの存在を思い返す。


 目をかけている4人の小学生達。自分を受け入れてくれた前町長。そしてその意思を引き継いだ今の町長。自らが企画したケイドロ大会で会った時にも、物腰の柔らかさの奥に、町に対する気持ちも見て取れた。強い気持ち、という点ではツチノコをこよなく愛する男にも会った。そして共に行動する少女とも。

 町を愛するニワトリと行動を共にしたこともあった。今でも町で見かけては会話を交わしたりする仲である。昔から世話になっている西の山の長老である栃の木と桜の木。


「夏からこちらは様々なことがあった、と思うてな」


「確かに。ありゃあ大事でやした」


 うろなの町に人知れず迫ってきた危機。術者、役小角を筆頭にした妖怪一群が町を手中に収めんと押し寄せたのである。

 平太郎達は力を合わせてこれを撃退した。その際に、町の妖怪のみならず、様々な者の手を借りた。山の奥に住む猫夜叉の一族に、弟弟子である妖狐に懐いている半猫又の二人。今ではたまに酒を飲み交わす仲になった鬼の兄妹。世界を旅していた時のコネクションで町の被害を抑えてくれた酒好きの鬼。そして、鍋島の名の元に皆を鼓舞し、まとめあげた誇り高き人狼の娘。

 千里から聞いた話に寄れば、術者である役小角は人間の能力者達が手を組んでこれを討ったという。


「独りでは出来ぬことも多い。それを痛感した」


「考人坊ちゃんには助けられやしたねぇ」


「うむ。私は不甲斐ない兄弟子である。そういえばここの所、

 ようやっと考人らしさが戻ってきたようである」


「学校の先生さんが手を差し伸べてくれたようですぜ。

 清水のアニキの奥方でさあ」


 平太郎は面の下でおもわず驚き傘次郎を見た。


「なんと、司殿が……。礼を言わねばなるまいな。

 そういえば、先日は渉殿の力になれたようで何よりであった」


「兄貴の名実況、しかと聞かせていただきやしたぜ。

 あの日はあっしにもついに弟分ができたようで嬉しかったでさ」


 傘次郎がばっさばっさとその身を震わせる。うろな中学教師、清水渉が義理の父と剣で会話をしていたあの日の朝。平太郎は町で会った賀川と一戦を交え、紆余曲折の果てに賀川の助けとなるべくその力を振るったのだった。

 観戦席に賀川の姿を見たときは「あの足でよく涼しい顔をしていられるものだ」と思ったが、隣の娘の手前、耐えていたのだろう。


「賀川殿…あの時は賀三郎か。あれは強い目をしていた。

 しかしどこか脆い雰囲気もあったのである。

 救い出した娘と共にある姿は非常におさまりが良かったがな」

 

「しっかしあの娘っ子、夏に相対した娘じゃありやせんでしたかい?」


「うむ。あの時は何かに憑かれていたようであったがな。

 邪悪な気配も感じなんだ。誰かがあの少女を救ったのだろう」


 術者、役小角に鬼を降ろされ、雪鬼として平太郎や猫夜叉にその力を振るっていた時の彼女は今とは別人のようであった。先日その姿を見た時、救われたことに深く安堵したものだ。誰であれ、一人で全てを救うことなど出来はしないのだ。

 町を守ると公言する平太郎であっても、それは例外ではない。例え、天狗としての力を全て取り戻したところで、やはりそれは叶わぬことなのだ。


「こうして考えると、本当に色々ありやしたねえ」


「うむ。藤堂殿の窮地を救えたことも僥倖であった。最近、星野殿の姿を

 家の周りで見かけぬが、藤堂殿の所に頻繁に通っているようである。

 おお、そういえば先日、渉殿の知り合いと偶然知り合ったのだ。

 鹿島殿と言う。世の中とは狭いものであるな」


「兄貴の言う繋がりが増えている証拠じゃあねえですかい?」


「そうであれば良いな。町の方々にも、深く感謝せねばなるまい。

 駅近くで千里が舌戦を始めたときには驚いたがな」


「ああ、あの妙に不健康そうな教授さんですかい。

 あの時の姐御は実に楽しそうでやんした」


「まったく、困ったものである。

 随分な言われようであったが、私の意図する所を

 理解してくれる者がいる、というのは嬉しい事であるな」


「見事な推論でありやした」


「うむ。私が力を取り戻すためには、天狗への信仰を取り戻さねば

 ならぬ訳であるからな。私としてではなく、天狗として行動するのは当然である」


 傘次郎はしばらくじっとしていたが、ぶるりと体を震わせて妖怪姿の唐傘化けの姿へとその身を変じた。平太郎をしっかりと見つめ、意を決したように口を開いた。


「……兄貴。あっしも一つ推論とやらをしてみようと思うんですが、

 聞いてみちゃあくれませんかい」


「どうしたというのだ。神妙な声で」


「兄貴は、天狗としての力を取り戻すために町にいる、そうでやしたね?」


 腕を組み、しっかと傘次郎を見つめ帰す平太郎。少しの間を置いて、深く頷いた。


「兄貴の着けているその面。邪気を祓う玉鋼で出来ていると伺いやした。

 妖力が漏れ出ぬように着けている、と」


 傘次郎からは平太郎の表情は見えない。仮面の奥にある表情は今、どうなっているのだろうかと考えるが、ここまできては後には引けない。傘次郎は夏の終わりごろから思っていたことを口にした。


「てぇ事は……外からの妖力を得る事もできないんじゃありやせんかい?

 おかしいじゃねえですか!それじゃあ、兄貴は……兄貴はっ!

 天狗仮面として町にいる限りはずっと力を取り戻せねえままじゃねえですか!」


 沈黙が二人の間に落ちる。平太郎が何か考えるようにうつむき、やがてゆっくりと顔をあげた。静かに傘次郎に告げる。


「……次郎よ。その話、千里にはしておるまいな?」


「え、ええ、近々聞いてみたいとは思っておりやしたが……」


「では、その話を千里にすることを禁ずる。

 次郎といえど、下手につつけば何をされるか分からぬからな」


「じゃあ、兄貴は……」


 平太郎は笑った。穏やかに、なんでもない事のように笑った。


「無論、その矛盾には気付いている。そして、その事を千里も知っている。

 互いに先刻ご承知の上である。しかし、忘れてはおるまい?

 千里に対して、策をご破算にする事は、決してやってはならぬ事だ」


「確かに、山では清水のアニキと共にエライ目に遭わされやしたが……」


「千里には千里の考えがあるのであろう。

 主に自分が楽しむための考えであろうがな」


 面白そうに笑う平太郎に、傘次郎はどこか納得いかないまでも、互いに承知の上であえて口に出していないのだと分かり、二人の間の関係に水をさすような発言は控えることにした。

 

「まったく、兄貴は姐御に甘すぎでさあ」やれやれといったように力を抜く傘次郎。


「何、よいではないか。それに、別の方法もおそらくあるのだ」


「と、言うと?」


「次郎に渡した妖力は、紛れも無く私がこの町にいる間に得たものである。

 面をつけていても、力を得られたのだ。おそらくは、千里はそれを

 探してみせよと考えているのではないだろうか」


 平太郎が力を僅かに取り戻したのは、ケイドロ大会を自らが主催し、町の一部の人間とではあるが、親睦を深めた後の話である。しかし、あれ以来、自ずから平太郎の妖力が回復したことはない。

 町との繋がりを深くすればあるいはとも考え、今まで以上に町の為にと尽力しているが、それでも雀の涙ほども妖力が得られないのである。


「どうでやんしょ。何せ、姐御ですからねぇ。

 単に面の仕掛けに気付くかどうか悪戯してるだけかも知れやせんよ。

 気付いてても、言わねえ限りはだんまりを決め込んでるんじゃありやせんかね」


「はっは。否定は出来んな。千里の考えていることは昔から分からぬからな!」


「またそんな暢気な態度でもう……。

 兄貴にゃあ敵いませんや」


「いやなに、些細なことであるからだ。

 私は天狗であり、また、天狗仮面である。

 うろなの町を守る事。その心に偽りはないのだから」


 その真っ直ぐな返答に、傘次郎はやはり自らが供をするのはこの人物でしかありえないと再度確信する。琴科の一族に拾われ百年と経っていないが、いつでも平太郎は自らの意思を曲げた事はなく、その気風に傘次郎は惚れ込んだのだ。

 

「どこまでもお供しやすぜ、兄貴」


「うむ。頼りにしている。

 さあ、見回りを再開するのである。

 ゆくぞ、次郎」


「合点でさぁ!」


 平太郎と傘次郎は再び夜の町へと飛び立つ。変わらぬ想いを胸に、自らが愛するこの町を守るために。



何だこの打ち切りエンドみたいな気配は……

ま、まだ続きますよ!?次回より新章なので、夏からこちらにかけての事を振り返ってみました。



コラボ作品URL

キラキラを探して〜うろな町散歩〜

http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/


該当話

10/30 反撃までは


の直前に遭遇しております。

該当話へのリンクは、小藍さんの差し込み投稿の処理が終わってから貼らせていただきます。



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