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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなで仲間を探す天狗のはなし
55/77

10月24日 教師、逆鱗に触れる

修行回、その3.

天狗、仙狸との修行はこれにて終了です。



10月24日 昼


 清水は考えていた。これはどうも妙だと。


「次!さあ来い!」


 数珠で周りをドーム状に覆われた結界に閉じ込められ、妙な生き物達との連戦修行をさせられている清水だが、現在、その記録は28体撃破となっている。そして結界の外で万一の事態に備えて天狗仮面が待機していた。

 しかしどうにも易しすぎるのだ。数体ずつセットでドロリとした生き物が湧いて清水を襲うのだが、その攻撃は単調で、およそ連携とよべるようなものもない。冷静に対処すれば、気持ち悪いという点を除いて何の苦も無い相手だった。

 千里から渡された霊玉を使うまでもないのである。

 


 町での修行で、千里さんが思ってる以上に俺の力がついてたって事なのか?いや、このままで終わりそうな気配も無いな。余裕はあるのに気は抜けないってのも妙な感覚だな。


 清水が考えていると、目の前には一体の生き物が湧き出ていた。


「次は手強いわよ?大丈夫かしら?」千里がくすくすと言う。


「見た目、今までと変わんないけど…臨むところだ!」「ふふ、その意気その意気」


 

 …とは言え、やっぱりさっきまでと変わらないぞ?一体これは…?


「ねえ、清水センセ。司ちゃんって、可愛いわよね?」結界の外から千里が言う。


「っと、どうしたんです?いきなり」


「言ってみただけよ。ほらほら、集中しないと危ないわよ?」


 どろりとした半人型の生き物が振りかぶって清水を狙う。「おっと」とその攻撃をかわし距離を開けつつ、清水は千里の意図を測った。



 なるほど、こっちの集中を欠くように邪魔しようってのか?決闘の時に何を言われても大丈夫なようにその訓練……な訳ないな。楽しんでるだけだ、きっと。


「あの愛くるしい姿が好きなのかしら?それとも凛と響く声かしら?」


「ちょ、集中させる気ないでしょ!?」


「高校の制服を着せて、痴漢プレイをした事もあったかしらねえ」


「あれは誤解だったじゃないですか!ってかなんで知ってるの!?」


 清水の体が徐々に重くなる。集中を乱したことで、鍛錬用の竹刀に込められた術が彼の体を拘束しようとしているのだ。思うように動けなくなってきた事に気付き、清水が気を入れなおす。

 寸前のところで敵の攻撃をかわし、距離を開けて姿勢を整える。


「でも、センセは幼女趣味ではないものねえ」人差し指を顎にあて、わざとらしく考え込む千里。


「そうですよ!俺は司さんが全力で好きなだけですよ!」


 ええい、もう自棄だ。本当にこの修行に意味があるのか不安になってきたけど、開き直ってしまえばこんなささやき戦術は怖くないぞ!


「そうよねえ。夏祭りの日に、ちょっと大人な雰囲気の浴衣に我を忘れてしまったんですもの。

 ずいぶんと、お楽しみだったみたいねえ」


 その一言に、驚きの声をあげることも出来ず清水の精神の牙城は崩れ去った。倦怠感が体を支配し、腕の一本すらあげることが難しくなる。拘束され、がくりと膝をつく清水を見て、さも楽しそうに千里は言った。


「ふふ、おねーさんは何でもお見通しなのよ。

 ほらほら、危ないわよ、センセ」


 清水の前に半人型の塊が迫り来る。顔のないそのドロリとしたモノは、心なしか獲物を捕らえた愉悦の表情を浮かべているようだった。


 やばい、間に合わない!!


 清水が思わず目を硬く瞑る瞬間、横から何かが清水の前に立ちはだかり、目の前の塊を切り伏せた。

 清水の目に映る、ゆらりと揺れる唐草模様のマント。


「そこまで、である。言った通り、千里は性質が悪いであろう?

 自分が楽しむためであれば、人道などお構いなしなのだ」


 結界を破って清水を助けに入った天狗仮面は清水を起こすために手を差し出した。


「あら。当然じゃない。だって私は妖怪だもの」


 声をあげてけらけらと笑う千里にうすら寒いものを感じながら、清水は小さく頷き天狗仮面の手をとって立ち上がる。そして小声で天狗仮面に呟いた。


「予想してたよりよっぽど酷いな。天狗君も苦労するだろ」


「清水のアニキにもわかっていただけやしたかい。あっし共の気苦労が」

「……この苦労を分かち合える日が来るとは…。感無量である」


「どうしたのかしら?」「何でもないのである!」「さ、さあ!次だ次!」


 冷ややかにかけられる千里の声に、反射的に声を返す二人だった。




   ○   ○   ○





 再び数珠による結界が張られ、清水が気を入れなおす。


 さっきはしてやられたけど、もう大丈夫だ。天狗君に、千里さんに無茶をさせないコツを聞いたからな。ちょっと不安だけど、天狗君が言うんだ。試してみる価値はある。


「千里さん。さっきみたいな口出しはしないって約束してもらえますか?」


「あら。天狗の入れ知恵かしら?いいわよ、『約束』してあげる」


 天狗仮面を流し見る千里に、そ知らぬ風にそっぽを向く天狗仮面。本当にこの清水という人間に肩入れしているのだなと千里は思う。

 別段、それを否定したり非難したりするつもりは無い。もちろん、町の妖怪連中の中にはそんな天狗の行為を不思議に思っている者もいるが、そんなことは些細な事である。人間との親交を深めれば深めるほど、千里にとっては面白いことになるのだから。


 あっさりと『約束』を承諾した千里を若干いぶかしみながらも、清水は修行を再開する。


「次はさっきみたいなただの木偶とは違うわよ。

 そろそろ、霊玉の出番かもしれないわね」


 そう言って二言三言呟き、結界内に白い人型を出現させた。


 

 おー。漫画とかでよく見る式神っぽいな。ちゃんと竹刀っぽいものも持ってるし。でも、構えに既視感があるのは気のせいかな。打ってくる気配も無いし、仕方ない。こっちから行くぞ!


 確かに千里の言うとおり、先ほどまでのドロリとした生き物とは比べ物にならない動きの相手であり、清水は式相手に有効打をとれず、式もまた清水に有効な一打を与えることが出来ないでいた。

 打ち合いを続けるうち、式の動きが急に良くなったと清水は感じた。まるで、こちらの動きを読まれているような。次に自分が放つ剣閃が、まるで誘導されたものであるかのような。「ッ!これは!!」


 清水がそれに気が付くのと、式が清水の「よく知る構え」をとったのは同時だった。


 

 そんな…あれは、あの構えは―――


 一際大きな音が響き渡り、清水が倒れる。式がひらひらとそれを見下ろしていた。


「―――秘剣、雨狼名。おもしろいでしょう?センセ。

 どう?自分の技でやられる気分は」


「最初の構えも、待ちの戦法も、どこかで見たことがあるなと思ったら…

 そりゃそうか。自分の構えだもんな…いてて…」


「客観的に自分の弱点を探すには最適じゃないかしら?

 ほらほら、どんどん行くわよ。立ってちょうだいな。センセ」


 清水が気を入れ、再び立ち上がる。そして再び自分と同じ構えを取る式と稽古を続けるのだった。





   ○   ○   ○





 稽古を続けて早や数時間。清水の体が悲鳴をあげはじめる。文字通り、自分との戦いに明け暮れ、自らの弱点を見つけてそこを突けば式もまた清水の弱点を突き、清水がそれを克服すれば式もまたそれを訂正し隙を無くしていく。「ちょっと休憩」と千里が言い、式を消したので、清水も休憩をとることにした。



 自分の弱点が目に見えて分かるってのは楽しいもんだな。でも、体がそろそろ限界だ。ここは千里さんにもらった霊玉で気力を回復して、まだまだ訓練を続けてやるぜ!これさえあれば不眠不休でも大丈夫じゃないのか!?


 そう清水が考えて渡された霊玉の袋を取り出した時、視界の隅で千里の口角が少し上がったのが見え、思わず清水の手が止まる。霊玉の袋と千里の顔を交互に見て、清水もまたくすりと笑った。

 そうだ。彼女が何もしない訳がないじゃないか。山に登る俺にあんな悪趣味な幻覚を見せた相手だぞ?人の恥ずかしい話を平気で明かすんだぞ?

 楽しみをつぶすようで悪いけど、ここは1つガツンとかましてやりますか。


「もう驚きませんよ、千里さん」「あら」


 竹刀を降ろし、霊玉の入った袋を千里に向けて差し出す清水。


「最初の鍛錬では、これを使うまでもない相手。

 その時にあなたは俺で遊んで面白がっていた。

 次の鍛錬では俺の模倣をする相手を用意して、

 俺の驚く姿を見て面白がっていた」


 すっと霊玉の入った袋を開けて、中から1つだけ霊玉を取り出す。


「それなのに、今は何もせずにただ見ているだけ。

 口出しをしないと『約束』したのも、別に何か

 俺で楽しめることがあるからでしょう」


 千里の目が細められ、続きを促すように1つ頷く。


「なら、可能性はいくつかあるけれど……、

 俺が一番ショックを受けるのは、この霊玉が

 ニセモノだった時だ。つまり…」


 清水は笑みを崩さない千里を見て多少不安にはなったが、自分の推論に間違いはないとそのまま台詞を続けた。


「この霊玉はニセモノ。体力なんかこれっぽっちも回復しない。

 本物だったのは、天狗君と鍛錬をしていた時のものだけ。

 違いますか?」


 

 どうだ!こっちだってやられてばかりじゃないぞ!

 シラを切られるかも知れないけど、多分この人はそんな性格じゃないと思うんだよな。



 千里の笑みは崩れることなく、おかしくて仕方が無いといった風に声を出して笑い始めた。そしてついには高笑いまでし始めたのである。


「ご名答よ、清水センセ。ご褒美に、おねーさんが回復してあげる」


 清水の周りにうっすら白い靄がまとわりつき、彼の気力と体力を回復させた。なおも千里は続ける。


「でも、1つだけ訂正。その飴玉は妖玉。

 もしも気付かずに清水センセがそれを食べていたら…

 ふふ、とても面白いことになったのに。残念だわ」


 数珠の結界がじゃらじゃらと解かれ、千里の手に収まる。くすくすと笑い続ける千里を見ながらどうしたものかと思っている清水の元に、天狗仮面が慌てて走り寄った。

 清水を庇うように千里との間に入り、清水に背を向けて傘次郎を構える。


「ど、どうした?天狗君」


「……千里に対して、決してやってはならぬ事が2つある」


 重々しい口調で天狗仮面は言った。後姿からも彼が緊張している様子が伝わってくる。


「千里の酒を無断で呑むことと、そして企みを御破算にすることである。

 流石は渉殿である、と言いたい所だが、こればかりは相手が悪かった」


「え、もしかして俺、虎の尾を踏んじゃった?それとも、龍の逆鱗に触れた?」


「足で尾を踏み、手で逆鱗に触れた、というところであるな」


「そんなレベルなの!?」


「千里は負けず嫌いであるのでな。怒らせると後が怖いのである」


「似たもの同士だなあんたら!!」


 清水のその言葉を合図にするかのように、二人の周りには無数の妖怪が現れた

 一反木綿や大入道、一本だたらに砂女に鬼といったさまざまな妖怪の中には、清水がいつか見た三つ首の化け物や浜辺で鍛錬をした修行君一号の姿、そして鬼の面を被った藤堂や破壊のオーラを纏った賀川の姿もあった。


「幻視の術であるか……。渉殿、気を確かに持つのだ。あれらの強さはさほど高くない。

 今までに会った者の姿を借りた式であると思えば良い。本当に様々な者と修行したのであるな」


「え、俺、一反木綿とか知らないんだけど」


「あれらは私のかつての敵である」


「つまり天狗君が一緒じゃなけりゃ妖怪軍団は出なかったってことか」


「……そういう見方も出来る。来るぞ!一体一体は渉殿と同じくらいの強さであるぞ!」


「うっわその情報聞きたくなかった!」


 天狗仮面は面を外して清水に背を向けたまま「有事である!渉殿!妖玉を!」と叫んだ。清水から渡されたそれを噛み砕き、天狗仮面・琴科平太郎は天狗の姿へとその身を変じた。

 山伏姿の衣装に黒い羽。面がなくとも高々と天を突く鼻。天狗・平太郎の在りし日の姿であった。


「背中は預けるのである。ゆくぞ!次郎!」「合点でさあ!」

「自分数十人が相手とか勝てないって!!」


「勝てるか勝てないかではない!勝つのだ!」

「なんだそのトンデモ精神論!ええい、自棄だ!やってやる!」





   ○   ○   ○




 しばらく後、夕闇に沈みかけている栃の木広場には、ぐったりと力尽き気を失っている清水と、ジャージ姿に戻って面を被った天狗仮面、そしてぼろぼろに破れた妖怪姿の傘次郎がいた。天狗仮面が「度が過ぎるぞ、千里」と彼女を嗜めている。

 千里はぺろりと舌を出しながら「でも、面白かったわ」と満足そうにひらりと舞い上がり、また桜の木の枝に腰掛けた。


「今日はこのくらいにしましょう。

 夕食の準備はよろしくね、平太郎」


「こら、千里。この面をつけている時は天狗仮面と呼ぶのだ。

 渉殿に聞かれてしまうではないか」


 わざとらしく「そうだったわねえ」と笑う千里を尻目に天狗仮面は倒れている清水を見やり、清水を担ぎ上げるために近くに寄った。

 天狗仮面、琴科平太郎がその名を明かさないのは、彼の目的である天狗の妖力を己の身に取り戻すためである。天狗の力を取り戻すためには、人間の感謝と尊敬の念がなければいけない。千里は平太郎にそう言った。

 つまり、天狗という存在が信仰の対象になる必要がある、ということである。一個人、琴科平太郎ではなく、天狗という存在が町を守っているのだと町民に思ってもらうことが必要なのである。

 それゆえに平太郎は町で名を明かすことも無ければ、力がなくとも面を被って天狗の姿を顕現し続けるのである。


「しかし、渉殿には話してしまっても良いかも知れぬな……。

 彼もまた、私と共に戦った仲間なのであるからして」


 そう呟き、山にある天狗の庵まで清水を背負っていく。清水の山篭り修行の一日目はこうして過ぎていったのだった。





千里さん、ほんと性格悪いよな…

YLさんの清水先生、お借りしております!

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