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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなで仲間を探す天狗のはなし
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10月21日 仙狸、大役を受ける

寺町朱穂さんの『人間どもに不幸を!』とリンクしております。

作品内の、「10月20日 ちっぽけな葬儀」の後の話となります。

10月21日 深夜


 町も寝静まる深夜3時。丑三つ時とも言われるこの時間に、彼らは集まっていた。うろなの町にひっそりと住む妖怪達の、それぞれの種族の長たるものや、町に大きな影響を与える妖怪達である。

 今まで、彼らを取り仕切っていた鍋島の一族が全て絶え、今後のとりまとめを誰が行うかの、いわば跡目相続のような話し合いが行われていた。


 クトゥルフの座敷を借り切っての会談である。彼らの目の前には店長、清志の作った懐石が並べられているが、会の雰囲気の重さに皆あまり箸が進んでいないようだった。


 大柄な男が言う。「稲荷山の者に連絡は付いたのか」


「いんや、まだ京都から戻れんらしいよ。あちらも、妖狐の集まりで忙しいらしい」

眼鏡をかけた痩せぎすの男が答える。


「糞が。陰陽師の連中はいつも面倒事ばかり起こしてくれよる」苦々しく大男は吐き捨てた。


「言っても仕方ねえ。今日は次のまとめ役の話ですぜ、皆様方」


 パンと1つ手を叩き、鼠顔の男、旧鼠の松が進行を再開させる。場にいる妖怪、おおよそ10体ほどが自分の方を向いたのを確認して、松は話を続ける。


「サツキさん亡き今、鍋島は絶えた。あたくし共にゃあまとめ役がいねえ。

 よその物騒な町に比べりゃあ平和なほうだが、妖怪同士のいざこざも無い訳じゃあねえ。

 旗ぁ持ってくれる誰かがいりゃあ、まとまりも出るってもんです」


「鍋島の頭かしらはええ頭かしらじゃったなあ」「そうであったなあ……」


 やはり、皆いまだに鍋島の影を引きずっているようだった。鍋島一派の結束は固く、サツキの父がまとめ役をしていた時にはほとんど町の妖怪同士でのいざこざは起こらなかった。

 鍋島という名の安心感は大きく、何か困れば頭に助けを求め、頭がひとたび決めた事には相応の決意をもって臨んでいく。よく言えば一枚岩だが、言い方を変えれば全ての決定権は長にあるような、しきたりに囚われやすい一群でもあった。


 ―――そんなことだからあの子の気持ちに気付いてやれないのよ。


 参列者の一人、猫塚千里は心の中でそう毒づく。鍋島の娘、鍋島サツキが一人陰陽師に戦いを挑んだことも、鍋島の名に相応しい行動だったと誰も深く気に留めようともしていなかった。

 ここに稲荷山考人がいれば、場はきっと荒れに荒れていただろう。


 ―――ま、それはそれで面白いんだけれど。それにしても退屈ねえ。さっさと終わらせてしまいましょうか。


「ねえ、いいかしら?」


 料理に入っていた里芋の煮付けを口に放り込み、すっと手を挙げる。瞬間、会場がざわついた。

 無理も無い。猫塚千里は元々うろな町に住んでいた妖怪ではない上に、自由気ままな彼女の性格からすれば、こういった決め事には関心がないだろうと思われていたからだ。事実、今日の会合に参加すると聞いた時にも、旧鼠の松をはじめ、うろな妖怪の多くは自分の耳を疑ったくらいだ。

 天狗・琴科平太郎は今日も変わらず天狗仮面として町の見回りに出ており、稲荷山考人は若すぎるという理由でこの集まりに呼ばれていない。


「次のまとめ役のことなのだけれど、誰か候補はいるのかしら」


 積極的に会合に参加しようとする千里の姿勢に、松は戸惑いながらも返答する。


「い、今の所の話にゃあなりますが……。

 商店街のおとろし爺、南の柘榴ざくろの姐さんに、

 そこにおいでの馬頭めずのオジキでしょうか。

 ツテやら渡りの広さを考えりゃあ、鬼ヶ島の大旦那がいいんですが……」


「ふうん。考人君や平太郎は入ってないのね」


「考人坊は若すぎでしょう。平太郎は……」


 言い淀む松の代わりに、大柄な男、馬頭が口を挟む。


「あんな力のない天狗について行こうとするヤツがあるか。

 夏の戦いの折に力を取り戻したかと思えば、また失っている。

 大体なんだ。なぜあいつは人間共に媚び諂うような真似をする」


「決まってるじゃないの」


 千里はにやりと笑って、場にいる全員を一通り眺めてから言った。「天狗仮面だからよ」


 何の説明にもなっていない台詞を言ってのけ、音もなく立ち上がった千里はそのまま松のいる上座までゆっくりと歩いていった。


「次のまとめ役だけど、おねーさんに任せてもらうわ」


 座敷がしんと水をうったように静まり返る。その場の誰もが予想していない行動だった。その反応を見て予想通りとでも言わんばかりに千里は目を細める。

 数瞬後、やっとの事で現状を理解した松が「ほ、本気ですかい!?」と声を絞り出した。


「あら。おねーさんが嘘をついた事があったかしら?」


 むしろ、嘘をついたことしかないではないかと場にいる大半は思ったが、それを口に出すものはいない。参加者がそれぞれ「しかし…」「それは…」などとざわめき立つ。

 メガネの男が慌てたように千里に問う。


「い、いったい何を企んでいるんです。

 事と次第に寄れば、いくら貴方といえども……」


「私といえども……なあに?

 この中で、誰か一人でもおねーさんを止められるのかしらね」


 幾分か冷たさを増した千里の台詞に、メガネの男は口を噤んだ。千里の妖力はこの場にいる誰よりも大きく、その性格と術の豊富さも相まって、相手にしてはいけない者として妖怪連中からは評価されていた。だが、こういった秩序やしきたりといった所から最も遠い場所にいる存在だと、誰しもが思っていた。


 馬頭がメガネの男の後を引き継ぐように立ち上がる。


「……あんたは危険だ。全員でかかりゃあいくらあんたとて無事では済むまい」


「へえ。……百や二百を越えないような若造ばかりで何をしようというのかしら?」


 飛鳥・奈良の時代より千年を越えて生きる妖怪、千里。彼女が垣間見せた氷のように冷たい妖気。その場の皆、その妖気にあてられて身動きを取れるものはいなかった。


「し、しかしだな千里さんや。あんたぁ、こんな役柄には似合わんだろうよ。

 それにそもそも、あんた楽しいことしかしないんじゃなかったのか」


「そうねえ。おねーさんも柄じゃないと思ってるわよ。

 でもね……楽しい事のために労力を惜しんではいけないの」


「楽しい事?」


「ふふ、もちろん、教えないけれど。

 でも、『約束』するわ。酔狂で引き受ける役柄だけれど、

 町に住むあなた達の悪いようにはしないわ」


 再びざわつく会場。千里が『約束』するとまで言うのだ。しかも、自分から。彼女の性格はよく知られていたので、それならばと納得する者もちらほらと出始める。

 これに食ってかかるのが馬頭だった。心情的に納得できないらしい。


「約束するとは言えど、所詮は嘘吐き千里ではないか!

 信用ならんぞ!そうじゃろう!皆のもの!」


 その言葉に顔を青くするのは旧鼠の松である。


「馬頭のオジキ! 千里のねーさんは…」


 松を手で制して、千里が馬頭を見据える。そこにいつもの冷ややかな笑みはなく、射竦められるような眼差しに馬頭は心臓を硬く握られている錯覚に陥った。


「おねーさんがいつ約束を破ったの?

 言ってごらんなさい」


 目を極限まで見開き、浅い呼吸を繰り返す馬頭は己の失言を後悔した。この妖怪は、自分の命を奪うのに何の躊躇いも無い。そう納得してしまったのである。

 千里がふいと視線を外すと、馬頭は力なく崩れ落ち、額から流れる冷たい汗を拭いながら呼吸を落ち着けた。


「本当にどうしようもない時は言いにいらっしゃい。

 でも、自分で考えることを放棄しているあなた達は……

 見ていてちっとも楽しくないの」


 そう言うと、座敷の出口へ向かって静かに千里は歩き出した。


「守られているだけじゃあつまらないでしょう?

 自分達のことは、極力自分達で考えなさい。

 でなければ……あの子も浮かばれないわ」


 千里の去った会場には、すっかり冷めてしまった料理と沈黙が残っていた。

 どこか遠まわしに、鍋島の娘を追い詰めたのは自分達だと言われている気がして、しばらくは誰も何も言えなかったのだ。



   ○   ○   ○




 沈黙を破って、メガネの男が松に話しかける。


「松さん、1つお願いしても構わんかい」


「大方の察しはついております。千里ねーさんの見張りでしょう?」


「ああ。やはり心配だ。苦労をかけるけれど、頼めるかい」


「お任せを。振り回されるのはサツキ嬢の時から変わりませんや」


 力なく笑う松に、同じように弱い笑みを返す。


「馬頭も、それでいいかい?」


「……構わん。しかし松よ。

 なにやら妙な素振りがあればすぐに知らせい。

 まだ信用できんからな」


「へい。承りました。

 では皆様方。なにやら妙な事になっちまいやしたが、

 今後は千里のねーさんを筆頭にやっていきやしょう」


 まばらに起こる控えめな返答は、千里を不審に思っている妖怪達の心の現われだろう。今までのように安穏としていては、いつ千里に厄介事に巻き込まれるか分かったものではない。

 天狗と言い、仙狸と言い、一体何を考えているのか。町の妖怪達は彼らの思惑が読めず、言い知れぬ不安を抱えたままその日の会はお開きとなった。




   ○   ○   ○




 千里は考える。もう、あと一息だと。

 平太郎が、力がないながらも町に認められつつある現状と、自分が町の妖怪たちのまとめ役に就いた事。今後は他の町との折衝や面倒事もあるだろうが、それはそれだと彼女は思っていた。


「楽しむための労力を惜しんではいけないわ。

 松辺りがお付きになるでしょうから、しばらくは彼で遊びましょうか」


 街灯の明かりだけが灯る商店街を歩きながら、千里は喉の奥でくつくつと笑った。


「平太郎は私を楽しませてくれるのかしらねえ」


 丑三つ時のうろな町は、風も無くどこまでも静かな雰囲気であった。


寺町朱穂さんの旧鼠の松、お借りしました。

千里さんはどこまでいっても千里さんです。千里さんの基本スタイルは「できるけどやらない」です。




コラボ作品URL

人間どもに不幸を!

http://book1.adouzi.eu.org/n7950bq/


該当リンク話

http://book1.adouzi.eu.org/n7950bq/46

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