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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなで仲間を探す天狗のはなし
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10月10日 人狼、決意する

寺町朱穂さんの『人間どもに不幸を!』とリンクしております。

作品内の、「10月11日 旧鼠の松」、同日、「10月11日 向日葵の笑顔」の前日のお話です。



10月10日 夜


 鍋島サツキと琴科平太郎はうろな町の西にある山の山頂にいた。それぞれ、人狼と天狗の妖怪姿に戻っており、冷たい風が吹く山頂はどこまでも悲しい雰囲気に包まれていた。


「……もう、決めたのであるな」


「……あっしを止めるかにゃ?」


「うろなを守る天狗仮面として本音を言えば、

 もちろん引き止めたいのである」


「今は天狗の姿だにゃ。天狗、平太郎としてはどうなのにゃ?」


「止められるはずもない。私とて天狗。一端の妖怪である。

 今のサツキ殿が置かれている状況は分かっているつもりだ」


 サツキは小さく笑い、なおも平太郎に問いかける。


「天狗仮面はどっちの味方なんだにゃ?あっしら妖怪か……

 それともあっしの父ちゃんや母ちゃんを殺した人間か」


「私は……」平太郎が言い淀む。


「すまないにゃ。イジワルな聞き方をしたにゃ。

 あっしだって、そこまで馬鹿じゃないにゃ」


 サツキはもちろん分かっている。人間すべてが陰陽師のような人間ではない事を。しかし、己の中の感情が彼女の決意を揺るぎないものへと変えていた。

 父や母、兄の恨み。このままでは、残った町の妖怪がいつ同じ目に遭うか分からないという焦燥。そして、夏のあの日に聞いた「仲間の平穏を脅かすものを許すな」「お前がみんなを守らなきゃな」という家族の声。

そして、周りからの新しいまとめ役としての期待の声。

 すべてが、黒い塊となって彼女の心を埋め尽くしていったのだ。


「だけど、もう止まれないにゃ」


「私に何か出来る事はあるか」


 平太郎が問う。この娘を止める事は出来ない。無理やり止めたとしても、彼女はもう以前の彼女には戻れない。感情が、想いが力の核を為す妖怪にとって、一度その身を1つの感情に支配されてしまえば、元に戻る事は不可能に近い。

 平太郎も、未だ心の隅に父を殺された絶望を背負っている。そしてそれが平太郎の天狗の力を取り戻す妨げになっているのだが、それに平太郎自身も気が付いてはいない。

 人間であれば、時間が解決してくれることもあるだろう。しかし、妖怪にとっての時間はヒトと比べて悠久の如くであり、数百年、数千年を越えても尚消えぬ感情は、時に妖怪を縛り付ける。そうなってしまえば、妖怪としての死後も『呪い』『怨恨』といった形でそこに住む者、関わる者達に仇を為す事もある。

 陰陽師たちが妖怪の早期発見、早期駆除を謳うのには、そういった側面もあるのである。


「タカトを……よろしく頼むにゃ」


 たっぷりと逡巡した後に、彼女はそう言った。妖狐、稲荷山考人はまだ妖怪としての年齢が浅い。きっと、サツキの行動に一番くってかかるのも彼だろう。


「任せておけ。私は考人の兄弟子である」


「頼りにしてるのにゃ。平太郎。…んにゃ、天狗仮面の方がいいにゃ。

 困った人を助けてくれるのが、天狗仮面だからにゃ。

 タカトの相手は手を焼くと思うにゃ」


 平太郎は何も言えなかった。困っている者に手を差し伸べる。それが天狗仮面である。うろな町でそれを公言して今までやってきたが、今、目の前で哀しい覚悟を決めている人狼の娘一人救うことができないのだ。



 彼女は、自らその命を絶つつもりだった。


 恨みが、彼女の体を蝕んでしまう前に。


 その恨みが、彼女が愛した人々を、町を傷つける前に。


 もちろん、彼女とてむざむざやられるつもりもない。10月19日、人狼の力が最も発揮される満月の日。その日が、彼女が陰陽師との対決に選んだ日だった。少しでも、自分を鼓舞する材料が欲しかった。皆の前で強くあれる拠り所が欲しかったのだ。


「にゃはは、何を深刻な顔してるんだにゃ!

 あっしが陰陽師にあっさり勝って戻ってくるかもしれないにゃ!」


「それはそれで、町から芦屋殿がいなくなるので困りものであるがな」


「違いないにゃ!どちらにしろ面倒だからよろしく頼むにゃっ!」


 そう言って、サツキは無理に笑って見せ、そして仰ぐように夜空を見る。平太郎も笑顔を作り、懐からサツキの好物である猫缶を取り出した。


「千里からの差し入れである。好物であっただろう」


「珍しいこともあるもんだにゃ。あの千里姐さんが差し入れだにゃんて。

 …にゃ?ジャーキーはないのかにゃ?一緒に食うのが美味いんにゃけどにゃ」


 人間体の姿になり、かきゅっ、と缶詰の蓋を銜えて器用に開けたサツキは猫缶をゆっくりと食べ始めた。静かな夜に、微かな音だけが響く。


「ジャーキーは帰って来てから食え、だそうだ」


「いじわるだにゃー。食べ物であっしを引きとめようだにゃんて……

 決心が鈍ったらどうしてくれるんにゃ」


 そういってサツキはさみしそうに笑う。


「しかしながら、よく一緒に食べていたのを知っているのでな。

 ジャーキーは私が買ってきたのである。確かこのメーカーの

 物が好みであったと思うのだが違っただろうか」


 懐から犬用ジャーキーを取り出した平太郎を見て、少し驚いた表情をするサツキ。


「さすがは天狗仮面だにゃ。うん、やっぱりこれだにゃー」


 平太郎から受け取ったジャーキーと猫缶を食べるサツキから、小さく嗚咽の声が漏れ始める。


「うまいにゃー。

 ……本当に、うまいにゃ……」


 何も言わずに佇む平太郎を一瞥し、サツキは「最後にお願いがあるにゃ」と言った。


「今から言う事は誰にもナイショにゃ。あっしの独り言だにゃ」


 平太郎は静かに、だが力強く頷いた。


「クトゥルフのアジの開き定食、うまかったにゃあ…

 夏祭りの屋台で食べたわたがしも、お好み焼きも最高だったにゃ。

 オクダ屋のお菓子、一度でいいから全種類一度に食べてみたかったにゃ」


 徐々に力なく、弱々しくなるサツキの声。


「夏の夜、長老広場の宴会で飲み食いした時も最高に楽しかったにゃ。

 ビストロ・流星のオムライスもとろとろふわふわで最高だったにゃ……

 千秋君の……料理、もう一回…食べたかったにゃあ……」


 そこまで言うと、せき止められていたものが溢れ出るように彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれ出した。駄々をこねる子供のように、彼女の口からは誰にも言えず隠していた感情がこぼれ出す。


「嫌だ……、滅されるのは嫌だにゃ!」

「逃げたいにゃ!あっしは父ちゃんみたいには出来ないにゃ!」

「誰か、誰か助けてにゃあぁ……」


 誇り高き人狼の娘は泣き崩れ、力を無くした天狗は辛そうに顔を歪めて何かに耐えるように歯を食いしばる。




 しばらく泣き通した後、小さく鼻を鳴らしてサツキは立ち上がり目元を乱暴に手の甲で拭った。


「にゃっ!言いたい事言ったらすっきりしたにゃ!

 町の皆やエインセル様、特に松にこんな事言えるはずも無いからにゃ!」


 彼女は、どこまでも強気に誇り高き人狼の娘としての振る舞いをしようと心に誓った。たとえどんな状況になろうとも、皆の前で弱い姿は見せない。それもまた、彼女の決心だった。


「あっしの体はもう恨みの感情でいっぱいだにゃ。

 高校の友達の前で上手に笑う事なんて出来ないにゃ」


 だから、彼女は夏の終わりから学校にも行っていない。日々大きくなる自分の中の恨みの感情と向き合い、その深さとおぞましい程の暗さと一人戦っていたのだった。

 その上で出した結論が、陰陽師・芦屋梨桜に一人で戦いを挑む事だったのである。万が一勝てればそれで良いし、もし負けて滅される事になったとしても、今ならばまだ彼女の体に積もる恨みがこのうろなの地に暗い痕を残すこともないだろう。


 サツキは、大きく夜の空気を吸い込んだ。

 宿る決意を胸に、彼女はうろなの町へと再び戻ってゆく。


 ただ一人残された平太郎は静かに天狗の面を被り、その素顔を隠すのだった。





   ○   ○   ○




 千里は自宅である木造二階建てアパートで明かりも点けずに窓から西の山の方角を眺めていた。

 傘次郎は玄関先で静かに眠っている。


 静かに過ぎる夜の中、彼女は不機嫌そうに窓を閉めて冷蔵庫から缶ビールを取り出した。冷蔵庫を開け放したまま、無機質な灯りの元でタブを起こし、一口飲みながら後ろ手で冷蔵庫のドアを閉める。


「酷い味ねえ」


 たった一口だけ飲んだそれを流しにごとりと置き、暗い室内の中でぼそりと「おもしろくないわ」と呟くのだった。



寺町朱穂さんの鍋島サツキ、お借りしました。

話を書くにあたって色々とご相談させていただきました。ありがとうございます。


コラボ作品URL

人間どもに不幸を!

http://book1.adouzi.eu.org/n7950bq/


該当リンク話

「10月11日 旧鼠の松」

http://book1.adouzi.eu.org/n7950bq/42/


「10月11日 向日葵の笑顔」

http://book1.adouzi.eu.org/n7950bq/43/

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