10月5日 天狗、カメラを買いに行く
アッキさんの「うろな高校駄弁り部」とのコラボです。
英語の部分にあまり自信がありませんが、多分話法表現としては間違っていない…はず。
10月5日 昼
天狗仮面、平太郎は玄関に五つ並んだ仮面のうち一番玄関に近いものを被り、唐草模様のマントがずれていないかを入念にチェックした。
今日は町のショッピングモールに買い物に出かけるのである。千里が見送りにと玄関の外まで着いて出てきたので、平太郎は気になっていたことを彼女に告げた。
「千里よ。最近、どうも次郎の様子がおかしいのだ。
私が聞いても口を濁すばかりであるので、あいすまぬが
千里の方から聞いてみてはもらえぬだろうか」
「ふうん。分かったわ。心配ねえ。それより、準備は大丈夫なの?」
「うむ。私の不注意で大切な思い出の品を壊してしまったのであるからな。
ぬかりなく調べておいた。少しでも、彼女の望みに応えられれば良いが…」
先日、平太郎はスケートボードに乗ってとあるアクシデントを起こし、その際に温泉津という少女が大切にしていたカメラを壊してしまったのだった。
その際に少女と共にいた天塚柊人という少年から後日、自らが壊してしまったカメラがどのような存在であったのかを聞き及び、弁償などと気のいい話ではなかった事に己の手前勝手さを恥じた。
天狗仮面、琴科平太郎は天狗である。数百年をゆうに生きる妖怪である彼にとって、出会いや別れはそう珍しいものではない。
しかし、人間は違う。その短い生の中に、彼らは自らの思いを短く、しかし鮮やかに描き出すのだ。その一瞬の美しさは、時に妖怪の力をも凌駕することがある。
それを知っている平太郎であったが故に、彼の後悔は深いものだった。
少女、温泉津は幸いにも写真を撮ることをやめてしまうことは無いらしい。代わりのカメラを買うのに付き合って欲しいと天塚伝いに聞いた平太郎は、千里の助けの元にカメラについての歴史と知識を余すことなく習得し、近代のカメラ事情から最近の売れ筋に至るまでを綿密に調べ上げたのである。
「では、行ってくる」
「いってらっしゃい」ひらひらと手を振り、平太郎を見送る千里。
平太郎が買い物に出かけたのを見届けて、彼女は傘次郎のことを思いながらぽつり呟く。「そりゃあ、言えないでしょうねえ」そしてくすくす笑うのだった。
○ ○ ○
平太郎の住む場所から最寄の駅である西うろな駅から、うろな本線に乗って二駅。東うろなの駅で平太郎は今日の買い物の相手である二人組、天塚柊人と温泉津=ヒューズベルト=来夏を待った。
ほどなくして現れた二人はそれぞれ軽く平太郎に挨拶を交わす。
「先日は誠に申し訳ないことをした。改めて自己紹介させていただこう。
私の名は天狗仮面。うろなの平和を守る天狗である」
その挨拶に、天塚と温泉津は揃って顔をしかめる。無理も無い。天狗はあまりにも二人の日常とはかけ離れた存在である。
「とりあえず、天狗ってのは分かった」
「Ya...理解しました。Masked Tenguさんですね」
「うむ」
二人と握手を交わし、平太郎は大きく頷いた。
「さあ、それではショッピングモールに行こうではないか!
今日はこの天狗仮面、誠心誠意で以って貴君のカメラ選びに付き合おう」
「Thanks a lot. しかし私も、digital camera については詳しくないのです」
それを聞いた平太郎は呵々と笑い、心配要らないとでも言うように温泉津の肩に手を置いた。
「何も心配は要らぬぞ、貴君。でじかめの選び方から使い方に至るまで
何でも聞いてくれたまえ!今年の流行から今イチオシのアイテムまで
かゆい所に手が届く助言を約束しよう!」
それを聞いて逆に不信感を抱いたのは天塚である。少し前まで、この天狗はスケボーの事を文明の利器と言ってたじゃないか。本当に大丈夫なんだろうな?そう思うのも無理からぬ話である。
少し、天塚は平太郎に対して質問を投げかけることにした。
「なら、天狗仮面はどっちがいいと思う?一眼レフとコンパクトデジカメと」
「うむ。温泉津君には『こんでじ』がよかろう。確か以前持っていた、
私が壊してしまったものはライカのM6-TTLモデルであろう?
フィルムからデジタルに変えるならば最初はやはり使い方に慣れねばならん」
天塚は本当に調べたのかと内心驚きつつも、まだこれだけでは安心出来ないと考えた。駅からショッピングモールまでの短い距離ではあるが、他にも温泉津を交えて質問を投げかけた。
平太郎はその一つ一つに迅速、且つ丁寧に答えつつモールに入り、ショッピングモール内の大型家電売場では実際の機器を使って説明を始めた。温泉津の方も、それに聞き入っている。
「このメーカーはそれぞれのシーンに応じた設定が気軽に行えるのが特徴である。
しかし、温泉津君は見たものをそのままファインダーに収めたいようであるので
あまり不自然な加工が多い機種は向かぬであろうな」
「Right. All beautiful things should exist just as it is」
「うむ。私も同感である。それを切り取って写すのが写真であるからな。
ならば、より人間の目に近い色彩表現を可能にしたこちらのモデル。
これなどはどうであるか?」
「Hmm...It's pretty good. But I'd like more smaller one」
「ではこちらだ。同じメーカーであるので搭載されている色彩エンジンは同じものだ。
しかし、多少フォーカスの絞りが甘く、被写体ブレを起こしやすいのが難点である。
風景画がメインであるならば気にならぬ程度であるぞ」
「Wow,cool! design is also cute! I'll take it!」
小型のデジタルカメラを購入することに決め、温泉津はレジへと歩いていった。その場には、平太郎の説明が始まってからぽかんと二人の様子を見ていた天塚が残された。
平太郎は、英語が話せない。それは事実である。その事はカメラを壊してしまった時の一連の事で天塚にも理解できていた。しかし今はどうだろう。
テンションが上がって英文が口をついて出ていた温泉津とも見事にコミュニケーションがとれていたではないか。これは一体どういうことなのだろうか。
天塚は当然浮かんでくるその質問を、遠慮する事なく平太郎にぶつけることにした。
「天狗仮面って、英語話せるのか?」
「いや、からきしである」
「でも今、普通に…」
「天狗たるもの、相手の言葉の一つや二つ理解できねばならんのだ」
つまり、言っている事は分かるが話す事は出来ない、と言うことらしい。ならば、前の出来事の時にも言っている事が分かったのではないかと天塚は言ったが、平太郎はしれっと
「理解できる、というコトをすっかり忘れていたのである。
あの時は焦っていたものでな。不覚であった」
言わずもがな、平太郎は天狗である。普段は森や町の動物達の声を聞き、植物とも意思を通わせる。ならば、言語が違う程度で人間の声が理解できなくなるはずがない。
それを思い出せたのは、千里の「長老やオバハンちゃんと話すつもりでいいんじゃないかしら?」と言う言葉だった。なるほど傘次郎が英語を理解できていた事もこれで説明が付く。
まだ頭に疑問符を浮かべる天塚に、平太郎は言葉をかける。
「さて、天塚君。これを買ってきてはもらえぬか」
そう言って平太郎が差し出したのは、数枚のメモリーカードとデジカメ用のケース。そして予備のバッテリーであった。
「温泉津君は弁償はせずとも良いと言ってくれたがやはりそれでは悪い。
プレゼントという体であれば気軽に受け取ってもらえるであろうと思ってな」
「自分でレジに行けばいいんじゃないのか?」
「私がレジに行くと、警報機が鳴りそうなのでな」
その台詞に、天塚はふと周りからの視線に気が付いた。
さもありなん、今でも周りの客や店員が遠巻きに平太郎を見ているような状態である。人の多い場所で、天狗面にジャージ、マントというのは非常に目立つのだろう。防災意識がしっかりしている店ならば、即座にカラーボールを投げつけられてもおかしくないのである。
「そういう事なら、分かった」
「助かる。共に手渡した袋の中に必要な金銭が入っているはずだ。
多少残るが、喫茶代にでも充てると良い」
そう言って、マントを翻して平太郎はその場を去った。
○ ○ ○
温泉津が再び天塚と合流した時に、彼女は天狗仮面の所在を尋ねたが、「さあ、パトロールにでも行ったんじゃないか」と天塚は答えた。
天狗仮面からのプレゼントだと言って周辺機器その他を渡す。温泉津は驚き、また町で会えたら礼をしようと心に決めて天塚と二人でショッピングモールを後にするのだった。
時を同じくして、平太郎は事務室にいた。別に、二人と別れを告げたつもりは無かったのである。ただ、二人が会計を済ませている間に手洗いに行っただけだったのだ。
しかし、連れ合いがいるならばまだしも、天狗面が一人で歩いていれば、これは不審以外の何者でもない。たちまち警備員がやってきて、平太郎を事務室へと連行したのである。平太郎は「温泉津君と天塚君が私を探しているはずである!」と述べたが、その頃には二人ともショッピングモールを後にしており、平太郎が不審者の誤解を解くのにたっぷり数時間はかかったという。
○ ○ ○
平太郎が温泉津、天塚らと買い物に出ている間に、千里は木造二階建てアパートの一室で机の上にがらくたを並べていた。
それは、平太郎がスケートボードで粉砕したカメラ、ライカM6-TTLの残骸だった。
「次郎ちゃん、次郎ちゃん、ちょっと手伝ってちょうだい」
「こりゃあ、何かの残骸ですかい?見事にバラバラでありやすが…」
「平太郎が壊したカメラよ。直してくれって平太郎に頼まれたの。
ちょっと風で部品を浮かせておいてちょうだい」
「へい。でも、直せるんなら新しいものを
買いにいかなくて良かったんじゃありやせんかい?」
当然の疑問に、千里はにやりとして答える。「だって、おねーさんは無理だって言ったもの」
ころころと笑う千里を見て、傘次郎は何か冷たいものを体に当てられたような気がした。一体、千里は何がしたいのだろうか。
「不思議そうな顔ねえ。だって、面白くないじゃない?直して渡しても怪しまれるだけよ」
「な、なら直してどうするってんですかい?」
「ふふ、直してみてのお楽しみ。ほらほら、ちゃんと浮かせておいて」
妖力を使って楽しそうにカメラを直していく千里の姿に、傘次郎は何か得体の知れないものを見た。
しばらく後、そこには完全に修復されたライカM6-TTLの姿があった。それを見た千里は「やっぱり」と一言呟く。
物には、想いが宿るものである。温泉津が大切にしてきたというこのライカでもそれは同様であった。
「あっしと同じ『物の怪』ですかい?それにしちゃあ、力が弱いんじゃあ?」
「そうね、とても妖怪とは呼べないレベルね。それでも、大切にされていた事は
ちゃあんと分かっているみたいよ、この子」
傘次郎は柔らかい口調で「ほう」と感心したように呟いた。
「で、いつ本人に返すんですかい?小粋にクリスマスプレゼントにでもしますかい?」
千里の姉御も粋な事をする。そう傘次郎は考えた。やはり兄貴の邪魔をするためにあの天狗面を作ったわけじゃねえ。きっと、何か特別な事情があるに違いねえ。姉御とは出会って百年も経っちゃいねえが、兄貴の事を思っての行動に違いあるめえ。と。
しかし、千里の台詞は傘次郎の予想を大幅に違えていた。
「いいえ、このまま売りに行ってくるわ。商店街に出すとすぐに手元に戻りそうだから…
少し面倒だけれど別の町まで行ってくるわね。留守は任せたわよ、次郎ちゃん」
「ッ!?ど、どういうことですかい?ご覧なせえ!
そのカメラも動揺してるじゃねえですか!」
傍目にはカメラは微動だにしていないが、やはり『物の怪』同士だけにわかることもあるのだろう。
「なぁに?文句でも…あるのかしら?」
千里の目がすうっと細められ、部屋の中を冷たい妖気が漂う。本気だ。この人は本気でカメラを売りに出そうとしてやがる……。
「おねーさんは楽しいことが好きなの。
あの子とこの子が本当に互いの事を想っているのなら、
必ずあの子の元に再び返るわ。遅くなったとしても、ね。
見てみたいじゃない?」
そうしてカメラを目線の高さまで掲げ、そのボディを軽くつん、と突いた。
「じゃ、行ってくるわね」
カメラを鞄にしまいこみ、颯爽と玄関から出て行った千里を見て、傘次郎は千里への疑惑を深めるのだった。
道すがら、千里はカメラを取り出してそれに向かってそっと呟く。
「あなたはあなたで色んな所を見て回りなさい。
いつか、元在るべき場所に帰った時に、もっと鮮やかな世界を
見せてあげられるように」
そう言う千里の頬には、一筋だけの涙が伝っていた。
「私の所には、誰も戻ってきてくれなかったから……」
ぽたりとカメラに落ちた雫はカメラを伝い、小さく小さく、誰にも気付かれない程に小さく地面を濡らした。
アッキさんより天塚柊人君と、温泉津=ヒューズベルト=来夏さんをお借りしました。
ライカカメラ、調べてたら欲しくなってきたwww
話題の中に零崎さんの栃の木の長老と裏山おもてさんの鶏、オバハンをお借りしました。
ショッピングモール内、事務室で平太郎が誤解を解く際に、YLさんの鹿島さんと絡んでいる、という裏設定がありますが、流れの都合で省きました。
おまけ話として挟みたいところです。




