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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなで仲間を探す天狗のはなし
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9月27日 天狗、友と酒を呑む

9月27日 夜


 平太郎は、自らの住む木造2階建てアパートの階段をカンカンと乾いた音を立てて上がって行った。部屋では既に用意が整っていると連絡を受けている。


「今戻った。遅くなってしまったようであいすまぬ」


 部屋には千里と傘次郎の他に、伏見弥彦、伏見葵の鬼兄妹が卓を囲んでいた。人一倍大柄な弥彦の座る椅子だけが妙に大きく、平太郎は不思議に思ったが、すぐにそれが千里の術の仕業であることに思い至り、天狗面を外しながら小さく1つ頷いた。


「おー、仮面(それ)外しとるトコ見んの久々やなあ」


 玄関を覗き込んだ伏見鬼の小柄な妹、葵がそう口にする。天狗仮面・平太郎は町に出る時は必ず天狗の面を被って町へ赴き、その目に映る悪事を大小問わず片付けていくのだ。彼が仮面を外すのはこうした妖怪仲間との集まりの中くらいのものである。

 先日も、うろな町の住人と共に町に巣食う悪を1つ絶やし、町の平和に一役買うことができたと満足そうに頷いていた。今日の集まりはその慰労会と呼べるようなもので、共に戦った伏見兄妹とこうして集まることにしたのである。


「今日は我々だけであるからな。藤堂殿や立花殿とはまた後日あつまれば良い」


「せやな。何だかんだ言うたかて、うちらは妖怪で、藤堂はんは人間なんやし…」


 少し寂しそうに呟く葵に、兄である弥彦が言う。


「だが、良い友だ」 


「そして、共にうろなに住む仲間でもあるのだ」平太郎もそれに続く。葵は小さく1つ頷いてから「せやなっ!ほんまにええ人らや!」と歯を見せて笑った。


「あっしの事には気付いてたんですかねえ」


「藤堂さんの事だから、気付いた上で何も言わなかったんじゃないかしら?」


「…おそらく、そうだ」


 弥彦は自分達が始めて藤堂に会った時の事を思い出していた。葵の不注意で自分達が鬼だと彼に知られてしまったが、彼はそれを茶飯事のように受け流し、伏見兄妹を受け入れてくれたのだ。


「なに、どちらでも構わぬ。とかく、今日は祝いの席である。

 うろなの悪を討ち、友を守れた事を誉れに思おうではないか!」


「…一番遅れてきた家主が何を言う」


「せや、ウチらけっこう待ったんやで?

 ドコほっつき歩いとったんや」


「酒の調達と、少々山の方にな。長老の所だ」


 平太郎は西の山にある巨大な栃の木の元へと赴き、その実を拾っていたのだった。酒は鬼ヶ島に頼んで調達したものである。一緒にどうだと鬼ヶ島も誘ったのだが忙しいらしく、非常に残念そうな顔をしていた。


「おねーさんがお願いしたの。栃餅が食べたくなって」


 千里が栃の実を受け取りながら言う。葵は心の中で「ほんまやろか。単に平太郎にちょっかいかけたかっただけなんちゃうか?」と思ったが、それを口に出す事は無かった。


 5人で机を囲み、グラスに注いだ酒を掲げながら「乾杯」の合図と共に祝いの席は幕を開けた。数日前の緊張感が嘘だったかのように朗らかに酒を呑む。

 そんな中、弥彦の「…そういえば、不思議な事がある」と言う台詞を皮切りに、話題の内容は数日前へと遡っていった。




   ○   ○   ○




 9月25日、早朝。平太郎は前夜に千里に言われた通りに、商店街にあるうろな工務店を訪れた。彼らはうろな裾野にある前田家からやって来てはこの工務店で準備をして、それぞれの現場に向かうのである。今日は伏見の鬼兄妹が手伝いとしてそこにいるはずとのことだった。天狗の面を整え、工務店に入ろうとする直前に扉がガラリと勢いよく開き、伏見弥彦がその姿を見せた。


「…天狗仮面!」


「随分と慌てているではないか、弥彦殿。

 いったい何があったと」


「義幸が危ない!」平太郎が尋ね終える前に弥彦がそう言い放った。


「なんと、それは真かッ!」


 聞けば、藤堂がうろな南の倉庫で大勢に囲まれている映像が見えたのだと言う。普通であれば信じられない話だが、そこは二人とも妖怪である。さらに前日の藤堂の慌て振りからしても、その未来視が信憑性の高いものだと考えざるをえなかった。

 弥彦は葵に各方面への連絡を任せて、自らはうろな工務店の棟梁である前田鷹槍の元へ向かった。藤堂の危機ではあるが、世話になっているこちらに何も言わずに行く訳にもいかない。

 鷹槍の前で、弥彦は深く頭を下げた。


「申し訳ない。今日は仕事に出られない」


「あん、何だ?藪から棒によ。

 …面ぁ、あげろや」


 低く響く鷹槍の声に、弥彦は恐る恐る顔を上げる。不義理は承知の上だ。仕事に穴を開けることで迷惑をかける事は分かっているし、自らを拾ってくれた後藤剣蔵の顔に泥を塗るような行為であることも充分に理解していた。それでも、弥彦にとって義幸はうろなの町で絆を結んだ大切な人間である。


「ふん、覚悟の決まった目ぇしてやがんな。

 あれこれ聞く気はねえ。…歯ぁ食いしばれ」


 言うが早いか、鷹槍の拳が飛び、弥彦の体がぐらりと傾いた。目を丸くする弥彦に背を向け、鷹槍は準備をしながら二人を伺っていた工務店の若集たちに向かって声を張り上げた。


「誰か、非番のヒデとソウタ起こして来い!事情は後で話すっつっとけ!」


 一番扉に近かった者が奥へと走っていき、それを見ながら鷹槍は弥彦の方を振り向くことなく右手をぶらぶらと振りながら言った。


「倒れねえとは、やっぱいいガタイしてやがんなテメエはよ。

 後剣(あとけん)には俺から言っておく。行きやがれ」 


「…済まない」


 もう一度姿勢を正し、深く礼をして弥彦は走り出した。玄関で待っていた平太郎と合流し、南の倉庫へと急いだ。



 その途中で立花から連絡を受け、藤堂の危機へと間一髪駆けつけた平太郎と弥彦は力を合わせて黒幕であった麻生とその取り巻きを討ったのであった。




   ○   ○   ○




 弥彦が不思議に思っていたのは、うろな工務店で見た先見(さきみ)の術の事であった。前田家に共に住んでいる雪姫という少女から「何だか不思議な気配がするんです」と渡された紙切れに触れた瞬間、鮮明な映像が弥彦の頭に流れ込んできた。

 雪姫も確かに不思議な少女ではあるが、藤堂と雪姫は北の森で一度会っただけだと言う。雪姫が差し出してきた紙切れは、「とうどう整体院」の無料券だったのだ。

 物には想いが宿るとは言うが、流石に先見が得られるほどの力は無いだろうと弥彦は考えたのである。


「仕込んだのは千里であるか?確か占術も使えたであろう?」


「おねーさんは知らないわよ。それこそ、奇跡なんじゃないの?」


「ほんまかいな…千里姐さん、嘘つきやからなあ」


「ふふ、ありがとう」


「いや、褒めてへんで!?

 それに、夏のあの薬のこと、ウチまだ忘れてへんからなッ!」


 事の真偽は分からないが、結果からすれば充分に良い方向に転がったと言えるだろう。


「何、万事うまく片が付いたのだ。申し分ないではないか」


「…万事では、ない」


「せや!ウチら帰ってからめっちゃシバかれたんやで!見てみい!

 このコブ!全力でどつきよってからにあのオッサン…。

 よお考えてみたら、一番頑張ったんウチやで!?」


 机をバンバン叩きながら、葵が抗議する。弥彦がその台詞に疑問を感じ顔を曇らせたが、葵は弥彦からの文句よりも早く二の句を告ぎ、自らの功績を語った。


「立花の兄さんに連絡!前田はんに事情説明!

 家に帰って童子切のレプリカ持ってったんもウチや!」


「ふむ」平太郎が軽く相槌を打つ。


「それだけやあらへん!助け出した美里はんへのフォロー!

 なんやけったいな仮面付けとった連中の相手!しまいには

 なんや知らんけど町長までおったんやで!」


「町長さんがいたのは関係ねえんじゃありやせんかい…?」


「究めつけにや!」傘次郎の言葉を聞かなかったことにして葵は立ち上がる。


「後から聞いたんやけど、藤堂はんが現場に行けたんは

 ウチが美里はんにあげたネックレスを頼りにしたって言うやん!

 こらもう、ウチが美里はんを助けたも同然ちゃう!?」


 力強く言い切る葵の姿に、千里はくすくすと笑っていた。大きくため息をつく弥彦に、顎に手をあてて何やら考え込む平太郎。傘次郎が「まあまあ、落ち着きなせえ」と声をかけていた。


「つまり…」葵が落ち着くのを待って、千里が静かに口を開いた。


ネックレス(それ)が無ければ、藤堂さんは一人先走る事はなかったという事かしら?」


「うぇ?」


 予想外の言葉に、葵が思わず妙な声を洩らす。千里の口元にはニヤリと笑みが浮かんでいた。それを見て、弥彦と平太郎も悪乗りして言葉を続ける。


「…それもそうだな。

 美里を助け出した時も、そのまま別の場所へ連れ出していれば、

 美里が刺されたかと肝を冷やす事も無かった」


「ちょ、兄貴!?」


「童子切も、レプリカとは言え刃物であったからな。

 立花殿が誤魔化すのに骨が折れたとこぼしていた」


「天狗まで何言うとんの!?何なん、みんなして!

 素直に褒めてくれたかてええやん!あほー!」


 予想外の攻勢を受けて今にも泣き出しそうな葵を前に、傘次郎が「姉御も兄貴も冗談が過ぎやすぜ」と嗜めるようにフォローを入れる。葵が「傘次郎はええやっちゃなぁ~」と泣きついた。くすんとひとつ鼻を鳴らしてから、葵は弥彦と平太郎に反撃を試みた。千里への反撃は意図的にしない事に決めたようだ。


「大体、兄貴と天狗かて不甲斐ないモンやったやないか!

 立花の兄さんから連絡あるまで、南の倉庫をあっちゃこっちゃして!

 スッと現場を見つけとったら藤堂はんもあない危ない目に遭わんで

 済んだんちゃうの」


「…む」「むぅ」弥彦の膂力はすさまじいが、色々と細工をするような術は使えない。平太郎も、現在の状態ではわずかに風をおこすのが関の山である。


「守る言うたんやったらキッチリしまいまでやらな。

 情けない事この上あらへん」


 語気荒く繰り出される葵の反撃に、弥彦と平太郎は言い返せずに沈黙する。それを見て、葵は勝ち誇った笑みを浮かべて杯に注がれた酒を一気に飲み干した。


「あ、せや。ちょい気になっとったんやけどな」杯を置いて葵が言う。


「天狗の面てほんまに必要なんかいな?

 気付いとらんかも知れんから言うとくけど、

 あの面付けとる時、平太郎の妖力下がっとるで」


 傘次郎がびくりと体を震わせる。葵の質問は、傘次郎自身も夏の頃から疑問に思っていたことだったからだ。そっと平太郎と千里の方を見るが、二人とも平然とした様子で葵の言葉を聞いていた。


「もちろん気付いている。私の面は玉鋼(たまはがね)で出来た特別製であるからな。

 いくら私に往年の力が無いとは言っても妖力が全く無いという訳ではない。

 町の人々と長く触れ合っていれば、良くない影響を与えてしまうやも知れぬ」


「だから、おねーさんが作ってみたのよ。結構面倒なのよ?」


 一般に、玉鋼は日本刀等の材料に使われる鋼材であり、その刃は邪を切り裂き、妖を払う。古くから御神刀として寺社仏閣に奉られる事が多いのもそのためである。同じように、平太郎の付けている天狗の面にも同じような効果があるのだと千里は言った。


「へー、徹底しとるんやなあ」


「それに何より、私はこのうろなの町では‘天狗仮面’として

 名を通しているからな。面がなければ私と気付かぬ人もいるであろう」


「…いや、ジャージとマントで充分だろう」


「そら違いないわ!」


 葵が笑い、素直に関心して自らの杯に次の酒を手酌で注ぐ中、傘次郎は平太郎や千里の言葉に決定的な矛盾を見つけ出してしまった。平太郎がこの町にいる理由をもう一度心の中で反芻し、やはり道理に合わないと困惑する。


「あ、あっしは疲れたんで先に休ませていただきますぜ。

 弥彦さん、葵さん、ゆっくりしていってくだせえ」


 玄関にある傘立てで番傘の姿に戻り、一人静かに自らの気持ちを落ち着かせる。平太郎と幼い頃から共に過ごしてきた傘次郎の胸の内には、なにやらよく分からない靄のようなものが渦巻いていた。

 それをあえて考えぬように、傘次郎は眠りに付く。近い内に、千里に胸に湧いた疑問を確かめなければならないと決意を固めて。




   ○   ○   ○




 ささやかな宴も終わり、平太郎は二人を近くまで見送りに出るつもりで天狗の面を付けて伏見兄妹と共に家を出た。


「今日は良い酒であった。近いうちに、また」


「…ああ」


 弥彦の背には、二人を言い負かした事で調子に乗って飲みすぎた葵が背負われている。普段はその見た目が災いしてあまり外で酒を飲むことが出来ない葵であるので、押さえが効かなかったようだ。

 翌日の仕事に差し障りが出るからとあまり飲まなかった弥彦が少し恨めしそうに葵の顔を振り返り見る。

 しかし、頬を赤らめ穏やかな顔で眠る妹を見ていると兄も自然と優しい表情になるのだった。


「…何かあれば言え。力になる」


「うむ。お互い様であるな。困った者がいれば手を差し伸べる、

 それが天狗仮面である。しかし、私は天狗仮面であると共に

 一介の天狗でもある。友のためならばいつでも手を貸そう」


 弥彦は頷き、平太郎もまた頷いた。軽く挨拶を交わしてそれぞれの帰路につく。うろなで出会った鬼と天狗はまた普段と変わらぬ生活へと戻っていくのだった。




 木造2階建てのアパートで宴の片付けをしていた千里が、誰に言うでもなくぽつりと呟く。


「次郎ちゃん、気付いちゃったみたいね…」


 口の端を限界まで引き上げ、声も無く笑う千里の顔を見たものは、誰もいなかった。




綺羅ケンイチさんの弥彦君と葵ちゃん

話題に藤堂さんと美里さんと立花さん。


桜月りまさんの雪姫ちゃんと前田鷹槍。


…えーっと、後藤剣蔵ってどちらが初出のキャラでしたっけ…

完全にどちらにも馴染みすぎてて見直しても疑問だったので分からずじまいで失礼ですがお借りしました!


雪の里のエピソードを絡めた話はこれにて終了です。

藤堂さんと美里さんが末永く幸せに暮らせれば良いと祈っております。


・次回予告

アッキさんの来夏ちゃんと天狗がカメラを買いに行くエピソードです。

天狗仮面は言語の壁を乗り越えることが出来るのか。ご期待下さい。



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