9月24日 仙狸、夜を覗く
綺羅ケンイチさんの「うろなの雪の里」とリンクしております。
二十一話『悪夢再び』の後の話になります。
9月24日 夜
木造2階建てのアパートに帰ってきた天狗仮面、平太郎はひどく落胆していた。それを見て同じ部屋に住むヤマネコの妖怪、猫塚千里が声をかける。平太郎は力なく捜していた高森大輔が死亡していた事と、彼が何らかの事件に巻き込まれていた事を話した。
昨日、23日の夕刻に藤堂義幸や立花慎司と合流し、彼らが追っている事件に高森大輔が関わっていることが分かった。そしてその日の内に、半白骨化した高森大輔の姿を発見したのだ。
「今日の昼に高森家へと立ち寄ったが、私が行く前に警察から先に話を聞いたらしく、
随分と取り乱した様子であった」
そう告げて、俯きながら「無理もないであろうな」と呟いた。町の住人が不幸な目に遭う事を、平太郎は心の底から悲しんでいた。
「しかし千里よ、昨日はどこへ行っていたのだ?
帰ってみれば家には次郎のみ。今朝も不在であったようだが」
「ふふ、少しね。平太郎と入れ違いに森に行ってたのよ」
「森に?今回の事件に興味があるというのか?」
「ええ、そうね。色々と分かったわ。
でも、教えてあげないけれど」
そう言って千里はころころと笑い冷蔵庫からビールを取り出して飲み始めた。千里の事だ。昨日、高森大輔が発見された現場に行って、術の一つでも使ったのであろうと平太郎は考えた。
千里の十八番の術は物の大きさを変える術だが、それ以外にも長い年月の間に習得した術がいくつもある。占術や符術にも手を出しているのだ。
「そういえば、藤堂さんの様子はどうだったの?」
「うむ。ならず者共を成敗した後で走り去ってしまった。
誰かの名を聞いた直後である。確か…何と言ったか…」
「麻生孝弘」
「おお!そのような名前であった!血相を変えて走り出したのだが、
一体あれは何だったのであろうな。…む?いやまて千里よ。
なぜ、千里がその名を知っている?」
千里は目を細めてくすくすと笑う。「おねーさんは何でもお見通しなのよ」
7月に行われたうろな町の剣道大会の夜、千里は藤堂に対してある忠告をしていた。藤堂を狙う者がいるので気をつけるように、との内容である。占術でおおよその成り行きを視た千里はそれを必要最小限の情報に留めて藤堂に伝えたのだった。
千里にしては珍しく、友人である星野美里のためを思って取った行動であった。美里は、千里のうろな町での数少ない友人の一人である。長きを生きる妖怪である千里にとって人間の寿命などはとても短いものだ。
それでも、千里は面白いものが好きである。美里のいないうろな町は、彼女にとって面白くない。故に普段は我関せずの態度をとっている千里も事件に介入するのである。
しかし、ここで平太郎の中に葛藤が生まれる。千里が介入すれば、今回の事案はすぐにでも解決してしまうに違いない。それも、人間には何も気付かれないように。最悪、藤堂や星野の記憶を改竄してしまいかねない。
事件が解決し、うろな町が平和になるのは望ましいことだ。しかし、人の身ならざる自分達がそれを成し遂げてしまって良いのだろうか。大した力を持たない自分ならばともかく、千里のような力のある者はその力の使い方一つで人の世に大きな影響を与えてしまうものだ。と。
その平太郎の葛藤を見抜いてか、千里はビールの缶をことりと置いて缶の淵をなぞりながら言った。
「安心なさいな。おねーさんは何もしないわ。頑張るのは平太郎、あなたよ」
「ならば良い。して、私は何をすれば良いのだ」
「そうねえ」千里が人差し指を頬にあてながら悪戯気を含んで言った。「まずは、ビールに合うおつまみを作ってちょうだい」
それは、彼女なりの平太郎への励ましでもあった。
○ ○ ○
夕食後、傘次郎を持って平太郎が町の見回りに出ようとすると、千里がそれを呼び止める。
「明日はどうするの?平太郎」
「今日の去り際の藤堂殿の様子が気掛かりなので、
明日は整体院を訪れてみようと思っている」天狗の面をつけながら平太郎が答えた。
「それよりも、朝一番にうろな工務店を訪ねてみなさい。
弥彦君と葵ちゃんがいるはずだから」
「また奇怪な事を言う」平太郎はマントを翻して玄関の扉を開けた。
「大事な助言よ。後は行けば分かるわ」
「悪いようにはならぬであろうし…あい分かった。
明日の朝はうろな工務店を訪れるとしよう」
「それが賢明ね。じゃあ二人とも、見回り頑張ってね」
「うむ。行ってくる」「行って参りやすぜ!」
大きく一つ頷いて、平太郎と傘次郎は夜のうろな町を見回りに出た。まるで嵐の前のように静かな町に、平太郎はなにやら不穏なものを感じてしまうのだった。
○ ○ ○
平太郎が見回りに行った後の室内で、千里は窓を開けて夜空を眺める。遠見の術で藤堂と星野の様子を窺い「あらあらまあまあ」と驚いたように呟いた。星野が藤堂の家に泊まるらしい。あの不器用で無骨な男にしては積極的だと思いながら、千里は友人が幸せを掴めるようにと祈る。
「でも、そんなに甘い雰囲気でもないわねえ。
今回の件が片付くまでは無理も無いでしょうね」
吹き込む風に寒さを感じ、千里は窓を閉めた。
「明日が楽しみね。楽しませて頂戴。藤堂さん」
にぃと口の端を吊り上げて笑う千里の姿は、まさに妖怪として遜色のないものだった。
あともう一話、伏見兄妹をお借りして藤堂さんのピンチに駆けつけた時の話を書きたいと思っています。
戦闘シーンは三衣が書いても蛇足にしかならないと思いますのでッ。




