9月23日 天狗、人を捜す
綺羅ケンイチさんの「うろなの雪の里」とリンクしております。
二十話 『鼠の尻尾切り』に繋がる話です。
この話の後に是非どうぞ。
9月23日
天狗仮面、琴科平太郎はうろな町を愛する一介の天狗である。ただし、その天狗的力の大半は失われて久しく、現在は僅かながらに天狗風を巻き起こすのみに留まっている。
しかし、そういった事とはまったく無関係に彼には町を愛する心がある。町の人たちとの繋がりもそれなりにあり、今日は商店街の住人である高森という女性から依頼を受けて、行方知れずになっている彼女の息子を捜していた。
―――高森大輔、30歳。6月の辺りから姿を見せなくなったと彼の母から聞き及んでいる。平太郎は堅実に聞き込みをしていたが、一向に手がかりをつかめる様子はなかった。
「…天狗仮面」
「む、弥彦殿ではないか」
ばったりと非番だという弥彦と出会い、事情を話すと弥彦が手伝いを申し出た。
「良いのか?貴重な休みであろう?」
「構わない」
弥彦もまた平太郎と同じく妖怪である。鬼である彼は妹と共にこのうろな町にやって来た。人と違う身ではあるが、うろな町で正体を隠して働いている。
彼の正体を知るのは同じ妖怪仲間達と、彼ら兄妹が懇意にしている「とうどう整体院」の藤堂義幸と星野美里の2名であった。
8月にうろな町を狙う妖怪軍団との大戦があり、そこで戦線を共にして以来、平太郎と弥彦はたまに酒を飲み交わす仲となった。
「力は、まだ戻らないのか」
「相変わらずである。千里眼も神通力も使えぬ。
しかし、天狗風の威力は先の大戦で少し戻ったのである」
「人を飛ばすくらい…か?」
「ふむ。車を浮かせるくらい、であるな」
「…持ち上げた方が早いな」
そう弥彦が言うと、平太郎は呵々と笑い
「弥彦殿の膂力であればそうであろうな」と言った。
商店街で聞き込みを続ける内に、探し人である高森大輔の人となりが見えてきた。あまり社交的な性格ではなかったらしく、大学の入試に失敗してからは家に引き篭もるようになり、あまり人との交流を持っていなかったようだ。
それでも数年前に何とか就職したものの、仕事がうまくいかずに去年からは無職であったと言う。
「…引き篭もりの奴に対して、どうやってそこまで調べた?」
「それがどうやら春先ほどからは昼間にどこかへ出かける事もあったそうなのだ。
柄の悪い連中と話している所を見たという人もいる」
「むう」
「そんな息子を心配していた矢先に、今回の失踪騒ぎだ。随分と気を落としておられた」
「そのような息子、見捨てないものなのか?」
「そこは、母の愛というものであろうな。子を思わぬ親はいない」
その平太郎の台詞に、弥彦が沈黙する。平太郎は弥彦が親を早くに亡くした事を思い出し、自分の発言が失言であったと思い至った。
「すまぬ、不用意な発言であった」
「…いや、構わない。あまり、姿を覚えていない」
「そうか…」
弥彦は、先の妖怪大戦の折に聞いた懐かしい声の事を思い出していた。妹の葵も似たように懐かしい声を聞いたと言う。弥彦と葵は、あれは母や父の声だったのではないかと考えているがどこにも確証はなかった。
商店街をはじめ、近所への聞き込みはひと通り終わったが、やはり高森大輔に関する情報は得られなかった。今日はこれまでだと弥彦に告げ、平太郎は千里に電話をかけた。
「千里か。今商店街にいるのだが、夕食の材料は何を買って帰れば良いだろうか?」
「む、そうだ。高森さんの息子を探していたのだ。弥彦殿と一緒だ」
「……それは真であるか?…うむ。分かった」
平太郎が通話を終え、くるりと弥彦へ向き直る。
「弥彦殿、すまぬがもうしばらく付き合ってもらえぬか」
「…もちろん、構わない。…どうした?」
「帰宅許可が下りなんだ。今しばらく続けていれば面白い事が分かるらしい」
「……相変わらずだな。葵も俺も、少し彼女が苦手だ」
「そういう相手にほど千里は嬉々として関わりたがる。要注意である」
「……忠告、痛み入る」
心なしか、弥彦の顔はどこかげんなりしているようにも見えた。おそらく、弥彦や平太郎の周りで、彼女ほど妖怪らしい行動をとるものはいないのではないだろうか。
どこまでも自分の興味を追求して愉悦を追い求める妖怪。それが仙狸という妖怪である。そのためならば、他の何者をも置いて超然としている様は、妖怪としての貫禄を充分に示すものだった。
そしてそんな千里の助言通り、平太郎と弥彦の人探しは思わぬ方向にその解決を見せることとなる。
三衣の文も綺羅さんの文も三人称視点ですので、綺羅さんの所に天狗が出張している部分の補足を書く感じで雪の里のエピソードに絡めていきます。
綺羅さん、便乗失礼致します~m(_ _)m
弥彦君、お借りしましたー。




