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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなで仲間を探す天狗のはなし
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9月16日 天狗、身代わりになる

この話は、綺羅ケンイチさんの『うろな町、六等星のビストロ』

 十六『拳とハンバーグのコース』とリンクしております。


先にそちらを読まれると、より状況がわかりやすくなると思われます。


9月16日(月) 夜


 平太郎は町の見回りに出ていた。赤い番傘を持ち、妖狐、稲荷山考人と共に町を歩いている。


「なんで見回りに俺も行かなきゃならないんだよ、阿呆天狗」


「こら、考人。この面を付けている時は天狗仮面と呼べといつも言っているであろう」


「うるせえよ。阿呆天狗仮面」


 3連休最後の祝日である今日は剣道部も休みだったと言う。休日を満喫し、クトゥルフでカレーライスを食べていた考人は同じく夕食を食べに着た平太郎に捕まり、「不幸だー」と叫びながらもこうして町の見回りに参加しているのである。

 態度は悪くても、こうしてきっちり付き合う所は彼の良いところである。それを口にしても彼の機嫌を損ねるだけなので平太郎も傘次郎もそれを口にすることは無いが。


「そういえば考人よ。商店街が司殿の噂で持ちきりだな」


「学校でもだよ。役場でも記念撮影大会だったって誰か言ってたな」


「あの二人ならばそうであろうな。清水殿が闇討ちにでも遭わねばよいが」


「大丈夫じゃねえの。なんだかんだでみんな喜んでるみたいだし」


 そう世間話をしながら歩いていると、当の噂の本人が憤怒の形相で竹刀を持って走ってきた。梅原司、改め、清水司その人である。

 反射的に考人が頭を下げる。


「すみません!これは深夜徘徊じゃなくて、天狗仮面が勝手に…!」


「む、稲荷山か!不審者を見なかったか!?」


「司殿、何か騒動であるか!?手を貸そう!」


「出たな不審者!」「なんとッ!?」




   ○   ○   ○




 話を聞けば、学校の校庭でケンカをしている人影を見たので追いかけているとの事だった。この3連休で清水夫妻は新居への引越しの準備を進めていたらしく、清水夫妻は荷物を取りに中学へ寄った所で不審者に遭遇したとの事だった。


「清水殿…いや、渉殿はどうしたのだ?」


「あいつなら警備会社へ通報している。追うのを止めようとしたので一発殴っておいたが」


「いや、先生、それは清水の気持ちも分かるだろ…」


 司の今の状態ならば、止められても仕方ないだろう。身重の彼女にとって急激な運動は避けるべきものだ。平太郎は司の肩に両手を置き、諭すように話しかけた。


「司殿。渉殿に代わって言わせていただくが、貴殿は阿呆である」


「なッ!?」司が竹刀を振り上げようとするが、平太郎はそのまま台詞を続けた。


「不逞の輩を見過ごせぬ司殿の気持ちは素晴らしい。

 しかし、体に宿る新たな命に何事かあっては一大事である。

 母として、妻としてここは抑えていただきたい。

 不審者の事ならば、我々に任せてもらえぬだろうか」


「え?俺も探索メンバーに入ってるのか?天狗仮面」


「ゆくぞ。考人」


「聞けよ、この野郎」


 マントを翻して不審者を探すために立ち去ろうとした平太郎を司が止める。何事かと振り返った平太郎に、司は短く


「その…何だ、感謝する」と短く告げた。


「天狗として当然のことをしたまでだ」


 そういって頷き、平太郎は考人を連れて走り去った。

 



   ○   ○   ○




 夜のうろな大捕り物はなにやら分からぬうちにその規模を膨らませ、通報を済ませた清水渉も合流し、彼らは中央公園で報告を待つことになった。

「渉殿、しっかりと司殿の見張りを頼む」「任せてくれよ。天狗君。縛ってでも見張ってるから」


 そうして探す中で、陰陽師である芦屋梨桜と出会う平太郎。この娘がただの人間ではないことは分かっているが、わざわざそれを指摘して無用の争いを生むこともない。平太郎は手短に事情を告げて不審者探しの協力を依頼する。


 3人は手分けして周辺を探したが、成果を上げられずに中央公園へと戻ってきた。それもそのはずで、ケンカをしていた当の本人は中央公園に潜んでいたからである。

 そうとは知らずに公園に戻ってきた3人は、いつの間にか捜索に加わっていた警察官や公園周りに止まっていたパトカー、そしてどこからか現れた町長に驚きを禁じえなかった。


「おう、お前が犯人か?天狗よ」


手を上げてそう発言したのは、うろな警察署に務める立花慎司だった。


「私がそのような無法を侵すはずが無かろう。しかし立花殿、何故ここに?」


 清水が連絡をしたのは中学校を担当する警備会社であったはずである。それに、例え清水が警察へも連絡をしていたとしても、この僅かな時間でここまで大事になるものだろうか。


「たまたま通りかかったんだわ。小梅ちゃんはうちの門下生だからな。

 こうして力を貸してるって訳だ」


「門下生?司殿も藤堂殿の道場に弟子入りしていたのであるか?」


「何だ、知らなかったのか?旦那が悪さをした時の為にって夏祭り前から通ってるんだ。

 もっとも、今は気が向いた時に来てくれって藤堂さんも言ってるけどな」


「ふむ。門下生は多くいるのだろうか?」


「いんや。小梅ちゃんを入れても2人だ。天狗もしごかれに来るか?」


「限りなく前向きに考えていると藤堂殿に伝えておいてくれ」


 そう言って清水の方に向き直り、「今はどのような状態であろうか?」と問う。


 依然、不審者は捕まっておらず、公園周りに停まっているパトカーのランプに何事かと顔を出した町長が事情を聞いてふむふむと頷いていた。何事かに気づいたように公園の茂みを見つめ、さり気なくそちらに近づいて行く。

 その場を離れた町長に気づかず、司は憤慨する。


「くそっ、何処へ逃げたのだ。不届きな連中め! 見つけ出して私が必ず成敗してくれる!」


 それを清水が諌めているが、彼女の正義の心ならば、それもまた仕方がない。


「司殿、貴殿は妊娠している身なのだ。ここは我々に任せても……」

「大体、何で俺達もこんな夜に探さなきゃならねぇんだ……」


 愚痴をこぼす稲荷山に対して、芦屋はその目をキッと光らせて稲荷山に対して言葉を投げる。


「稲荷山君、もしかしたらその不審者ってのは妖怪かもしれないんだよ?

 だったら先に見つけてぶち殺しておかなきゃっ!」


 稲荷山は複雑な心境になったが、無用の争いは避けるべきである。不審者を放っておけない芦屋の気持ちだけ汲んで、稲荷山は「まあまあ、穏やかにいこうぜ、芦屋」と手のひらを下に向けて芦屋を制した。




   ○   ○   ○




 町長がどこからともなく帰ってきて、「あの」と声をかける。


「如何なされた?町長殿」


「いえ、青春っていいモノですよね」「へ?」


 唐突に何の話だろうかと周りが混乱する中、町長は尚も続ける。


「校庭で殴りあってケンカしたり、それでわだかまりが解けたり…

 そういう、拳で語ることが出来るのって、ちょっと羨ましかったりするんですよね」


「…あー」「あぁ…」立花と清水だけが、なんとなく事態を察したように頷く。


「もちろん、不法侵入ですからね。良いことではありません。

 こうして皆さんにご迷惑もかかっている事ですから。

 ただ、夜も遅くなってきたので、皆さんお腹が空いてきたんじゃないですか?」


「確かに。ね、司さん」清水も、同調するように言う。


「でしょう?こんな日は『オムライス』なんか食べたくなって来るじゃないですか。

 あ、私はハンバーグが結構好きだったりするんですけど」


 その最後の一言で、全員が得心がいったように頷き合う。


 それと同時に、公園の茂みの中から男性が二人腫れ上がった顔で現れ、「すみませんでした!」と土下座した。ビストロ『流星』の店主、葛西拓也と、その常連客である須藤慶一である。

 しかし、二人を前に清水や司をはじめ全員が何食わぬ顔で「何のこと?」とでも言わんばかりのとぼけ顔をしてみせた。平太郎だけは天狗の面で表情が隠されていたが。

 町長はこっそり二人に目配せをして、その場から彼らを退散させていた。




   ○   ○   ○




 葛西と須藤が場を離れた後、町長は「すみません、なんだか出しゃばった事をしまして」と頭を掻いている。

 清水と司は「いやあ、何のことですか?」と笑顔を浮かべている。


 立花がぽつりと「どうすっかな、コレ」と呟いたのを、平太郎は聞き逃さなかった。


「どうしたのであるか?立花殿」


「あー、パトカー出動させちまった手前、ちょっとな。

 色々面倒なんだよ。ケーサツの仕事ってのも」


 独断でパトカーを出動させ、何もありませんでしたと帰るのも問題である。申し訳なさそうな顔をする町長に向かって、「大丈夫ですよ」と司が言った。そしてやや大きな声で芝居がかったように言う。


「出たな不審者!」「なんとッ!?」


 ビシィッと指を指された平太郎は驚きの声を上げたが、すぐに司の意図を見抜きそれ以上の抗議の声をあげる事はしなかった。

 立花も、「ま、それしかないか。すまんな、天狗仮面」と平太郎をパトカーに連れて行こうとする。


「困っている者を助けるのが天狗仮面だ。ならば私は本望である!

 しかし甚だ不本意である!その意志だけは汲んでいただきたい!」


「諦めろよ、天狗仮面。不審者の身代わりができそうなのはお前くらいのもんだ」


「天狗君、落ち着いたら今度1杯おごらせてもらうよ」


 手を合わせて見送る稲荷山に対して、平太郎は番傘を投げ渡した。


「家に届けておいてくれ!あと、芦屋殿をしっかりと送って帰るのだぞ!」


 そう言って立花と平太郎は去っていった。公園の外から聞こえるパトカーの音がだんだんと遠ざかっていく。




「あの、良かったんでしょうか?彼」


 町長が公園の外をみつめながら言う。残った清水夫妻、稲荷山、芦屋はさも当然と言った顔をしていた。


「ま、天狗君なら慣れっこでしょう」

「うむ、私の事をアホ呼ばわりしたヤツには当然の結果だ」

「大丈夫ですよ、アイツは常連ですから」

「妖怪のコスプレなんかしてるから、仕方ないですよ」


「あ、そうなんですか…」


 9月。未だ残暑が厳しく、夜の風も生ぬるい時期ではあるが、どこか爽やかな風がうろな中央公園を吹き抜けていった。






   ○   ○   ○





 芦屋を送り届け、番傘、傘次郎を持って平太郎の家へと向かう稲荷山は、誰も周りにいないことを確認してから傘次郎に話しかけた。


「で、平太郎がわざわざお前を投げて寄越したってことは、

 何か話があるんだろ?一体どうした?」


 番傘の姿のままで、傘次郎は言葉を返す。


「お分かりでしたかい。いえね、兄貴のことについてなんでやすが…」


 そう言うと、傘次郎は先日の妖怪対戦の話を持ち出した。


「兄貴にはご内密に願いたいんですが、よろしいですかい?」


「妙なヤツだな。分かった。次郎がそう言うなら」


 傘次郎は一言礼を述べ、平太郎が妖力を暴走させた大入道との一戦の話をした。平太郎の暴走を抑えた時の話である。

 平太郎の父、総一朗の助言を受けて二人は天狗の面を平太郎に被せ、何とか事態を収めたのだが、その時に総一朗が放った一言が傘次郎はどうにも気になっているのだった。


 父、総一朗は言った。『玉鋼(たまはがね)には、妖気を払う破魔の力がある』と。傘次郎の聞き間違いでなければ、確かにそう言ったのだ。


「おかしくありやせんか?兄貴は妖力を取り戻す為に町にいるんでやすよ?」


「そういや、そうだな…。あの時は夢中だったけど、確かに妙だ」


 一体どういうことなのかと気にはなるものの、自分の聞き間違いだったのではないかと傘次郎はそれを平太郎に聞くことをしなかった。

 

「じゃあ次郎。平太郎に聞けばいいじゃないか。なんで内緒なんだよ」


 疑問を投げかける稲荷山に対して、傘次郎は少し言い淀んでからそれに答えた。


「実はあの面、千里の姉御の用意したものなんでさあ。

 あっしの預かり知らぬ所で二人の間に約束事があるのかも知れねえ。

 それをあっしが知らねえってことは、聞くべきではねえって事です」


「ま、千里さんの事だから、何か考えがあるんだと思うぞ。

 まさか本気で平太郎の邪魔をしようなんて思ってないさ」


「そ、そうでやすね!ありがとうごぜえやす、考人坊っちゃん」


 稲荷山の言葉に、傘次郎は安堵してそのまま沈黙し、番傘の振りを続けるのであった。

 

 

 平太郎が帰って来たのは、日付が変わって深夜になってからの事だったと言う。「なぜいつも通りの尋問を行われたのだ。腑に落ちぬ」と嘆く平太郎に「事情を話さなかったんでやすか?」と傘次郎が問うたが、「『お前の場合は様式美ってヤツだな』と言われたのだ」とさらに嘆くのだった。





YLさんより清水夫妻を

寺町さんより稲荷山と芦屋を

綺羅さんより葛西、須藤、立花を

シュウさんより町長を


それぞれお借りしました!

「町長が言うなら、まぁ」の安心感が半端ない。


問題ありましたらお知らせください。



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