9月2日 唐傘、留守番する
9月2日(月) 昼
唐傘化けの傘次郎は、木造2階建てアパートで暇を持て余していた。傘次郎が兄貴と呼んで慕う天狗、琴科平太郎は人と会うと言って出かけ、仙狸である猫塚千里はうろなのショッピングモールに仕事に行っている。
部屋の中では傘次郎も妖怪の姿でいられるので、ばっさばっさと傘を広げてくつろいでいたが、どうにもすることが無い。平太郎や千里のためにと家事を済ませておこうとしても、唐傘化けである自分の体には、足はあっても腕はない。出来ることと言えば、わずかに起こせる天狗風で部屋の隅の埃をとることくらいである。
「目立たない場所の埃まできれいにしちまって、何もすることがねえ…」
既に己が出来ることをやり尽くしてしまった傘次郎は、唸り声をあげて途方に暮れていた。
平太郎の住む部屋は、六畳の部屋が二つあり、台所とバストイレ別の何の変哲も無い部屋である。部屋の一つは千里の私室であり、平太郎はリビングである六畳間で寝起きしている。傘次郎のスペースは、もちろん玄関の傘立てである。
「いつもなら、昼間は兄貴がいるんだがなあ」
8月の終わりからこちら、平太郎はよく外出するようになった。それまでは、朝夕、そして深夜の町の見回り以外には家にいる事が多かったのだが、このところはより町に顔を出して町との繋がり、結びつきを深くしようとしているようである。
そんな平太郎を見て、千里は「天狗らしからぬ行為ねえ」ところころ笑っていたが、傘次郎は天狗とは何ぞや、という問いに対しての答えを持っていないので、平太郎の行動が天狗の行動に相応しいかどうかを判別しかねた。
平太郎もまた、その問いに対する答えを持っていなかった。それを見つけるために行動を起こすのだと平太郎は述べた。
○ ○ ○
いよいよ暇の極みを持て余した傘次郎は、リビングの端に置かれているテレビに目をやった。平太郎や千里は良くテレビを眺めては見ている番組について話をしている。傘次郎も議論に参加する事が多い。
先日は、100万円のマッサージチェア発売のニュースを見てその必要性の有無を語り合っていた。多機能の極みを尽くした豪華な品である。
平太郎の「人間の欲には際限がない。しかし、その欲こそが発展の源でもあるのだ」と肯定するような発言に対し、「必要ないわね。代用品で済ませようとする姿勢は発想の余地を狭くするわ」と切り捨てる千里。
議論は『如何にして社会は発展するのか』というおかしな方向に進んだ。傘次郎が議論のズレを指摘しようとすると、千里がきっぱりと結論を言ってのけた。
「ともかく、おねーさんには必要の無い物よ。
マッサージなら平太郎に頼めばそれで済むのだもの」
「千里はいつも注文が多いので面倒である。藤堂殿のところに通えば良い」
「遠慮するわ。なんだか警戒されている気がするもの。
どうしてかしらね?美里ちゃんの応援をしているだけなのだけれど」
千里はくすくすと笑いながらそう言っていた。平太郎はやれやれといったように首を振り、傘次郎もまた、姉御が余計なちょっかいをかけるからじゃねえですかね、と心の中で考えた。口に出すのが憚られたのは、それを指摘しては後が怖いからであった。
○ ○ ○
夕方、日も沈もうかという頃にリビングの電話が鳴った。
「あちゃあ、兄貴も姉御もいねえってのに間が悪いなぁ。
しっかし、急を要する用事かも知んねえし……」
それに、平太郎や千里からの電話かも知れない。傘次郎は受話器を風で操り、自分の近くへと持ってきた。「へい、もしもし」
受話器からは、くぐもった声が聞こえてきた。
「もしもし、俺だけど」
「……?兄貴ですかい?」
「そ、そうだよ。実はヤバイ奴等に捕まってんだ」
「!?まさか、赤坊主の奴らの残党が!?」
「…?お、おう。そうなんだよ。今、どっかの寺にいるんだ。それでよ……」
「すいやせん!あっしがお傍にいないばっかりに!」
「いや、いいんだ。ヘマした俺が悪い。それでよ、奴等、坊主のクセに
金を要求してきやがるんだ。頼む、兄弟」
「お任せくだせえ!直ぐに参りやす!」
そう言って、傘次郎は慌てて電話を切った。そこに、玄関を開けて平太郎が帰ってきた。ジャージにマントを羽織り、今まさに天狗の面を外そうとしていた。
「次郎、何をそんなに慌てているのだ?」
「兄貴!大変でさあ!兄貴が赤坊主の手のものに捕まっちまいやした!」
「何だと!?残党がいたと言うのか!?」
「直ぐに助けに行きやしょう!」
「うむ!」
外しかけた天狗面を被りなおし、傘次郎を掴んで家を飛び出す平太郎。大通りまで出たところではたと我に返り、「私を助けに行くのか?次郎よ」「…兄貴ならここに居りやすねえ」と二人して何かがおかしい事に気が付き、部屋へとすごすご戻った。
その夜。事の顛末を聞いた千里は、傘次郎に家電製品の取扱禁止令を出したと言う。
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果たして天狗は町の人と繋がりを持てるのでしょうか。




