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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなで仲間を探す天狗のはなし
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8月23日天狗、初心に還る

8月23日 (金) 夕方



 木造2階建てのアパートでは、平太郎が商店街で買ってきた食材を使って料理を作っていた。この部屋での食事当番は交代制なのだが、今日は平太郎が当番である。

 ビール片手に座卓でくつろぐ千里は、卓に置かれた羽扇を眺めていた。先の妖怪大戦で平太郎が使用していた天狗羽扇である。しかし、拵えに嵌まっていた水晶はなく、最早ただの羽扇であった。


「本当、あの子たちはいい子ねぇ」


「西の山の奥地まで向かったのは関心せぬが、思いやりのある子たちである」


 天狗羽扇はあの日、平太郎が最後に特大級の天狗風を起こした際に、その力に耐え切れず水晶が壊れ、妖具としての力はなくなった。しかし、羽扇は父・総一郎の形見でもあるので、天狗の庵へと再び安置しておいたのである。


 それを、平太郎が目をかけている4人の小学生達が西の山に探検に行った際に見つけ、天狗仮面にプレゼントだと言って寄越したのである。


「ま、こうして残暑をしのぐにはもってこいねぇ」団扇よろしく、羽扇で仰ぐ千里。


「何をするか。我が父の形見であるぞ」台所から平太郎が戻ってくる。


「飾り立てても仕方がないわ。道具は使ってこそ価値があるのよ」


「正論であるが、形見はそこにあるだけで意味をなすものである」


 他愛も無い会話をしながら、羽扇を奪い合う平太郎と千里。結局、奪い合いは千里の勝利に終わり、悠々と羽扇で風を送る千里を尻目に、台所に戻って夕食の準備を続ける平太郎であった。




   ○   ○   ○




 日も沈み、町には夜の明かりが灯る頃。平太郎は傘次郎を持って夜のうろなの町を歩く。

 商店街の近くで、酔いつぶれた5丁目の安藤さんを介抱し、一丁目の河本さんの家で番犬に吠えられる。


 唐草模様のマントを翻して、ラインの入ったジャージを着て。顔には天狗の面をつけている。面に浮かぶその目は町の悪事を決して見逃すまいとギョロリとむかれている。

 しかし、面の奥で平太郎は非常に穏やかな表情であった。いつも通りの町。いつも通りの日常。それが平然と流れていることが、何よりも素晴らしい。


「次郎。寄り道をするが、かまわぬか」


「へい、でも、どちらへ?」


「清志殿の所だ。先の決戦から、店に顔を出していないものでな」


 商店街の一角、中華料理店クトゥルフに立ち寄り店長である清志に声をかける。


「あいやー、平太郎。西の山での宴会以来アル」


「うむ。清志殿の料理と厳蔵殿の酒が揃えば、向かうところ敵なしであったな」


「鬼ヶ島さんはいい鬼アル。これからはいい酒を仕入れられるアルよ。

 それで、今日はどうしたアルか?」


「何、見回りついでに寄っただけである。さつま揚げを食べに来た」


 さつま揚げは、平太郎の好物である。美味いさつま揚げがあれば、平太郎は幸せである。面を外し、提供された皿に箸をつける。街中で平太郎が面を外すのは、唯一この場所だけだった。

 それも、店内に妖怪仲間しかいない時のみである。平太郎にとって天狗仮面の面とは、町を守る決意のようなものであり、正装のようなものであった。


「困っているものに手を差し伸べる。それが天狗仮面である」


 表面がパリッと焼かれたさつま揚げを一切れ口にして、冷酒で流し込む。冷酒の香気が口腔を抜け、さつま揚げの甘味をうまく引き出す。


「しかし、さつま揚げを食している時の私は、ただ一介の天狗である。

 清志殿!今日も絶品である!」




 鋭気を養った平太郎は、商店街の中にある小さな(やしろ)へと立ち寄った。ここには、商売繁盛や無病息災を祈る商店街の人達の思いが集まる小さな祠がある。こういった町の一角にある社は放っておかれがちになりそうなものだが、商店街の社はいつでも手入れが行き届いている。

 誰とも言わず、気付いたものが掃除などしているのだろう。平太郎の目的は、この社に棲み付いている者だった。


「相変わらずほくほく顔であるな。おとろし殿」


「うんむ。実に気分が良い。実に」


 『おとろし』と言う名の妖怪は、神社の鳥居や社に棲み付く妖怪である。信心から生まれる妖怪で、棲み付いた神社や社を守っている。守り神とされる地方もあるようだ。

 大きな顔だけの姿をしており、伸びに伸びた髭と長髪が特徴である。棲み付いた場所を侵そうとするものに容赦は無いが、基本的には無害な妖怪である。

 

 うろな町商店街の人々には、おそらくおとろし殿は見えていないだろう。それでも、町の人々は社を敬い、おとろしはそれらを守る。小さい範囲ながらも、古来よりの信仰の形がここには残っている。


「して、天狗やい。何用か?」


「差し入れである。さつま揚げだ。おとろし殿は社を離れられぬからな」


「あぁ、よきかな。人間も、妖怪も、この町では皆優しい」


「そうであれば良いのだが……」


 平太郎は、先の妖怪大戦、役小角や赤坊主、青坊主の事を思い出していた。妖怪にも、人との共存を望まぬ者はいる。

 人間の中にも、妖怪を快く思わぬ者もいるだろう。しかし、種族だけでそれらを一括りにしてしまう事は違うのではないかと平太郎は考えている。ある日、急に解決するような問題でもない。地道に、互いが歩み寄れるように考えるしかないのだ。


「私が天狗だと明かせば、町の皆はどう思うだろうか」


「さてさて。実に難しい。実に」


「…うむ。考えても詮の無き事であったな。

 私はこの町では天狗仮面だ。それ以外の何者でもない」


 軽く挨拶を交わし。平太郎は社を後にした。




   ○   ○   ○




 うろなの病院のてっぺんに降り立ち、平太郎は町を見渡す。


「今日は平和でやすね。兄貴」


「うむ。この目に見える狭い範囲だけではあるがな」


「兄貴、悩み事ですかい?」


「先の大戦で気付かされたのだ。例え、私が妖力を完全に取り戻したとしても、

 1人ではどうにもならぬ時がある」


「あっしもおりやす」


「うむ。心強い。しかし、まだまだ足りぬ」


 一反木綿に遅れを取り、赤坊主と青坊主を相手に暴走した自らを戒めると共に、このままではいけないと平太郎は考えたのだった。

 町には、妖怪一派として鍋島の集まりがあるが、それだけではいけないのではないかと考える。


「同志が必要なのだ。人間、妖怪など些細な事には拘らぬ。

 町を守る同志がより多く必要である」


「兄貴は人間ともつながりがあるではありやせんか」


「より多くの、互いに気の置けぬような繋がりが必要である。

 しばらくは、町を守ることと、同志を探すことに力を費やすことにする」


 未だ、父との約束である「天狗らしく生きる」とはどういうことなのかに結論は出ていない。それでも、眼下に見下ろす町を守ることは自分にとって欠かせぬものだとの思いを強く感じる。それは、疑いようのない彼の真実であった。


 傘次郎を開いて飛び上がり、上空から平太郎は町を睥睨する。


「我が名はッ!天狗仮面である!町に仇為す悪党どもよ!

 恐れ慄け!町は私が守ってみせる!依然、変わりなく!」


 多少、過剰な演出ではあるものの、平太郎は自らの決意を新たにこれからも町を守っていく事を誓うのだった。




寺町さんの清志店長、お借りしましたー。

やっと好物のさつま揚げが食えた。


新キャラ、商店街のおとろし様を追加しました。

夏休み前から暖めてあったキャラなのに、今更出番です。


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