【うろ夏の陣・8月15日】うろな山、朝陽を待つ
8月15日(木)
鬼ヶ島と伏見の鬼は無山の西の山で戦っていた。前鬼、後鬼が引き連れていた小角配下の妖怪とは別に急に湧き出した妖怪に不信感を覚えながらも、向けられる敵意から素早くそれらを敵だと判断して傷ついた体を無理やり動かして敵を相手にしていた。
そこに、千里が巨大なヤマネコ姿のまま現れ、鬼ヶ島と伏見兄妹の周りの妖怪を一掃する。そして「ご機嫌よう、3人とも」と声をかけた。
「その声は、千里はん!?えらいでっかいなぁ」今の千里の大きさは、3人を軽く乗せられるほどの大きさだった。
「厳蔵さん、弥彦君、葵ちゃん、乗ってちょうだい。ケリをつけるわよ」
一体どうしようと言うのだろうか。またすぐに、この辺りにも妖怪が現れるに違いない。それを危惧した弥彦が心配そうに辺りを見回したが、千里はそれを見て「大丈夫よ」と言った。
厳蔵に、遊撃部隊を10分以内に山から撤収させるように伝えてくれと頼み、厳蔵も不思議に思いながら何か策があるのならと部隊を撤収させた。
3人を乗せた千里は疾風の如く木々の間を抜け、山頂近くへと彼らを運んだ。
「山頂で待っていてちょうだい」
「千里よ!お主はどうするのじゃ!」
「平太郎を迎えに行くわ。すぐに戻るから、山頂付近の敵は任せるわね」
「うむ。任された!」
一陣の風となって千里は無山へと駆けた。
○ ○ ○
無山。平太郎と考人はそれぞれ目の前の妖怪を相手に立ち回っていた。しかし、平太郎は妖力が暴走したのが災いし、徐々に動きが鈍くなっている。考人もまた、肩で息をしていた。
一向に減る気配を見せない妖怪軍に辟易する考人。
「平太郎。竜巻とかで一網打尽にできないのか?」
「すまぬな。雀の涙ほどしか力が残っておらぬ。風を起こそうにも、風鈴を鳴らすのが
関の山である。考人こそ、もう分身はせぬのか」
平太郎が妖怪達の頭二つ分ほど高く飛びあがり、目前の一体を頭から踏みつける。目の前の妖怪に傘次郎を突き刺し、そのまま手を離して次の妖怪へと向かう。
すかさずそれを考人が掴み、傘次郎が刺さったを振り回し、周りをなぎ倒す。引き抜きざまに妖怪を蹴飛ばし、別の妖怪へとぶつける。
「無理無理。はりぼてにもなんねーよ。出来てぺらぺらの紙人間だな」
「お互いに締まらぬ様相であるな。しかし、不思議と負ける気がせぬ」
迫る妖怪を羽扇で斬り伏せたところで平太郎が体勢を崩し、そこに妖怪が襲い来る。平太郎の背後から考人が傘次郎を投げ、平太郎がそれを振り向きもせずに後ろ手で掴み、迫る妖怪をなぎ払う。
「なんだよ、父親が見てるからって張り切ってんのか?」
「む?何のことだ?」
「え?」
考人は、てっきり平太郎も大天狗・総一郎の声を聞いていたものだとばかり思っていた。自分や傘次郎には声をかけたのだ。息子である平太郎に声をかけていないはずがない。
しかし、平太郎は何も聞いていないという。
「お前の暴走を止める策をくれたの、お師様なんだぜ?」
「そうか。きっと、父上には父上のお考えがあったのだろう」
「なんか、釈然としないけど、そういうもんか?」
「そういうものだ」
そこに、一陣の風が抜け、平太郎と考人の周りの妖怪が千切れ飛ぶ。
「何をもたもたやっているのかしら?」
ヤマネコの姿に変化した千里その人であった。千里は2人に「乗りなさい」と合図し、山頂ですべての敵妖怪を一網打尽にすると告げた。千里の背に乗り、二人は山頂へと向かう。
「千里さん、ずっとコソコソやってたみたいだけど、何やってたんだ?」
「あら、野暮ねぇ。秘密は女性のアクセサリよ。覚えておきなさいな」
「楽しそうでなによりであるな」
「ふふ、最後に頑張ってもらうのは貴方よ、平太郎」
「それほど力も残っておらぬが、最後の大仕事であるな。
天狗たるもの、期待には応えねばならん」
「1人で何とかしようとするなよ、平太郎。
でも、出来るのか?その状態で」
千里はヤマネコ姿のまま、鼻を鳴らして答えた。
「出来るか出来ないかなんて問題じゃないの。やりなさい」
「……うむ」
平太郎、力使い果たして死ぬんじゃないか?そう思っても、それを言い出せない考人であった。
○ ○ ○
山頂では、サツキや鬼ヶ島達、うろな妖怪が揃って待っていた。
術で体格を大きくした千里を筆頭に、それに乗る天狗と妖狐。続く唐傘化けや人狼に鬼の眷属。獣人に猫又にと、うろな妖怪が一同に会する様はまるで百鬼夜行とでも言うべき状態であった。
全員の中央に千里は平太郎を降ろし、朗々と語る。
「みんな、ご苦労様。あとは平太郎に任せてちょうだい。
新たな妖怪が湧く元は絶ったから、天狗風で一吹きよ」
安堵の表情をうろな妖怪達が浮かべる中、平太郎は言った。
「山全体を覆う風となれば、私の今の妖力だけではとても無理だ!」
周りにいるうろな妖怪達を見回し、ことさら大きな声で
「皆の者、共にうろなを守ってくれ!」と叫んだ。
うろな妖怪の軍勢から、鬨の声が上がった。
○ ○ ○
「厳蔵殿。何かと頼ってばかりで済まぬな」
「気にするでないわ!あまりごちゃごちゃ言うならば、
儂の酒を呑ませんぞ!」
「はっは、それは困る。厳蔵殿の酒の美味さは無類であるからな」
「サツキ殿、良い顔になったな。父上も喜ばれるであろう」
「こんな所でへこたれてられないからにゃ。今回の騒動が終わっても
やることはいっぱいあるにゃ」
「そうであるな。互いに頑張ろうではないか」
「考人。お前には本当に感謝している。
この騒動が終われば、久々に共に稽古をしようではないか」
「やだよ暑苦しい。ほれ、さっさと片付けてこいよ」
「うむ。皆の力があれば百人力である」
「双子君、いや、くるみ殿、みるく殿にも世話になった。
考人のこともよろしく頼む」
「わかったー」
「まかせてー」
「うむ。心強い」
「弥彦殿。葵殿。貴殿らの活躍なくば、山を守りきることは出来なかった。
二人のことは、本当に頼もしく思っている」
「お互い様だ」
「そない面とむかって褒められたら、なんや気恥ずかしいわ」
「本心である。機会があれば、手合わせ願いたいものだ」
「貴君らとはあまり話したことはなかったな。天狗・琴科平太郎である。
この面をつけている時は、天狗仮面と呼んで欲しい」
「狐ノ派静月。変な意味で有名人だから、天狗仮面のことは知ってる」
「え、えっと、桜咲呉羽です。わたしも、商店街で見かけたことが…」
「芝姫凛です。以前、川原でパトカーに押し込まれるのを見ましたよ」
「……天狗たるもの、一度や二度の不審者扱いにへこたれてはいかんのだ。
困ったことがあればいつでも言うといい。助けに馳せ参じよう」
集まった他のうろな妖怪達からも、次々に羽扇へと妖力が集まる。羽扇の拵えに付けられた水晶には、はちきれんばかりの力が込められていた。これほどまでに大きな力を御することができるだろうか。
いや、やらねばならぬ。山を、町を守るために。
羽扇を持って飛びあがろうとする平太郎を、千里が「待ちなさい、平太郎」と止める。
「そのお面、外していきなさい」
「突然何を言う。確かに今は妖怪しかおらぬが、これは町を守ると決めた私の
いわば正装のようなものではないか。これを外しては天狗仮面では」
その台詞が最後まで紡がれることは無かった。
ひゅるりと人間体へと姿を変えた千里が平太郎の正面に立ち、右手で天狗の面を取り上げる。そのまま正面から平太郎の腰へと手を回し、深く口付けを交わした。
「!?」
一瞬、何が起きたのかと山頂の空気が凍り付く。芝姫、狐ノ派、桜咲の3人だけは、入江の宇宙船内で同じ事を千里からされていたので、それを思い出して頬を朱に染め、ぴょこんと耳を出しながらも彼女があの平太郎とか言う天狗の妖力を回復させようとしているのだなと理解できた。
ゆっくりと平太郎と千里の顔が離れる。何が起きたのか分からないと言った様子の平太郎に、千里はくすりと笑って「いいから外していきなさいな」と言った。
ほぼ、妖力が回復している。しかも、多種族の妖気を受け取ったと言うのに、妖気の相性による反発もない。
「う、うむ」
羞恥を浮かべた素顔を見られぬよう、平太郎は素早く天狗の姿になり、上空へと舞い上がった。下を見下ろせば、千里がクスクスと笑っている。
「まったく、千里には敵わぬな」
羽扇を構え、夜の山を見下ろしながら、気を取り直して平太郎は朗々と口上を述べた。
「遠き者は音に聞け、近き者はその目に見よ!
我こそは琴科が天狗、琴科平太郎である!
山に蔓延る魑魅魍魎共よ、在るべき場所へ還るがいい!」
木々が風に揺れ、うろな妖怪達の周りにも優しく守りの風が舞う。
羽扇に嵌め込まれた水晶は、今にも割れてしまいそうだった。平太郎は羽扇を眺め、おそらくこれは壊れてしまうであろうと予測した。
山をすべるように風が抜け、敵とそうでない者を区別してゆく。風から伝わる気配の中、うろなの妖怪や木々達の気配とは別に、よく知った気配が二つ感じられた。
「一つは…団蔵殿の気配であるな…。うまく逃げられていたようで良かった。
風で山の裾まで飛ばした方がよさそうであるな」
もう片方の気配を探ろうと意識を向けると、その気配は不意に掻き消え、それ以上探ることは出来なかった。
厳しくも暖かな気配。先刻、赤坊主と青坊主を前に我を忘れた際に、同じ気配が近くにいたような気がする。その気配が自らを一喝する声を、平太郎はおぼろげながらに聞いたような気がしていた。
「父上……」
六道辻の陣が現世と冥界を繋いだことで、うろな妖怪に縁のある者達も一時だけ、気配や声だけではあるが、現世に戻ったのだ。
しかし、その気配ももうしない。院部が六道辻の陣を壊した事で、彼らもまた現世との繋がりを絶たれたのである。
しかし、それを平太郎が知る由もない。懐かしい父の気配をしばし胸に留めるのみであった。
「父上、私は、守るべき場所を見つけました」
平太郎と、父との約束。天狗らしく生きよ、と父は言った。
「しかし未だ、どのように生きるのが天狗なのかはわかりませぬ」
羽扇に、妖力を込める。水晶が軋み、ヒビが入る。
「ただ、守るべき場所を、全力を賭して守ってみせる」
平太郎は、羽扇を高々と掲げた。
「照覧あれ!我が名は天狗仮面である!」
振り下ろすと同時に、羽扇からは風の龍が放たれ、山を駆け、大気を裂いた。守りの風に囲まれていない者達は、風の龍に喰いちぎられてゆく。山を巡り吹き荒れたそれが収まる頃、西の山にはうろな妖怪達と木々や動物たちの姿があるばかりであった。
羽扇に嵌め込まれていた水晶は、その力の大きさに耐えられず砕け散っていた。嵐のように風が吹き抜けた西の山。
しかし、町からは何も聞こえず、何も見えなかった。ただただ、いつもの静かな山がそこに見えるだけであったろう。
院部は目の前で完成したばかりの『 Tower of 院部 』が風に崩され、絶望の叫びを上げた。風に運ばれて宙を舞う院部はさめざめと泣き崩れた。
こうして、人知れず始まった妖怪達の戦いは、同じように人知れず、静かに終わったのである。
静まり返った山を見下ろして、平太郎は「うむ」と頷いた。天狗の神通力が、明日は雨だと告げている。山に残った争いの痕跡をも綺麗に洗い流してくれることだろう。
○ ○ ○
平太郎はゆっくりと降下しながら、その場にいた妖怪達に告げた。
「皆の力で、町の平和は守られた!」
ある者は立てないほどに疲労し、またあるものは方膝をつき、それぞれが力を使い果たした様子であったが、平太郎のその声に、大きな歓声が上がる。
「しかしながら!この一件、妖怪以外は知ることのないように口外無用である!
我らが守った者は、昨日も、今日も、そして明日も変わりなく平穏の中である。
それで充分ではないか。我らは夜の住人、妖怪なのだから」
そこで区切り、辺りを見回してさらに続ける。
「感謝などなくとも、誰にも知られておらずとも、我らは確かに町を守ったのだ!」
そこまで言うと、あちこち千切れている唐草模様のマントをばさりと翻し、
「それでは、散開!」と言い放った。
○ ○ ○
妖怪達が、深夜の闇の中をぽつりぽつりと町へ向けて散る。朝陽が登るまでに、穏やかな日常の光がうろな町を照らすまでに、彼らは静かにまた町に溶け込むように帰って行くのだった。
平太郎達もまた、穏やかに山を降りていた。
「もう駄目だ、これ以上歩けねえ」
「情けないぞ考人!」
「傘次郎を杖代わりに歩いてるヤツに言われたくねえよ!」
「静かにするにゃ、タカト。二人が起きるにゃ」
「ぐ…、悪い」
疲れ果てて、猫又姿のまま眠ってしまっていた双子がその声に目を覚まし
「おにーちゃん、つかれてるの?」
「だいじょうぶ?」と寝ぼけ眼を考人に向ける。
「あ、悪い。起こしたか。疲れてるけど、大丈夫だ。寝てろよ」
「ちゅー、する?」
「ちゅー、する?」
「し、しねえよ!あーもー!千里さんがあの時、平太郎に変なことするから…!」
「あら、何のことかしら?」
「にゃはは、大変だにゃ。おとーさんも」
「だからサツキはそれ言うなって!平太郎も意味ありげに頷くな!頼むから!
あー、不幸だ……やっぱ不幸だー!」
「平太郎は明日はどうするの?羽扇が壊れて、また妖力が無くなったけれど」
「いつも通りである。それに、少しは羽扇の妖力も残っているので心配ない。
町の為に尽力し、困っている者がいれば手を差し伸べる。
それが、天狗仮面である!依然、変わりなく!」
彼らの日常もまた、戻ってきた。うろなの山は、ただ静かに朝陽の登る時を待つ。希望に満ちた朝陽が山を照らすその時を。
何よりもまず、皆様に感謝を!
うろな妖怪・夏の陣、これにて完結!
本文内で回収できなかったものとして、
①入江杏の感覚障壁は夜明けと共に消滅。
②院部君は風が平太郎の仕業だと気付いている。
③後日、8月18日(日)の夜に妖怪の大宴会in西の山、長老広場
③は後日挿入更新するかも知れません。
リアル時間に追いつけるように時間を加速させなければ…
矛盾や分かりにくい部分もまだまだある気がします。
何かありましたら三衣まで!
でも、一番書きたかったうろな妖怪大集は書けたし、父・総一郎から子・平太郎への一喝も書けたし。
難点は、お盆を遥かに過ぎたことです。三衣の心の中は、やりきった2割、ありがとう4割、ごめんなさい4割です。
思いつきだけで行動しすぎるのは駄目ですね……
反省してます……
活動報告にて、ご参加いただいた皆様にお礼を述べさせていただきます。
ありがとうございました!
今後も、三衣と天狗仮面をよろしくお願いします!




