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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを守りたい天狗の話
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6月8日 天狗と少女、商店街に赴く。

商店街の青果屋の店主を勝手に命名。


明日は天狗と少年達がお出かけだー!


6月8日(土) 昼



 平太郎の部屋に、小学生くらいの女の子の姿があった。くるりと巻いた猫っ毛の黒いショートヘアに、前髪を狐面のピンで止めた少女である。後ろで手を組み、平太郎を上目遣いで見上げている。


「……どうしても、ついて来るのであるか?」


「お願い。平太郎。たまにはいいでしょう」


 平太郎は大きくため息をついた。

 部屋の中には少女と平太郎だけである。同居人の猫塚千里の姿は無い。しかし驚くなかれ。この少女がまさに猫塚千里その人なのである。いつもの20代の姿はどこへやら。仙狸の妖力を使って、彼女は姿形を变化させることが出来る。ぱっと見ただけでは、千里の親類だろうかと思えるような姿になっていた。

 姿を变化させた彼女は、この姿で日曜日に外出したいと言い出した。日曜日は、平太郎が町の小学生4人を連れて出かける予定であるので、そこに同席しようという腹らしい。


「しかしだな千里。あの子らとて急に知らない者が増えては困惑するであろう」


「あら。そんなに閉鎖的で内向的な子たちなのかしら?」


「そんなことはない!周りの子にも目を配れる、心優しき少年達だ!」


「なら歓迎してくれると思うんだけれど」


 猫塚は意地悪く笑い、平太郎がしまったと言う顔をする。しばらく唸ったあと、平太郎は言った。


「いくつか条件がある」


「なにかしら?」


 平太郎は、正体をばらさぬ事、妖力を使わぬ事、子供達の手助けはしても良いが、問題を解決してしまわない事の3点を千里に提示した。千里の性格上、交わした約束は必ず守る。この3点を守ることと彼女自身が楽しむことを天秤に掛けさせた。

 あわよくば、楽しめないと判断して同行を取り下げてはくれないかと平太郎は考えたが、彼女はあっさりと「いいわよ、それくらい」と返事をした。

 あまりの即決に平太郎が訝しんでいると、千里はにぱっと笑って言った。


「ちゃんと守れるわ。証拠を見せてあげる」


「証拠?」


「今から町に出ましょう。もし誰かにバレるようなら、

 同行の話はなかった事にする。これでいいでしょう?」


「予行練習という訳か。千里にしては随分と殊勝な態度ではないか」


「おねーさんはやれば出来るのよ。

 ああ、外に出たら百里(ももり)と呼んでちょうだい」


「さすがに、そのままの名で呼ぶ訳にもいかんからな。承知した」


「千里の姪っ子ということにしましょう。

 晩御飯の買い出しもあるし、商店街でいいかしらね」


 そういってくるりと鏡の前で回ってみせる千里、もとい百里(ももり)。内心不安に思いながらも、平太郎は唐草模様のマントを羽織り、玄関先で、5つある天狗面の一番手前にあるものを着ける。玄関先に置いてある番傘をとって、平太郎たちは家を出た。

 天狗面をローテーションで使っていることについて、平太郎はこう述べる。天狗たるもの、常に身だしなみには気をつけねばならんのだ、と。


 連日の雨で外は湿度が高く、湿り気のある空気と雨の匂いが鼻腔を満たす。百里は鼻歌交じりに機嫌よく平太郎の前を歩いている。妖怪にとっては非常に心地よい空気なのだ。


「百里、濡れるから傘に入るのだ」


「あら、優しいのね。この姿だから気を使ってくれているのかしら?」


「はしゃぎすぎてボロを出さないかが心配なのだ」


「だいじょーぶだよ! 天狗のおにーちゃん!」


「そのキャラ付けは無理があるぞ」


「そうね、失策だわ……」



   ○   ○   ○



 土曜の昼の商店街は人通りこそ多いものの、近所の大型ショッピングモールに客が流れていることもあって雑然とした雰囲気ではなかった。番傘をたたんで商店街へ入る。

 二人はアーケードを歩きながら商店街の人たちと会話をしていく。青果店の前で店主に呼び止められた。


「おう、天狗じゃねえか。こう雨が続くと、野菜達がすぐダメになっちまうぜ。

 ん?隣のチビちゃんは見かけねえ顔だな」


「はじめまして! 猫塚百里(ねこづか ももり)です」


「千里の姪っ子なのだ。訳あって預かっている」


「そうかいそうかい! 礼儀正しくていい子じゃねえか!

 百里ちゃん、これ持っていきな」


 とん、と百里の手に筍が乗せられる。両手で抱えた彼女は満面の笑みで礼を言った。


「ありがとう! 広岡のおじさん!」


「あいよ、どういたしましてだな。……あれ?」


 青果店の主人、広岡が首を傾げる。彼は目の前の少女に自らの名を名乗った記憶はない。それに気づいた百里が慌ててフォローする。


「あっ! え、えっと、千里おねーさんに聞いてました!」


「へー。千里ちゃん、なんか言ってたかい?」


「えと、おじさんの事、優しくてイイ人だって言ってました!」


「がはは! こんなジジイおだてても何も出ねーってのによ!」


 そう言いながら百里の手にトマトをさりげなく追加する辺り、まんざらでもなさそうである。それからも商店街で買い物をする度に百里は「見かけない子だね」と話しかけられ、「千里おねーさんの姪です」と卒なく答えを返していた。何故か買おうとしている食材の他にあれこれ増えていくのは、もう商店街の特性だとしか言いようがなかった。

 普段、商店街の人たちがどれだけ地域交流を深めているかがうかがい知れると言うものだ。千里はこの町のつながりを甘く見ていたに違いない。


 買い物を済ませて、二人はオクダ屋の前を通りかかった。


「百里、子供らしく菓子でも買ってくるか?」


「やめておくわ。あの人には見抜かれそうな気がするもの」


「否定は出来んな。では早々に帰るとしよう」


 結果的に百里の正体が千里だとばれることはなく、平太郎はしぶしぶ日曜日の同行を許可することとなった。

 アパートに戻り、百里は大きく伸びをしてソファに倒れ込む。やはり、普段と違う行動をとるのはそれなりに疲れたようだ。

 商店街で買った食材を冷蔵庫に入れながら平太郎が問う。


「そんな調子で本当に明日は大丈夫なのだろうな?」


「楽しむための労力を惜しんではダメよ平太郎。

 楽をして楽しもうだなんて仙狸(せんり)の名が廃るもの」


「よく分からんヤツだ」


「平太郎こそ、妖怪としてよく分からないわ。

 そこが面白いのだけれど」


「ともかく、明日は約束を守るのだぞ」


「ルールを守らないゲームは楽しくないもの。

 今日の夕食当番は平太郎だったかしら?」


「うむ。今、筍のあく抜きをしている。ゆっくりしておくのだ。

 もう今年の筍も食べおさめだ。酒はどうする」


「ビールをいただくわ」


 冷蔵庫から缶ビールを取り出して栓を開けようとする彼女の手を平太郎が止める。見た目小学生の百里がビールを煽る姿は絵的にまずい。


「いつもの姿に戻ってからにしてくれ」


「別にいいじゃないの」


「……不安だ」


 平太郎が大きくため息をつく。しぶしぶいつもの姿に戻った千里がビールを傾けるのを傍目に見て、何事も起こらず明日が過ぎることを望みつつ、平太郎はせっせと料理を作るのだった。




と、いう訳で「夏休み」の話に同行者が増えました。

あちらの方では、あくまで百里ちゃんとして参加です。



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