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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを力を合わせて守る妖怪たちのはなし【うろな妖怪・夏の陣】
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【うろ夏の陣・8月15日】仙狸、参戦する

8月15日(木)



 西の山、山頂付近。際限なく湧いて出る妖怪達を相手に、半猫又や人狼、獣人に銀狐は町の妖怪と力を合わせつつ戦っていた。

 敵の数は未知数。そしてどこからでも湧いて出るとなれば、それぞれが山に散開して戦うのは不利である。そう判断した町の妖怪達は山頂付近を中心に陣を取り、鍋島サツキの指示の下、全員が山頂より町の方へは通さない決意を持っていた。


 しかし、気力だけで保つにも限界がある。

 徐々に陣は崩れ、怪我をしたものの回復も追いつかない。


 降矢の双子以外にも、妖力を回復できる妖怪はいるが、絶対的に数が足りていなかった。

 その中の1人である鼠顔の妖怪が腕に深い傷を負ったサツキを癒しながら言う。


「サツキさん、こりゃマズイぜ。みんなの士気が落ちてる。

 無理もねぇ。あいつら、次から次へと湧いて出やがる。

 このままじゃ……」


「そんなこと!わかってるにゃ!」荒く言い放ち、はっとしたように鼠顔の妖怪を見る。


「…すまないにゃ。でも、やるしかないんだにゃ」


 治癒された腕を見て、再び戦場へと戻ろうとするサツキ。彼女も内心ではこのままではいずれ押し切られてしまうと感じていた。

 そこに、懐かしい声が響く。


『サツキ、お前は誇り高き人狼の末裔。もっと胸を張れ』

『大丈夫よ、サツキ。あなたなら』


「…父ちゃん!?母ちゃん!?」


 陰陽師によって滅され、サツキただ1人を残して世を去った家族の声。あの日からひと時たりとも家族の事を忘れた日はなかった。

 生前の父は、うろな町の妖怪の多くを束ねる一大派閥の頭領であった。今、サツキが山の山頂付近で指揮をとっているのも、‘鍋島の娘’の名に拠る所が大きい。残された妖怪達も、新しいまとめ役をどこかで望んでいるのだろう。


『お前がそんな態度でどうすんだ。ほれ、周りを見てみろ』


「兄ちゃん…」


 言われるがままに、サツキはぐるりと辺りを見回した。満身創痍で戦いながらも、かろうじてまだ決意は消えていないうろな妖怪達の姿がそこにはあった。

 それぞれが、自らを鼓舞し叫んでいる。「町は渡さない」「もう、誰も失いたくない」ただの叫び声の中に込められた想いを、確かにサツキは聞いた。


『サツキ、仲間の平穏を脅かすものを許すな。お前ならできる』

『みんなが安心して暮らせるように、あなたは頑張るのよ』


 サツキの頬を、涙が濡らす。もう二度と会えないと思っていた家族の声に、胸の奥から止めようのない気持ちがあふれ出した。


『泣くなよ、サツキ。お前は笑ってみんなを守らなきゃな。

 兄ちゃん達に出来なかったことを、サツキがやるんだ』


 サツキはぐいと涙を拭って、大きく頷いた。決意を新たにしたその瞳には、もう迷いや絶望の色は見られなかった。

 すぐさま駆け出し、敵妖怪達を次々と倒しながら、サツキは仲間達を鼓舞していく。


「にゃー!油断大敵だにゃ!最後まで頑張るにゃ!」

「みんなで力を合わせればあっという間にゃ!目の前に集中だにゃ!」


 縦横無尽に走り回り、揚々としているサツキに、それぞれが安堵を覚え、自らの行うべき事を果たそうと奮起する。

 芝姫や桜咲も「彼女もぼろぼろのはずなのに…」「鍋島さん、すごい。負けてられないんだから!」と奮い立ち、狐ノ派も静かに「流石ね、私もまだまだやれるわ…!」と得物を構えなおして敵に向かっていくのだった。


 サツキの奮闘に、うろな妖怪軍はその士気を再び高めていく。未だに、1人も死者が出ていないという点も大きかった。全員の目に、皆が揃って帰る希望が燃えていた。





   ○   ○   ○




 無山では平太郎と考人が、山頂付近ではうろな妖怪達が、無山の南では伏見の鬼兄妹が前鬼、後鬼を討ち倒し、鬼ヶ島が部隊を指揮している頃。

 院部団蔵は走っていた。きひぇぇ、と奇声を上げながら、後ろから迫り来る敵妖怪から逃げ惑っていた。


 彼が青坊主から解放された後に早々に逃げ帰らなかったのは、義憤に駆られてのことではない。風で飛ばされたカリキュラ・マシーンを探していたからだ。

 前回の教訓を踏まえて、カリキュラ・マシーンには発信機が取り付けられており、院部はその電波の示す場所へと向かった。しかしその途中で急に周りに妖怪が湧き、問答無用で襲い掛かってきたのである。

 襲ってきたのは言語を解さぬ獣のような妖怪であったため、院部の妙ちくりんな話術が炸裂することはなく、彼は全力で逃げに徹した。


 逃げながらカリキュラ・マシーンの元へとたどり着いた院部は、近くに変なものを発見した。

 大小の石が積み上げられ、院部の背丈ほどの塔になっている。塔の周りの地面には、塔を中心として変な模様の入った紙が敷かれ、周りの木々にも紙の札が貼り付けてあった。


「む?追ってこない?わ、我の恐ろしさにようやっと気がついたか。

 これだから下等な生物は困り者ですな。我のようにエレガントに

 立ち振る舞えぬものですかな」


 大きく息を切らせながら、誰に言うともなく言ってのける院部。

 彼がいる場所は、役小角が仕掛けた「六道辻の陣」の内部であった。術の本体である積み上げられた石の塔。それは、六道と現世との繋ぎ目にあたる道標のような働きをしていた。

 何故、人間避けと妖怪避けの両方の結界が張られた場所に院部がたどり着けたのか。それは、単純に彼がどちらの存在でもないからであった。


「石ころ遊びとは原始的この上ない。しかし、この塔にはいささかセンスがありませんな」


 そう言うと、院部は石を崩し、ああでもない、こうでもないと石遊びに興じ始めた。陣が崩れ、現世との繋がりを失った小角の術はその効力を失い、これ以上妖怪が溢れてくることは無くなった。

 しかし、院部は自分の為した偉業に気付かない。自らの芸術センスを如何なく発揮して院部アートを作り上げることに夢中であった。





   ○   ○   ○




 院部が小角の術を破るのを、千里はモニターで眺めていた。それまで含むような笑い方で眺めていた彼女だったが、院部の行動についに声を上げて笑い出した。

 「役小角も、まさか宇宙人対策なんてしていないものねぇ」ひとしきり笑った千里は、入江に自分を山に転送するように依頼した。後日の妖怪を紹介すると言う約束をもう一度確認し、船を降りる旨を伝える。


「妖怪のサンプルは確かに受け取りました。

 しかし、前述した通り、数百体ものサンプルは必要ありません。

 残りはどうするのですか?」


「おねーさんが持っていくわ」


 にやりと舌なめずりをして、千里は「おいしそうだから」と言った。


 そして、転送技術を使って無山の近くへと降り立つ。役小角が「鬼門の符」で町に放とうとした妖怪達は、小角が消滅したことにより、影より外に出る術を失った。彼らは第三者が呪符に妖力を込めることでしか外に出られないようになっていた。

 その内の一部を解放して入江の実験室へと転送し、残りの妖怪達は符に収めたまま千里は西の山に降り立ったのだった。

 

「さて、と。もうすぐここを通るはずなんだけど」


 千里はそう言って手に持っていた小角の呪符を食べ始める。正確には、口の中に入れてから妖力を流し込み、符の中の妖怪を食べているのだが、傍目には紙を食んでいるようにしか見えなかった。


 半分ほどの符を食べ終わった時、千里は目的がやってきた事を確認する。


「あらあ、偶然ねえ。ひどい怪我だけれど、どうしたのかしら?」


 そこに現れたのは、瀕死の状態の後鬼だった。兄である前鬼の気配が消え、自分もまた瀕死である。喉元を貫かれ、よろけながら歩いていた彼女は千里の姿を見つけると、目を丸くした。

 しかし、後鬼の心中には安堵の気持ちもあった。少なくとも、取り交わした約束の効力で、千里が自分を手にかけることはない。そう踏んでいたのである。

 左目を失い、半死半生の後鬼を品定めするように眺めてから、千里は手を翻して黒い玉を取り出した。入江の宇宙船の中で取り出したものである。


「これ、なぁんだ」目を細めてくすくす笑う千里。後鬼の顔に困惑と焦りが浮かぶ。


「あら、答えてくれないの?おねーさん、悲しいわ。

 知らないはずないわよねえ。あなたのお兄さんが町に放ったんだもの」


 荒御霊。精霊達を邪霊にするために、町に放たれたものであるが、千里はそれを見つけ、回収していた。精霊の類が触れれば邪霊となるそれは、存在が陰に近い妖怪に対しては力を与えることも奪うことも出来るものである。


「面白いわ、これ。生かすも殺すもおねーさん次第。

 ふふ、ねえ、助けてあげましょうか?どうして欲しい?」


 後鬼は冷たく浮かぶ千里の笑みに恐れながらも、千里の意図が読めずに曖昧に頷く。しかし、千里はそれを裏切るかのように


「あら、これにも答えてくれないのね。こう暗いと、声に出してくれなきゃわからないわ。

 答えてくれないなら……つまらない」そう冷たく言い放つ。


 何故だ。千里は自分を殺す気でいる。それは彼女には不可能なはずだ。どうして。

 思わず後ずさり、バランスを崩して倒れる後鬼。そのまま這うように後退するが、千里はゆっくりと後鬼の前へと歩み寄る。

 後鬼が喉から空気を洩らしながらも掠れる声で何かを呟いたが、それは言葉とは呼べないただの音だった。


「あら、‘約束'のことを言っているのかしら?よぉく思い出してみなさいな。

 約束をしたのは、あなたじゃないわ。あれは、私と前鬼の約束。

 前鬼がいなくなれば、約束は無いも同然じゃないかしら?」


 後鬼が戦慄する。詭弁だ。そう思っても、喉からは空気が掠れた音でひゅうひゅう鳴るだけで、言葉が紡がれることはない。

 千里はそれを見て換わらず目を細めて笑っている。


「ふぅん。勘違いさせたみたいねえ。おねーさんにも非はあるみたいだし、

 そうねえ。3つ数える間にあなたが何か言ってくれたら、言う事に従うわ。

 何も言わなければ、好きにさせてもらうわよ」


 指折り数え始める千里を見て、後鬼は自らの喉を持てる全ての力で握る。一言、一言でいいのだ。『殺さないで』そう、口にすればいい。それだけで、いい。


 千里の指が一つ折られる。喉から、少しだけ、上へ。ほんの、少しだけ。

 二つ目の指が折られる。「こ、殺…」搾り出したような声がこぼれる。

 三つ目の指が折られようとする寸前で「殺さ、ないで」と低く潰れた声で後鬼は言った。


「よく出来ました。でも……」何の抑揚もない声で、三つ目の指を折りながら千里が言う。


「嫌よ」



 ‘約束'のない嘘吐き千里の言葉は、いつでもひっくり返る可能性を秘めている。努々、忘れてはいけない。



 荒御霊の前に、後鬼の体が糸のようにほつれてゆき、中へと吸い込まれ消えていった。珠に吸い込まれる直前に後鬼が見せた恨みがましい憤怒の表情を、千里は忘れることはないだろう。


「たまらないわね。嘘吐き冥利に尽きるわ」


 千里は妖怪姿のヤマネコになり、自らの体を大岩ほどの大きさに変えた。そのまま、荒御霊を一呑みにし、残った符も喰い散らかす。


 残すは山に蔓延る妖怪だけ。千里はヤマネコ姿のまま走り出した。


「あとは、平太郎に楽しませてもらいましょう」


 山に残る妖怪達の数は多いが、院部の本人すら知らぬ活躍のおかげで、新たに敵妖怪が湧くことはない。人知れぬ妖怪達の戦いに、決着の時が来ようとしていた。




あと一話で夏の陣を終わります。10月です。時間をかけ過ぎです。各方面から怒られそうでびくついております。


夏の陣、最終回

「うろな山、朝陽を待つ」


ラスト、頑張ります。


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