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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを力を合わせて守る妖怪たちのはなし【うろな妖怪・夏の陣】
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【うろ夏の陣・8月15日】危機、渦巻く

8月15日(木) 深夜



 稲荷山考人は走っていた。妖狐の姿になり、木々の間をぬけていく。無山に近づくにつれ、不穏な気配が漂いつつあった。深い絶望の気配。考人は「何が起こってるんだよ」と口にして、なおも急ごうとする。

 視界の隅に、何か見たことのあるような赤いものを捉え、考人は一瞬足を止める。


 そこに落ちていたのは、ぼろぼろの番傘と天狗の面。それは、間違いなく平太郎が天狗仮面として活動する時に使っているものだった。


「次郎!おい、傘次郎!何があった!?」


「考人坊ちゃん、兄貴を…助けてくだせえ」


 傘次郎は赤坊主と青坊主に人質を取られ、平太郎が妖力を暴走させた事を伝えた。


「分かった。まずは、その人質をどうにかしないとな」


 人間体になり、傘次郎と天狗面を掴んで、再び考人は走り出した。




   ○   ○   ○




 天狗は翼をはためかせて空を舞う。上空から放たれる天狗風は狙いが定まっておらず、時には地面をえぐり、木々を倒した。


「赤坊主、どうする、自滅を待つか?」


「ふん、そうするよりないが、面白くない。意識のあるうちに殺してやりたかったがな」


 無理に妖力を出している平太郎のこの状態では、いずれ妖力を使い果たして消滅する。普段と桁違いの風を起こすことが出来るのも、自らの命を妖力に変えているからだ。


 その時、青坊主の後ろから一匹の狐が飛びかかる。それは、無山へと駆けつけた考人だった。青坊主はいち早くそれに気付き、振り返って拳を振った。瞬間、狐が煙のように掻き消え、木の陰から傘次郎を構えた本物の考人が距離を詰め、青坊主の鳩尾に突きを繰り出した。

 青坊主が「ぐぅッ」と呻いてひるんだ隙に、考人は人質となっていた院部を助け、「逃げろッ!」と叫んだ。


 解放された院部は、一も二も無く脱兎の如く逃げ出した。先ほどの豪風で頭につけていたカリキュラ・マシーンは吹き飛んでしまい、彼の顔は恐怖と涙と鼻水で彩られていた。


 青坊主が姿勢を整えて考人を睨む。


「妖狐か。これは一杯くわされた」


「頑丈すぎるだろ。全力で突いたってのに」考人が舌打ちする。


「体の頑丈さが売りでな。さて、天狗の自滅を待つのも退屈だ。

 少しばかり相手をしてもらおうか」


 傘次郎を構え、身構える考人。まいったな、さっきの一撃があんまり効いてないとなるとマズイ。幻術で奇襲を仕掛けた所で、倒せなきゃ意味がない。何か、何か方法はないか…。

 考人の頬を、冷や汗が流れ落ちる。


 考人が策を考えていると、無山の周りに、急に多数の妖気が満ちていく。この上なく邪悪な妖気。恨み、妬み、嫉みと言った負の感情を撒き散らす妖怪の一群が何の前触れも無く無山を取り囲んだ。

 いや、無山周辺だけではない。うろなの西の山全域に、負の感情を持つ妖怪があふれ出したのだ。


 考人は、赤坊主や青坊主の策かと思ったが、目の前にいる青坊主も、急に起こった出来事に「何事だ…?」と眉をひそめている。


 異変の正体は、役小角が山に仕掛けた(まじな)いだった。山に前鬼、後鬼、雪鬼と共に訪れた際、猫夜叉と平太郎の注意を雪鬼と前鬼、後鬼に向けておいて、その隙に仕掛けたものである。

 その呪いの名を「六道辻の陣」と言い、輪廻の輪に含まれる六道である天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道を現世と繋ぎ、死者や、この世に恨みを残す妖怪を喚び出すものであった。

 小角がうろなを攻め落とすために用意した策の中でも最大規模のもので、術の根幹を成す呪符には、人間避け、妖怪避けの両方の結界を張り、誰も近づけないように細工がなされている。


 赤坊主や青坊主、平太郎や山で戦う妖怪達の妖気に反応して発動する仕組みになっており、前鬼、後鬼が西の山からの総攻撃を隠すことなく洩らしたのも、彼らが小角の傍でなくうろなの山に現れたのも、この陣を発動させることが目的であった。


 大入道達も、周りに渦巻く妖怪の気配を察知し、それが小角の仕業だと気付く。


「ワシら諸共、死に底無いの妖怪の餌にするつもりであったか」

「どいつもこいつも虚仮にしおって!外道めが!」


 考人は山頂付近に残してきた双子やサツキの事を思い出し、一刻も早くこの場を切り抜けて戻らねばならないと考えた。

 周りの気配はどんどん強くなるばかりだ。




   ○   ○   ○




 山頂付近では、急に現れた新手の妖怪軍に不意をつかれながらも奮戦する6人の姿があった。

 双子を中心に、サツキ、芝姫、狐ノ派、桜咲が四方を固める。傷ついた者は双子の力によって癒され、また戦線へと戻っていく。


 しかし、先ほどの傷ついた手負いの妖怪達と違い、万全の状態の、しかも現世に恨みを持つ妖怪達の力は強く、徐々に押され始めていた。


「どうなってるんだにゃ!いきなりあちこちから湧いてきたにゃ!

 あっしらを置いてタカトは何をやってるんだにゃ!」


 サツキが叫びながら目の前の妖怪を相手取る。考人も無山で妖怪達に囲まれて危機に陥っているのだが、そんな事を知る由もない。

 六道辻の陣の影響で、うろなの西の山にはとめどなく現世に恨みを残すものが溢れ出るのだった。




   ○   ○   ○




 無山に妖怪達が侵入する。平太郎の天狗風が見境無くそれらを切り刻んでいく。大入道と考人は互いに牽制し合いつつも天狗風を交わし、さらに湧き出る妖怪達の相手をしていた。


 時には風の刃が体をかすめ、気を抜けば大入道や妖怪達に攻撃を食らう。しかし、余裕が無いのは大入道の二人も同じらしく、考人は「一対一なら勝ち目すらなかったからな。でも、コレはコレでジリ貧だ」と打開策を考えながら四方八方から迫り来る攻撃を交わしていた。


 突如、平太郎の繰り出す風がおさまる。切り刻まれた妖怪達の屍を越えて、さらに多くの妖怪達が大入道や考人をそれぞれ取り囲む。


「ふん、クソ天狗め、力尽きおったか」


 赤坊主がそう言うと同時に、平太郎は空中から滑るように赤坊主へと滑空し、その横をすり抜け、再び宙へと舞い、また次の妖怪へと滑空する。

 その手には天狗羽扇が握られており、扇の周りを風が取り囲んでいる。平太郎に意識は無いが、残り僅かになった妖力を扇に集め、その扇を刃と化して全体攻撃から各個への攻撃に切り替えたのだった。


 ずるりと上半身が落ちる赤坊主。風を纏ったその羽扇の切れ味は、研ぎ澄まされた太刀のそれのようだった。

 何が起こったのか理解できぬまま事切れた赤坊主に、湧き出した妖怪達が群がり、その身を貪り食った。他にも、平太郎がその風で切り刻んだ妖怪達は後から後から湧いて出る妖怪達の餌となっている。

 

「赤坊主!?」


 一瞬の出来事に驚き、考人から目を離して振り返る青坊主。そして、その一瞬の隙を突いて真上、上空の死角から平太郎が羽扇を振り下ろし、考人の目の前で青坊主を縦に二つに割り裂いた。


「平太郎!やめろ!お前、このままじゃ死ぬぞ!」


 考人が叫ぶが、平太郎は意識を失ったまま次々と妖怪達の脇を抜け、彼らを切り捨てていく。

 考人や傘次郎が狙われなかったのは、彼の最後の意識がそうさせているのか、はたまた大きな妖力に反応して無意識に立ち振る舞っているだけなのか。


「平太郎!」「兄貴ッ!正気に戻ってくだせぇ!」


 声を振り絞り、二人は平太郎の名を呼ぶ。何度も、何度も。

 考人は傘次郎を振るい続けるが、徐々にその動きにも陰りが見られた。


「くっそ、数が多すぎる…これじゃ流石に……」


『弱音を吐くな、この馬鹿弟子めが』


 急に、考人の上から声が降ってきた。「え…?」その声には覚えがあった。


『正中線を崩すなとあれほど言っておいたであろう。

 よもや鍛錬をさぼったりはしておるまいな、考人よ』


 声はすれども、姿は見えない。しかし、その声は紛れも無く彼の剣の師であり、平太郎の父である大天狗・琴科総一郎のものだった。


「師……匠?」「総一郎の旦那…ですかい?」


『何を呆けておる。次郎もしっかりと気張らぬか。

 来るぞ。逆手で受けよ。そして蹴るのだ』


 ああ、懐かしい。吐くほど稽古をさせられた動きが指示の声一つで自然と出る。剣道では反則になるものが多く、疎遠になっていた天狗流の剣術だったが、まだ考人の体にその教えは残っていた。


『済まぬな。あの馬鹿息子をなんとかしてくれんか』


「何とかって言ったって……」


『懐のその天狗面。それを被せれば良い。その面、玉鋼(たまはがね)であろうが。

 玉鋼には、妖気を払う破魔の力があるのでな。それであの馬鹿息子を止められる』


 考人は、総一郎が大きく息を吸い込む音を聴いた。そして、その次に為されるであろう行動を思い出し、屈んで耳を塞いだ。




   ○   ○   ○




 山全体を揺るがすかと思うほどの轟音。総一郎が放った『喝ッ!』の一声は辺りの妖怪の動きを止め、弱った者はそのまま霧散するものもいた。天狗の声に威嚇の効果があると言え、一喝だけでここまで効果を現せるのは、天狗界広しと言えど、総一郎くらいのものであった。

 平太郎も同様に動きが止まる。よろりと立ち上がった考人は地面を蹴り、面を右手に構え、ふらふらと動く平太郎の顔面に、思い切り天狗面を叩き付けた。


「これで、いいのか…?」


「考人坊ちゃん、そんなに殴るようにしなくても

 よかったんじゃありやせんか?」


「いや、何かつい……」


 平太郎の背中の羽がばさりと消え、天狗羽扇を取り巻いていた風も消えた。がくりと膝を付き、「む?考人ではないか?これは…一体…」と正気を取り戻す平太郎。


「約束通り、止めてやったぞ」息を切らしながら言う考人。


「……かたじけない」


「まったく、町を守るんだろ?自分まで暴れてどうするんだよ」


「返す言葉もない」


「言葉なんかいらないさ。約束したろ」


「…うむ。町を守る。それが第一であったな」


「ほんと不幸だよ、平太郎。手の掛かる兄弟子を持つとさ」


「違うぞ、考人よ」


「は?」


 平太郎は、天狗面の位置を直しながら立ち上がり、動き始めた妖怪の一群を見渡して言う。


「この面をつけている時は、私は琴科平太郎ではない。

 うろなの町を愛しそして守る、ただの天狗仮面である」

 

「あー、そうだったな」考人がやれやれといったように笑う。


「兄貴!よくぞご無事で!この傘次郎も死力を尽くしやすぜ!」


「うむッ!」


 平太郎は天狗羽扇を。考人は傘次郎を構え、背中合わせに周りを見渡す。

 湧き出る妖怪達に囲まれ、依然状況は芳しくないが、不思議と絶望感はなかった。


「かかって来い!うろなの町はこの天狗仮面が守り通してみせる!」


 そう叫び、背中を預けて二人は妖怪郡を相手に立ち回る。

 私怨ではなく、純粋に町の為に戦う二人の姿がそこにはあった。




他の所の戦況も気になるところですが、赤坊主、青坊主とは決着。


次回、院部くん大活躍!そしてついに千里が動き出す…

「仙狸、参戦する」乞うご期待!


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