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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを力を合わせて守る妖怪たちのはなし【うろな妖怪・夏の陣】
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【うろ夏の陣・8月15日】決戦、うろな山

8月15日(木) 深夜


 

 丑三つ時から時間を遡ること少し。うろな山、無山では赤坊主と平太郎の戦いが続いていた。無山の南では伏見の鬼兄妹が前鬼、後鬼と対峙している。

 無山に向かって砂女と院部団蔵が歩き、山頂付近では稲荷山と鍋島、双子が現れた妖怪を相手にしている。


 それぞれの戦いが続いていた。




   ○   ○   ○




 妖狐・稲荷山考人は、妖怪姿に戻り、手負いの妖怪数体を相手にしていた。人狼族の鍋島サツキも、半猫又の九十九神である降矢くるみ、みるくの双子もそれぞれ狼と猫又の姿になって山頂に落ちてきた敵妖怪に立ち向かっている。


「にゃー、この前に比べれば、ずいぶん楽だにゃー」


「油断するなよ、サツキ。無傷に近いヤツほど元の妖力が大きい。

 平太郎の風をくらっても平気だってことだからな」


「うーん、でも、見る限りほとんどのヤツが深手を負ってるにゃ。

 こりゃ、あっしらの出番はあんまりないかもにゃ」


「それならそれでいいんだけどさ」


 目の前の妖怪達を片付け、一段落ついたなと話す考人達の前に、光の珠が出現する。それは徐々に大きくなり、その中から3体の人外が現れた。


「新手か!?しかも無傷だ。サツキ!気をつけろ!」


「……にゃー、あれは…」


 光の中から現れたのは、芝姫、狐ノ派、桜咲の3人だった。彼女達は辺りを見回して考人の姿を見つけると、考人に向かって言った。


「妖狐は…あなたね。考人って、あなたの事?」


「そうだ、お前も狐の(あやかし)みたいだな…敵か?」


「違うの!えっと、伝言を預かってる」狐ノ派の後を継ぐように、桜咲が続ける。


「伝言?誰からだ?」


「え、と、名前は教えてくれなかったけれど、平太郎の味方だって言えば伝わるって言われたの」


「胡散臭いな…証拠はあるのか?」「タカト、タカト、その人達は…」


 サツキの声を遮り、双子を庇うように前に出た考人が疑惑の眼差しを3人に向ける。慌てた芝姫がぴょこんと耳を出して弁解を始めた。


「その、信じてもらえなかったら言えって言われたんだけど、‘次はもっと美味しいお弁当作ってあげるから、楽しみにしてなさい’って」


 考人は、その台詞で全てを察した。芦屋がこの町に来て間もない頃、あのびっくり箱もどきのお弁当を手渡した大の悪戯好きの妖怪を思い出したのだ。


「えっと、他にも色々聞いてるんだけど…」


「い、いや、大丈夫だ。信じる。信じるから、そこから先は言わないでくれ。

 それで、伝言って何なんだ?」


「‘平太郎の所に行きなさい’って。ここは、私達に任せて」


 平太郎がピンチなのだろうか。わざわざ伝言までして来るというコトは、よほどの事なのではないかと考人はサツキと双子を見て「サツキ、頼む!」と言い残して走っていった。

 彼が走っていった後、サツキは人間体に戻り、3人に話しかける。


「あっしは2年の鍋島だにゃー。学校で見かけた事があるにゃ」


「あ、鍋島さん。サツキって言うから、もしかしてと思ったけど」


「貴方も妖怪だったのね」


「気付いてたなら、言ってくれればよかったのに」


「タカトがあっしの話を聞かないからだにゃ」


 双子をあわせた6人は、山頂付近で敵を迎え撃つことにした。双子は考人が走り去った方向を見て「おにーちゃん」と呟いた。


「心配かにゃ?大丈夫にゃ。あっしがちゃんと守ってやるにゃ」

「…うん、ありがとう」

「ありがとう、おねーちゃん」


 そう言ってもなお、双子は考人が去った方向を眺めるのだった。




   ○   ○   ○



 

 その頃の無山。傘次郎は舌打ちし、悪態をつく。


「この図体だけの木偶の坊め!なんてぇ頑丈な体してやがる!」


 赤坊主との戦いを繰り広げる平太郎と傘次郎は赤坊主の体力の高さに辟易としていた。赤坊主は確かに平太郎の攻撃を受けてはいたが、その体格のせいか、あまり効いているようには見えなかった。左肩の包帯を右腕で掻きながら赤坊主は言う。


「貧弱、脆弱、そして軟弱!蚊に刺されるほども効かぬな!」


 赤坊主は片方だけ残ったその豪腕を振り低い風切り音を鳴らして殴りかかってくる。平太郎の体格では、彼の一撃で勝負が決まりかねない。

 間合いを取っては隙を見て一撃入れ、そのまま離脱する。そんな戦法で戦う平太郎の方には徐々に疲労の色が見え始めていた。


 赤坊主の拳と傘次郎が強く打ち合い、鍔迫り合いのように互いが力を込める。



 その時、青坊主の後ろから妙に間の抜けた声で平太郎を呼ぶ声がした。


「おや?これに見えるは天狗仮面ではなかろうか。砂女さん、これは如何に?」


 砂女に連れられてのこのこと無山まで歩いてきたのは、院部団蔵であった。予想外の乱入者に、平太郎の意識が一瞬そちらへ向く。


「団蔵殿!?」「あんの阿呆!しれっと捕まってんじゃねぇよ!」


 視線を離したその一瞬。背後から平太郎の肩を何かが貫く感触がした。赤坊主の腕は傘次郎と打ち合っている。一体何が起きたのか。

 ずるりと引き抜かれる、赤く染まった布。それは、赤坊主の左肩、包帯の一部が伸びたものだった。

 耳障りな、ガラスを擦り合わせたような声が聞こえる。


「きひひ、背中に気をつけろ、と忠告しておいたがなぁ。あぁ愉快、あぁ愉快」


 それは、赤坊主の体に巻きつき機を狙っていた一反木綿であった。


「貴様…卑怯な…」


 平太郎が膝から崩れ落ちる。それを蹴り飛ばす赤坊主。地面を転がり、傘次郎を手放す平太郎。


「正々堂々だの真っ向勝負だの、必要ないわ!貴様を八つ裂きに出来ればそれでよい!」


「ぐ…ぅ…」


「兄貴ッ!てめぇ、よくも兄貴を!」


 唐傘化けの姿になり、赤坊主へ向かおうとする傘次郎を、青坊主が声で制する。青坊主の腕には、院部団蔵が捉えられていた。


「知り合いとは好都合。良いのか?この気味の悪い者の首、へし折るぞ」


「ひゃひゃひゃ、男に腕を回されても嬉しくもなんともないですな。

 我、もしかして絶体絶命?ふひひ」


「何へらへらしてやがるこのど阿呆!ええい、てめぇなんか知ったこっちゃぁねえ!」


「次郎!やめろッ!」平太郎が鋭く言い放つ。


 奇しくも、平太郎は自らの父と同じ境遇に立たされた。人質を取り、うすら笑いを浮かべる大入道の二人。その横で笑う砂女と院部。「なぜ団蔵殿まであのような気味の悪い笑顔なのだ」と不可解に感じはしたが、彼も、紛れもないうろな町の住人である。


「見捨ててはおけん。私は、町を、うろな町を守ると約束したのだ」


 起き上がった平太郎に、赤坊主の豪腕が襲い掛かる。重い一撃に、平太郎の体は宙を舞った。


「結構結構。己の矜持を貫くたぁ立派なこった。

 そのまま父親の所に逝きなぁ!」


 どさりと音を立てて地面に落ちる平太郎。その拍子に彼がつけている天狗の面が外れ、近くに転がる。地面に倒れ、動く気配のない平太郎を見て、大入道の二人は高らかに笑った。


「あっけねぇ、あまりにもあっけねぇ!こんなものか!」

「仇も討てず、ただのたれ死ぬだけとは、随分と貧相な幕切れだな」


 しかし、急速に場の空気が変じていくのをその場にいる、院部を除く全員が感じていた。大気が震え、風が渦巻く。その力場の中心にいるのは、倒れて動かなくなったはずの平太郎だった。


「兄、貴…?」傘次郎が呟く。


「赤坊主、これは…」

「忌々しい。クソ忌々しい。同じ手は二度と食わん!」


 妖力の暴走。平太郎は絶望していた。自らの力がまたしても及ばなかった事に。

 強い意志があっても、力が無ければそれを為すことは出来ないというのか。

 力がなければ、町を守ることは出来ないのか。


 力を。

 私に、力を。


 意識のないまま起き上がり、赤坊主を睨む。巻き起こる風が渦巻き、龍のように赤坊主を襲う。身を固め、防御に徹しながら、彼は平太郎へとじりじり近づいていく。

 かつて、その腕を切り取られた時は完全に油断していた。防御もせずに風の刃を正面から受け、左腕を飛ばされた事を思い出す。「クソ天狗が」妖気を全身に纏い、止めを刺すために赤坊主は平太郎に近づいた。


 平太郎は叫んだ。意識のないままに、感情の赴くままに。仮面を外したその目に映るのは、父の仇である妖怪だけだった。傘次郎や院部の姿を認識することなく、平太郎は暴走するその力を抑えようともせずに解き放つ。辺りを無差別に風の刃が襲った。


 赤坊主に巻きついていた一反木綿が細切れに千切れ飛び、断末魔の叫びは豪風にかき消された。赤坊主の体にも、無数の傷が刻まれていく。

 その後方で、青坊主は咄嗟に横にいる砂女を掴み、風の刃から身を守る盾とした。「青坊主様ッ!?」それが、砂女の最期の台詞であった。


 傘次郎は平太郎の天狗の面と共に風に巻き上げられ、何処(いずこ)かへ飛んでいく。何か叫んでいたようだったが、やはり風にかき消され、その声が平太郎に届くことはなかった。


 風が止み、その場に立っていたのは天狗本来の姿へと戻り、黒い翼を広げた平太郎と、傷を負った赤坊主、青坊主と、結果的に砂女を盾として守られた形になる院部団蔵だけであった。


「力を…、誰にも負けぬ力を」


 そう繰り返すだけの平太郎は、夜の闇の中、それに溶け込むような漆黒の羽を広げて絶望のままにその力を振るう。

 今の彼は、うろな町を愛する天狗仮面・平太郎ではなく、ただ力を欲し、力に飲み込まれようとするただの妖怪であった。



走れ、稲荷山。


次回「危機、渦巻く」明け方には完成するといいなぁ。


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