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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを力を合わせて守る妖怪たちのはなし【うろな妖怪・夏の陣】
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【うろ夏の陣・8月15日】うろな町、静かに眠る

8月15日(木)



 小角は、喚び続けていた鬼を止める。人間達の攻撃に徐々にその数は減り、小角の前には戦意を彼に向ける能力者達の姿があった。


「観念したの?今さら降参なんてしても許さないけどねぇ」


 猫夜叉の1人、斬無斗が太刀の切っ先を小角に向けて言い放った。そのまま、小角に向けて太刀を振りかざして走る。小角は錫杖を地面へと突き立て、数珠を取り出した。数珠を片手に、小声で呪言を繰り出すのを聞いて、陰陽師である芦屋と闇人である十六夜が揃って声を上げた。「離れろ!」「駄目!離れて!」


 小角の持つ数珠がゆらりと震え、ばちんと弾け飛ぶ。それと同時に、彼自身の影からまるで蛇のように連なった数珠が勢いをあげて斬無斗を襲った。

 斬無斗は太刀の腹でなんとかそれを受け止め、後ろへと跳ぶ。


「危ないなぁ。もう!」数珠を払い、太刀を構えなおす斬無斗。小角の影から這いずり出る数珠は4本、5本と数を増し、あるものは蛇のように這い進み、またあるものは獲物を捕らえる鳥のように空を横切り、小角の結界の中を縦横無尽に走り回った。能力者達に襲い掛かりながら、まるで蜘蛛の巣のように数珠が張り巡らされていく。


「これは…厄介だな、芦屋」十六夜がそう漏らす。

「うん、こんな多重結界を張られたら、とても逃げられない」


 二人が術の効力をうかがい知る事が出来るのは、小角の使う呪術と自分達の使う技に似た点が見られたからである。

 しかし、それ故に2人はこの術に疑問を感じざるを得なかった。手下の妖怪もおらずに1人の小角と、術者や退魔の技を使う5人の自分達。有利なのは自分達であるはずだ、と考えていた。小角が逃げるならばともかく、その逆とはどういう事だろうか。


「まだ、何か策があるってこと?」


 芦屋がそう呟くのと、数珠での結界の完成は同時だった。結界の中心で、小角は「人間共よ…」と呟く。その声は数珠を振動させ、不気味なほど大きく増幅されて結界内に響き渡った。なおも小角は続ける。


「時は来た。主らの希望、根源から絶ってくれる」


 小角が珍しく表情を表に出す。それは、自分より遥かに劣るものを蹂躙する快感であり、、支配の愉悦であった。にたりと笑った口元からは、人間達を絶望へと叩き落す言葉が紡がれる。


「町を守る…とぬかしておったな、人間共」


 小角は錫杖を抜き取り、静かに構えた。


「町の至る所に寄せの呪符を張り巡らせてある。

 仕掛けを一度に興せば、どうなるか自ずと理解できよう…」


 精霊憑きの澪、猫夜叉の無白花が叫ぶ。


「そんなはずはないよ!町には何も異変がなかったはずだ!」

「そうだ!そんなものがあれば、私達が真っ先に気付いている!」


 しかしそれでも、小角の不快な笑みは消えない。


「貴様ら如きに見破れはせぬ。術を為さねば只の紙切れ……。

 (しもべ)共はこの町を切り裂き、ひねり潰し、蹂躙する。

 絶望の果てに冥府へ落ちるが良い」


 小角が町に仕掛けていた呪符は、「鬼門の符」という鬼を呼び寄せるものである。古来より、鬼は東北、丑寅の方角より来るとされており、その効力が最大限に発揮される丑寅の刻が訪れるのを小角は待っていた。

 自らの所在を能力者達に知らせ、一箇所に集めたのも、町に仕掛けた符に対抗できる者達をこうして閉じ込めておくことが目的だったのだ。


 芦屋は、小角に背を向けて小角の結界へ向けて炎を放つ。しかし、結界の壁に炎がぶつかる前に、張り巡らされていた数珠が炎に巻きつき、握りつぶした。


「そんな……」芦屋はかき消された炎に呆然としたが、すぐに小角の方に向き直り、「じゃあ、元を断てば大丈夫!」と小角に得物を向けた。

 他の面々も、それぞれの得物を構えて小角を狙う。


「愚かなり、人間共」


 その声と共に小角が錫杖を一突きすると、張り巡らされていた数珠が能力者達を襲った。弾き、いなし、守りながらも、数珠の物量に押され、縛り上げられ、宙に浮かぶ5人。それぞれの得物や、聖霊達も絡めとられていた。


「どうして、こんな事をするの!?あなただって、人間だったんでしょう!?」


「陰陽師の娘。人間であったかどうかなど、些事である。簒奪(さんだつ)し、支配し、使役する。

 それだけで良い、それだけで良いのだ……」


「ふざけるなッ!俺達の家族や、町の皆をどうにかするなんて、許さねえ!」


「許しを乞うつもりもない、闇に生きる住人よ。我に降らなんだ事、今に後悔しても遅い」


 呪力を錫杖に込め、高く掲げる小角。その禍々しい力は黒く蠢き、小角が錫杖を地面に突き立てると、黒い風となって激しく四方へと駆けた。

 能力者達の必死の叫びは、黒い風にかき消されて小角に届くことすらなかった。




   ○   ○   ○




 うろな町上空では、入江の宇宙船に乗って、千里がくすくすと笑っていた。


「策士、策に溺れる。奪われることには慣れていないのねぇ。ふふ、かわいそう」


 「鬼門の符」は、先ほど入江が全て回収し、千里が作った符に置き換えてあった。入江曰く、「プラスとマイナスのような」と形容された千里の符は、町中に巡った小角の呪力を反射し、持ち主へと返す。そこには、術者である小角を蝕むよう、多少の細工を施してあった。


「人を呪わば穴二つ。跳ね返ってくる(まじな)いの暴走に、

 どこまで耐えられるかしらねえ」


 そう言うと、浮かぶ笑みをすうっと消し、町を映したモニターを消した。何も映さないモニターに向かって、静かに、ひどく冷たい声で呟いた。


「絶望に落ちるのは……あなたよ」





   ○   ○   ○




 おかしい。そう、小角は感じた。術に手ごたえが無い。それと同時に、周りから徐々に侵略してくるような気配を感じた。小角は顔があげ、辺りを見るのと、小角の周りに集まった呪力が形を成し、大蛇になって小角を飲み込むのは同時であった。


「返されたとでも、言うのか」

「やめろ、喰らうな」

「従えるのは、この我だ」

「支配、使役、それだけで……」


そこで、小角の意識は途絶えた。




   ○   ○   ○




 数珠によって張られた結界が緩む。能力者達は数珠の縛りを抜け、小角を見る。

 そこには、黒い塊に包まれながら、蠢いている小角の姿があった。


「な、なんなの?コレ」澪が聖霊達に問う。聖霊が答えるよりも早く、芦屋が「術の…暴走?」と呟いた。

 猫夜叉の二人は、雪姫の結界の前で身構えている。


 小角であったその黒い塊は、大きく咆哮し、10mはあろうかという巨体に膨れ上がる。かろうじて人型を留めてはいるが、顔にあたる部分には目も鼻もなく、全てを飲み込むような口が大きく開いているだけであった。

 呻くように、苦しむように声をあげ、二本の腕を振るい、暴れまわる。その腕も、拳と呼べるようなものは無く、ただの丸太のような塊が腕であろう位置に付いているだけであった。


「小角の力が、暴走してるんだよ!」芦屋が叫ぶ。


「つまり、町の中の術は発動してないってことか?芦屋」


「……多分」


「それでも、あんなのに暴れられたら、僕達の町がめちゃくちゃだよ!」


「あれはもう、人間でも、妖怪でもない」斬無斗が言う。


「ただの、力の塊だ。だが、それゆえに手強い」無白花も、同調するように言った。


 それぞれは、思い思いに力を振り絞り、小角であったその黒い巨体へと挑む。しかし、巨体の腕の一振りで弾き飛ばされ、壁に激突し、下手に近づけば黒い体から突き出される数珠に貫かれそうになる。

 芦屋が炎を放っても、黒に飲み込まれるだけで効果はないように見えた。


「芦屋、如月、一瞬でいい。ヤツの動きを止められるか?」


「零音くん、何か考えがあるの?」


「ヤツの体が、まだあのバカでかいのの中にある。それが、多分核だ。

 そこさえ打ち抜ければ……」


 しかし、黒い巨体は絶えず動いており、その中の一点だけを正確に打ち抜くのは日頃から妖怪を相手にしている闇人であれど困難であった。

 近接戦闘を得意とする猫夜叉や、範囲攻撃を主体にする芦屋では一点への狙撃は向かず、如月はそもそも戦い慣れていない。十六夜は猫夜叉の二人にも「手伝ってくれ!」と叫んだ。


「僕らも精一杯なんだ。自分の身は自分で守ってよねぇ」


「違う!あのデカイのの動きを止めてくれ!一瞬だけでいい!」


「止めるったってどうすりゃ」「分かった。必ず仕留めろ!」「無白花ぁ!?」


 地面を蹴り、走り出す猫夜叉。しかし、巨体から放たれる腕の一振りや、数珠の前に、なかなか近づくことが出来ない。芦屋は、棍棒を目の前で構えなおし、瞳を閉じて精神を集中させた。


「あの腕と数珠は、私がなんとかする!」


 見開いた眼には、強い決意が燃えていた。


「芦屋流、第5奥義……」


 棍棒の先を黒い巨体に向ける。


「炎龍の術!」


 芦屋の放った炎の龍が、巨体を貪り、迫り来る数珠を片端から燃やしつくしながらその体を縛り上げる。巨体はたたらを踏んでその場で暴れだした。


「大人しくしていろ!切り裂け!桜妃(オウヒ)

「これで終わりだよ。いくよ、蓮華(レンカ)燐華(リンカ)


 一瞬のうちに間合いを詰め、斬無斗が右の足を、無白花が左の足をそれぞれ断ち切る。炎の龍にしばられながら、足を切られその場に崩れ落ちる。


「信じてたぜ」


 十六夜はその力を余さず込め、如月の聖霊達の力も共に込めて弾丸を打ち出す。弾丸は虹色に光る尾を引きながら、黒い巨体の胴体へと吸い込まれていき、巨体の中にある小角の頭の眉間を正確に打ち抜いた。

 一瞬の沈黙。


 そして、砂の塊が落ちるように、黒の巨体は断末魔の叫びを上げながらその場に崩れた。それと同時に、芦屋の炎の龍も消えてゆく。


 そこには、小角の体は無く、ただ傷つき、へし折れた錫杖が転がっているだけであった。




   ○   ○   ○



「やった…のか?」


 銃を構えたまま、十六夜が呟く。

 その声が、驚くほど辺りに響いてしまうほど、周りは静寂に包まれていた。

 草木も眠る、丑三つ時のうろな町。


 そこに、役小角のもたらす不穏な空気はなく、ひっそりと静かなうろな町の姿があるだけだった。


「うん、やった…」「邪悪な気配は、もうしないって、聖霊達が」


 こみ上げてくる歓喜、張り詰めていた緊張の糸が解けて、ぺたんと腰を降ろす芦屋と如月。


 猫夜叉の二人が、3人の前に立つ。


「ありがとう。みんなのおかげで、雪姫を助けることが出来た」

「お返しに、戦いを手伝ってあげたから、それでチャラにしてねぇ」

「こら、斬無斗!」

「ほら、無白花、早く行こう。のんびりしてられないよ」


そう言って、二人は雪姫を守る結界へと歩いて去っていった。


「俺たちも、帰ろう。呉羽ちゃんや凛先輩、静月が心配だ」


 そう十六夜は言い、座り込んでいる芦屋と如月に手を差し出した。


「立てるか?」


「ありがとう」「大丈夫」


 二人は十六夜の手をとり立ち上がる。疲労感が体中を襲うが、それと同時に静かにこみ上げてくる達成感。


「守ったんだ。私たちが、この町を」


「でも、静かだね。何もなかったみたい」


「いいんだよ、それで」


 3人は二言、三言交わしてから、それぞれの帰路についた。


 彼らが町を守ったことは事実である。しかし、それは誰にも知られる必要のないものであり、また知らせる必要もない。

 うろな町はこうして静かに眠り、また朝になれば、穏やかな日常が目を覚ますのだ。




   ○   ○   ○



 うろなの西の山では、妖怪軍の戦いが続いていた。町の誰にも知られること無く続く山での戦いも、どうやら佳境に入っているようだ。


 そして、うろなの山では小角の遺したもう一つの策がその目的を達成しようとしていた。




夏の陣、こちらの「人間サイド」は終了となります。

残すは「妖怪サイド」です。3連休とは何だったのか。


寺町さんの芦屋梨桜。

梔子さんの十六夜零音。

天燕さんの如月澪。

妃羅さんの斬無斗、無白花。

りまさんの宵乃宮雪姫。


非常にお世話になりました。ご迷惑も多々お掛けしましたが、本当にありがとうございました。



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