【うろ夏の陣・8月15日】決戦、うろな町
8月15日(木) 深夜
日付が変わり、深夜のうろな町。役小角と相対する能力者達は変わらず彼の影や周りの建物や障害物の陰から湧き出す魑魅魍魎を相手にしていた。
陰陽師である芦屋が、埒が明かないと見て広範囲にわたる術で滅しようとするも、闇人と関わりの深い人外の娘3人が小角の術の支配下にあった為それを阻止する闇人、十六夜。
二人の間の確執は深まるばかりであったが、芦屋は強攻策をとり炎を纏った滅妖の狼、灰燼狼を十六夜と関わる人外へと放った。
十六夜は身を挺して彼女達を庇い、彼女達を命に代えても守ると叫んだ。
その想いが伝わったのか、3人の人外娘は小角の呪縛を破り、十六夜と再会を果たす。芦屋と十六夜は、町を守る為に、と自分達の一族同士の確執を置いておく休戦協定を結んだ。
一方、小角によって鬼を降ろされ、その身を支配された雪姫を助けるために、猫夜叉達は奮闘していた。
雪鬼と名を変え、かつての友であった斬無斗、無白花に刃を向ける雪鬼。その表情に迷いや曇りはなく、二人は苦戦を強いられた。
しかし、精霊憑きである如月澪の能力、聖気によって雪鬼を支配している茨木童子の影響力が低下し、猫夜叉二人の決死の呼びかけもあって、雪姫の意識が一瞬だけ浮上する。
雪姫は、自らを「殺して欲しい」と願った。それは、雪鬼の体内に巣食う茨木童子と同化してしまう前にと、人としての最期を願う雪姫の覚悟だった。
無白花は、鬼を祓うためとはいえ友に刃を突き立てることに迷いを覚えたが、斬無斗の「大丈夫」という言葉に覚悟を決めて破妖刀・桜妃を雪鬼へと深く突き立てた。
小角は顔にこそ出してはいなかったが、自らの策がこうも続けて破られることは幾百年ぶりかと、苦々しく思っていた。今回は酒呑童子は諦めねばならんか、と考える。
「獣人共に続き、雪鬼まで我の支配から逃れるか…」
誰にも聞こえないほどの声で、密やかに呟く。周りでは、次々と生まれる悪鬼を相手に人間の能力者が奮闘していた。
「良い。どの道、あの人柱の巫女は助かるまいて。前鬼の呪いも、我の呪いも
人である身に絶えられるものではない」
紅く振り輝く結界に守られ意識を失っている雪姫を見ながら、低く、這いずるような声で
「ただでは返さんぞ、巫女よ」と呟いた。
結界に包まれる雪鬼と猫夜叉を見て、小角の顔に驚愕が浮かぶ。やはり、あの胸の飾りは忌々しきものであった。あれさえ無くば、こうして茨木が祓われることも無かったものを。
今しばらくの後、絶望の淵へと沈むまでそうして浮かれておるが良いわ。忌々しき人間どもめ。
小角は静かに鬼寄せを続け、時間がくるのを待つのだった。
○ ○ ○
闇人、十六夜零音は疲弊していた。次から次へと迫ってくる敵を相手にし、自らの後ろにいる3人の娘、芝姫、狐ノ派、桜咲をも守って戦っていた。彼女達は小角の支配にあった影響で思うように動くことができず、守られることしか出来ない自分達の状況に申し訳なさを感じていた。
「言ったろ。みんなの命は、俺が守るって。だから、大丈夫」
零音はそう口にするが、肩で息をしており、誰の目に見ても満身創痍である事は明らかだった。隙をついて敵の一匹が零音の横をすり抜け、後ろの3人へと向かう。
「しまった!」零音が振り返ると同時に、脇を抜けた妖怪は横から飛んできた炎に包まれて消滅する。炎の飛んで来た方向には、棍棒を向けている芦屋の姿があった。
「陰陽師、助けて…くれたのか?」
「勘違いしないで。妖怪を助けたわけじゃない。
今は、あなたの力が必要なの」
「頭、かてぇなぁ。でも、助かったぜ、陰陽師」
「…芦屋梨桜」
「え?」
「陰陽師じゃなくて、芦屋梨桜」
「……ああ。助かったぜ、芦屋」
町を守る。その一点において、芦屋と十六夜は意見が一致している。もちろん、陰陽師と闇人のいざこざが解消された訳ではないが、今はそんなことはどうでも良かった。
そしてそれは、芦屋にしても同じで、町を守りたいという気持ちの奥底には、陰陽師だから町を守らなければいけないのではなく、私、芦屋梨桜がこの町を守りたいのだ。という気持ちがあった。
芦屋はくるりと向きを変え、また自分の周りに群がり来る敵を相手取り始める。
精霊憑き、如月澪の周りでは、聖霊達が起こす水流や炎、風によって次々と敵が葬られていく。澪自身も、先ほど雪鬼にぶつけた盾をふたたび創造し、自らの守りにも充てている。
芦屋が十六夜の援護をしたのを見て、自らも人外の娘を助けようと周りの敵を蹴散らしながら走った。ユキと名乗っていた少女には紅く降る雪のような結界が張られており、澪の周りに居る聖霊達があの結界ならば問題ないと言うので、3人の方へと走ったのだ。
「澪音くん!僕も3人を守るよ!」「助かる!」
3人の前で盾をかざそうとした所で、澪は異変に気がついた。3人の体が淡く光っているのである。3人も妖怪に近い存在であるので、聖気の盾は相性が悪いのかと澪は焦ったが、どうやらそうではないようだ。
3人を包む光は強くなり、一瞬、強く瞬いたかと思うと、ぱんと弾けるように3人の姿は澪の前から消え去った。
「何が起こったの!?」慌てる澪の問いに答えられる聖霊はおらず、十六夜もまた「何があったんだ!?」と驚きを隠せない様子だった。
○ ○ ○
芝姫、狐ノ派、桜咲の3人は、見慣れない場所にいた。そこは入江の所有する宇宙船の中だったが、3人がそれを知るはずもない。目の前には、笑みを浮かべた女性が1人たたずんでいる。狐ノ派が口を開いた。
「…ここは?」
「ふふ、秘密。あなた達に頼みたいことがあるの」
女性がそう口を開くが、3人は不審そうに女性を見た。そして女性の向こうの大きなモニターに零音が映っているのを芝姫が見つける。
「零音くん!?零音くん!」
女性は手を3人の方へ向けて、落ち着けという身振りを見せた。
「その零音くんを助けるためにお願いしたいのよ。
少し、静かになさいな」
幾分か鋭さの混じった声に、3人はモニターから視線を外し、口をつぐむ。それを見て、女性は満足そうに台詞を続けた。
「あなた達の妖力を彼に渡すの。彼、このままじゃもたないもの。
でも、混乱させたままってのもまずいわねえ。あなた、彼に話しかけてちょうだい」
そう言って桜咲を指差す。「わ、私が?」そう言う桜咲に、無言のまま頷く女性。
モニターに向かって離しかけろという女性の指示に従って、おずおずと「…零音君?」と話しかける。
即座に「その声は呉羽ちゃん!?大丈夫!?」と辺りに声が響いた。モニターの向こうでは十六夜が周りを見回し、精霊憑きの澪がそれを不思議そうに見ている。十六夜以外には声は聞こえてないようだ。
十六夜の声を聞き、芝姫と狐ノ派もモニターの前へと駆け寄り、口々に十六夜の名前を呼んだ。
「凛先輩!静月!どこにいるんだ!?」
なおも慌てる十六夜に、3人を制して女性が声をかけた。
「大丈夫よ、十六夜零音君。彼女達は安全な場所へ移したから。
3人の力をあなたに送るわ。受け取って頂戴」
「誰だ!?皆をどこへやった!」
「言ったじゃない。安全な場所、よ。
ほら、貴方達。こっちに来て」
女性は手をひらりと翻し、手のひらほどの珠を取り出した。墨汁を落とした水のように、黒が珠の中を泳いでいる。その禍々しさに少し不気味さを覚えたが、女性の発する有無を言わせない雰囲気に、3人は静かに従った。
その珠に近づくと、3人の体から急激に妖気が吸い取られた。女性は再び手を翻して珠を消し、「上々」と呟いた。
「受け取りなさい。そして、3人のためにも、しっかりと町を守ってちょうだい」
女性がそう言って、手をモニターにかざすと、十六夜の体の回りに紫色をした紐のようなものが纏わりつき、彼の体にすぅっと溶け込んでいった。
モニター越しの十六夜が驚いたように「すげぇ」と呟く。
「確かに、受け取った。誰か知らないけど、3人を頼む」
「ええ、わかったわ」
女性はそう言うとモニターを別の景色へと変えた。そこには、うろなの山で戦いを続ける妖怪達の姿が映っている。
「貴方達には、ちゃんと話しておくわね」
そう言って、西の山で繰り広げられている戦いの事を女性は語った。
「零音君だったわね。彼には彼のやるべきことがあるわ。
そして貴方達は、貴方達のやるべきことがある」
そう、言ってみせた。山を妖怪が守り、町を人間が守る。力を合わせて、この町を守ることに協力して欲しいと女性は言った。
「…零音君に助けてもらってばかりいられない。
私だって、零音君の力になるの」
話を聞いて、桜咲が言う。他の二人も、小さく頷いた。
「体は動かないけど、ここでじっとしているよりは、
少しでも彼の助けになりたい」
「彼のためなら…」
それを見て、女性は満足そうに笑みを浮かべ3人に「こっちへいらっしゃい。覚悟があるのなら、貴方達の妖力も回復してあげる」と隣の部屋へと3人を連れて行き、妖力の回復した3人を西の山へと入江のテクノロジーを使って転送した。
最初に、町から宇宙船に転送した時も、これと同じ技術を使ったのである。
モニターの前に戻ってきた女性、千里に対して、別の部屋から出てきた入江は質問を投げかけた。
「事実と反する点がいくつか見受けられますが、何故ですか?」
「あら、なんのことかしら?」千里がきょとんとした顔を作って振り向く。
「先ほど、あなたはモニターの男性から、3人を頼むと言われ、それに対して
分かったと返答していたように思います」
「ああでも言わないと、彼が納得しないでしょう?
分かったとは言ったけれど、‘約束’はしていないわ。
それに、山に行くことを決めたのは彼女たちよ」
「彼に与えた力のことについても、あの3人から回収した力の波長と、
彼に渡した力の波長は別物でしたが」
「そうねえ。彼に渡したのは私の妖力の一部ね」
「不可解です。本当の事を言うべきだったのでは?」
「面白くないじゃない。展開はドラマチックな方がいいでしょう?」
「理解できません」
「あら、そうだったわね……」
入江に感情はない。その事について、不憫だと思いながらも千里はモニターで繰り広げられる戦いを眺めているのだった。
うろな町のモニターでは小角の繰り出す悪鬼の数が見るからに減っていた。「もうすぐねぇ」頬杖をついて、その様子を見守る。
山を映したモニターでは、稲荷山考人が平太郎の下へと走っていた。「間に合うかしらねえ」クスクスと笑いながらそれを眺めていた。
囚われの人たちは全員救出した、と。
頑張れみんな!その不届き者をやっつけてしまえ!
あと一話で町の話は終わります。
山の話も進めていきますよー。




