【うろ夏の陣・8月14日】仙狸、宇宙船に乗る
8月14日(水) 夜
うろな町の上空。千里は宇宙船の中でスクリーン越しに町の様子や山の様子を眺めていた。町では小角と人間の能力者達が対峙し、山では平太郎が風を巻き上げている。
「便利なものねえ」千里は呟いてから、宇宙船の持ち主である入江杏に声をかけた。
「さっき渡した紙の解析とやらはどうなったのかしら?」
入江は奥の部屋から出てきて、千里に一枚の紙を返した。紙には複雑な文様が筆を使ってかかれており、紙の正体は役小角が書いた呪符であった。
「この星の物質文明の発展を考えると、非常に珍しいものだと判断します。
出来れば、サンプルとして数を用意していただきたいのですが」
「もちろん、協力は惜しまないわ。うろな町の色んな場所にそれと同じものがあるわ。
回収できるでしょう?」
「可能です。しかし、物質の回収にあたっては現地の文明に干渉する恐れがあるため、
あまり好ましくない選択です」
「心配ないわ。そう言うだろうと思って、代わりになるものを用意してきたから。
この呪符を回収したら、同じ場所にこれを置いてちょうだい」
そういって千里が取り出したのは、同じように文様が書き込まれた呪符の束だった。
「不可解です。でしたら、今手に持っているものを提供していただきたいのですが。
文化に抵触するリスクはそちらの方が少ないと思われます」
「交換することに意味があるのよ。これは消耗品なの。
一つ一つ交換するのは手間だと思っていたところなのよ」
その発言に、入江の顔が若干の曇りを見せる。
「つまり、交換の手間を私に押し付ける上に、古いものの処分まで押し付ける、と?」
「人聞きが悪いわねえ。あなたは貴重なサンプルを手に入れる。
私は労働の時間を短縮できる。お互いにとって利益しかないわ」
どこか納得できないような顔をしながら、入江は何やらパネルを取り出し再度千里から受け取った呪符とパネルとをいじりはじめた。
そうしていると、別の扉から小さな少女が「せんりー、せんりー!」と言いながら駆け寄ってきた。入江の娘であるミヨである。
先日、千里と入江が遭遇を果たした際に、彼女の娘として入江に紹介されたのがミヨであった。母である入江とは違い、とても活発である。見た目が園児程度であることも手伝って、非常に微笑ましいと千里は思っている。
「せんりー!あれやって!あれ!」
「いいわよ、おねーさんの右手をみててごらんなさい」
「うん!」
千里と入江は、ある取引をしていた。入江の研究に手を貸す代わりに、うろな町を守るためにその技術を使うというものである。遭遇から数回、入江と連絡を取りながら、可能であることと、そうでないことを聞き出していった。
「はい、今日はウサギさんとキツネさん」ひらりと手を翻して、小さな人形を取り出す。
「すごいすごーい!左手は?左手は?」
「せっかちねえ。はい、トラさん」
「ウサギさんとキツネさんが食べられちゃう!」
「大丈夫よ。この3匹は仲良しのライバルだから」
「どうしてわかるの?」
「ふふ、おねーさんは何でも知ってるのよ」
千里は、町の戦いの様子をモニターで眺めながらくすくすと笑う。宇宙船を訪れるたびに、入江に子守を押し付けられたせいか、ミヨは千里にしっかりと懐いていた。
千里が手をひらめかせて手品のように色々な物を取り出すのを見て、ミヨはとてもよろこんだ。訪れるたびに、色々な物を出してくれとせがまれるので、千里も予め色々な物を仕込んでから宇宙船に向かうようになっていた。
入江の操作が終わり、千里にその旨を伝えた。
「回収、完了です。数十枚ありましたが、すべてサンプルにしても構いませんか?」
「もちろんよ、ありがとう。ミヨちゃん、その人形はあげるわ。
少し、向こうの部屋で遊んでいてくれるかしら?」
「はーい!」
3体の動物の人形を持って、ミヨが隣の部屋へと消え、入江がなおも話を続ける。
「しかし、本当によかったのですか?」
「あら、何が?」
「代わりにと設置したあなたの紙は、回収した紙と違う種類の力が働いていたのですが。
まるでプラスとマイナスのような」
「あら、そんな事までわかるの?すごいのね。でも、大丈夫よ、問題ないわ」
「ならばいいのです」
千里は回収された呪符を眺めて、にやりと笑みを浮かべた。
随分と呪符を仕込んだものだ。しかし、その策を実行させるわけにはいかない。小角配下の妖怪には手を出さない。小角や前鬼、後鬼のことを口外しない。それは、千里が前鬼と「約束」した事柄であるので、彼女がそれを破ることは決してない。
うろな町の非常時であろうが、例え自らの危機であろうが、「約束」した事は必ず守る。それは、仙狸としての妖怪の習性ではなく、千里個人のこだわりのようなものであった。
「それと、まだ手に何か仕込んでいるようですが。
まだミヨと遊んでいただけるのですか?」
入江がそう指摘する。
「あら、これもばれちゃった。これは違うわ。後で自分で使うのよ」
千里の十八番の妖術は、物の大きさを自在に変える、ただそれだけの術である。先ほどの人形も、体積を小さくしてあったものを元の大きさに戻しただけだ。
入江の言うとおり、まだ小さくして持っているものがあるが、それを使う機会はまだもうすこし先だと千里は踏んでいた。
「ねえ、それよりも、本当に町からは見えていないのかしら?」
「私達の技術を疑うのですか?感覚障壁の精度は完璧です。
山で起こっていることは、山の外からは見えません。
聞こえもしませんし、匂いもしません」
「ほんと、便利なものねえ。あなたに会えてよかったわ」
「次は何をさせるおつもりですか?」
千里の目が細められ、入江を見つめる。その顔は、一見冷静に見えるが、今にも声をあげて笑い出しそうになるのをこらえているような顔だった。
「あなたの行動パターンデータのログを参照すれば、言動の予測は容易です。
相手の気をよくさせる言動の後には、大抵お願い事が存在します」
「ご名答よ。ご褒美に、解剖してもいい妖怪のサンプルを用意してあげるわ。
もう少ししたら、数百体くらい用意できるけれど、どうする?」
「そんなに必要ありません。数体もあれば充分です。
今から捕まえに行くのですか?」
千里がゆっくりと首を振る。
「もう少ししたら分かるわ。ふふ、楽しみねえ」
「同意を求められても、返答しかねます。私には感情がありません。
そして、あなたから与えられる情報量が少なく、客観的な判定も不可能です」
「気にしない気にしない。もう一仕事、お願いね」
そうころころ笑いながら、千里はモニターを眺めて町と山の様子を観察するのだった。
山では、赤坊主と天狗の戦いに加えて、山の各地で赤坊主、青坊主配下の妖怪との戦いが始まっていた。前鬼と後鬼も、小角の傍ではなくうろなの山に姿を見せている。
町では、結界の中で戦う能力者達の様子が見てとれた。多数の悪鬼を相手に、それぞれが戦っている。時刻は、間もなく0時を迎えようとしていた。
千里は、食い入るようにモニターを見つめている。まるで、映画を楽しむように。まるで、それが作り物なのだとでも言わんばかりに。
千里の目は、面白いものしか写してはいなかった。
仕込みは上々。あとは決戦の仕上げを書くだけでございます。
稲葉さんの入江杏、ミヨをお借りしました。
宇宙人のオーバーテクノロジー、存分に使わせていただきます。




