【うろ夏の陣・8月10日】妖狐、唐傘を振るう
8月10日(土)
降矢邸に侵入してきた悪鬼や一本だたらとの攻防の中、外の悪鬼共を殲滅したその大男はのそりと庭に立ち入り、庭にいる面々を見渡した。そしてにやりと笑う。
「鬼ヶ島厳蔵、見参じゃ!」
その場にいる者は皆、彼を敵か味方か判断しかね、一瞬動きが止まった。赤い番傘を持ったその大男は考人に向かって呼びかける。
「妖狐よ。受け取れぃ!届け物じゃ!」
そう言って、手に持っていた赤い番傘を放り投げた。それは雨の中を弧を描いて考人の手へと渡る。
「ッ!傘次郎!」受け取った傘の正体は唐傘化けで、考人はその唐傘の事を良く知っていた。
「考人坊ちゃん、助太刀いたしやすぜ!」
傘次郎は一本だたらを探して町中を駆け巡って一本だたらを探していたのだった。先日、西の山で一本だたらに遭遇した時に一波乱あったものの、そこで決着が着くことはなく、仕切りなおして決着をつける、という話になっていた。
もちろん、傘次郎が妖怪姿のまま町を歩き回る訳にもいかず、頼みの天狗、平太郎も「無山の守りの任を受けた」と言って西の山に行ってしまった。
思案の上で、千里が助っ人を頼んだのが、庭に立つ大男、鬼ヶ島厳蔵であった。彼は申し出を快く受け入れてくれた。妖気のする方をあちらこちらと探す内に、ここ、降矢邸へとたどり着いたのである。
ひしめく悪鬼共をその豪腕で蹴散らし、こうして庭に入ってきた、という訳だ。
「厳蔵のオジキ!感謝いたしやすぜ!」
「なに、構わん構わん!!千里の頼みを断ると碌な事にならんと思うてな!」
大口を開けて、厳蔵が笑う。塀の外で悪鬼たちを相手取っていたとは思えぬ余裕である。
その様子を見ていた一本だたらは鬼ヶ島を味方ではないと判断し、肩をすくめてみせた。
「多勢に無勢。少々卑怯ではござらんか?」
「なぁに、儂は手を出さん!そこの若い妖狐よ!先ほどの啖呵、見事であった!
最後まで矜持を通してみせい!ここで物見させてもらう!」
そう言うと、鬼ヶ島は衣服が濡れるのもかまわず、庭にどっかと腰を降ろした。傘次郎も、考人の手の中で言う。
「考人坊ちゃん。あっしはあの野郎に因縁がございやす。
どうか、手伝わせておくんなまし」
傘次郎を握り締め、考人は強く目を瞑る。そうだ。ここを守ると決めたのだ。決めたからには、守ってみせる。考人の中に、熱い妖気がたぎるのが感じられた。
「次郎、こっちからも頼む。あいつを倒すぞ」ゆっくりと目をあけ、考人はそう言った。
「合点でさ」
「サツキ、双子達を頼む」
「にゃあ。任せるにゃ」
ゆっくりと一本だたらの前へと進み出る。さながら、決闘でも行うかのような雰囲気だ。雨の音が妙に大きく聞こえる。双子達が、考人に声をかけた。
「おにーちゃん…」
「いなりやまおにーちゃん…」
「大丈夫。大丈夫だ。お前たちには指一本触れさせない」
庭の中央、考人と一本だたらの2人は向かい合う。
「正義の妖怪気取りでござるか。反吐が出るでござるなぁ」
「うるせえ、一本足。その足、へし折ってやる」
「やれるものなら、やってみるでござるよッ!」
そう叫んで、一本だたらが考人へと突っ込んでくる。それが、開始の合図だった。
○ ○ ○
考人は一本だたらの拳を傘で受け、なぎ払う。一本だたらも傘で繰り出される斬撃を腕で受け、時にはかわす。
傘での一打に一本だたらがバランスを崩し、手をついた。隙ありと見て追撃を狙う考人に、一本だたらは手を軸にしての回し蹴りを見舞う。地面に突き立てた傘でそれを受け止め、飛びのいて距離を空ける考人。
一進一退の攻防が続いていた。考人は大きく息を吐き、妖気を使って自らの分身を作り出した。妖気で幻を作る術は、考人のここ一番の大技である。普段ならば妖力の消費が激しすぎるためにめったに使わないが、そうも言っていられない状況だと考人は判断した。
「幻術でござるか。さすがは狐。騙くらかすことに長けているでござるなあ」
一本だたらは、焦った様子も無く、2人の考人を見てからからと笑う。二手に分かれて番傘を振り上げる考人の一方に、迷い無く拳を当てた。考人は呻き声と共に塀にぶつかり、幻体が掻き消える。
「甘い、甘い!所詮は子狐。そのような未熟な腕で拙者に挑もうなど
片腹痛いでござるよ!本体が丸分かりでござる!」
大きく笑い、考人が倒れている所を一瞥して、一本だたらはくるみ、みるくの方へ向き直る。
「半妖とはいえ童の血肉はさぞ柔らかいでござろうなぁ。
肉を喰うなら童に限るでござる」
にやりと口を開け、目は狂気に溢れる。鬼ヶ島が「むぅっ!」とその場を動こうとしたが、一本だたらがそれを
「見物人は黙って見ておくでござるよ。今動けば、こちらとて一瞬で
この童と狼娘の首を刎ねるでござる」
と制した。鬼ヶ島はその場から動くことが出来なかった。
しかし、双子とサツキはじっと一本だたらを見据えながらも、その瞳に恐怖の色は写していなかった。
興が削がれたとでもいうように一本だたらの釣りあがった口角が下りる。
「気に食わん目でござるなぁ。もっと怯えてくれた方が
喰い甲斐があるでござるよ。ほれ、助けを呼んで叫んではどうでござる?」
双子が、キッと一本だたらを睨みつけ、震えた声で言う。
「だいじょうぶだもん」
「おにーちゃんが、だいじょうぶだっていったもん」
「たすけてなんていわなくたって」
「きっとたすけてくれるもん!」
サツキも、双子の目の前で2人をかばいながら、決してそこを退こうとはしなかった。
「タカトの事は、あっしが一番良く知ってるにゃ。
いつも、不幸だとか面倒だとか言うけど、ここ一番では決めてくれるヤツにゃ。
だから、だから……立つんだにゃ!タカトォォ!」
その叫びに呼応するかのように、考人は傘次郎を支えによろよろと立ち上がった。「まだ、終わってねえよ、一本足…」と呟き、渾身の力で再度、幻体を作り出す。
「芸の無い攻撃でござる。いい加減に鬱陶しい。
宣言通り、どてっ腹に風穴空けてやるでござるよぉ!」
一本だたらと考人が叫び声を上げながらお互いに向かっていく。一本だたらは、向かってくる2人の考人の右を狙うとすでに決めていた。
狐の妖力の扱いはまだまだ未熟。先ほどの幻術も、幻体にはほとんど妖気が感じられない張りぼてのようなものだった。ゆえに、本体を見分けることは容易だったのである。
この幻もまた、さきほど同様、妖力にひどく差がある。妖力のほとんど感じられない左が幻体。比較的多い右が本体。
ありったけの力で、右から迫る考人の胴を殴りぬこうとした。その時。
「させねぇよ、このすっとこどっこい!」
傘次郎がばさりと傘を開き、一本だたらの視界を塞いだ。やはり、右が本体であったかと勢いをつけ、
「唐傘ごと、仲良く風通しがよくなるでござるよ!」
と傘次郎の一部を拳が破りぬいた。しかし、そこに考人の姿はない。
「なっ!?」驚愕の表情を浮かべる一本だたらに、左の考人が傘を捨てて迫る。
「こっちだ。食らえよ、とっておきの不幸だッ!」
残った妖力をすべて拳に込めて、考人は一本だたらに一撃を加える。地面に転がる一本だたらに対して、穴の空いた傘次郎を掴んだ考人は、傘次郎の助けを借りて大きく飛び上がる。
「兄貴直伝、天狗風でぃ!そんでこいつを食らいなぁ!」
上空から、地面に倒れる一本だたらに向かって落ちていく。傘次郎がその妖力をすべて自らの硬質化にあてて、まるで一本の槍となった傘次郎を、倒れる一本だたらへと突き立てた。
体を貫かれ、断末魔の叫び声を上げる一本だたら。傘次郎を引き抜く考人。
「風穴が空いたのは、お前の方だったな…」
「最後の幻体…確かに右の方が妖力が多かったでござろう…
お主、いったい何をしたのでござる…」
「幻体に、ほとんどの妖力を使っちゃいけないって決まりはないだろ。
傘次郎は、幻体に持たせただけだ」
「…最初の幻術が不出来であったのも、計算の内でござるか…」
「狐は化かすのが得意なんだよ」
「ふふ、もっとも、で、ござるな…」
「お前、今、不幸か?」
「どん底でござる。お主のような子狐にやられるなど、不本意でござるよ…」
「じゃあ、その不幸は置いていけよ。おいしく食べてやるから」
「ふん、好きにするでござ、る、よ…」
考人が一本だたらの不幸を喰い、そのまま一本だたらは雨に溶けて消えていった。考人も、力が抜けたようにその場に座り込み、仰向けに寝転がった。
なんとか、なったな。ほんと、ギリギリだったけどさ。ああ、疲れたな。随分、柄じゃないことした気がするけど。ま、結局、不幸も食えたしよしとするかな…
体にしとしとと当たる雨が、疲れた体に心地よかった。
○ ○ ○
「おにーちゃん!」「タカト!」サツキと、双子たちが考人に駆け寄る。みるくが癒しの光を放ち、考人の体を包む。
サツキが「にゃー!さすがタカトにゃ!やる時はやる妖怪だにゃ!」とばしばしと体を叩く。
「痛い痛い。サツキお前、俺に止めでもさす気かよ」
「にゃ、すまんにゃ。興奮してつい」
傘次郎も、くるみに回復してもらったようで、開けられた傘の穴は塞がっている。くるみに礼を述べ、考人にも深々と傘を折って礼をする。
「考人坊ちゃん、この傘次郎、礼の言葉もございやせん」
「よせよ。お前のおかげで勝てたようなもんだしな」
塀の傍で見ていた鬼ヶ島も「天晴れじゃ!妖怪の鑑じゃ!」と考人の傍へと立ち、ばしばしとその体を叩く。
「マジで痛え!加減してくれよ!」
「おお、すまんすまん!興奮してしもうてつい!」
「サツキと同類かよ!」
こほんと一つ咳払いをした鬼ヶ島は、辺りの様子を見回して、庭の惨状を確認した。塀に大きな亀裂が入り、庭はぼろぼろ、家の壁にも、数箇所にヒビが入っている。
「こりゃあ、ひどいのう。朝まで修復にかかるが良いか?」
そう、双子に話しかける鬼ヶ島。双子はこくりと頷いたが、サツキや考人は逆に驚きを露にした。
「いや、コレ、朝までとか不可能だろ」
「とんでもなくボロボロだにゃー…」
「儂に任せい!こういった物を直す術に長けた奴らを知っておるでな!」
そういって、スマートフォンを取り出してどこかへ連絡をする鬼ヶ島。途中、「無理?知らん!やれ!」とか穏やかではない会話が聞こえた気がしたが、考人はあえて黙っておいた。
そして、今回の首謀者を突き止めたので用心せいと役小角の情報を考人、サツキ、双子に話して聞かせ、まだ調達するものがあると言って降矢邸を去って行った。
○ ○ ○
鬼ヶ島が去った庭で、考人は起き上がろうとしたが体に力が入らなかった。双子に回復してもらっても、体が動く気配はない。
「そりゃあ坊ちゃん。欲張って一本だたらの不幸ごと妖力を取り込んだからじゃねえですかい?
慣れるまでは安静にしておかねえと」
「こんなに反動が大きいとは思わなかったんだよ。次郎を持った時に、
何だか覚えの無い妖力が湧いてきた気もするし」
「あぁ、そりゃあ、兄貴の妖力でさぁ。先日、西の山で兄貴は力をある程度取り戻しやした。
その時についでにあっしに流れた妖力が、坊ちゃんにも渡ったんでやしょう」
「げ、じゃあ平太郎に助けられたことにもなるのか。なんか嫌だな」
「にゃー、それで妙にキャラに合わない熱血っぷりだったのにゃ。
まるで平太郎みたいだったにゃ」
「おにーちゃん、かっこよかったー」
「かっこよかったー」
かろうじて動く腕をぶんぶんと振り回し、「やめろ、なんか恥ずかしい!」と叫ぶ考人。
動けない考人を見て、サツキは妙案を浮かべ、にやにやとそれを口にする。
「まーまー、気にしないのにゃ。そんな事より、庭で寝てたら風邪ひくにゃ。
風呂に入りなおして、ちゃんと温まるのがいいにゃ!」
「サツキ、どんだけ風呂が気に入ったんだよ…」
「動けないタカトは、幼馴染のよしみであっしが入れてやるにゃ!」
「ちょ、ま、はァ!?何考えてるんだお前!」
「昔は良く一緒に入ったもんにゃ!くるみちゃんとみるくちゃんも手伝うにゃ!」
「わかったー」
「わかったー」
「待て!冗談だよな!?それだけはやめてくれ!
ほら、次郎に頼めばいいじゃないか!」
「坊ちゃん、あっしにゃ足はあっても手はありやせんぜ。
ご期待には沿えねえようで、心苦しい限りですが…」
「何だよ、結局こうなるのかよ!やめろって!引きずるなサツキ!」
雨の中、彼の今日一番の「不幸だ」という叫び声は人払いの結界の外まで届いたとか、届かなかったとか。
こうして降矢邸は、役小角の進撃から守られた。しかし、小角の恐怖が消えた訳ではない。まだまだ、うろな町を狙う妖怪達はいるのである。その足音は、町のすぐそこまで迫っているのだった。
降矢邸攻防戦、終了です。
そして気づいたことが一つ。三衣は、話の引きが下手だというコトが分かりました。
零崎さんの鬼ヶ島厳蔵、寺町さんの稲荷山考人、鍋島サツキ、パッセロさんの双子ちゃん、お借りしました!
考人ハーレムが羨ましい三衣でした。




