【うろ夏の陣・8月10日】妖狐、双子の家を守る
8月10日(土) 夜
妖狐、稲荷山考人は、ここ数日、自らの家で過ごしていない。降矢くるみ、降矢みるくの住む家を守るために、そこで寝泊りをしている。
降矢邸は、人間除けの結界が張られており、それゆえに町を狙う妖怪達の的になってしまうと考えたからだ。雨の降る中、考人は窓から外を眺めていた。
嫌な予感がする、と考人は心の中で呟いた。日ごろから不幸と一方ならぬ付き合いをしているので、不幸に対する感知能力はずいぶんと高い。
ここ数日も、町を狙う妖怪がいると聞いて落ち着かない考人であったが、今日は飛びぬけて嫌な感じがする。
「2人とも。今日はもう寝たらどうだ」くるみ、みるくの双子に話しかける。
2人は人形に宿った九十九神の力を持つ人外である。少々複雑な経緯で、猫又としての力をも共に宿しているが、その事を知っているのは、うろな町の中でも親しくしている一部の妖怪だけだった。
双子は揃って首を横に振る。どうやら、この双子にも今日の嫌な雰囲気は伝わっているらしい。彼女たちなりに決意を固めているのだな、と考人は感じた。
「にゃー、こっちのお風呂の方が広くていいにゃー。考人、風呂どーぞだにゃ」
「…いいよなぁ。暢気で」
風呂から上がってきて、タオルで髪を拭きながら、鍋島サツキが考人に声をかける。彼女もまた、この家に泊まりこんでいるのだった。
「ノンキとは失礼だにゃ。あっしだって、雰囲気がおかしい事は感じてるのにゃ。
決して、うちの風呂よりも広いから堪能したいとか思ってる訳じゃないのにゃ!」
「サツキ、語るに落ちてるぞ…」
考人は、サツキのこのような性格をありがたいと感じていた。おそらく、自分だけでは重苦しい雰囲気に耐えられなかっただろうとも思う。こいつがいてくれてよかった、と感じてはいるが、それを決して口には出さないとも決めていたのだった。
双子も、多少緊張がほぐれたようでクスクスと笑っていた。
○ ○ ○
考人の不幸予報は良く当たる。雨が降り止まぬ中、4人は何かが近づいてくる気配を感じ取った。癒し、回復の力を持つくるみ、みるくを家の中に置き、考人とサツキは庭へ出た。
塀を乗り越え、黒い塊のような悪鬼が数体、降矢邸の庭先へと侵入した。考人とサツキは妖怪姿の妖狐と狼の姿になり、うごうごと迫り来る悪鬼を食いちぎった。
「やっぱり狙われたか…。でも、不幸だとか言ってられないな、今回は」
「不幸だにゃー!」「はぁ!?」殊勝に迫り来る悪鬼を討つ考人の横で、サツキが恨みがましく声を上げた。
「来るなら風呂に入る前にして欲しかったにゃ!
湯冷めするにゃ!風邪ひくにゃ!」
どうにも理不尽だと思えるサツキの怒りを、考人は聞かなかったことにして次の悪鬼へと突撃する。最初の数体から以降、次から次へと湧いて出る黒い悪鬼を打ち倒す事に集中する考人だった。
○ ○ ○
どれくらいの黒く蠢く悪鬼を倒しただろうか。サツキは最初のうちこそ口数多く雨に濡れる怒りを相手にぶつけるように戦っていたが、10を越えた辺りから次第に口数が減り、20を越えるあたりから無口になった。
考人もまた、雨に濡れながら悪鬼を食いちぎっていたが、先の見えない徒労感に疲れは倍増していった。
その時、降矢邸の庭壁に何か大きなものがぶつかる音がした。かと思うと途端に壁に大きくひびが入り、人ひとりが通れるほどに壁の一部が崩れた。
「新手かっ!?」身構える考人の前に現れたのは、一本足の和服姿の男性、一本だたらだった。
男性はやれやれとこぶしについた壁の欠片を落とし、庭で身構える妖狐と人狼に声をかける。
「ここに、人間はいるでござるか?」
「…人払いの結界があるのが見えなかったか?」考人がそう返す。
「いやなに、奥の家のほうに人の気配の混じった気がござろう?
腹の足しにしたいのでござるよ」
今、この妖怪は何と言った。ありえない台詞に考人の思考は一瞬止まる。家にいる者といえば、双子しかいない。確かに2人は人の子に宿った九十九神なので人間と言える部分もある。それを、喰うというのか。
ざわ、と考人の毛が逆立つのと、サツキが「そんなことはさせないにゃ!」と叫んで一本だたらに突っ込んでいくのが同時だった。
「人狼とは珍しいでござるなぁ」一本だたらがそれを受け止め、払う。庭に転がり、受身をとるサツキ。
一本だたらの後ろから、壁に大きく空いた亀裂を通ってわらわらと黒い悪鬼共が湧く。考人は内心で「マズイな」と舌打ちした。悪鬼だけならばまだなんとかなったが、あの一本足野郎もいるとなるとどうなるか分からない。
いや、だとしてもやるしかないのだ。ここを守る。双子達を守るとそう決めたのだから。そう自らに聞かせて、サツキとコンビネーションを組んで敵に向かった。悪鬼共を相手にしながら、一本だたらに牙を向ける。
「さすがは狐と狼。獣畜生は動きが素早いでござるなあ。
しかし、…それだけでござる」
一本だたらが飛び掛ってきた考人をしっかりと捉え、右の拳を振りぬく。塀の壁を殴り抜くほどの一撃を受けた考人は大きく吹き飛び、降矢邸の壁に叩きつけられた。
「タカトっ!!」サツキが叫ぶ。
「心配せずとも、お主もすぐにああなるでござるよ」一本だたらの両拳がサツキを襲う。かわす事に精一杯で、距離を空ける隙も無い。黒い悪鬼共がわらわらと地面に倒れている考人に向かって集まっていく。
「タカト!タカトッ!目を覚ますにゃ!」
一本だたらの攻撃をかわしつつ、呼びかけを続けるサツキだったが、考人は気を失っているようでまったく反応しない。黒い悪鬼のうち一体が考人を手にかけようとしたその時。
「おにーちゃんを」
「いじめないで!」
降矢邸の庭に続く一室から、2体の小さな塊が悪鬼共に向かって突進し、蹴散らしていく。片方は淡く桃色に、もう片方は淡く水色に光を放っている。それは、猫又としての姿をとった降矢くるみ、みるくの姿だった。
考人の周りに群がる魍魎を蹴散らし、くるみは考人のもとへ駆け寄って、その回復の力を発揮する。小さく呻き声をあげて意識を回復した考人は礼を述べて起き上がり、守るべき対象に助けられてちゃ世話ないな、と自らの無力を悔いたが、それよりも今はやるべき事があると気を奮い立たせた。
「いい加減、仕舞いでござるよ」
「にゃあッ!!」
サツキが一本だたらの拳に捉えられ、考人や双子の方へと飛ばされる。人間の姿に戻った考人がそれを受け止め、一本だたらへと相対する。
「懲りん奴でござるなあ。次はどてっ腹に風穴開けるでござるよ?」
「うるせえ、一本足野郎。この場所は、渡すわけにはいかないんだよ」
そこで一本だたらは妙な違和感に気が付いた。目の前の妖狐の執念にたじろいだとか、そういう類のものでは無い。確かに、自分の自慢の拳を食らって立ち上がれる事には驚いたが、それよりも、あれほどいた悪鬼が一体もいなくなっている事がおかしい。
家の外には、まだまだ悪鬼を待機させていたはずだ。まさか、外の悪鬼たちが全滅させられたとでも言うのだろうか。
一本だたらが壁の亀裂を振り返り外を見ると、そこには累々と積み重なった悪鬼の残骸。
そこに立ちすくんでいたのは、2mはあろうかという大男だった。
「お主、何者でござる」
一本だたらの問いかけに、大男はのっそりと降矢邸の庭に立ち入り、辺りの様子を眺めてにやりと笑った。
緊迫する降矢邸攻防戦。
悪鬼を倒して助太刀に来たその人物の正体やいかに!
くるみるくちゃん、考人君、サツキちゃん、お借りしております。
降矢邸攻防戦、後編に続く!




