【うろ夏の陣・8月10日】術師、暗躍する
8月10日(土) 夜
夏の夜の雨はじっとりと重い。役小角は夜の闇に紛れてうろな町を徘徊していた。彼は人として生まれ、呪術の素養を磨き、鬼を使役することで名を挙げた一角の術師であったが、何を求めてか人としての枠組みから外れ、以来、人でも妖怪でも、まして神でもない存在として生きている。
半神半妖と揶揄されながらも、彼は自らの力を抑えることを由とせず、前鬼、後鬼という二匹の鬼を従えて、遠く奈良時代から現代まで、自らの力を高めることだけを存在の糧としているのである。
そうして自らの呪力を高めるための方法として彼が選択したのが、支配、という方法であった。
妖怪なり、人間なり、力のあるものを支配し、使役する。それが、自らの力を示す方法であり、それが出来なくなった時が、呪術師、役小角が存在意義を失う時だとも言える。
小角は今日も不可視の呪いを自らにかけて、支配、使役するに足る者を探す。先日、うろなの山で遭遇した存在には食指が動くことは無かった。
悪鬼と見れば消滅させる猫夜叉は、いわば使役を術とする自分とは対極の存在であるし、天狗に至っては妖力が少しばかりあるだけの存在である。天狗の代わりになるものなど、いくらでもいるのである。
先日、前鬼から報告をうけたものの中に、興を惹かれるものがあった。
「闇人…か」低く、しわがれた声でそう呟く。
町には力を手にした人間が多くいるようだ。自らの術師としての後継である陰陽師や、そこから派生した闇人、よく解らないが、精霊を扱う者も存在しているようだ。
小角が興味を示したのは、闇人であった。妖怪を滅する力を持ちながら、共生を考える一族。妖怪と見れば滅する陰陽師とは違い、そこが小角に目をつけられる原因となった。
僕の鬼どもに下調べをさせ、ある闇人の存在を確認した。
その者の名は、十六夜零音。懇意にしている妖怪、人外の存在が複数おり、最も弱味の握りやすい人物であると判断したのだ。その人外を支配下に置けば、おそらく闇人は手を出すことが出来ないだろう。獣人、妖狐風情に遅れをとることもない。
闇に紛れ、姿を消し、小角は目当ての人外の1人である狐ノ派静月が訪れるのを待った。彼女がここを通ることを、小角はすでに予測していたのである。
○ ○ ○
程なくして、目的の女性が小角の視界に入った。街灯の明かりが、傘の下で揺れる彼女の銀の髪を照らしている。小角は錫杖を一突きして周りに潜ませておいた人払いの結界に呪力を流し、それを発動させた。
女性、狐ノ派静月はその雰囲気を察知し、手にしていた傘を投げ捨ててすぐさま身構える。張り詰めた空気が静月の周りに流れた。
しかし小角は真正面から姿を現し、静月の前に立った。
無言で荷物から竹刀を取り出し、構える静月。それを見て、小角は数珠を取り出して呪言を紡ぐ。
なおも構えをくずさず警戒を解かない静月だったが、この場合はそれが逆に仇になったと言える。彼女は何をおいても逃げるべきであったのだ。その場に留まった事が、彼女の命運を分けた。
小角の呪言は完成し、錫杖を「しゃらん」と突くと同時に、小角の影がまるで意思をもったかのように動き、静月へと向かった。
一瞬のうちに伸びてきた影を避けることが出来ず、静月は小角の伸ばした影に叫び声を上げる間もなく沈んだ。どぷんと暗く、重く響く音に、小角は表情を変えることなく「栓無し」と呟いた。
○ ○ ○
同日、同じようにして十六夜零音の周りにいる人外、兎の獣人である芝姫凛と、虎の獣人である桜咲呉羽も、小角の術に沈み、彼女たちは小角の支配下に置かれることとなった。
獣人は人や妖怪よりも感覚が鋭い種族が多く、例え発動していない結界であっても看破されてしまう危険があったが、静月を操ることによってその警戒心を失くし、その隙を突いて小角が影を伸ばしたのである。
自我を失い、生殺与奪の権利を小角に奪われた彼女たちは、小角の影の中で喚び出されるのを待つ。
暗い、どこまでも暗い闇の中に沈む最中、彼女たちが誰かの名前を囁くように呼んだが、それに応えるものは誰もいなかった。
梔子さんの零音君、静月ちゃん、凛ちゃん、呉羽ちゃんお借りしました。
コレ…ストーカーだよなぁ、小角様…




