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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを力を合わせて守る妖怪たちのはなし【うろな妖怪・夏の陣】
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【うろ夏の陣・8月9日】妖怪、蠢く

8月9日(金) 深夜


 うろな町を狙う妖怪達の一群はうろな町外のひらけた場所に集まっていた。その数、およそ数百。役小角の配下となっている妖怪達に加え、この機に便乗して存分に暴れまわろうとする有象無象も含めての数である。

 ざわめきたつ一群の前に、二匹の鬼が姿を現す。前鬼と後鬼である。町をうろつく時のような人間に近い姿ではなく、妖怪としての鬼の姿だった。

 前鬼の声が辺りに響く。


「てめえらぁ!よく集まってくれた!次の町は…何てこたぁねえ。

 他の町に比べりゃあ、多少力のあるやつは多いが、俺たちの敵じゃねえ」


「そういう奴らはアタイたちがプチっと捻り潰すから、あんた達は存分に

 町で暴れてやりなぁ!」後鬼が、前鬼の横でそれに続く。


 湧き上がる妖怪群を前鬼が手で制し、そこに役小角が現れる。小角はおもむろに錫杖を地面に突き刺し、印を結び呪言を唱え始めた。

 それを見て、前鬼が妖怪群に告げる。


「小角様の配下の奴ぁ、いつでも小角様の『鬼寄せ』に応えられるように、小角様の影に入りやがれ!

 小角様に(くだ)りてぇって奴も来な!今よりも強力な妖力が手に入るぜぇ」


 小角の呪言に呼応して、小角の配下であった妖怪達は次々と溶けるようにとぷん、とぷんと影に沈んでいく。新たに小角に忠誠を誓う者もおり、次いでその者達も影に沈んでいく。


 広場に残った妖怪はおよそ百。その中には、赤坊主と青坊主の姿もあった。


「やっぱてめぇらは入らねえんだな」

「小角様の何が不満だってのぉ?」鬼たちが不服そうに告げる。


 隻腕の赤坊主が軽く鼻を鳴らして答えた。


「暴れたい時に暴れるのが妖怪だろうがよ。他人に(タマ)預ける気はねえよ」


 小角の『鬼寄せ』は、自らの契約した配下を影を通して喚び出すものであり、その生殺与奪の権利はすべて小角にある。妖力と引き換えに、自由を失うのである。それをよしとしない赤坊主、青坊主を含む一群がそこには残っていた。


「ま、いいけどよ。なら、てめえらは歩いて町まで行くんだな。

 それまでにこっちも準備を整える。町の外からの侵攻と、中からの攻めだ。

 てめぇら、何日で町まで着く?」


「4日ほどだな。道すがらの妖怪も、ワシらの腕っ節で従えて向かってやろう。

 感謝せえ。鬼よ」赤坊主の隣で青坊主がそう声を発した。


「何ぃ?その言い方。やっぱアンタ達ムカつくんだけどぉ」後鬼の顔が歪む。

「よせ、後鬼。…赤坊主、青坊主、一丁派手に頼むぜ」


「主らの出番はないかも知れんぞ」

「そうとも、我らに敵う妖怪など、そうそうおらんわ」


 赤坊主と青坊主。二匹の大入道が豪快に笑う中、「まぁ、期待してるぜ」と、前鬼と後鬼も小角の影の中へ、とぷんと消えた。




   ○   ○   ○




 小角と前鬼と後鬼はうろな町の近くで町の侵攻に対する話をしていた。


「……前鬼」小角の声に、前鬼は跪き、報告を始める。


「はっ。少々、人間の能力者の数が多く、さほど大きな害を成せてはおりません。

 特に、町に放った荒御霊、これに触れれば精霊の類は邪霊となりますが……」


「浄化されておるな」


「左様です。意図的な浄化かと。小角様の式の一部も、陰陽師や闇人と呼ばれる

 者共に消滅させられております」


「巣食っておるのは、妖怪だけではないようだな。

 良い、多少は張り合いがある」


 もの静かに前鬼の報告を聞く小角に、後鬼が退屈そうに話しかけた。


「小角様ぁ。雪鬼はぁ?雪鬼と遊びたいなぁ」


「猫夜叉共が守りの呪をかけておったようだ。

 巫女の意識と諸共に調伏しておる。辛抱せよ」


「はぁい、かしこまりました……」しぶしぶ引き下がる後鬼。


 前鬼がやれやれといったように後鬼を宥める。よほど、雪鬼が気に入ったようだ。無理も無い。あの残虐な性格は後鬼に通じる所がある。巫女の意思が残っているのか、猫夜叉がかけた守りとやらが想定よりも強いのか、血を見ることは好きだが、未だ臓物を口にすることは出来ないらしい。

 戯れに切り刻んだ妖怪のはらわたを物欲しげに眺め、顔を近づけては背ける動作を繰り返す所を見ていると、なかなか飽きない。後鬼としても、良い妹分が出来たというところなのだろう。

 しかし、今はうろな町に侵攻する手筈を整えるのが先決である。前鬼は、町を様子見していた時に見つけたある場所の事を話題に出した。


「小角様。町に、人間避けの結界が張られた場所がございます。おそらく、町の妖怪が

 人目を避けるために施したのでしょう。町での拠点にいかがでしょうか」


「よかろう…。落とせ」


「かしこまりました。では、明日にでも。」


「ねぇ、誰を連れていくの?」


「連れてはいかねぇぜ。後鬼。誰か適当なヤツにまかせるさ」


「えー、アタイも行きたい…、行って暴れたいっ」


「いや、千里ちゃんのことだ。たぶん、天狗をそこに送り込むだろうよ。

 そしたら逆に手が出せねえ。千里ちゃんとの契約を破った時にどうなるか、

 お前、忘れたのか?」


 後鬼は不満げにしていた顔を一瞬で引き締め、「ひっ」と小さく息を吸った。数百年前に千里との約束を違えてしまったときの事を、後鬼はすぐさま思い出し、そしてあまりの惨事であったそれを即座に忘れようと努めた。


「思い出したみてーだな。俺たちは、あの鬼兄妹でも潰しに行こうぜ。

 こないだはコケにされたんだ。さんざんいたぶってから…殺してやる」


「楽しそうじゃん。そうと決まればもっと矢を作っておかないとぉ。

 毒矢、麻痺矢…妖力矢。ふふ、楽しみぃ」声を上げて笑う後鬼。


町で出会った鬼兄妹、名を弥彦、葵と言った。特に前鬼は、屈辱を受けた兄である弥彦への恨みは大きい。黒く笑う二匹の鬼を前に、小角もまた、口の端を引き上げるのだった。


「我も町へ出る。使える手駒は多いほうが良い」


「小角様自ら、で御座いますか?」


「うむ。大入道共の到着までの戯れよ」


「小角様であれば、万に一つということも無いでしょう」


「うむ」


 こうして、うろな町を狙う者達はゆっくりと町に忍び寄るのだった。

 うろな町をかけた一大決戦まで、あと数日である。




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