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うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを力を合わせて守る妖怪たちのはなし【うろな妖怪・夏の陣】
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【うろ夏の陣・8月9日】天狗、猫夜叉と遭遇する

8月9日(金) 昼~夕


 天狗・平太郎は西の山を奥地へと向けて飛んでいた。無山に近づくにつれて嫌な気が高まるのを感じる。


「やはり、様子がおかしい」


 無山を守護する猫夜叉の存在は知っているが、平太郎は直接会ったことはない。もしも無断で侵入しようものならば、悪鬼とみなされて祓われても文句は言えない立場である。

 少し躊躇ったが、目の前に危機があるかも知れぬと思うと、平太郎はいてもたってもいられなくなり、天狗風の風力をあげる。


 



   ○   ○   ○




 無山の上空。眼下に平太郎が見たのは、妖怪数体と、それに相対する2人。それは無山を守る猫夜叉、斬無斗(ぜむと)無白花(むじか)だった。


「あの雰囲気、おそらく猫夜叉であるな。…むッ!いかん!」


 猫夜叉であろう二人はどうやら相手に手が出せないらしい。何か事情があるのだろうか。平太郎は中空より滑空する形で二人の人影と妖怪との間に割って入った。砂埃が舞う。

 急に現れた第三者に、一瞬、両陣営の動きが止まった。平太郎は素早く仮面越しに互いの様子を盗み見る。一方はやはり猫夜叉のようだ。もう一方は、鬼のようである。

 4人組だが、うち2人は純粋に鬼であるらしい。1人は鬼でもあり人でもある気配をしている。その後方には、錫杖を持った老人が平太郎の巻き起こした砂埃を意にも介さず平然と立っていた。老人が発する気は、先ほどから平太郎が感じていた嫌な気そのものだった。


「あの老人は…相当の手練であるな」そう呟いた平太郎はもう一風起こして視界を晴らす。


「……何ぃ?」


斬無斗(ぜむと)、大丈夫か!?」


そう背後で声をあげる猫夜叉であろう男女二人組みに対して、唐草模様のマントを翻し、背を向けたまま平太郎は自らの身分を名のる。


「うろな山の守人、猫夜叉とお見受けする。わが名は天狗・琴科平太郎。

 許可なき無山への侵入の無礼であるが、異形の気を感じて参った次第。

 甚だ勝手ではあるが、助太刀いたす」


 そう告げる平太郎に、背後の猫夜叉から「余計な事をするな!」と鋭い声が飛ぶ。


雪姫(ゆき)は、私が、私達が助けるんだ!」


無白花(むじか)!抑えて!」


 次いで、前方で構えを取っている鬼も言葉を発する。


「おーおー、いと勇まし。今日は天狗に用はねーんだよ。

 鬼の天敵でもある猫夜叉をいたぶりにきたんだからさぁ」


「そうそう。大体、一反木綿にやられちゃう様なカス天狗じゃ

 何の助けにもならないしぃ」耳に障る声で笑う女性の鬼。


「ねぇ、後鬼。あれは食べてもいいの?」


 巫女装束に身を包み、右の額からすらりと細い真紅の角を生やした鬼がつぶらな瞳で女性の鬼に話しかける。その様子には、害意も悪意もない。それが平太郎には逆に不気味に写った。


「いいわよぉ。雪鬼(ゆき)。ま、力のない天狗なんて全然美味しくないでしょうけどぉ」


「ううん、ありがとう」そう言うと雪鬼と呼ばれた鬼は何の警戒も無く平太郎に向かって歩いてくる。


雪姫(ゆき)!」「目を覚ませ!」猫夜叉が声をあげるが、一切の声が届いていないかのように、足取り軽く雪鬼は平太郎の方へと歩み寄っていく。それを眺めて下卑た笑いを浮かべる後ろの鬼達に、平太郎は不快感を覚えた。


「あの娘、人間であるのか」猫夜叉に声をかける平太郎。


「うん。僕達の友達なんだ。傷つけたら味方でも容赦しないからねぇ?」


「うむ。あいわかった」


 雪鬼が平太郎に近づき、その爪が振るわれるよりも速く、平太郎は雪鬼の周りに風を起こす。そのまま、風の檻に雪鬼を包み、上空へと固定する。「え?」と目を丸くする雪鬼に向かって


「憑依か傀儡(くぐつ)かは分からぬが、一時しのぎにはなるであろう。

 すまぬが、そこで大人しくしていてくれ」と言った。


 目の前にいる鬼2人が「へぇ」と感心したように声をあげる。彼らは一反木綿から、平太郎の事を「とるに足らない妖怪」と報告をうけていたし、数日前に仙狸の介入を防ぐために出向いた際にも、これほどの妖力は感じなかったからだ。


「……天狗か」


 鬼達の後方、錫杖を構えた老人は平太郎を見据え、一言「要らぬな」と言った。

 老人、役小角(えんのおづの)はその呪力で以って鬼を使役する。雪姫のように適性のあるものには鬼を降ろすことによって、より強力な(しもべ)にすることも出来る。雪姫は名のある鬼を降ろされ、雪鬼と名付けられてしまっているのだが、平太郎に役小角や前鬼、後鬼、さらには雪姫にかけられた「鬼降ろし」の知識は無く、故にその対処法も分かるはずがなかった。


「確かに妖力は随分と上がったみてーだけどよ。

 力だけのヤツなんざ要らねぇってこった。残念だったなぁ」


「こちらから願い下げである。それはもう、きっぱりと、だ。

 名も名乗らぬ無礼者に払う敬意もない。疾く、失せるがいい」


 平太郎は目の前の鬼を挑発する。この者達は、千里の言っていた町に仇なす輩に違いない。ここで直情的に向かってきてくれるならばまだ御しやすいと考えた。


「そうかいそうかい。そいつは礼を欠いちまったな。俺は前鬼(ぜんき)

 後ろのヤツは後鬼(ごき)。お前さんが風を使ってとっ捕まえたのが、雪鬼だ」


 隙が無い。平太郎の思惑と裏腹に、前鬼は決して取り乱すことなく、悠長に自己紹介をしてみせた。腰に提げた得物に手をかける風でもなく、後鬼も何かを期待した眼で平太郎と猫夜叉達を眺めている。


「天狗。‘約束’だからなぁ。お前さんにゃ手は出さねぇよ」

「それよりも面白いことになりそうだしぃ」


 千里と取り決めた約束、千里が介入しない代わりに、天狗に手を出さない。前鬼と後鬼は数日前にそう契約をした。それを反故にして厄介事を招くのは御免だった。


「約束?何の話だ。この外道共」


 平太郎がそう言葉を発したとき、平太郎の背後から猫夜叉である斬無斗が刀を振り上げて前鬼に斬りかかった。前鬼はすぐさま腰の太刀を抜き放ち、刃を合わせる。ぎり、と金属の擦れる音が響き、両者がにらみ合う。「雪姫を…雪姫を返してくれないかなぁ?」絶無斗が刀に力を込める。


「不意打ちたぁ卑怯だなぁおい、猫夜叉ぁ」


 さらにそこに追い討ちをかけるように無白花も前鬼に刃を向ける。


「その上2対1かよ!手段を選んでねぇなあ、おい!」


 前鬼が笑いながら斬無斗の刃を弾き、無白花のそれを受け止める。息の合ったコンビネーションに前鬼は防戦一方だったが、その顔に焦りの色は無い。

 前鬼の後ろで、後鬼が弓を引く姿が平太郎の目に入った。「そうはさせぬッ!」猫夜叉を狙って放たれた矢を天狗風で払い落とし、後鬼を牽制する。

 猫夜叉との攻防の後、前鬼が大きく後ろへと跳び、後鬼と並ぶ。口の端を引き上げ、前鬼と後鬼は声を揃えて「やれ」と言った。




 平太郎達の上方、雪鬼を捕らえている風の檻から、異様な気を感じて見上げると、黒い靄のようなものが雪鬼の周りに集まっていた。平太郎の風の檻が霧散する。それは次第に形を成し、一本の巨大な手となった。上空からでもゆうに地上まで届く程の黒い腕。巨大な腕が平太郎達めがけて振り下ろされる。


「アタイらは手を出さないけど、雪鬼なら大丈夫だよぉ。

 そーれ、やっちゃえ、雪鬼ぃ」楽しくて仕方が無いといったように笑う。


「そいつが大事なんだろ?よかったなぁ!止めを刺してもらえてよぉ!」


 蠢く黒い腕に3人は飲み込まれる。




   ○   ○   ○




「なんとか間に合ったか。無事であるか」平太郎が猫夜叉に声をかける。


「妖怪に助けられるなんて、心外だけどね。無白花は?」


「大丈夫だ、斬無斗。これは…蟲か…?」


 平太郎を中心にドーム状に吹く風が3人を守っている。振り下ろされた黒い腕は雪鬼の操る蟲が形を成したものであった。鬼を降ろされる前の雪姫としての能力、虫や自然と意思を通わせる能力が邪悪な方向へと歪んでいる。

 蠢く蟲の羽音に混ざって、無邪気な笑い声が降る。雪鬼のものだ。


「血をちょうだい?肉をちょうだい?ねえ、いいでしょう?」


 唄うように、そう言って笑う。


「このままではいかんな。しかし、現状を打破したとてどうするべきか」


「鬼達の後ろにいるあのジジイを斬れば、きっと雪姫も元に戻る」


「しかし、前方には鬼共がいる、ユキ殿と挟み撃ちにされてしまう」


「じゃあ、どうしろって言うの?それが解って言ってるの?」斬無斗が荒振りを隠そうともせずに吐き捨てる。


 その時、しゃらん、と錫杖の音が響き、波が引いていくように蟲達が散っていった。黒い靄に包まれながら雪鬼が鬼の隣へと降り立つ。


「もうよい。ご苦労であった」役小角が雪鬼にしわがれた声でそう命じる。


「はぁい。小角様」


「雪鬼、まだ馴染んでないみたいだから無理しちゃ駄目だよ」


「うち馴染む。今しばらくの辛抱ぞ」


「小角様、天狗と猫夜叉はいかがなさいますか?」


「……捨て置け」


「はっ、策は講じたのでございますね」前鬼が頭を垂れる。


 目の前に雪姫がいるのに、為す術もない。猫夜叉が声を荒げた。


「待って!」「雪姫!?待て!思い出してくれ!」斬無斗と無白花はそれぞれの胸のペンダントを握り締めて叫ぶ。微かに、雪鬼の胸にある赤いペンダントが光を放ったかのように見えた。


「おーおー、いと儚げだな。雪鬼、帰るから挨拶してやりな」


「うん、分かったぁ。‘さようならぁ’」何の感情も込めずに、雪鬼はそう言い放った。


 役小角が錫杖で地面を突き、4人は影の中に沈み消えていった。




   ○   ○   ○




 落胆を見せる斬無斗に、無白花が声をかける。


「まだ、間に合う。さっき、一瞬だけど雪姫のペンダントが反応した。

 完全に取り込まれる前に破妖刀で斬れば…」


「でも…、雪姫が何処にいるか分からないよっ!」


「探すだけだ。勿論、無山を守る仕事もあるが、まずは…雪姫が最優先だ…!

 母さんにも了承を取っている…絶対に、諦めない!雪姫を、取り戻すまで!」


 平太郎は一つ頷き、猫夜叉たちに声をかけた。


「2人は山を降りるが良い。友を助けるのであろう?

 その間、山は私が天狗の名にかけて守ろう」


「何を勝手な…そりゃあ、僕だって雪姫を助けたいけど」


「斬無斗殿。猫夜叉としての使命があることは私も知っている。

 しかし、私も同じうろなの山に身を置いていた者だ。

 どうか、手助けさせて欲しい」


 仮面越しに斬無斗を見つめる平太郎。斬無斗が目をふいと逸らして


「…変なヤツだな。大体、なんで仮面なんか被ってるの?」と言った。


「それは、私が天狗仮面だからだ。困っている者がいれば手を差し伸べる。

 それが、天狗仮面だ。うろなの町ではその名で過ごしている」


「手に負えない時はぁ?どうするの?」


「手に負えるかどうかが問題なのではない。どうするもこうするもない。

 私の使命は、町を守ること。町の仲間を助けること。

 故に、貴殿を助ける。それだけである」

 

「……」


「今、すぐには決められない」沈黙する斬無斗の代わりに無白花が答える。


「あいわかった。私も準備をして今宵、また訪れる。

 その時に返事を聞かせてくれまいか」


 そういい残して、平太郎はその場を後にした。





    ○   ○   ○




 おそらく、あの老人が今回の騒動の主犯格なのではないだろうか。去り際に鬼の言っていた「策」と言う物も気にかかる。

 一度、帰って千里にこの事を相談してみようと天狗風を纏いながら山裾に向けて飛ぶ平太郎であった。




おかしな点などありましたらご連絡下さい。

妃羅さんの猫夜叉、桜月りまさんの雪姫(雪鬼)お借りしました!


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