【うろ夏の陣・8月9日】天狗、自称宇宙人に会う
8月9日 早朝
平太郎は西の山の登山道を登っていた。うろな裾野で電車を降り、いつもの服装に身を包んで草をかき分けて行く。
その手には唐傘化けの傘次郎が握られているが、今は何の変哲もない番傘の姿をしている。折れた傘骨や敗れた部分は傘次郎の妖力回復と共に塞がっていた。
平太郎の体も、千里の看護の甲斐あってほぼ元の状態である。そもそも、妖怪の体は人間のそれと違い、治癒に必要なのは何よりも妖力である。
「次郎、平気か?」
「兄貴こそ、もう宜しいんですかい?」
「うむ。平癒したと見て良いだろう。心配をかけたな」
「大丈夫でさぁ。さあ、千里の姉御に聞いた場所まで
張り切って向かいやしょう。いつ、奴等が来るとも知れませんぜ」
西の山の奥地、“無山”と呼ばれる場所の少し手前には、平太郎やその父である総一朗が暮らしていた庵があった。人間には見えぬよう、妖力で隠されており、その妖力の元になっているのは父、総一朗が使っていた妖具・天狗羽扇である。
昨夜、千里がその話を持ち出し、羽扇を取ってくるように平太郎に言った。
もちろん、羽扇を手に入れれば結界は無くなり、天狗の庵が発見される状態になってしまうが、元々山の奥地である上に、今は誰が住んでいると言う訳でもない。ただの廃墟として処理されることだろう。
登山道を登っていると、どうやら前方に人が歩いているらしく、傘次郎は口をつぐんだ。早朝登山とは健康的な御仁であるなと思いながら、平太郎もそのまま道をゆく。追い越す段になって、平太郎は「精が出ますな」と声をかけた。
「むむっ。このような早朝に我のハイソサエティなウォーキングを邪魔するのは
どこの馬の骨かと思いきや、天狗型宇宙人ではないか」
「……む?我らと同類……か?」
夏の盛りであるというのに、パーカーを来てふらりふらりと歩くその人物は、どうにも妖怪じみた顔をしており、妖怪仲間と言われれば平太郎はすんなり信じるであろう雰囲気を醸し出していた。
「無限不可能性ドライブ頼りに僕らの町にやってきたベテルギウス星系の
抱かれたい宇宙人ナンバーワンとは我のことである」
「…同類とは思えぬし、思いたくもないのが正直な感想であるが、
貴殿、名をなんと言う。私は天狗仮面だ」
「結構、結構。仮初の名ではありけるが、我の名は院部団蔵である」
人か、人でないかと見れば、どこまでも曖昧な感じに見え、人だと思って見てみれば明らかにその範疇を超える容貌、雰囲気、言動であるし、人でないと見れば妖力のひとつも感じられない。
平太郎は悩んだ挙句、結論を保留することにした。
院部と名乗るその男は、同居人の目を盗んで山に散策に来たと言う。天狗型宇宙人は何をしに来たのかと彼に問われ、平太郎は「天狗仮面だ」と訂正してから父の形見を取りに来たと言った。
「怪しい、怪しいではないか天狗仮面。もしやアレか?この町を拠点に次なる
スター・ウォーズを起こすつもりか?宇宙の平和はこの我ができるだけ
この身を汚さず、且つ自分が痛くないように守ってみせることもやむなし」
そういって何やらよくわからぬ格闘技のような構えをとる院部に、平太郎は仮面の奥で眉をひそめた。
「うむ。今しがた理解した。貴殿は人ではない。
人であってもおおよそ一般の人とは何かが決定的にかけ離れている」
「だから我はベテルギウス星系人だと言っているのに。どれ、我も共に行こうではないか。
我を連れていけば深夜の通信販売もびっくりなお得感を得られること請け合いですぜ」
どうやら、懐かれてしまったらしい。どうしたものかと思案していると、傘次郎がこっそり平太郎に声をかける。
「兄貴、適当に相手してから巻いちまいやしょう。多分、人じゃあありやせんが、
なんとも言えねえヤロウなのは変わりねぇ。ただ、敵には見えやせんが……」
「うむ。害意も悪意も無いからな。もし何事かあれば、手助けを頼むぞ、次郎」
「合点でさ」
話している間にも、院部はてくてくと先に歩き、平太郎の方を向き直って
「さぁさぁ、善は急げと言いますからな。行きましょうぞ。
もしも敵対宇宙人が出たら、その時は我の宇宙的撤退力を存分に
御覧いただけるのですぞ」
平太郎は返事に困ったが、「うむ」と一つ頷いて院部の後をついて登山道を再び歩き出した。「しかしこの御仁、行き先を知らぬと言うのに何故先頭を歩くのだろうか」と当然の疑問が頭に浮かんだが、それを突っ込んだら負けな気がして、平太郎は何も言えぬまま歩くのだった。
天狗と唐傘と自称宇宙人との不思議な珍道中が今ここに幕を開けた。
これは…。
出汁殻さんトコの院部が思った以上に動いております。三衣、困惑。
平太郎はこんな調子で目的が達成出来るのか。前回までと雰囲気がガラリと変わりすぎている気がするけれども大丈夫なのか。
様々な思いを乗せて、うろ夏の陣は続きます。どうぞお付き合いくださいませ。




