【うろ夏の陣・8月7日】仙狸、協力を依頼する
8月7日(水) 夜
うろな商店街にある中華料理店、クトゥルフ。閉店時刻もとうに過ぎたというのに、店の中には数人の人影があった。
ヤマネコの妖怪である猫塚千里、妖狐である稲荷山考人、人狼族の鍋島サツキ。そして店主であるキョンシーの清志と店員である妖狐の狐坂奏。この店で妖怪しかいない店内はさほど珍しくもないが、今日は普段よりも少しばかり重苦しい雰囲気であった。。
「千里ちゃん、今日は平太郎は来ないアルか?
あいつの好きなさつま揚げ、たくさん用意したアルよ」
「それは悪いわね。平太郎、ちょっとお腹の具合が悪くて」
「あいやー、それは残念アル。夏場は体調を崩しやすいから、みんなも気をつけるアルよ」
千里は嘘は言っていない。平太郎は確かに腹を貫かれたのだから。お腹の具合と言っても差支えはない・それを聞いた考人が「千里さん…」と呆れ顔だったが、彼女はいつでも人を喰ったような態度を忘れることはない。
「冗談よ。今日集まってもらったのは、平太郎が妖怪に襲われた件についてよ。
清志店長も、奏ちゃんも聞いてくれるかしら?」
「それはタダ事じゃないアルね」
「あの天狗、やられおったのか?」
全員で円卓を囲み、千里は状況を話しだした。彼女は前鬼と後鬼の話には触れず、一反木綿と赤坊主、青坊主がこの町に再び来るであろうことを話す。
そこに奏が口を挟んだ。
「すまんが、その赤坊主と青坊主…大入道の一種であろう。
そやつらは何者じゃ?因縁浅からぬ様子なのは分かったのじゃ」
「にゃー、あっしも詳しくは知らないにゃー。千里姐さん、聞いてもいいかにゃ?」
「ええ。それも聞いておいて欲しいの。あいつらは、平太郎の父親を殺した妖怪よ」
そう告げると、考人の顔が曇る。彼にしてみても、赤坊主と青坊主は師の仇と言っていい妖怪なのだ。胸中穏やかではない。
千里はゆっくりと過去の出来事を語りはじめた。
○ ○ ○
数年前。うろな町に、妖怪界の中でも荒くれ者として有名な赤坊主と青坊主が暴れに来た。西の山で天狗の修行に励んでいた平太郎を見つけた二人は、不意打ちで修行をしていた平太郎を襲い、痛めつけた。
不意打ちの上に2対1とあっては平太郎といえど為す術はなく、人質となってしまう。
息子を人質に取られた大天狗、琴科総一朗は抵抗できずに敗れ去り、深手を負う。
そして、自分がその原因を作ってしまったことに平太郎は絶望し、その妖力を暴走させてしまう。平太郎から放たれたそれは乱気流の如く辺りを荒らし、赤坊主の左腕を断ち切った。
妖力の暴走に、赤坊主と青坊主はその場を退くことになる。去り際に、「傷が癒えたらてめぇは必ず八つ裂きにしてやらぁ!」と赤坊主は叫んでいた。
二体の大入道が去った後、平太郎は父、総一朗へと自らの妖力を注ぎ込もうとするが、暴走させた妖力は平太郎の内にほとんど残っておらず、それでもあらん限りの力を注ぎ続けた。
しかし、その甲斐なく父、総一朗は世を去り、平太郎もまた、己の限界を越えた妖力の使用に体がついていかず、天狗としての力をほとんど失い、倒れることとなった。
父は世の去り際に言った。「天狗らしく生きよ」と。平太郎は「父上……」と声を絞り出すのが精一杯であった。父の体はさらさらと崩れ、塵となって空に舞った。
○ ○ ○
「これが、大体の経緯よ。私はちょうど山から町に遊びに出ていたの。
帰ってきてみたら、妖力の尽きた平太郎と次郎ちゃんがいたわ」
「卑怯な奴らだにゃー……」
そんな赤坊主と青坊主が再びこの町にやってくると言う。狙いはおそらく平太郎であろう。しかし、妖力を失ったままの平太郎に勝ち目はない。
その場にいる誰もがそう思った。そこに、奏が「一つ、良いかの」と口を開く。
「そやつら、どうして今回はわざわざ一反木綿などという斥候を飛ばしてまで
町の様子をうかがったのじゃ?いきなり来てもおかしくなかろう」
「それは俺も考えてたんだ。千里さん。もしかしたら、やつらの後ろにもっと大きな
何かがいるんじゃないかと思うんだ」
「……おそらくそうだと思うわ。詳しくは分からないけれど、
警戒を呼びかける必要はあるわね」
「まったく、陰陽師騒ぎも収まっておらんというのにコレでは
たまったものではないな。我輩の力が入用かの?」
狐坂家次期当主である奏がそう進言する。千里は頷いて周りを見回しながら言った。
「ええ。皆、それぞれ自分の大切な場所を守るように努めてちょうだい。
奏ちゃんは清志店長を守って欲しいの。店長に戦う力はあまり無いのだから」
「うむ、良いじゃろう。この町の拠り所が無くなってしまうことは避けねばな」
「済まないアル。美味いもの作るくらいしか出来ることは無いアルが、
食べたいものがあればいつでも言うアルよ!」
拳をぐっと握り、笑みを浮かべる清志。それに対して千里は「じゃあ、ふぐ刺しとヒレ酒を持ってきて。今すぐに」と注文する。快諾する清志。
注文の用意にと厨房に消えた清志と、手伝いに行った奏を除き、尚も千里の言葉は続く。
「サツキちゃん。考人。あなた達には守って欲しい場所があるの」
「千里さん、俺、あの双子の家を守ろうと思うんだ。
あいつら、絶対にこの町から逃げる気はないらしい」
「ええ、それでいいわ。あの場所はきっと狙われる。
なにせ、対人間用の結界が張ってあるもの。妖怪たちからすれば、
格好の隠れ家になるわ」
逆に、攻めてくる場所がわかっているのならば、そこに重点を置いて守りの力を割けばよい。町の一大妖怪派閥はその大半がいなくなってしまったが、それを嘆いていても仕方がない。
幸い、町に残った妖怪達の大半は、人間社会の中に溶け込みながら生活を送る者達が多い。妖力を隠し、何食わぬ顔ですごしていれば、気づかれないこともあるだろう。
言い方は悪いが、今、双子達のあの家は格好の標的なのである。そこが目立つが故に、他の部分のうまい目眩ましになっているとも言える。
おかげで、私が動きやすくなるのだけれど。と心の中で考え、千里は運ばれてきたふぐ刺しとヒレ酒に手を付けた。
話が終わり、店から出ようとする千里に、考人が声をかける。
「平太郎の様子はどうなんだ?」彼なりに気にかけているようだ。
「あら。誰に言っているのかしら?おねーさんが看病したのよ。
大丈夫に決まっているわ。ここに来る前に目を覚ましたわよ」
「何か言ってたか?平太郎のヤツ」
「自分の不甲斐なさを嘆いていたわ。面白かったわよ」
クスクス笑う千里。やはり、千里にはあまり深く関わらない方がいい、と再認識した考人は、サツキを連れてその場を後にした。
平太郎には、力を手に入れてもらわなければならない。2つ、その方法に心当たりはあったが、千里はそのうちの片方を平太郎に伝えることに決めたのだった。
「なんだか、面白そうなものに出会えそうな予感がするわ」
深夜の路地でそう一人つぶやき、千里は帰路に着いた。
彼女が宇宙人と出会うことになるのは、これより2日後、8月9日のことである。




