表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うろな天狗の仮面の秘密  作者: 三衣 千月
うろなを守りたい天狗の話
2/77

6月5日 天狗、深夜の駅前を歩く。

深夜のうろな町。



6月5日(水)深夜2時



 力を失った天狗、平太郎は深夜の自主的パトロールに出ていた。もちろん、天狗面にジャージ、唐草マントの出で立ちである。基本的にうろな町は治安の良い町だ。

なのでそうそう事件に出くわすこともないのだが、それでも彼は町を見まわる事をやめない。



 商店街で酔いつぶれた男性を発見した。「5丁目の安藤さんではないか。懲りぬ人である」声をかけても返事がないのでおぶって家まで連れて行く。しかし門扉の前に立った平太郎は呼び鈴を鳴らすかどうかで迷う。


「家人を起こすのも申し訳ないが、安藤さんを放っておくのもいかん。

 この時期なら風邪をひくこともないだろうが……」


迷った末、彼は安藤さんを玄関先に降ろし、唐草模様のマントを掛けて去った。


 ついでに住宅街を見て回る。住宅街、異常なし。ただし、1丁目の河本家では例によって番犬に吠えられた。「お前はいつになったら私を味方だと思ってくれるのだ」


 コンビニ前を通り、駅前まで来たところで広場に数人の人間が集まっているのが見えた。

見た所、学生くらいの年のようだ。「むう、深夜徘徊! これはいかん!」平太郎は走った。



   ○   ○   ○



 駅前広場では、金髪や茶髪のガラの悪い少年達がスクーターにまたがり大声で話をしていた。


「でさぁ、そん時俺言ってやったワケよ」


「へぇ、何て?」


「天狗になってんじゃねーぞってなぁ」


「ぎゃはは! エーキチ君にゃ誰も敵わねえって!」


「……あれ?天狗?」


「あ゛ー? テメェ、俺の方が天狗になってるってのかよ」


「エーキチ君にシツレーだろがよ、謝れよコースケ」


「いや、ほら、あれ…」


 想像していただきたい。

 深夜に薄闇の中から全力で走ってくる天狗面の姿を。しかも、紺色のジャージは闇に紛れ、まるで天狗の仮面だけが宙に浮いて高速で近づいてくるように見えるのである。


 当然のように、駅前は一変して阿鼻叫喚の世界となった。

「うわあああ!!」「なんだ!なんだアレ!」「う、う、浮いてるぅ!?」

 逃げようとする青年達を素早くスクーターから引きずり降ろし、天狗は一喝する。


「良い子は寝る時間だ馬鹿者どもがぁ!!」


「ひぃっ!」


 怒鳴り声には、相手を威圧する効果がある。特に天狗のそれには人間よりも威嚇の効果が強く現れると言われている。平太郎に残されたわずかな天狗能力の一つであった。


「お、お、お前、ナニモンだ」「何しに来やがったんだよっ」


青年達はすでに及び腰であったが、言葉の上でだけは強気な態度を崩さなかった。


「喝ッ!! 正座ぁッ!!」


「うひぃっ!」「はいぃっ!」本当に言葉だけの強気である。



 平太郎は青年達を見下ろして仁王立ちになり、腕を組んで名乗りをあげた。


「我が名は天狗仮面! この町を見守る者だ!

 お前たち! 青年期の夜更かしは美容と健康に悪い!

 一刻も早く帰宅し、睡眠をとるがいい!

 そして爽やかな目覚めを迎えるのだ!」


 青年達は涙目になりながら何度も頷き、そそくさと帰っていった。

「あいつ、ヤベエよ」「マジもんだぜアレ」「関わらない方がいいよ」


 彼らが去った駅前広場に一人残り、平太郎はため息をこぼす。


「すまないな、町長。いや、今は元町長か……

 まだまだ、町の平和を担うには力不足のようだ」


 ベンチに腰掛け一人、かつて言葉を交わしたこの町の先代町長の事を思い浮かべる。



   ○   ○   ○



 昔、うろな町に来て間もないころ、平太郎は一人の男性と知り合った。

 まだ右も左も分からず、町に出てはパトカーに乗せられ、子供達には石を投げられていた頃である。


 人間からの感謝と尊敬を集めるなどと、到底不可能だと諦めかけていた。


 そんな平太郎に声をかけてくれたのが、前町長だった。彼は、「この町が好きかい」と言った。平太郎は、「この町が好きになりたい」と答えた。

 信じてもらえるとは思わなかったが、自らが天狗であることを明かしても良いと平太郎は思った。平太郎が事情を話し終わった時、前町長は愉快そうに笑っていた。それは決して、平太郎の話を冗談だと思っているようなものではなく、まるで歓迎してくれているかのようであった。


「この町をよろしく。天狗殿」「……うむ」


 そう言って交わした握手の力強さと暖かさを、平太郎は今でも覚えている。

 今の町長とは未だ話をしたことが無いが、あの人の血縁ならばきっと良い町にしてくれる。縁があれば出会うこともあるだろう。



   ○   ○   ○



 確かに天狗の力を取り戻すためには、人間の感謝と尊敬が必要である。

 しかし、力を取り戻すが為だけに平太郎は町の人々の手助けをしている訳ではない。


「否。力が無いことは認めるが、人々への助けを放棄する理由にはならん」


 彼は立ち上がり、夜空を見上げて朗々と自らの気持ちを声に乗せた。


「私は、この町が好きなのだ」


 緑の唐草マントを夜になびかせ、天狗仮面、琴科平太郎は今日もうろなを歩き往く。





シュウさんの前町長との思い出を回想させていただきました。



次回は仙狸の千里ちゃんを主役に天狗の力のことについて少し触れます。

ちなみに、安藤さんに貸した唐草マントは翌日回収した事にしておきます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ