13.崩壊寸前
「エルマ! あんたのせいよ!」
鬼のような形相で娘の頬に平手打ちをしたので、私はぎょっと目を見開いた。床に崩れたエルマも赤くなった頬を押さえて、呆然としている。
「ど、どうしたんだ、ミシェル……」
会長を説得しに行ってくれたんじゃないのか? 戻ってくるなり、エルマを呼びつけて暴力を振るうなんて……。
「あんたのせいでもあるのよ! この……バカ男!」
「バ、バカ男!? 私は君の夫だぞ!?」突然罵倒される謂れはない。大体、会長はどうしたんだ? 私を補佐に戻してくれるのか?」
「それどころじゃないわよ! あんた、何てことをしてくれたの!?」
激しい剣幕で捲し立てられ、私は魚のように口をパクパクと開いた。
様子がおかしい。いつものミシェルではない。もしかして、会長に何か吹き込まれたのか!?
「自分が何を仕出かしたのか、教えてあげるわ! どうせ自分で調べないでしょ!」
失礼な前置きをして、ミシェルは語り始めた。
私がやらかしたという愚行の数々を。
「なっ……」
それを聞いて、私は言葉を失う。
高位貴族がリディアと契約を結んでいる? その中に、クンツラー伯爵家も含まれていただと!?
私はエルマに目をやった。が、向こうも私を拗ねたような表情で睨み付けている。
「私は悪くないもん。私、内緒にしてなさいって言われてないもんね」
「この……っ!」
「てゆーか、どうすんの!? パパのせいでフランシス様に嫌われちゃったのよ!? 最近遊びに行っても、すぐに追い返されちゃうの!」
「嫌われてるのは前からだ!」
「へ?」妻によく似た幼い顔が、不思議そうに目を丸くしている。
「お前、伯爵家で我が儘ばかり言っていたそうじゃないか! 手に負えないから、婚約を解消してくれと申し出があったくらいだ!」
それを私たちが頭を下げて、どうにか回避したのだ。結婚して子息を婿養子として迎え入れれば、エルマが向こうの屋敷に行く機会も少なくなるから、と。
「ち、違うもん! 我が儘なんて言ってないもん!」
「人のせいにするな!」
「あああああっ! うるさいわねっ! あんたたち、ちょっと黙っててよ!」
ミシェルの怒鳴り声が、室内に響き渡る。
「あんたたちが余計なことをしたせいで、商会は潰されるかもしれないの! そしたら、もう贅沢も出来なくなるの! 分かった!?」
「え……やだやだやだ! 貧乏になりたくない! お母さん、何とかしてよ!」懇願するエルマの目には、涙が浮かんでいた。
「無茶を言うんじゃないわよ!」
金切り声ではねつけると、ミシェルは棚に飾られていたワインボトルを手に取った。
「おい、飲んでいる場合じゃ……」
「飲まないとやってらんないの!」
瓶に直接口をつけて飲み始める妻を、私は呆然と見詰めていた。口元から零れたワインが、ドレスを赤く汚している。
私の行いのせいで、ルシマール商会が滅びようとしている。
その事実に頭を抱えていると、硬い表情をした執事が部屋にやって来た。
「コリューダ公爵から新たな書状が届きました。『アデラに謝罪するように。そうすれば、この件を水に流す』とのことです」
何故コリューダ公爵がここまでしゃしゃり出るんだ?
もしかしてリディアは公爵の愛人なのか?




